こちら竜肉加工工場
労働の現実逃避で降って湧いた幻覚を言語化しました。
この世界には竜と人が共存している。
どちらも、互いを知的文明を持つ存在として尊重しあう社会を築き上げた。
けれど、異端児、あるいは問題児というのは存在する。人にせよ竜にせよ。
人側にも協定を無視し竜に挑む無法者がおり、竜側にも同じように理由無く人を痛めつける非道者がいた。
それらに悩まされた社会は、人の代表と竜の代表の間で取り決めを追加する。
互いの社会の安定を乱す者は、それぞれの法に則り処罰してもよい。
その決まりにより誕生したのが、人の国の外れにある竜肉加工工場だ。
この工場では、不良竜を退治する許可が下りたハンターを雇っている。
そして、公式に許可の下りた狩りで退治された竜を、食品に加工していた。
人であっても、無許可で竜社会に忍び込み迷惑行為を働く者は、問答無用で肉食竜に食わせることになっている。よって、平等な処置だ。
処罰やむなし、と竜族から判断された不良竜がいない限り、この工場に仕事はない。
そのため、当初は赤字運用だろうと思われていた。
だが。
人であれ竜であれ、社会からはみ出すことを自慢したがる若者は一定数存在した。
故に、残念ながらこの工場は月に数度は稼働することになる。
「工場長、今日はどこまで行くンすか」
軽い口調で若いドラゴンハンターに問われたオルギは、業務連絡で返す。
「今日は西の山岳地帯の河口まで行く。退治するのは200歳ほどの地竜だ」
「ハァ、胴長のヤツっすね」
「地面に潜らせないよう追い込むぞ」
「ヘーイ」
説明を終え、二人は鷲の頭と翼を持つ合成獣の背に乗った。
合成獣は巨大な翼をはためかせ、事務員兼回復役の魔術師の指示で天高く飛び上がる。
「毎回思うンすけどー、デカイ武器持った男三人で乗ってこのトリさん平気なんスか」
「メラちゃんは丈夫な子だからね、心配要らないよ」
「あ、それ名前っすか」
合成獣の虎と蛇パーツを無視する新人ハンターと、合成獣キメラにひねりのない名前を付ける事務員が緩い会話を繰り返すうちに、一行は目的地へとたどり着く。
そのまま三人で、上空から指定の獲物を探す。
「……河べりで水を飲んでいるあいつだな」
オルギの言葉に、二人も視線を移す。
そこには、地底を這いずって暮らす竜種がいた。人の三倍ほどの大きさで、まだ若い。
「何か、水浴びして遊んでるように見えるンすけど」
「あー、あれは誰も来ないと思って調子こいてるねえ」
普段なら水竜の管轄には近寄らない生態の竜が、河の浅瀬で転げ回っている。
ここまで来る途中、野鳥達が騒がしかった理由はこれのようだ。
胴長短足のモグラのような竜が水辺ではしゃぐ光景は、長年ドラゴンハンターをやっているオルギも初めて見る光景だ。
「油断しているうちに仕留めるぞ。上空から飛びかかる」
「ウイッス」
二人は、竜の鱗を砕く大剣を構えた。
それに合わせ、合成獣が下降する。
人間に討伐依頼が出されていると知らない地竜は、上から降って来た二人への対処が遅れ、腹に打撃を受けた。
悲鳴のような咆哮が上がる。
動きの激しい頭部を避け、新人が二撃目を入れる。
胸を穿たれた竜は、鳴くことすらできずに痙攣を起こす。そしてすぐに力尽きた。
「あー、やっちまった!」
「どうした? 無事に退治できただろう」
「工場長、俺この前、お偉いさんから竜の心臓持ってこいって言われてェ」
該当部位には大剣が深々と刺さっている。心臓は完全に潰れているだろう。
「そんなことか。気にするな、事故なく手短に狩るのが最優先だ」
「え、いいんすか」
合成獣に乗って竜の検分をする事務員が簡潔に説明する。
「狩りで怪我人を出すと、労災の処理が面倒だからねえ」
三人と合成獣で竜を引きずって河から離し、解体する。
この量の肉であれば、工場を稼働させるのに充分だ。
事務員が防腐処理の魔術を施すのを眺め、新人の青年が言う。
「俺がガキんときは、竜はコーケツな生命って聞いて憧れたんすけど、最近は退治依頼が多いっすね」
「数が増えれば無法者も増える。それは人も竜も同じなんだろう」
「そーいうもんっすか……」
狩りの対象は不良の竜ばかりのため、まだこのハンターは高潔な竜というものに遭遇したことがない。そのせいか、竜退治に出る度に幻想を打ち砕かれているようだ。
持ち帰った竜肉は、工場の巨大な水槽に入れ、血抜きの溶液の中で一日浸す。
時間を置き溶液を入れ替えての洗浄。
その後に流れ作業が開始される。
作業を担当するのは、子供が学校に通う間に仕事を探す魔女達だ。
肉を一口サイズに切り分けて、調理用の大釜に入れる。
大釜にはこの地域で採れる岩塩を砕いて入れ、香草と水を加えて長時間煮込む。
煮込みながら、ひたすら毒消しの魔術がかけられる。紫色の湯気が漂うのと魔女の歌声が聞こえるのは仕様なので気にしてはいけない。
その後の味付けとして、一般家庭で人気の調味料が投入される。
子供でも安心して食べられる味になったところで、肉を小分けして鉄製の小箱に詰める。
小箱には虫除けの魔術を施して、竜肉だと分かるようにラベルを貼っていく。
こうして竜肉は商品として出荷の用意が整った。
出来上がった商品を3ダース取り、オルギは青年ハンターを呼んだ。
「クイン! できたぞ。持って帰れ」
「あざっす!」
狩りの報酬とは別に、商品としての竜肉も青年へ渡す。
それを受け取り、青年は嬉しそうに言う。
「弟と妹が喜ぶっす。あいつらこれ食って元気になって、学校にも行けて」
「家族とは仲良くやっているようだな」
「おかげさまっす! あ、工場長は最近娘さんどうっすか、反抗期だってドゥリンさんが言って」
「その話はするな」
「はぁ。歴戦のドラゴンハンターも娘さん反抗期だと辛いんすね」
世間話をするうちに、事務員が合成獣に乗って役所から戻って来る。
「工場長! また近いうちに竜退治の仕事が入るみたいですよ。不良竜による被害が出たそうで」
「分かった」
「竜なのになぁ……俺より頭いいハズなのに……」
「クイン、お前は今日はもう家族に会いに行ってこい」
「ウッス、お先に失礼しまース」
竜肉加工工場は、人と竜の取り決めに変更がない限り、しばらくは忙しい。
工場勤務の方も、それ以外の労働者の方も毎日お疲れ様です。