第3話 問題は山積み
「はー、どうなってんだあれ?」
大道芸人らしき二人組が、形のない炎と水に鳥や犬、猫といった生き物の形を与えて宙を飛ばしている。噴水広場の前には、子供や大人も入り混じった人集りが出来ていて、その中に俺も紛れていた。
「うぉっ!?」
人差し指サイズの小さな水が来たかと思えば、いきなり膨張し、虎のような姿になり牙を剥く。勿論、害がないとは分かってはいるが急な変化に驚き、後退る。腰が引けながらも、興味本位で虎の鼻先を触れてみると、パンっと水の虎が弾け飛び、辺りに水飛沫が飛び散った。
「つめたっ!?」
観客としての反応が完璧な俺に、水を操っていると思われるピエロのような仮面を被った女性が、クスクスと笑う。すると、反応の差が悔しかったのか、対抗するかのように炎を操る男性が、派手な事をし始めた。虎を象った炎を、炎の輪くぐりをさせた後に、翼を生やし空を駆け回せる。
「なぁ、ユキ。あれどうやってんだ!?」
初めて手品を見る子供のように興奮し、なんとか種を暴こうと凝視するが、全く種が分からない。よく分からない原理、よく分からない現象。未知という存在との遭遇に胸が高鳴る。
「さぁ、多分魔法だとは思うけど、私にはよく分からないかな」
魔法!?あれも魔法なのか!?
「すっげぇな、あれ!どうなってんだ!?」
目を輝かせながらユキに詰め寄る俺に対し、困ったような笑みを浮かべて、ユキは頰を掻いた。その間にも、水と火は様々な生物に形を変え、その度に観客側から感嘆の声が上がる。
「ユキも出来るのか?」
「あはは。期待されてるところ悪いけど、魔法の種類が違うから、私には出来ないよ」
なるほど、魔法にも種類があるのか。ゲームで言えばユキの使う魔法は、回復術師型の魔法かな?俺は……俺が使えたとしたら何だろう?
「ただ、あそこまで精密にやるとなると、相当な技術が必要になるよ」
「技術ってどのくらい?」
魔法のない世界から来た俺からしたら、魔法の技術と言われても、よく分からない。
「分かりやすく言えば、そうだね。髪の毛の一本、一本にまで神経を届かせて、足の指程度には髪の毛を自由に動かす感じかな」
「ふむ。よく分からん」
「まぁ、魔法に関しての感覚は持ってる人じゃないと分からないから。分からなくても仕方ないよ」
「俺もできるようになる?」
一番、重要なのは俺が使えるかどうかだ。あんな面白そう……応用の利きそうな技術を手に入れることが出来たら、この理不尽な世界に少しは対抗できそうだ。
「ん〜。魔法は先天的か、覚醒して後天的に得るかの二通りだからね。頑張るしかないかな」
不安しかなかった異世界だが、なにやら楽しくなってきたじゃないか。弱い俺でも、魔法が使えるようになれば、この世界での生存確率も少しは上がるかもしれない。
「面白いじゃないか」
魔法という非常識的な存在に、心が浮き立つのが分かる。まじどうやってんだ、あれ。おぉっ、今度は龍になった!すっげぇ、あれすっげぇ!
「ほらほら、止まってないでもう行くよ」
「えっ、もうちょっと見させて!?」
「いやいや、なんだかんだもう結構見てるじゃん。30分は立ち見してるよ?」
無理矢理にでも目的地へと連れて行こうとするユキに懇願する。こんな不可思議芸を見逃すなんて、勿体無い!
「君は今日覚える事がたくさんあるんだよ。ここで道草をしてたら、日が暮れちゃう。組合も、もう少ししたら混み合う時間になるし」
時計がないため正確な時刻は分からないが、空を見上げてみると太陽が傾き始めていた。冒険者ってのは、昼過ぎに終わる仕事なのか?
「それに、あの大道芸人さん達を見たのは今日が初めてだから、多分もうしばらくはいるよ。だから今日の所は、用事を済ませるのが先」
後ろ髪を引かれる思いで、渋々その場を後にする。後ろから子供達の小さな歓声が漏れ出るたび、振り向く俺の腕を呆れながらユキは引っ張る。やけに急かすな、おい。そんなに組合ってのは、混むのかよ。
「まだ見てたいけど、仕方ない……」
見たい、見たいが断腸の思いで我慢する。
「そんなに気になるの?確かに凄い芸だったけど……」
「違う、違うんだ、ユキ」
確かに俺はあの芸について感動はした。だが、俺は周囲を喜ばせる芸に感動したのではなく、その芸の根元に存在する魔法に感動していたのだ。周囲を喜ばせる芸なら、別に手品でもいい。なんなら、俺も道具さえあれば、あっと皆を驚かせるような手品ぐらいならば披露できる(素人限定だが)。しかし、俺のは小手先の技。種もあれば仕掛けもある。
「あの人達の魔法に俺は、感動しているんだ」
だが、あの人達の使う魔法には種もなければ仕掛けもない。まさに、神秘。まさに、奇跡。これにワクワクしないでどうする。健全な心の持ち主なら、魔法という存在に心を動かされるに決まっている。火を放ってみたいだろう。水を降らしてみたいだろう。氷の柱を突き立ててみたいだろう。雷を落としてみたいだろう!
「んー、確かに凄かったけど、そんなに感動するかなぁ」
ユキと俺の間にある感性の壁は厚く、超えることのできないほどの壁があるのだろう。常識的な物として魔法が存在する世界と、非常識的な物として魔法が存在しない世界。持っている価値観が違う。
「あー、魔法使いてぇー」
「冒険者を続けていれば、魔力がある程度あれば、いつかは使えるかもよ」
「じゃあ、頑張るか」
当面の目標は、魔法が使えるようになること。それと、帰るための方法を探し出すことの二つだな。帰る方法を探すのは、生活基盤を整えて、安心して過ごせる環境を作ってからにしよう。まずは、目先の事を済ませるか。今の段階なら、ミッション一。組合へ行こう的な感じかな。
「さっさと組合へ行こう……あ、あれはなんだ?」
と、用事を手早く済ませようと気持ちを新たにさせた俺だが、早速、違うものに目移り。
「君って人は……」
子供のように、色んなことに興味が移る俺にユキが溜息を吐いた。興味深いものが沢山あるんだから、仕方ないじゃん。
「猫みたいだな」
白い毛に赤い瞳。通常の猫より小さく、マンチカンみたいにまん丸な猫が気持ちよさそうに塀の上で欠伸をしている。
「可愛いな、おまえ」
近寄ってみて試しに、撫でてみようと手を伸ばすと
「ニャアッ!!」
「うぉっ!?」
全ての毛が逆立ち、ボフンと効果音が聞こえそうなほどのまん丸な綿あめみたいになって塀の上を転がっていった。
「すげぇな、あの猫」
塀の上を転がるバランス感覚にも驚きだが、完璧な毛玉になって転がっていったぞ。一体、どういう原理だ?
「ウォーマルキャットだね。首輪してなかったっぽいし野良かな?」
「可愛いがあれだと、砂まみれになりそうだな」
綺麗にするのが大変そうだ。
「ならないよ?」
「は?いや、あんな毛玉になって転がっていったら砂まみれになるだろ」
「ウォーマルキャットの毛は魔力を流さない限り、サラサラだから叩けば簡単に落ちるんだよ」
わぁお、さすがは異世界。野良猫までも珍生物かよ。とことん、常識が通用しねーな。
「それにしても、君は色んな事に目移りするね?」
猫?を撫でるのは諦め、組合まで一直線に続くという坂道を歩いていると、ユキが不思議そうに訪ねてきた。
「楽しいからだな」
この世界に対しての不安は拭えないが、それ以上に興味をそそられる事が多いのも事実。というか、今も目の前で歩いている女性の頭部に生えた犬耳に早速、気を取られている。
「あの犬耳、本物か?」
「本物だよ?」
指を指してユキに聞いてみると、ユキの言う通り、女性の犬耳は本物のように時折、ピクピクしている。やっぱり、ユキの耳も目の前の女性の耳も本物か。人間以外の人種ってのもいるんだな。
「あの人も冒険者なのか」
犬耳女性の腰から、ダガーナイフが二本下がっている所を見ると、あの女性も、ユキと同じ冒険者なのだろう。先程から一般市民の姿よりも、武器と防具を装備した冒険者と思われる人達の姿が多くなってきたのは気の所為?
「あの人は獣人だね」
我が国の変態諸君が喜びそうな種族だ。ただ、俺の想像していた獣人像とは少し違って、足に獣の特徴が残っていて、体毛で覆われていても分かる、筋肉質な二本の足。力は人間より強そうだ。
「猫耳、犬耳ってやっぱりいいよな」
まぁ、そんな足もチャームポイントなんですけども。萌えというよりは、ただ純粋に愛でたい。俺、犬や猫の動物の毛って好きなんだよな。あの人間にはないモフモフ感。撫でたい。
「手が怪しい動きをしてるけど、どうしたの?」
「撫でたい」
「それやったら、セクハラだからね?」
こっちの世界にもセクハラという概念がある事に驚きだ。いやもしかしたら、俺の言語に合わせるような超常現象が現在進行形で起きているだけなのかもしれないが。
「ちなみに、ユキはなんていう種族なんだ?」
大方、エルフだとは思うけど。ただ、今のうちに消化できる疑問は消しておきたい。俺は、この世界を知らなさすぎるからな。
「私は、純粋な森の森人だよ」
「エルフに純粋も純粋じゃないとか、あるのか」
「森の外の人と交わった森人は、耳が短くなってくるからね。私みたいに長くないんだよ。ほら」
ユキが指を指した先には、カフェのオープンテラスで優雅にティータイムを過ごしている老年男性。その男性の耳をよくよく見てみると、確かに普通の人より耳は長いが、ユキに比べると耳先は丸みを帯びている
「まぁ、そもそも森から出てくる森人の方が珍しいから、純粋な森の森人は、あんまり見ないとは思うけど」
「エルフって、森の外に出ない引きこもりなのか?」
「ひ、引きこもりって……。森人には、森を守護するっていう使命があるから、出ないだけ」
「なんで、ユキは森から出てきたんだ?」
「ちょっとした訳があってね。森での生活は退屈だったし」
「で、冒険者になって毎日どうなんだ?」
「冒険者って刺激が強くて飽きないから、毎日が新鮮だよ。今日みたいに川を流されている人を見つけたのは久しぶりだったけど」
久々って事は俺以外にもいたんだ。その人とは仲良くなれそうだな。
「あ、この階段を上がれば組合が見えるよ」
一足先に階段を駆け上がっていくユキの後を追い、俺も二段飛ばしで階段を登っていく。
「早く、早くー」
「待って、早い…」
軽やかに弾むように階段を上っていくユキに置いていかれる男の俺。情けなっ。
「つーいたっ」
「い、意外に長く、ねぇ?」
ユキが上り終え、遅れて俺も到着。運動をしていない訳ではなかったが、
「ここが、冒険者組合だよ」
冒険者組合。ゲームならば、冒険者に仕事を斡旋したり支援したりする組織だ。ユキとの会話から推測するに、俺の予想は概ね当たっている。先を行くユキを追い、組合の中へ入る。
「うおぉっ……!」
組合の中へ入るとまさにファンタジーとも言える光景が目の前には広がっていた。俺、今いるよ。ファンタジーの世界にいるよ。獣耳にエルフに、ちっさいおっさんのドワーフ!
「ハロー、アンダーワールド!」
思わず、感激の声が口から出てしまった。しかも、なぜか英語で!こんにちは、異世界!
「ちょ、恥ずかしいからっ!?」
そこかしこに鎧や剣を装備した人間がたむろしている。新参者であるのに加え、ワイシャツに学生ズボンなどというこの世界では奇怪な服装の部類に入る見た目をしているからか、やけに注目を集めている。だが、それがどうした!
「あ、あれクエスト系のボードか!?」
俺のこの喜びを止められる人間は今この世にいない!
「ク、クエ?あれは、依頼ボードだよ」
「あの階段の先はなにがあるんだ!?」
「上位の冒険者達用の依頼が上にはあるの。ほら、早く行くよ」
「あれ、美味そう!」
「今度、食べよう!ね、だから今は早く行こう!」
「うおぉっ、すっげぇ!気分が上がる!」
「君、なんか性格変わってない!?」
「さっきまで抑えてた!」
「出来るなら、今も抑えてて!?」
ごめん、無理!
テンションマックスの俺の背中を押して、ユキは無理やり受付前まで連れて行く。なされるがまま、受付窓口の前まで移動すると、俺がなにかを言う前に一枚の紙と羽ペンが出てきた。
「冒険者登録、ですよね」
ニコッとカウンター越しに接客スマイルを送ってくる一人の女性。接客業をした事のある俺じゃなきゃ危なかったな。清潔感溢れる制服に身を包み、ユキとは違ったクール美人寄りの接客スマイルだ。純情な男なら、コロッと堕ちるに違いない。
「よく分かりましたね。貴女の言う通り、冒険者志望の人間です」
「先程から、楽しそうな声が聞こえてましたからね。先に準備をしておきました」
「ご、ごめんね、マナ。手間をかけさせちゃって」
「いえ、冒険者組合の受付嬢ですから、騒がしいのは慣れてます」
マナと呼ばれた女性は、ユキと親しい仲なのか喧しい俺がいたとしても、変な目で見るだけで大して咎めはしなかった。
「すみません。質問は受け付けてます?」
「はい、なんでしょう?」
「だから、性格変わるのが早いよ……」
いや、流石に仕事をしている人に迷惑をかけちゃ駄目だろう。接客業をやると分かるが、迷惑な客という存在は、働く側の正気度をガリガリ削っていくのだ。俺は、そんな悪質な人間にはなりたくない。
「この紙に記入するだけで、冒険者になれるのか?手数料とかは?」
「この業界は常時、人手不足です。ですから、どんな人でも基本的に受け入れよ、というのが組合長の方針です」
「それって、悪人とかも入れちゃうんじゃ?」
「安心して下さい。組合には審判の瞳を持つ神官がいますし、その制約の紙は魔力の込められた魔具ですから」
審判の瞳ってなに?魔具ってなに?一気に疑問が増えたんだけど。……後でユキに聞いてみるか。
「手数料に関しても、安心して下さい。最初の登録手数料分は、ギルドが負担します」
「至れり尽くせりじゃん」
「それだけ、人手が欲しいって事です」
人手不足の理由は、まぁ大体予想できる。
「なるほど」
頷きながら、俺は出された紙と睨めっこをする。綺麗な文字で書かれた制約の紙と呼ばれた物は、見る限りただの紙だ。魔力という謎の物質が込められているとは思えない。
「まぁ、なんか拍子抜けって感じだ」
ただこの紙に記入するだけで、俺は今日から冒険者なんだよな。
「冒険者になるのは、もっと難しいかと思っていました?」
「正直、試験かなんかやるのかと」
正直、俺は自分が戦える人間だとは思っていない。生まれてこのかた16年。ろくに喧嘩もしたことがなければ、武器を手にしたこともない。そんな、人間が冒険者になって大丈夫なのか?
「小さな害があれば、大きな災害まで。近頃は、魔王軍と呼ばれる組織も出てきましたし、災害の数と比べてみても、明らかに人類側の戦える人材は少ないです」
地球でいう災害は地震や台風といった自然災害。ただでさえ、自然災害だけでもかなりの被害を被るというのに、それに加えられた怪物という存在。そりゃ、対抗戦力が足りないか。あのドラゴンみたいな馬鹿みたいにでかい怪物もいる訳だし。
「試験なんかして、選り好みをしている余裕はないですからね。どんな人間だろうと、受け入れて強くなって貰おうというのが、この組合の方針です」
ようするに、生き残って強くなれ。死んだら、知りませんってことか。もしかして、この世界って結構ピンチ?選択を間違えたか?
「どうしたの?」
「いや……」
一瞬、冒険者になるのをやめようかな。という案が脳裏を過ぎったが、ユキの声にその選択肢は消され、頭を振ってどこかに追いやる。なにも知らない俺がユキに離れられたら、待つのは暗い未来。今はこの奇妙な縁を絶対に切らせてはならない。
「やっていけるか、ちょっと心配になってな」
「大丈夫だよ、最初のうちは私も面倒を見てあげるから。ちょっとずつ覚えていこう」
本当に、なんでここまでユキは親身に接してくれるのだろうか疑問に思う。出会って一日も経ってないんだぞ?ユキにそのことを聞いてみたい気持ちはあるが、それで地雷を踏み抜くような羽目になったら目も当てられない。幸い、マナのようにユキと親しい人もいるみたいだし、今度さりげなく聞いてみよう。
「面倒をかけるとは思うが頼むわ」
「私の方が先輩だからね。どんどん頼って」
薄い胸を張って、どんと構えるユキに苦笑し羽ペンを持ち、記入しようとしその腕がぴたりと止まる。
「どうしたの?」
「なにか、不都合でもありましたか?」
ユキとマナが不思議そうな顔をし、首を傾げた。
「すんません、一つ大きな問題がありました」
「はい、なんでしょう?」
ほんっとに、運命か神さまって奴はいい性格をしていやがる。こんなにも意思疎通が出来て、喋ることも出来て、言葉を理解することも出来ているというのに……。
「文字が読めません……っ」
「「えっ?」」
なんで、文字は翻訳してくれないんだよ……。