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皇太子夫妻の歪んだ結婚   作者: 夕鈴
おまけ

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16/33

皇太子夫妻の日常2 後編

男爵邸に賊が入ったため皇太子夫妻は晩餐は辞退して部屋ですませた。

落ち着いたリーンはイナに任せて、ルオは報告を聞くため男爵を訪ねた。

ルオは冷たい顔でリーンを襲おうとした男の調査の報告を聞いた。男達は貧民に施しをするリーンから金品を奪おうとしたが護衛騎士達に排除されていた。男達は頭に血が登り、リーンを襲う計画を立てた。翌日男爵邸に入ったリーンを見て、見張りの兵の隙を見て忍びこんだ。護衛騎士が離れ、庭園には男爵夫人とリーンだけだったので男爵夫人は気絶させ、リーンだけを襲い浚うつもりで動いたが護衛騎士に拘束された。

ルオは男爵夫人とお茶をして、自分の帰りを待っているはずのリーンが出かけているとは思わなかった。報告が進むほどルオから冷気が出てきた。

男爵はルオの雰囲気に圧倒され口を閉ざし、余計に苛立ちを誘っていたのでルオの護衛騎士が報告書を渡した。全てを読んだルオは報告書を握りつぶした。

ルオは男爵領を見たいと言ったリーンにも非があることはわかった。ただわざわざ自分さえ案内されなかった一番酷い惨状の貧民街に連れて行かれたことも身重のリーンに剣の指南をしようとしたことも許せなかった。不満が止まらなかった。


「殿下、罰は後にしませんか。リーン様に付いててさしあげたほうが。」


ルオは護衛騎士の言葉に自分を抑えた。脳裏に震えていたリーンが浮かんだ。ベッドで震えるリーンを想像して幼馴染の言葉に従い部屋に戻ることにした。護衛騎士が付いていても賊の侵入を許した男爵邸に不安もあった。

護衛騎士はルオを追いかけた。男爵を気遣う気はなかった。男爵夫人のリーンへの不敬を不愉快に思っているのはルオの家臣も同じだった。今回ルオを宥めたのは襲われて動揺しているだろうリーンのためだった。


***


リーンは隣に座ったルオの真剣な顔を見て笑ってごまかすことにした。


「ルオ、お買い物に行きたくて。」

「どんなものでも取り寄せる。無事に生まれるまで外出禁止」


ルオの言葉に頬を膨らませた。


「元気なのに。」

「俺が心配で死にそうだから。病に罹りでもしたら」

「大丈夫だよ。留学中は飢饉の村にも行ったわ。本当に危険な場所には私の騎士達が近づけてくれないもの。」

「俺もリーンの専属の騎士になりたい」


心配しているルオににっこり笑った。


「退位したらルオと二人で旅するのも楽しそう」

「まだ当分は即位するつもりはないけどな。」

「即位すれば忙しくなるものね。」

「俺とリーンの時間が減っていく。でも頑張るよ」

「私も協力する。」

「なら当分は離宮で安静にな。外出は俺といるときだけ。いい?」

「明日の視察が終わったらね。」

「仕方ないな。約束な?」


リーンは当分は遠方に視察に行く予定はなかったので頷いた。ルオはリーンを叱ることはできなかった。リーンはルオに心配をかけたことを反省して機嫌を取ることにした。


***


男爵は報告書を見て握りつぶしたルオが怖かった。ルオの護衛に助けられなければ男爵家は取りつぶされたかもしれない。

翌朝、リーンと共に挨拶をしたルオの機嫌が戻っていることに安堵した。幾つか忠告はあったが処罰はなかった。宥めてくれた皇太子妃殿下に心の中で感謝を捧げた。



ルオはリーンの願いで救護院を訪ねた。リーンに言われて差し入れを用意した。薄汚れた屋敷にリーンを入れたくなかったが自分と出かけるために綺麗に着飾った妻を見て予定を変えることはできなかった。リーンが着飾り、いつもより濃く化粧をしたのは貧民達に別人と思わせるためである。

ルオに手を引かれて馬車を降りたリーンを商人達が迎えた。


「殿下、妃殿下ようこそお越しくださいました。」

「挨拶はいい。中を見てもいいか」

「どうぞ」


商人に案内されて中に入ると、室内は綺麗でルオは目を丸くした。案内する場所は最優先に掃除されていた。


「不便はないか?」

「はい」


ルオと一緒の視察の際はリーンはあまり話さない。取引等を異国から嫁いだリーンが取り仕切る姿は民達には受け入れられない。民達の前で動き有能さを見せつけるのは皇太子の役目である。リーンはお飾りの妃でいるつもりだった。

リーンは子供達が働く姿を笑みを浮かべて見守っていた。


「今後も期待している。これは皆に」


ルオの言葉に侍従が差し出した差し入れに子供達が駆け寄った。あまりの勢いにルオはリーンを抱き上げて避難した。


「優しい皇子様?」


子供がルオをじっと見つめていた。


「怖いお妃さま?」


もう一人の子供の声にルオの眉間に皺が寄った。


「ルー様、そのお顔はやめてください。」


リーンはルオの頬に手を添えて、にこっと笑った。


「俺のお妃様は怖くないよ。でも俺のものだから近づかないで」


リーンは自分を降ろす気がないルオの好きにさせることにした。リーンと顔見知りの商人達は相変わらずのルオに苦笑していた。またルオの前では大人しい妃殿下を演じる友人にも。どこに行っても仲睦まじい皇太子夫妻は有名だった。

リーンは商人の指示のもと一生懸命働く子供達を見て自分のお腹に手を当てた。ルオは優しい顔で腹部を撫でるリーンを見て二人のために頑張ろうと思った。

皇太子夫妻は男爵領を後にして宮殿に帰った。久々に皇族の馬車を見た民達が手を振るのでリーンは窓を開けて手を振った。ルオはリーンが揺れる馬車の中でバランスを崩さないように腰を抱いて、笑顔を振りまくリーンを見つめていた。


***


皇太子夫妻が帰ったあと男爵は男爵夫人と向かい合っていた。

妻の行動を聞いた男爵は頭が痛くなった。妻の行動は皇太子の地雷を見事に踏んでいた。


「スサナ、妃殿下は感謝していたけど、殿下はお怒りだった。どうして身重の妃殿下に剣を指南しようとしたんだ?」


男爵夫人は目を丸くした。華奢なリーンはふんわりした服装をしていたこともあり妊婦には見えなかった。男爵は妻が知らなかったとは思わなかった。妻が妃殿下のことを勘違いしていたことに言葉を失った。


ルオが知れば怒りを買う内容だった。異国から来た麗しの妃をよく思わない者もいる。まさか妻もその一人とは思わなかった。妻を信頼しすぎていた自分を反省した。

皇太子妃は何を言っても動じない冷酷な人と言い切った妻からリーンへ向けた言葉を聞いて血の気が引いた。ルオの様子からリーンが話していないことはわかった。聡明な皇太子妃のおかげで男爵領が救われた。

男爵は皇太子夫妻の視察について、いくつかの忠告を受けていた。その中に身重の皇太子妃へ丁重な配慮も含まれていた。


「妃殿下が身重のことは話していただろう?」

「殿下の御子を身籠った方は妃殿下の怒りに触れて国外追放になったのでは?あんな子供が身籠る?」


箝口令が敷かれても噂は残っていた。男爵は妻の勘違いに頭が痛くなった。


「妃殿下は成人してすぐ嫁がれた。箝口令が敷かれたのは殿下の命だ。あの時は妃殿下が離縁を申し出て、殿下が怒り処罰した。身籠ったという事実もなかった。皇子は側室をもてない。それゆえ妃殿下が身を引こうとされた。この話を口にしたものは処罰される。社交での話題にするものではない。」


男爵の言葉を聞いても嫌なイメージは抜けなかった。皇太子にあんなに大事にされてすぐに離縁しようとするのは情がないように思えた。男爵夫人には大国と小国の同盟に関する知識はほとんどなかった。


「殿下は妃殿下の我儘に振り回されてるじゃない。うちの領を選んだ理由だって」

「うちの領が土地を持て余していたからだよ。私の力不足だ」

「私達が間違っていたの!?」


男爵は上手く治められていなかった。皇太子や侍従に視察でいくつか説明を求められた時に答えられない質問もあった。皇太子達の話を聞いて、自分の力不足がよくわかった。

皇太子夫妻が何もない男爵領に足を運んだのは決して気まぐれではなかった。そこまで男爵領の現状をまずいと捉えられていた。

幼い頃から貧しい男爵領で育った男爵は現状維持しか知らなかった。貧民がいるのも当然で、状況を改善しようなど思いつかなかった。

リーンの侍従は一言だけ男爵に忠告した。世間的には皇太子だが侍従にとってはリーンの後見ではじめる領地改革だった。邪魔をするなら不敬で裁き徹底的に排除することも視野にいれていた。何より男爵家のリーンを見下す視線は不愉快だった。


「わざわざ身重の妃殿下が足を運んだ理由を考えろと言われたよ。」


男爵夫人は夫と共に努力してきた。税の滞納もないし定期的に炊き出しもしてきた。苦しい財政の中で寄付もした。自分達の納めた税で優雅に暮らしているだけの妃に負けるとは思わなかった。

夫の話では、リーンが全てを動かしているような気がしていた。


しばらくすると、皇太子の命令で新種の茶葉の栽培が始まった。大量の職を持たない貧民が雇われた。また皇太子の事業のため派遣された学者や役人、働き手を守るため騎士達も派遣された。

同時に診療所と学び舎も建設された。平日は子供のための学び舎だった。様々な勉強をして放課後2時間だけ希望する者には仕事が与えられた。仕事をすると給金が渡されるため家で畑仕事をするよりも割が良かった。休日は大人のための授業が行われた。昼食を用意されたので食事目当てにあらわれる者もいた。救護院は仕事の斡旋場も兼ねて姿を変えていた。家のないものは仕事をすれば救護院で生活することを許された。孤児や流民も救護院で保護された。

貧民街は綺麗に掃除され清潔な街に変わった。騎士の詰め所も作られ、治安維持のため見回りも行われた。男爵領は見違えるように変わった。


男爵夫妻は救護院に視察に行くと、皇太子妃の絵が飾られていた。

救護院の責任者が目を丸くする男爵夫妻に苦笑した。


「子供が描いたんです。働くことを妃殿下から教わったと。商人の目に止まり絵描きになりました。ただ1枚目はここに置いてほしいと。妃殿下は隠されてましたが、子供の目はごまかせませんね。御子が生まれていつか訪問された時は驚きますね」

「ここの建設はやはり妃殿下が・・・。」

「私にはわかりません。」


ここは皇太子名義だった。寄付も全て皇太子の名だった。男爵夫人は救護院の立ち上げを見ていたので隠しても無駄だと話しただけである。ただそれ以上は話す気はなかった。

男に少女が抱きついた。


「先生、ただいま!!見て!!このリボンね、リーン様からだって。お勉強を頑張ったご褒美だって。テストで1番になったら」


はしゃいで責任者の男にリボンを見せていた少女は男爵夫妻に気付いて黙った。


「失礼しました」


男から離れて少女は礼をして部屋に走り去っていった。

学び舎の教師は大国からの移民だった。リーンの弟王子は姉が人手不足に悩んでいると知り姉に仕えたいと強く願う民を送った。リーンは弟からの結婚祝いに笑ってしまった。人手不足の話はしていなかったので、自分の動向を調べているとは思わなかった。好意に甘えて研究所と学び舎に派遣した。大国民は教育をしっかりされているので、小国の貴族よりも優秀である。また弟王子が見極めたので特に有能な人材ばかりだった。大国では埋もれてしまっても小国では大活躍だった。リーンは定期的に教師や生徒、研究員に差し入れを贈った。常にルオの名前で差し入れたが、リーンに心酔する教師達がリーン様からと伝えていた。離宮に閉じこもっているリーンは自分の名前が広められてるとは知らなかった。

男爵夫人はお忍びで休日の学び舎に通い教師達からリーンの話を聞いて後悔に襲われていた。

男爵領を豊かにしてくれたのはやはりリーンだった。リーンの過去も衝撃だった。産まれた時から病と闘い、7歳から公務に明け暮れ、10歳から諸外国に留学、18歳で婚姻。

自分が遊んでいた頃にリーンはすでに国のために動いていた。

皇子は大国の姫を押し付けられたと思っていたが違った。リーンが引く手数多なことも知らなかった。数多ある婚約者候補の中から小国の皇子を選んだ。小国ではルオは容姿が優れている。ただ学び舎の教師のほうがルオよりも容姿に優れていた。教師達から見るとルオは平凡な男だった。リーンに気を遣いそれ以上の評価は差し控えた。


「私はなんてことを・・・。」


思い込みで敵意をぶつけて、意地悪をしていた。気遣われていたのは自分だった。話に聞くリーンは冷たい人間ではなかった。民を想う慈愛に満ちた大国の姫であり皇太子妃だった。

男爵夫人はリーンに謝罪にいける立場ではなかった。

男爵夫人は社交でリーンの悪い噂を消すことに奔走することにした。皇太子の支援で豊かになった男爵家にやっかみを言う友人もいる。リーンに買収されたと言われてもやめなかった。男爵も妻の行動を止めなかった。女性貴族と違い当主達はリーンを認めていた。リーンが嫁いでしばらくして国が豊かになっていった。また将来この国を担う皇太子妃を敵に回すほど愚かではなかった。


男爵夫人は茶葉の利益を納めにきた商人から手紙を渡された。


「妃殿下ではなく私の友人のリーンからの手紙です」


手紙には挨拶と自分の噂は気にしなくていい。気持ちはありがたいけど、自分を擁護して孤立しないでほしいと書かれていた。妃殿下からだと命令になるので、リーンとして送った理由もわかった。男爵夫人は学び舎に通ったことで視野も広がりリーンのこともわかるようになった。リーンの熱狂的な信者の影響を受け過ぎていた。


「妃殿下はどうして、そこまでされるのでしょう。私のことも知ってるなんて」

「リーンが欲しがるものは伝手とコネと情報だけだ。自分よりも民が優先。高貴な血を持つ宿命だ。大国の王族は小国の皇族と比べ物にならないほど矜持が高い。責任感も強いがな。だから優秀な者は惹かれる。大国の王族の臣下に無能はいない」

「私は庇護すべき者・・」

「きっとリーンにとっては殿下も庇護すべき者だ。リーンからのお願いだから好きにしなさい。妃殿下ではないからな」


商人はニヤリと笑って去っていった。男爵夫人は悩んだ。どうすればリーンのことをわかってもらえるか。社交をこなしても一向にリーンの悪い噂は消えなかった。下位貴族の中ではリーンは悪い噂だらけだが、宮殿に足を運ぶ上位貴族夫人達には好かれていることを知らなかった。リーンは動く必要がないから放置していることを男爵夫人は気付かなかった。男爵夫人の見ている狭い世界とリーンの世界は違っていた。


男爵は御子の乳母募集の話を妻に話すか悩んでいた。妻が妃殿下に心酔して役に立ちたいと思っていることはわかっていた。ただルオが許すとは思わなかった。試験があるので受からないと思い妻に話すことにした。話を聞いてすぐに宮殿に行く妻を慌てて止めた。

乳母の条件は身元が明らかで皇族に危害を加えない者、命令に逆らわない者だった。御子や皇太子妃に危害を加えれば処刑と強調されて書いていた。男爵は物騒な書状はルオが書いたと思った。乳母は母乳を与えられる者が選ばれるが、リーンには不要だった。大国では赤子に与える人口乳が普及していた。リーンは母親から人口乳の材料が送られていたため、母乳の心配はいらなかった。



乳母の選定はイナの役目だった。

イナは男爵夫人のスサナが応募するとは思わなかった。身元はしっかりしているので書類では落とせなかったので面談することにした。


「イナ様、このたびは機会をいただきありがとうございます。」


イナは以前と態度が違い自分を敬称をつけて呼ぶ男爵夫人に不審に思った。リーンの信者には腹心のイナは敬意を払う相手だった。


「志望理由はなんでしょう?」

「妃殿下のお役に立ちたいのです。この身に変えても御子と妃殿下の御身をお守りします。」

「姫様を嫌ってましたよね?」

「愚かな私をお許しください。妃殿下の話を聞いて悔い改めました。お役にたつために学び舎で教えを乞いました。」


イナは男爵夫人がリーンに心酔する護衛騎士に見えてきた。御子の世話はイナも手伝う予定である。ただ離れる時だけ世話をしてもらえればいい。


「もちろん妃殿下やイナ様の命令には逆らいません。どうか妃殿下の御役にたてるようにご指導お願いします」


イナの命に従うと言ったのは好感を持てた。


「もしも皇太子殿下と姫様が対立したらどうしますか?」

「もちろん妃殿下に従います」


即答する様子にイナの中では高評価だった。もしルオを見限り、リーンを連れて子供と逃げるなら手引きしてくれそうだった。イナの忠誠はリーンである。小国のことはどうでもよかった。大事なのはリーンの命と幸せである。


「結果はまた後日。ただ乳母になりたいなら大国貴族に負けない教養を求めます。」

「精進致します」


男爵夫人は礼をして退室した。その後もイナは何人か面接したが男爵夫人ほど扱いやすい人間は見つからなかった。


「姫様、男爵夫人のスサナ様がいいと思います」


リーンはイナに任せていたため候補者を知らなかった。


「わかったわ。イナがうまくやれる方が一番だもの。彼女のことはイナに任せるわ」


乳母の任命の書類を作成し男爵家に送った。ルオはリーンに任せていたので確認は取らなかった。

リーンは乳母に武術ができるのはありがたかった。それに自分を擁護し社交界で浮いたスサナを傍におくのもいいかと思っていた。イナが認めるなら反対する理由はなかった。リーンはオルの所為で自分の人を見る目が信用できなくなったいた。皇太子妃としては欠点とわかっていたので人選は直感を信じず、家臣と相談することにしていた。


***


ルオが男爵から文が来て、リーンの執務室に駆けこんだ。


「リーン、乳母って本気?」

「イナの勧めで男爵夫人のスサナ様にお願いしようと」


不思議そうに自分を見つめるリーンにルオは不機嫌な顔をした。


「不敬の塊だろうが」

「ルオ、人は変わるわ。イナは私に害のある者は近づけない。私はイナを信じてる。イナと上手くいかなければ私の傍にはおけないわ。イナは厳しいもの」

「次、何かあれば俺は斬るよ」

「男爵家とは上手くお付き合いしたいけど、そうね。できれば私とこの子の見てないところがいいな」


皇族への不敬で斬首は仕方ない。リーンもルオが決めて動くなら止める気はない。王族も皇族も血に汚れていることはリーンは良く知っていた。王宮ではよくある光景でも見慣れるものではなかった。初めて目の前で首が飛んだ日は兄の布団に潜りこんで恐怖に怯えながら眠った。怯えて眠らないリーンに睡眠薬を飲ませたことは兄しか知らない。


「気をつける。」

「できれば外でね。室内だと掃除が大変だから」


ルオは不穏な会話に目を見張った。


「リーン、まさか見たことあるのか・・・」

「王宮ではよくあるから。何度見ても慣れないわ。」


思い出して顔色を悪くするリーンを抱き上げた。


「大丈夫。嫌な記憶を思い出しただけだから。ルオ、夜は帰ってきてね」


リーンは一人で眠れない気がした。


「一人になりたくないから仕事するから降ろして。」

「ごめん」


リーンに嫌なことを思い出させたルオは申しわけなさそうな顔をした。


「私が弱いだけだもの。私には血塗られた部屋でお茶をするほど強い心はないもの。」


ルオは嫌な予感がした。リーンの姉姫達がまた何かしたんだろうか。リーンが怖がる時は姉姫関連が多かった。急ぎの仕事はおえていたので残りは後で寝室に仕事を運ばせることにしてリーンを休ませることにした。


「今日の仕事は終わった。せっかくだからゆっくりしようか。子供は待ち遠しいけど、リーンを捕られそうだ」

「私はルオのものだもの。大きくなったら雪遊びができるかな」

「二人で風邪を引くなよ」

「お兄様みたいに丈夫に育てばいいな。」


穏やかに我が子に思いを巡らす二人を家臣たちが暖かく見守った。

翌月にリーンは御子を出産した。

リーンとルオの子を初めて抱いたのは兄王子だった。


産気づき、大量の汗を掻き、苦痛に顔を歪め必死に歯を食いしばっているリーンの姿にルオが騒いでいた。


「リーン、大丈夫だ。俺がいる。リーン」


リーンは辛かった。話す余裕も気遣う余力もなかった。隣で手を握るルオがうるさかった。


「殿下、静かにしてください。」


イナの冷たい言葉もルオは聞こえていなかった。


「リーンが辛そうで・・。俺は、どうすれば、リーン、」


リーンではなくルオがパニックになっていた。リーンは兄と見つめ合い頷き合った。


「やれ」


兄王子の命でイナが手刀を放ち気絶させた。イナは倒れるルオを放置しリーンの手を握った。


「姫様、イナがついてます」


リーンは痛みと疲労で意識がもうろうとしはじめた。


「リーン様、殿下は私が寝かせますので、ご安心ください」


男爵夫人のスサナがルオを引きずって、隣室のソファに寝かせた。

兄達のおかげでリーンは無事に出産をおえた。寝室内にルオの味方はいなかった。

医務官はルオの冷たい空気に気絶していたため、呼ばれた兄王子が赤子を取り上げた。兄王子はお産の経験はなかったが知識はあった。また兄王子の声ならリーンは何も考えずに従えた。どんな時も兄が助けてくれることを知っていた。医務官が倒れ、ルオが混乱する中リーンには頼れる存在は兄しかいなかった。

しばらくして産声が聞こえたのでルオの護衛騎士は主を起こした。追い出されてもルオが我が子の誕生を楽しみにしていたことを良く知っていた。


「殿下、起きてください」


幼馴染の声でルオは目覚めて慌てて寝室に行くと、義兄の手に赤子は抱かれていた。


「おめでとう」

「ありがとうございます。リーンは」


リーンはルオと兄に抱かれた我が子を見て笑みを浮かべて目を閉じた。真っ青になったルオに兄王子は苦笑した。


「体力の限界で眠っただけだ。赤子はどうする?」


「殿下、イナにお任せください」

「俺に。」


兄王子はルオに赤子を抱かせた。

ルオは赤子を抱いて目を輝かせた。眠っている顔がリーンとそっくりで可愛かった。自分とリーンの子供が産まれるなんて夢のようだった。

ルオが幸せそうに赤子を抱いていてもイナは気にしなかった。


「殿下、イナ達に任せて執務にお戻りください」


ルオは感動の世界から一瞬で引き戻された。


「俺が見る。執務は終わらせている。休んでいいよ。御苦労だった」


愛しい妻にそっくりな可愛い我が子を渡す気はなかった。


「恐れながら殿下にお世話はできません」

「勉強したから大丈夫だ。」


ルオとイナの争う声に赤子が目を開けた。二人は黙った。赤子が笑う顔を見てルオ達は震えていた。

リーンの髪色とルオの瞳を受け継いだが顔立ちはリーンにそっくりだった。


小国よりも大国の血が濃い赤子を兄王子は静かに見ていた。


「国宝に認定するか・・・」

「殿下、小国ごときの国宝なんて失礼ですよ。人類の至宝です。姫様に抱っこしていただき肖像画の手配を」

「絵師の手配を」


リーンにそっくりでも問題ないらしい。狂った二人は放っておくことにした。赤子を見て感動に震えている乳母も気づかないフリをした。


「騒ぐなら移動しろ。リーンが起きる。俺はこれで。何かあれば部屋にいるから」


兄王子はリーンが目覚めるまでは離宮に滞在することにした。起きたら妹が頭を抱えそうな状況に苦笑した。せっかくなので肖像画ができたら父の土産にすることにした。死にそうだった妹が子供を産んで幸せそうに笑っている顔を見たら泣くかもしれない。嫁いだ妹を心配していた。小国の研究所の情報をわざわざ教えたのは父だった。本当は嫁に出したくなかったことは知っていた。王族なので私情は許されなかった。

退位したら母上を連れて会いに来るだろうか。リーンにそっくりな嫡男はきっと可愛いがられるだろう。姫なら縁談の申し出が凄かっただろう。王太子である義兄が目をつけたかもしれない。リーンにそっくりな姫なら駒として使い道はいくらでもある。平凡な容姿でも姫はルオに似た方が安全だろう。外に控える護衛に入室許可を出して、兄王子は部屋を後にした。


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