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歪んだ皇太子夫婦の日常6 前編

リーンはオルへの嫌がらせをじわじわと続けていた。

オルは自分が婿入りした島国を襲ったことに困っていた。

島国が大国との布の貿易は始まり多忙を極めていた頃オルの好物が輸入ができなくなった。皇族のオルが輸入する嗜好品がなくても、島国民達は困らず輸入の交渉をするほど、島国は暇ではなかった。

島国は裕福な国ではないがこの貿易に成功すれば利益がでることが目に見えていたため必死に動いていた。

リーンは島国がオルのために動く暇がないようにきちんと手を回していた。


オルは島国では手を回せないことがわかり、ルオとしてリーンに手紙を送る。

大国の姫であり世界中に伝手のあるリーンなら嗜好品の島国への輸入や貿易制限の解除は簡単だろうと。

ルオの友人のリーンならすぐに手配し、結果報告の手紙と共に菓子を贈ってくるだろうと楽しみに待つことにした。

食通のオルは狭い島国のものだけで満足できる人間ではなかった。


***


ルオはリーンに会いに執務室に行くと顔を顰めて見たことのないほど不機嫌な顔で手紙をビリビリと破く姿に目を丸くする。


「リーン?」

「ルー様、気にしないでください」


リーンは公式の場ではルオをルー様か殿下と呼び、決してオル様とは呼ばない。

民もリーンの真似をしてルー殿下と呼ぶとリーンが微笑むので、最近のルオの呼び名はルーで定着していた。ルオはリーン以外に呼ばれる名前に拘りはないため気にしない。

リーンは心配そうな顔をするルオの好きなニコリとする笑顔を浮かべ、ごまかす。


「不幸の手紙です。気にしないでください。どうされました?」

「天気もいいし、散歩でもどうかと」


リーンは破いた手紙の片づけをイナに頼み、ルオの差し出す手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

ルオは庭園を散歩しながら、隠していた花束を渡した。突然渡された花束にリーンが戸惑ってるのに気づいたルオが照れくさそうに笑う。


「育てた花が咲いたんだ。」


ルオが種を植えて庭師の手を借りながら世話をしていた小さい花壇で足を止めた。リーンのために育てた花を見てもらいたかった。ルオは多忙である。いつもなら花の世話をするなら休んでと嗜めるが不幸の手紙で心に嵐が吹き荒れれていたリーンは感動した。最低な兄と違い誠意の塊のような夫に。


「知らなかった」

「リーンを喜ばせたくて」


照れながら笑う夫に育てられた花束や花壇に咲く色とりどりの花を見て、リーンは満面の笑みを浮かべる。

オルからの不幸の手紙も憂鬱な気分も一気に吹き飛んだ。


「私はルオといるだけで幸せ。今度は私も手伝うわ」

「当分は安静にしてて。心配だから」

「心配しすぎ。私の分の視察を引き受けなくていいのに」


リーンが身籠ってから視察や外での公務から外されていた。ルオはすぐ倒れるリーンが心配で外に出したくなかった。

どうしても行かなければならない時はルオが付き添うのを譲らなかった。


「リーンはよくしてくれてるよ。でも今の一番の役目は」

「元気なお世継ぎを産むこと」

「残念。リーンが元気でいることだ」

「私のルオが側にいれば適うことね」


幸せそうに笑うリーンにルオは幸せを噛みしめる。この花壇を作った時の自分が見たら、泣くかもしれないと思いながら。

留学中のリーンとは違った表情を浮かべていた。ただ昔のリーンも今のリーンも愛しくて堪らなかった。ルオはそっと抱き寄せると自分に体を預け幸せそうに笑う妻に、この幸せがどうか続くようにと心の中で祈った。


***


リーン達が幸せを噛み締めている頃、オルは手紙の返事がないことにイライラしていた。

手に入らない品がさらに増えていた。大国との貿易は布や陶器が主流で食べ物の取引は一切ない。

大国は弱小の島国に献上品も、挨拶の菓子さえ用意しない。

島国は果物には恵まれているが、菓子や嗜好品の文化は発達していない。オルは菓子も好物だった。


「リーンはルオを嫌っていたのか?」


護衛騎士は自分勝手なオルに呆れる。


「留学中は親しそうでしたが」

「返事が来ない」

「お忙しいんでしょう。皇太子妃ですから」

「俺の頼みを断るとは。俺はあいつの我儘をいつも叶えていたのに」


大国の姫に頼まれたら断れない。そして嫁ぐ準備の際のリーンの申し出は必要なものばかりだった。リーンの申し出は自身の命を守るための願いであり、小国では考えつかないほど、細かい要望が綴られていた。ただ手配は大国がするので、受け入れてもらえる許可だけほしいという願いだった。

リーンの為にオルがしたことは父親に許可をとり、情報を集めて了承の返事を送ることとリーンの受け入れ準備の確認に訪ねる大国の訪問者の案内くらいである。


「リーン様の申し出は当然のものばかりでしたよ。リーン様に頼める立場ではないでしょう?立場を」


オルがリーンにしたことは最低だった。それを抜きにしても小国よりも力のない、弱小国の王族に婿入りしたオルが小国の皇太子妃に頼める立場ではない。


「ルオに頼むか。」

「貴方と違って忙しい殿下に」


小国とはいえ皇太子となったルオは忙しい。小国は皇族が少ないが領土だけは大きい。

それにリーンと一緒ならルオはいいところを見せるためにも必死で努力しているだろうと護衛騎士は思っていた。


「兄弟は助け合うものだ」


ただ兄は弟の事情を気にする人間ではなかった。

護衛騎士は複雑な顔でルオに手紙を書くオルを眺めていた。オルは頑固で自分勝手な所は幼い頃から変わらなかった。そして人を、特に家族を利用するところも。



残念ながら、オルの願いはルオには届かなかった。

貿易関係はリーンが取り仕切っている。

名目上の責任者はルオだが、実際は付き添うリーンが動いていた。貿易関係はリーンが得意なのでルオはリーンの傍で見守りながら勉強中である。

またリーンにますます惚れ込んでいたルオは妻の「手出し無用。あんな男の事を思うなら私のことを考えて」っという可愛いおねだりに陥落されていた。

オルは一向に返事がこないため、手紙ではらちがあかないと里帰りを決めた。

オルの妻は家族や人との繋がりを大事にしているので、国のことは気にせず羽を伸ばしてきてと、快く送り出した。


***


オルの帰国の報せを聞いて、リーンの機嫌が悪くなった。何度も送られてきた手紙は破いて捨て、一切返事も出さなかった。帰国の理由は貿易制限の解除のためだと気付いていた。

リーンはオルを殴りたくても、大きくなったお腹では本気で殴りかかれないので、今回は諦めていた。

ルオはリーンのオルに会いたくないという願いを了承した。リーンはオルをこの上なく嫌っている。身重の妻に気が滅入ることをさせる気もなく、双子の兄より愛しい妻の方が大切だった。

また私的な訪問のためリーンが顔を出さなくても問題にはならない。

リーンがオルの滞在中に積極的に離宮に閉じこもるのは安静にしてほしいルオにとっても好都合だった。


***

ルオとして帰国したオルは活気溢れる母国に驚いていた。露店も増え、小国にはない見覚えのない物もたくさん売られており、大国の市を思い出させる賑やかな光景が広がっていた。見たことのない菓子を購入し口にいれると、自分好みの甘みに笑い久々の母国を堪能するために上機嫌に歩き出した。



「ルー殿下と姫様のお子が楽しみだ」

「妃殿下はすばらしい方だからな」


麗しの皇太子妃殿下は小国で人気者だった。麗しの皇太子妃の懐妊に民達は喜び祝福し、さらに国の雰囲気は賑やかになっていた。またリーンが貿易を取り仕切った成果がこの頃には出始め、民の生活も少しずつ豊かになりつつあった。


市を堪能したオルは宮殿に向かうと、謁見の間に通されオルは父に挨拶をした。

皇帝はオルの入れ替わりについて何も言わない。皇太子夫妻の関係も良く、新たな命も授かり全てがうまくいっているのに、蒸し返したくなかった。オルとわかっていても、島国に婿にいったルオとして接するつもりだった。

皇帝との謁見も無事に終わり、お咎めもないのでオルはうまくやっているルオに会いに行くことにした。ルオは抜けているが元々自分達を見分けられる者はいないため、煩い幼馴染が言うような心配は何もなかったと思いながら、ルオのいる執務室の扉に手をかけた。

ルオはオルを離宮に近づけないために宮殿の執務室で仕事をしていた。ルオは一服盛った弟に悪びれもなく扉を開けて堂々と執務室に入ってきた兄に苦笑する。兄が細かいことや人の都合を気にする人間ではないことを久しぶりに思い出した。


「うまくやったな。お前は俺に感謝してるだろう?」


オルは執務をしているルオに、笑顔で話しかける。自慢気に話すオルの言葉にルオは即答した。


「全く」

「リーンはお前に手が重いか?」

「リーンは俺には勿体無い妻だよ。」

「感謝の言葉はないのか・・」


がっかりしている兄にかける言葉は思いつかなかった。オルの所為でルオは苦難の日々を強いられたのは生涯忘れるつもりはない。


「まぁ、いい。リーンに会わせろ」


オルはルオの様子を気にしない人間だった。ルオは久しぶりに兄を前にすると全てがどうでもよくなり力が抜ける感覚に陥るが、要求を思い出して体に力を入れる。


「リーンは体調が悪くて寝込んでる。無理はさせたくない」

「義弟で友人の面会くらい平気だろう?」

「帰国のことは話したけど、会いたくないって」

「そんなにお前は嫌われていたのか?」


ルオはリーンが全て知ってることを話すつもりはなかった。そして、オルの挑発にのるつもりもない。


「さぁね。ただリーンが望まないのに会わせるつもりはない」

「義姉に挨拶は必要だろう?」

「自分がリーンにしたこと忘れた?よく挨拶なんて言えるよな」

「お前は嬉しかっただろう?」

「俺の気持ちは関係ない。リーンを騙した事実は消えない」


ノックの音にルオは入室許可を出す。イナがお茶と氷菓子をお盆に乗せて入ってきた。

イナは皇帝とオルは謁見中だと思っていたため、オルの存在に驚くも気にせず職務を真っ当する。


「姫様からルー殿下の休憩にと差し入れなんですが、後に致しますか?」

「いや、ありがたくもらうよ。」


イナはルオの前にお茶と氷菓子を置き一礼して立ち去る。リーンの侍女なので、オルをもてなすつもりは一切ない。

オルはルオの目の前に置かれた見たことのない白い塊を凝視していた。自分を気にせずに食べようとした弟の手を掴む。


「これはなんだ?」

「氷菓子。俺好みに甘さを控えてくれているから、兄上の好みではないよ」


弟の言葉は聞かずに、オルはスプーンを手に持ち一口すくって口に運ぶ。ひんやりとした冷たさとほのかな甘みの白い塊は初めての経験に口元を緩める。

添えられている熱いお茶は苦かったが、交互に食べるとこの上なくオル好みだった。

兄が食べ物に目がないことを知っていたルオはリーンの差し入れを譲った。


「リーンがうちの名産品を作り出すことに力を入れているんだ。これもその一つ。氷菓子と言って冷やして作る甘味。日当たりの悪い小屋に冬の間に雪を集めて氷庫を作った。その中で作っている。ただ氷菓子は氷庫から出してしばらくすると溶けてしまう。輸出できないからうちにこないと食べられない。他国の貴族にも評判が良くてね。氷菓子目当てにうちにくる者も増えたよ。」


もともとはリーンに会いにくる外国の貴族が多かった。

訪問する外国の貴族の多さにリーンが目をつけた。貴族はお金を落としていく。貴族向けのお菓子といくつか観光名所を用意した。また有名な装飾職人を引き込み小国の鉱石で装飾品も売りはじめた。一番大きかったのは茶葉の開発と配合にも成功したことだった。外国の貴族がお金を落としていくおかげで、小国は潤っていた。

ルオはリーン目当てに来る男を丁寧に接待するのは面白くなかっがリーンが小国を豊かにするのに必要なこと、大事なお客様と言うので目を瞑る。そしてリーンは手作りのもので接待するのはルオだけと笑うので不本意でも隣で見守ることにした。


「お前はこんなに上手い物を毎日食べてるのか!?」

「俺はそこまで甘味は好きじゃない。でもリーンが俺好みに作ってくれたものはありがたくいただいてる」

「リーンが作ってるのか!?」

「ああ。離宮の厨房で。」

「あのリーンが!?」


ルオはリーンへの無礼な態度は流すことにした。リーンの魅力は自分だけが知っていればいい。わざわざ兄に伝えるつもりはなかった。


「兄上には関係ないよ。俺は面会させるつもりはないよ。離宮はリーンの許しのある者しか入れないって約束だろう?」

「それは臣下だろうが。家族には」

「家族が安全とも限らない。俺は兄に一服盛られた」

「軽い眠り薬だろうが。まさか、こっちのほうが良かったなんて。リーンがこんな腕の持ち主だったなんて・・。戻るか?」


ブツブツと恐ろしいことを提案するオルをルオが睨む。


「絶対に嫌。それに無理だよ。お互い公務に支障がでる」

「侍従に聞けば公務なんてなんとかなるだろう」


何気ないことのように言われた言葉の軽さにルオは眉を潜める。何を言われても譲る気なんてない。


「あの頃とは全てが違う。持ってる権利も。それに俺は皇帝になると決めた。」

「皇帝に興味なかっただろ?」


ルオは皇族としてなんとなく生き、リーンのように王族としての誇りも矜持もない。でも今のルオには守りたい物や大事にしたい物ができた。それができるのは皇帝だった。リーンと一緒に見る風景は違う世界だった。民の心に触れて、隣で微笑むリーンを見て決めた。リーンの気を引くためではなく、自分の幸せな時間を守るために皇帝になろうと。それに未だにリーンに横恋慕する者も多い。皇帝になればリーンを自分から奪える者は少なくなる。国が力をつければつけるほど。

ただ兄に言っても無駄なので、兄の嫌がる話を口に出す。


「昔はね。ただ今は違うよ。まず兄上は、執務におわれて眠れない日が続いても平気?俺、3日間執務室から出れなかったけど、耐えられる?自由な時間なんてほとんどない。容赦なく陛下もどんどん俺に仕事を回してくる。視察以外で外に出る暇もない」


オルは恐ろしい生活に唖然と弟を見た。弟も自分と一緒で怠惰な性格である。


「俺はお前が耐えてることが不思議で仕方ない」


ルオも面倒なことは嫌いなためオルの言いたいことはよくわかる。

3日の貫徹はまる1日休みにするために必要だった。それにルオが頑張ればリーンが労わり、皇太子妃としては誇らしいけど、寂しかったと甘える妻は可愛い。


「リーンが俺のために食事を用意したり世話してくれるからな。あの顔見たら、気力がわく。」


にやけている弟は放っておいて、本題に入ることにした。オルは惚気など興味はない。


「あんな女のどこがいいのか。うちの国の貿易制限をなんとかしろ」

「それは俺にはできない。頼むなら父上だ」

「父上が頷くわけないだろう」

「自分で交渉すれば?」

「俺は外交は苦手だ。いつもお前がやっていただろうが」


オルが嫌がるからルオが引き受けていただけである。

それにルオは外交は不得手である。リーンやリーンの侍従が育てた外交官を見ると自分の頼りなさに情けなくなるほどだった。


「俺も外交は得意じゃない。それに小国の皇太子が島国の貿易に口を出せる立場じゃない」


オルはルオの言葉の意味をわかっていた。やっぱりルオでは駄目だった。


「リーンに会わせろ」

「嫌だ。リーンは休んでいる。そんな理由で無理をさせたくない」


ルオはリーンの嫌がらせを知っていても止めない。自分の兄のリーンへの仕打ちに比べれば可愛い悪戯。リーンの友達が動く気持ちもよくわかる。ルオはリーンに悲しい顔で頼まれたら即効で頷く自信がある。しかも初めてのお願いなら尚更。


「兄が困ってるんだ」

「リーンが優先に決まってる。それに大事な後継と他国の貿易なら後継をとるだろう?」

「いつからそんなに薄情になったんだ。」


自分のわがままで2人の人生を振り回した兄にだけは言われたくなかった。

リーンへの求婚の言葉の真意を問い詰めたい。ただ兄は人の言葉を聞かない。自分の興味関心のあること以外は聞き流す人間だった。ルオも同じなので兄を責められない。ルオは無駄なことや面倒なことは手をださない人間である。


「ただ流されて生きられる立場じゃなくなっただけ。」

「リーンに会えないなら、頼んでくれないか?」

「無理だ。」

「俺が説得する」

「会いたくないと言っているんだ」

「お前はルオがこんなに嫌われていいのか?俺が心象よくしてやるよ」

「気にしないしどうでもいい。それにリーンも聞かないよ。他国の貿易に口出すなんてしないよ」

「俺が説得する。オルなら会ってくれるんだろう?」


ルオはもう絶対に入れ替わらないしリーンを騙さないと決めていた。

どの面さげてリーンに会うんだと言っても気にしない兄の相手はやめた。


「寝込む妻に男を近づけるわけないだろう?俺、そろそろ出ないとなんだけど。この話は終わりにしていい?」

「ひどい弟め」


ルオは自分の兄ほどひどいとは思っていない。まず自分の我儘のために周りを振り回すのはやめてほしいと思っている。

オルは強情な弟の説得を諦めた。オルは小腹が空いたので、母に会いに行き、献上されている高級菓子を楽しもうと気分を変えて踵を返して出て行った。


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