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歪んだ皇太子夫婦の日常5 後編

リーンはルオの執務室で膝の上に座っていた。

多忙な夫に、お茶と差し入れを渡して帰るつもりだった。なぜか腕を捕まれ膝の上に乗せられている。リーンは順応性が高かった。初恋症状も落ち着いた。時々見惚れてしまっても、我に返って平静を取り繕う程度には。

ルオは執務室に缶詰だった。お茶を出して退室しようとするリーンの腕を掴んで強引に膝の上に乗せたルオの行動を側近達は気にしなかった。

リーンは自分の肩に顔を埋めている夫に何度目かわからない言葉をかけることにした。


「ルー様、私の執務増やして下さい。手が空いてます」


研究が自分の手から離れたリーンは暇を持て余していた。

リーンは芋の研究のために1日の半分をかけていた。未知への探求心への異常さは兄譲りだった。

リーンの家臣はリーンの実兄のことをよく知っていたので手をださなかった。

研究は自らの手ですべてを成し遂げたいというリーンの兄のこだわりは異常だった。


「暇なら俺の傍にいて。それで十分」


リーンはルオからの変わらない返答に、もう少し粘ることにした。


「外交」

「リーンが交渉するけど、契約するのは俺だから」

「リーン様、殿下が頼りなくてすみません。必死に学んでるので、これからもお供させてください」

「仕事を下さい。ルー様のかわりに視察行きます」

「平気だから」


リーンは強情な夫に諦めた。

仕方ないので、邪魔しないように静かにすることにした。

ルオの執務をぼんやり見ているとリーンに眠気が襲ってきた。


「殿下、私はリーン様にもう少し執務を任せてもいいと思いますよ」


ルオはうとうとしているリーンに気付き、声を潜めて返した。


「リーンが俺より優秀なのは知ってるよ。ただ今だって母上よりも仕事してるんだよ。むしろ母上から周ってきた仕事を全部こなして、暇って状況がおかしいんだよ。確かにリーンは俺よりは執務は少ないけど、」

「状況が違います。以前よりも、全体の執務が増えてます。リーン様のおかげで国は豊かになってますが、それに伴う執務も。素直にお力を借りたほうがいいと思いますよ。」


「家臣が少ない」


呟きを拾った視線がリーンに集まった。


「リーン?」


リーンは呼ばれた気がした。


「ん?」


状況がわからず首を傾げた。


「リーン様、家臣が少ないってどういうことですか?」


リーンはぼんやりとルオを見上げた。


「俺の執務に思う所がある?気にしないから言いたいこと言ってみて」


リーンは夫の優しい声にゆっくりうなずいた。

大国は王族の数が多かった。ただ家臣も多かった。ルオのように大量の仕事を一人でこなす必要はなかった。

リーンは一枚の報告書を手に取って見せた。


「ルオに上がってくる報告への審議が足りない。ルオは決裁だけすればいい。こんな報告書を、大国で見せたら首が飛ぶ」


大国の王子達は無能が嫌いだった。


「首?」

「義兄様達は厳しい。機嫌を損ねれば首がなくなる。王族だもの」


うとうとしているリーンは周りが引いていることに気づいていなかった。

しっかり覚醒してれば絶対に口にしなかった。


「外交も意図を伝えて外交官に任せればいい。ルオは顔見せと大きな取引の時だけ出てくればいい。全部、ルオがこなさなくてもいいと思う。全体的にもう少し厳しくして、質をよくしたほうがいいと思う。」


「質?」


「うん。もっと逞しくなってほしい」


うとうとしていたリーンは眠気に耐えきれず目を閉じた。リーンはルオの腕の中だと眠くなってしまう自分に気付いていなかった。

腕の中で気持ちよさそうに眠るリーンを見て、ようやくリーンが寝ぼけていることに気づいたルオが苦笑した。

初めて聞いた耳に痛い酷評だった。リーンは臣下を褒めても批評することは一度もなかった。


リーンの護衛騎士の一人が頭を下げた。


「うちの姫様がすみません」

「姫様は悪くない。無能が悪い」


リーンの護衛騎士の一人がリーンに心酔していることは離宮では有名だった。いつもはいさめるリーンは夢の中だった。まず護衛騎士はリーンが起きていれば私語を挟まなかった。


「私達が頼んだので気にしませんよ。」


ルオの側近は穏やかな人間ばかりだった。

リーンの手腕を見れば、自分達が無能に見えるのは仕方ないと穏やかに笑うだけだった。


「大国に留学に行ったほうがいいかな」


ルオの言葉に護衛騎士は越権行為とわかっていても、大事な主のために忠告することにした。


「殿下は行かないほうがいいと思いますよ。命が惜しければ」

「は?」


大国の王族と違ってルオは素直で実直である。訳のわからない顔をしている皇子が大国の貴族相手に太刀打ちできるとは思えなかった。王族ほどではないが、貴族も曲者ぞろいだった。


「姫様人気あるんです。」


ルオは察した。

未だにリーンに会うために訪問する者がいた。リーンは氷菓子効果と思い自分が目的だとは気づいていない。リーンは珍しい物が好きなので、御眼鏡の叶う献上品には社交用ではなく満面の笑みをこぼしてしまうことがあった。リーンの笑みに釣られて、王子が新種の情報を持って訪問したこともあった。おかげで小国では新種や珍しい品の入手がたやすかった。ルオがリーンの外交についていくのは勉強のためもあるが嫉妬もあった。ルオは外交や他国への視察は自分抜きでリーンに任せることは絶対に許せなかった。

リーンに惚れこんでいる自覚のあるルオは苦笑した。


「俺を殺して、後釜狙いか」

「否定はしません。全体を見直す気があるなら適任者に頼めばいいんです。大国から出る自由を与えられた王族は優秀です」


ルオに思い当たる人は一人だけだった。

今度、視察の時に話を聞くことにした。

ルオは医療研究所にいるリーンの兄を訪問した。

リーンの兄である王子はルオの話を聞いて、素直に相談しにくる実直さに苦笑した。自国の内情を外国の王族に話すことはしない。妹が聞いたら激怒するだろうと思っていた。ただ可愛い妹の幸せがこの皇太子と共にあるなら協力することにした。

王子は自分の腹心の部下を呼び寄せ、ルオに貸し出すことにした。ルオが主導で動き、部下はフォローというたち位置に見える配慮をしっかりと言い聞かせていた。

ルオは王子の申し出をありがたく受け入れた。小国には大国に知られて困る情報はない。隠したところで、リーンより優秀な王子たちに隠し通せるほどの手腕を自国に持つ者がいないことがわかっていた。またリーンに大国から招く家臣の名を聞くと、厳しいけど信頼できると言われたので何も心配していなかった。



リーンは出過ぎた行為とわかっていた。

ただあまりの多忙の夫が心配だった。

皇帝陛下に頼んで、内密でルオの視察を自分に回して貰うことにした。皇帝はルオがリーンの視察を引き受けているのを知っていた。もともとリーンに頼む予定の視察を戻すことにした。


リーンは子供の学び舎と孤児院の視察の帰りに兄に会いにいった。孤児院の庭で見慣れない大量の葉を見つけた。

兄も知らない葉なので、上機嫌の兄は葉を受け取るとリーンを追い返した。兄が好奇心を刺激されると、止まらないことはよく知っていたので、大人しく帰ることにした。

リーンが視察を引き受けてもルオの忙しさは変わらなかった。執務に励む姿は立派。でも一人で寝るのは寂しかった。

ベットから抜け出してルオの執務室を覗くとルオはまだ仕事をしていた。ルオは一向に部屋に入ってこないリーンに気づいて立ち上がった。扉を開けて逃げようとしたリーンを抱きしめた。

自分を抱きしめて動かない夫にリーンはますます心配になった。


「大丈夫?」

「ああ。もう少ししたら落ち着く。一人にしてごめんな」


リーンは首を横に振った。寂しくても責めるつもりはなかった。

疲れた顔のルオを見て騎士から聞いた疲れがとれる方法を思い出した。

リーンは背伸びをしてルオに唇を重ねた。


「一人でも平気。でも寂しい。邪魔してごめんね」


リーンは赤面して、固まるルオの腕から抜け出して礼をして立ち去った。

夫の貴重な時間を邪魔する気はなかった。抱きしめてもらえただけで満足だった。温もりを忘れないうちに眠りにつこうと寝室に帰ることにした。

ルオは思わぬ妻の行動に、我に返ったときは目の前に誰もいなかった。妄想かと悩むルオは護衛騎士にあまり見せつけないで下さいと笑われた。現実だと気づいて執務室に戻って、ルオは机に突っ伏した。早く終わらせてリーンとゆっくりすることに決めた。


ようやく仕事が落ち着き、寝室に入るとリーンがルオの服を抱き抱えて眠っていた。服を取り上げると、リーンの腕が彷徨いだしたので、強引に抱きしめて眠りについた。

リーンは目覚めるとルオが寝ていたので驚いた。まだ起きるまで時間の余裕があるので、久々の夫を堪能することにした。リーンはルオの胸に耳をあてて心臓の音を聴いていた。

ただ起床時間が来たので、ルオの腕からそっと抜け出そうと腕を解くとルオが目を開けた。ルオは乱れたリーンの様子に思わず口づけた。リーンは身の危険を感じた。そろそろイナが起こしに来る時間だった。


「ルオ、だめ、イナが」

「イナなら大丈夫だよ。今日はゆっくりしよう」

「だめ、私、仕事ある」

「今日は俺と過ごしてほしい」


ルオはベルを鳴らすとイナが入室した。ルオに押し倒されてる主をみて察した。


「姫様は気分が優れないようですね。今日はゆっくり休んでください。人払いをしておきます」

「頼んだよ」


イナは礼をして退室した。ルオは若い。後継を作るのは大事な仕事なので邪魔しないように配慮した。

翌日のリーンはフラフラしていたがルオは上機嫌だった。



ルオはリーンに会いに執務室にいくと、侍従の腕の中にリーンがいた。目を見張ると、侍従がリーンを抱き上げた。

倒れていることに気づいて慌ててルオは駆け寄った。

顔色の悪いリーンを侍従から受け取り、寝室に連れて行き医務官を手配した。

医務官はリーンを診察し、イナにいくつか質問をした。

ルオは真っ青な顔でリーンの手を握っていた。医務官はルオの真っ青な顔など見たことがなかった。仲睦まじい皇太子夫妻に口角をあげた。


「おめでとうございます」


「は?なにがめでたい」


倒れたリーンを見て祝いの言葉を述べる医務官をルオはすごい形相で睨みつけた。医務官は怯えながらも、口にした。


「皇太子妃殿下のご懐妊を心よりお祝い申し上げます」


ルオの耳にうまく入らなかった。護衛騎士はルオの肩を叩いてゆっくり告げた。


「殿下、ご懐妊おめでとうございます。」


しばらくするとルオは現実を認識した。


「懐妊?」

「はい」

「命に別状は」

「今の所はありません。ただ妃殿下はお体が丈夫ではありませんので安静に過ごしていただいたほうがよろしいかと」

「安静・・。ベッドから起き上がるのは平気か?」


真顔で医務官に詰め寄るルオにイナはため息を我慢した。

皇太子夫妻の仲の良さはよろこばしい。ただルオが時々、大げさになり過ぎることがあることに気付いていた。

イナはルオに任せておけなかった。このままだとリーンがベッドでの生活を余儀なくされそうな雰囲気である。


「恐れながら殿下、私が詳しく聞いておきます。姫様のことはお任せ下さい」

「だが、」

「私は姫様が幼き頃よりお仕えしているので、お任せ下さい」


しつこいルオを護衛騎士は追い出すことにした。

執務をせずに、ルオが自分に付き添うことを望まないリーンのために。


「殿下、執務に戻って下さい」

「起きるまで、」

「イナが側にいますよ。殿下がいても、何もできません。執務にお戻りください」


ルオは護衛騎士にリーンから引き剥がされ執務室に戻り黙々と仕事を始めた。侍従はルオの切り替えの早さとやると決めた時の集中力は認めていた。



リーンが目を覚ました。


「姫様、気分はいかがですか?」


イナの言葉にリーンが自分が倒れたことを思い出しゆっくりと起き上がった。


「大丈夫。ごめん。疲れてたのかな。最近少しだるくて」

「そういう時は早めに教えて下さい。姫様が本気で隠されるとイナは困ります」

「気をつける。執務に戻るわ」

「今日は休まれてください。お食事をお持ちします」


イナはリーンの言葉を聞かずに食事の用意をはじめた。

今日は仕事は休むように言われたため大人しくしていることにした。自分が倒れると周りが緊張するから気をつけないととリーンは気を引き締めた。


食事を終えて寝室で本を読んでると夜着に着替えたルオが入ってきた。


「おかえりなさい。」


リーンはルオの顔を見て、倒れたことを知られていることを悟って笑顔を作った。


「ルオ、元気だよ」


リーンをルオは抱きしめた。


「苦しくも痛くもないから大丈夫。イナ達が大げさなの。心配しないで」


ルオはリーンを腕から放して顔を覗き込んだ。


「聞いてない?」

「え?」


ルオはリーンのお腹に手をあてた。


「ここに小さい命が宿ってる」


リーンはルオの言葉に驚きながらも納得した。


「だからおかしかったのか」


ルオはリーンが思わず零した言葉に目を見開いた。


「リーン、具合が悪いの隠してたのか!?」

「違う。具合は悪くなかった。倒れたのは今日だけ。」

「おかしかったってどういうこと?」

「体がだるくて、時々フラフラするくらい。」


ルオは初耳だった。リーンの体調についてイナに報告するように命じていた。


「イナにも言わなかったのか?」

「なんで?」


真顔のルオに詰め寄られてもリーンは意味がわからず戸惑った。

ルオはリーンの困惑している顔を見て、リーンの幼少の話を思い出した。


「具合が悪いのはどんな時?」

「倒れた時」

「もう少し具体的に教えてくれないか?」

「息ができない」

「他には?」

「体の震えが止まらなくて、意識が朦朧とする。」


認識の違いにルオは気付いた。


「気分が悪いのはどんな時?」

「意識がなくなる時」

「普通は吐き気が出たら気分が悪いって言うんだよ。」


リーンはきょとんとして笑った。


「価値観の違いだね。やっぱり小国は変わってる」


良い笑顔の妻を見て、ルオは力が抜けてしまった。

後日義兄を訪ねることを決めた。新たな命の誕生への喜びよりも妻の体への不安が勝ってしまった。


「無事に生まれるまでは絶対安静」

「大丈夫。しっかりお勤め励みます」

「心配で俺の仕事が手につかない」

「ルオも心配性だね。私は病気じゃないから平気」


頑固な妻を見て、寝かしつけることにした。

医療研究所は皇太子夫妻の突然の訪問に慣れていた。

王子はリーンから預かった葉の研究も一段落したので、ルオの話に付き合うことにした。

手のかかる妹がまたやらかしたので謝罪した。

またルオの話を聞いて事情を説明しておくことにした。


「おめでとう。そしてすまない」

「ありがとうございます。いえ、こちらこそいつもすみません」

「リーンは子供の頃は調子が悪いことが当たり前だったからズレてるんだ。大体はイナ達が気づくけどな。昔からリーンの腹心に体調管理させてるから従うけど、本人は全くわかってない」


ルオの心配が当たっていた。ずれているのは国の違いではなく、リーンの認識だった。


「大丈夫なんですか?」

「あいつが言う時は手遅れで重症だ。本人が調子がおかしいと隠す時もあるから言い聞かせたほうがいい。9歳の時、高熱のまま視察をこなして帰ってきたからな。自室についた途端に倒れて大騒ぎだったけど。」


ルオは茫然とした。9歳の姫が高熱を悟らせず視察をやり遂げる。しかも誰にも悟られずに・・。想像もつかない光景だった。


「はい?」


困惑する素直な義弟の様子に王子は笑った。

リーンはこのわかりやすいところが好きなんだろうと思いながら続きを説明することにした。


「リーンは父のお気に入りだったんだよ。姉姫達が嫉妬して、社交会デビューの日に、今まで王族の務めを果たさなかった義妹に自覚が出て安心したって言ったんだよ。7歳半ばのリーンに」

「病み上がりの妹に?」

「女の嫉妬は怖いよ。あんまりやっかみを言われるから、リーンは必死で社交と公務に励んでいたよ。7年間を取り戻さないとって」

「王族の公務はそんなに幼い頃からあるんですか?」

「リーンの療養していた時期の必要な公務は民への顔見せくらいだ。ほとんどの時間は教育に注がれる。うちの妹、美人で優秀、性格も良いだろ?だからそれくらいしか、嫌味を言えなかったんだよ。姉姫よりもリーンが人気が出るのはよくわかるだろう?」

「俺はリーン以外の姫様を知りません。ただリーンが人気の理由はわかります。まさか、」

「たぶんな。いつも通り務めを果たさないとと張り切るよ。頑張って言い聞かせてくれ、義弟よ。念のため眠り薬を渡そうか?」


ルオはリーンを騙すことはしないと決めていた。リーンは今は大国の姫ではなく、小国の皇太子妃である。きちんとわかるまで向き合うことにした。


「いえ、二人で話します。姫様達がリーンに誤った認識をもたせたなら俺が正します。リーンはまた意地悪されたりしませんか?」

「たぶんあいつらは国内の貴族に嫁がされるから国を攻撃することはないだろう。小国の皇子を選んだ見る目のない馬鹿な妹と嘲笑って送り出したしな。」


王子は父のお気に入りのリーンに手を出すことはなかった。それに、有能な姫は大事にする。病弱のリーンが社交デビューで有能さをしめしてからは、良心的な付き合いをしていた。


「今更ですが、リーンの婚約者候補になんでうちが入ったんですか?」

「憶測だけど、小国が入ったのはリーンが友人を気に入っていたのと、領土が大きかったから。リーンの力をうまく利用すればと将来性を買われたんだ。」

「気に入ってた?」

「ああ。小国が1番楽しかったようだ。リーンはたくさん友達を作っていたけど母上が父上にリーンは小国の皇子を気にいってるって進言した。当日来た皇子は違う方だったけどな。」

「すみません」

「妹が幸せならいいよ。俺から言うこともない。俺はお前で良かったと思うよ。無事に産まれるまではこの国にいるよ。」

「ありがとうございます」


ルオは義兄がリーンを大事にしていることを知っていた。ありがたい言葉に甘えることにした。まだまだ大国ほどの医療整備は整えられていない。だからこそ医学に詳しい義兄が傍にいるのは心強かった。

ルオが執務室に行くとリーンは書類から顔を上げた。


「リーン、些細な体の変化があれば教えて。子供を産むために体はかわっていく。でも、それがリーンや子供にとって望ましくない変化かもしれない。俺はリーンと子供を守る義務がある。最優先はリーンの体調管理だ」


「姫様反省してください。体調の変化を隠すのはやめてください」


突然真剣な顔で話し出した周りに戸惑いながらも

「公務」

「うちの皇族は緩いから。気にしなくていい。俺は仮病で式典サボってもおとがめなしだったよ」

「はい?」

「うちの国は緩いんだよ。民たちもリーンが時々顔を見せて手を振ればそれで満足するよ」

「そういうわけには」

「リーンが教えてくれないなら、執務から外すよ。大国の姫と小国の皇太子妃だとお役目は変わるだろう?」


ルオの言葉も一理あった。リーンが丈夫な後継者を産むのは大事なお役目だった。


「姫様が隠すと余計に心配になります。私達を気遣われるなら正直にお話しください」

「そうですよ。大国の姫と違って皇太子妃のかわりはいません。御身を第一にお考え下さい。うちの殿下は絶対に後妻など受け入れませんよ」


リーンは周りの家臣やルオの真剣な顔を見て逆らってはいけない気がした。兄にも家臣の言葉はしっかりと聞くようにと言われていた。


「わかりました。気をつけます」


「姫様、今なら怒りませんから教えてください。体のことで隠していることはありませんか?」


リーンはイナの目を見れなかった。一つだけあった。ただ言えば心配をかけることがわかっていた。

沈黙が続いていた。諦めたのはリーンだった。


「食欲がなくて、薬湯ですませてました・・」


空気が凍った。この場の者がリーンは食事を口にしているのを目にしていた。ルオも朝食を共にしていた。


「姫様、まさか・・」

「私、得意だったでしょ?血は混ざってないからいいかなって」

空気に耐えきれずリーンは明るく言った。ただ空気は重たくなるばかりだった。

リーンは食事がすんだあと、食べたものを吐いていた。吐き気との付き合いが長かったリーンは多少なら我慢することができた。家族に心配をかけたくなくて覚えた特技だった。

ただ何も食べないことはいけないことだと常備している栄養満点の兄特性の薬湯を毎食飲んでいた。

一番最初に正気に戻ったのはイナだった。


「なんで言わなかったんですか!?」

「言うほどのことじゃないかなって。みんなが大げさに心配するから」

「医務官に診察させろ。リーンは明日から毎朝、診察だ。食事は食べられそうなものを探そうか」

「薬湯があれば平気」

「平気じゃないから。ごめん。リーンの体調管理だけは全く信用できないから言うこときいて。頼むから」

「姫様」

「俺が安心できたら少しずつ執務は回してやるからしばらく療養」

「忙しいのに」

「俺の心配してくれるなら、言うことをきいて。」

「わかりました。旦那様の判断に従います」


周りの視線が痛かった。リーンは逆らえないことを悟った。

リーンはルオに抱き上げられて、寝室に戻された。

今回はリーンの家臣はルオの味方だった。リーンはルオの信頼が得られるまでは寝室での生活が続いていた。1週間してようやくリーンは少しずつ執務をすることを許された。

ルオがリーンを心配してますます会いにきてくれることになったのは嬉しかった。

毎朝、リーンの診察に立ち合い経過を聞いて幸せそうに笑う顔が愛しかった。

リーンは自分のお腹をゆっくりと撫でた。

自分を抱いて座っている夫に体を預け静かに目を閉じた。


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