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勇者に憧れた凡人達へ  作者: 和み庵
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第2話 始まりの一歩



大蜥蜴からの落馬を味わい、騎乗を恐れた俺は、耳の長い少女…ユキに辞退の言葉を述べ、徒歩で街道を歩くことにした。鐙に足をかけず、ユキの後ろにただ座っていたから良かったものの。一歩間違えれば死ぬところだったのだ。そりゃ、恐怖心も芽生える。


「あ、あれはなんだ?こいつと似てるけど」


馬のように荷台を引く蜥蜴が目に入り、ユキに問いかける。見た目はこの大蜥蜴に似ているが、向こうは四足歩行だ。甲羅の取れた亀を、まんま怪獣化させたような姿をしている。


「あれは、土竜だね。この子みたいな風竜とは違って大人しい性格だから、沢山の人を運ぶための竜車を引くのによく利用される怪物だよ」


俺を大蜥蜴の背から落とした原因を作ったせいか、声量自体は小さいが大蜥蜴を挟んだ向こう側でユキが丁寧に答えてくれる。徒歩で移動したいという俺の要望を聞いてくれ、ユキも大蜥蜴の手綱を引き、徒歩で移動している。


「で、お前は風竜っていうのか」


左手で風竜の腹部を撫でる。少しザラザラとした若葉色の鱗肌の感触が蛇のようで面白い。


「そうだよ。風竜は気性が荒いのが多いんだけど、この子は大人しい性格だから安心して」


「俺、齧られたんだけど」


右腕の前腕部部には、等間隔に並んだ綺麗な歯型がくっきりとついている。


「それは、君がこの子を蜥蜴なんて言うからだよ。この子にだって、シルフって名前があるんだから。君だって、猿って呼ばれたら嫌でしょ?」


……そういや、ドラゴンを見た直後に言ったな。同じでも、こっちの蜥蜴の方がまだ小さくて安心できると言った直後にガブリ。この蜥蜴、言語理解能力が高すぎません?


「すまん、シルフ。次からは蜥蜴なんて呼ばな…」


ガブリ


「これ、俺悪い?」


反省の意を示そうとした俺に対し、シルフと呼ばれた糞蜥蜴は、蜥蜴という言葉に反応し即座に、今度は俺の左腕に噛み付いてきた。


「おっかしいな。普段はこんなに噛みつかない筈なんだけど……」


「あれか、突然現れた見ず知らずの雄に嫉妬してんか」


噛みついてきたシルフを引き剥がそうと、シルフの顎を掴むがビクともしない。くっそ、噛む力が強いな!?


「この子は、雌だよ」


「区別つかんわ……っ!?」


不意にシルフが顎の力を抜き、やっと腕から離れた。しかし、左右両方とも歯型がついてしまった。暑苦しくて、ワイシャツの袖をまくっていたから、唯一の服に穴が開かずに済んだのは良かったが、俺なんでこいつにこんな嫌われてんの?


「懐かないねー」


「うえぇ、べたつく……」


涎でベトベトになった左腕を振りながら、気分を切り替えようと、周囲を見渡す。


「辺り一面、草ばっかだな」


四方八方、草ばかり。いや、前方以外か。


「草原だから、当たり前だよ。景色が変わらないから、つまらない」


「そうか?俺はちょっと楽しいけどな」


あまり整備されていない街道を歩くのも、新鮮な気分で、景色を見渡すのもいい暇つぶしになる。アスファルトではない自然の土の感触に、広大な大地に広がる一面の緑。現代社会では見ることの出来なかった環境に、若干の高揚感を感じる。また見た事のない生き物や花が至る所に咲いているため、飽きがこない。


「でも、やっぱり暇だよ」


「俺は楽しいけどな」


この世界では常識的なことでも、俺からしたら知らないことだらけ。見知らぬもの、見知らぬことがあるたび、幼子のように俺はユキに話しかける。その度に、ユキは呆れた顔をしながらも俺に教えてくれる。


「この人達も、俺らの向かっているあの都市を目指してんのかね?」


最初は、人気のなかった街道もある程度進んでいくと、ちらほらと人の数も見えるようになり、今は群衆の中に紛れられる程、人の数が増えていた。その多くは、武装した集団。大剣や片手剣や、いかにも魔女みたいな人もいる。……あのスキンヘッドはなんで、スコップなんか持ってんだ?


「そうだよ〜。なんと言っても、ここからでも見えるあそこは、この大陸でも有数の冒険者都市だからね。大陸各地からいろんな人や物が集まるから、毎日賑わってるよ」


「……俺、死なない?」


「治安はまぁ、悪いけどそこまでじゃないから安心して」


悪いんじゃん。


「金が必要とはいえ……」


身元不明、正体不明、常識知らずの俺が金を稼げる唯一の方法が、冒険者になること。そうユキに教えてもらった俺は、ユキのような冒険者達が集まる冒険者都市に向かっていた。最初は朧げに見えていた城壁も今では、はっきりと見える。歩みを進めていくたびに、徐々にその壁が大きくなっていく。


「冒険者でやってげるのか、俺?」


「なるようになるんじゃない?」


「そんな、無責任な……」


「まぁ、最初の内は面倒を見てあげるよ。こう見えても冒険者歴長いからね、私」


疑問はあるし、不安もあるし、心残りもある。が、この世界に知り合いのいない俺が、この世界で生きていくためには、何故か親身に寄り添ってくれるこの少女を頼りにするしかない。本音を言えば、ユキに対する警戒心はマックスだが、変に拗れても困るのは俺だ。今は、ユキを使ってこの世界を知る方が先決だ。


「だけど、帰るためにも情報は大事だしなぁ」


転移されたにしろ、引き摺り込まれたにしろ、この異世界に来てしまった以上、帰ることも出来るはずだ。行くことが出来て、帰ることができない、なんてそんな理屈があるはずがない……ないと信じよう。それに、冒険者をやっていれば、色々な街や他国へ赴く場合もあると聞いた。一つの街や都市に引きこもっているよりは、外へ出て情報を集めた方がいいだろう。……死ななければ、だが。


「帰らないと、な」


こんな異郷の地で骨を埋める覚悟は俺にはない。俺には地球に、日本に残してきたものが多すぎる。やばい、ちょっと色々な事がありすぎてナーバスになってる。いかん、いかん。


「落ち着け、俺」


しっかりしろ、俺。今の俺に出来る事は、ひたすら頑張るしかないんだ。地面に映る自分の影に対し、自問自答。だが、そんなんで答えが出るはずもなく。


「うぉっ……なにす」


これからの事について悩んでいると、唐突に首根っこを大蜥蜴に噛みつかれ、体勢を崩した。小さく抗議の声をあげようとしたが……。


「でっか……」


抗議の声があがることはなかった。


「これは、凄い……」


目の前に聳え立つ白亜の壁に圧倒され、あんぐりと口を開く。都市一帯をぐるりと囲むように造られた白亜の壁は分厚く、崖のようにそり立っている。重機の類を使ったとしても、ここまでの壁を作るのに、どのくらいの年月がかかるのか計り知れない。


「いつの間に、こんな近くに」


「君が悩んでる間にね」


そんなに悩んでいたつもりはなかったのだが……。


「ふふんっ、すごいでしょ?」


大蜥蜴を挟んだ横でユキが誇らしげに胸を張っていた。俺はユキの方を一瞥し、城壁に視線を戻し、呆然とした表情で頷いた。


「あぁ、すっげぇ……」


所謂、城壁都市というものを初めて見た俺は感銘を受け、心が打ち震えていた。ここが、人の夢と欲望が渦巻く冒険者の為の都市か。


「そうだよね、そうだよね。最初はみんな、この壁を見て圧倒されるんだよ。私もそうだった」


大分、都市の手前に来たとはいえ、まだ壁外。にもかかわらず、都市内の喧騒がここまで聞こえてくる。今日から、俺はこの都市で暮らすのか。無事にやっていけるか、心配だが……。


「やるっきゃないか」


覚悟はないし、右も左も分からないし、なんも知らない。だが、やるしかない。都市内部へと繋がる大きな門を、人や竜車が行き来している。


「ん?」


気づくと、手が震えていた。バクバクと音を立てて鳴る心臓がうるさい。緊張しているのか、俺は。


「ふーっ」


息を吐いて、深呼吸。この都市の中に入ったら、俺はもう異世界の住人だ。この世界に嫌でも付き合っていかなければならない。


「くそっ」


不安で早まる鼓動が煩わしい。落ち着け、俺。俺なら大丈夫。うまくやれるはずだ。たかが十数歩の距離だ。目の前に広がる世界に踏み入れば、いいだけ。だというのに、長く感じるのはなぜだろうか。足がすくんで、一歩が踏み出せない。


「俺なら大丈夫だ。なにも心配はいらない」


そんな自己暗示にも近い言葉は頼りなく、弱弱しい。一歩踏み出せば、後は流れるように歩けるはず。なのに、そのたかが一歩が踏み出せない自分に嫌気がさす。こんな場所にまで来て、俺はここが異世界が認められないのか。我ながら情けない。


「ほら、突っ立ってないで早く行くよ」


「お、おいっ」


しかし、そんな俺の不安など気にもとめずユキはシルフの手綱から手を離し、俺の腕を引いて走り出した。


「あんな場所で立ち止まってたら、日が暮れちゃう。時間は有限。有効に使わないと」


「あのなぁ、人が折角、覚悟を決めようとしてんのにこれはないだろ」


「あはは。覚悟なんか後から出来ればいいんだよ」


まったく、気楽に言ってくれる。


「ただでさえ、受け入れるので限界だってのに」


今日という、一日の中で色々なことが一気に起きすぎて、脳がパンクしそうだ。


「悩むくらいなら、気楽に行こうよ」


「簡単に言ってくれんのな」


なんだか、悩んでた自分がバカらしく思えてきた。


「あ、そうだ」


すると、なにを思ったのか、ユキは俺の手を離し、くるりと回転。白髪をたなびかせ、満面の笑みを浮かべる。都市をバックに、俺を歓迎するかのように両腕を広げ……。



「ようこそ、冒険者の都市へ!!」




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