第9話:はじまるのか、僕の青春!?
家に着いた僕らが始めにしたことは、水を飲むこと!
「いやぁ、暑かったな、ハチコ、モップ」
「あたち、暑いのすき」
「モップ、嫌い」
自分の部屋で涼みながら水を飲むが、思えばカメがいない。
「……カメさん、いなくない……?」
僕がそうこぼすと、ハチコが素早く動いた。
「カメさん、ここなの!」
ハチコがてとてと甲羅を叩いている。
ちょうどお尻というのだろうか。
ハチコが叩くたびに、ぴこんと足が伸びる。
カメさんがいた場所は、床に転がしていたクッションの下。
ただもぐりきれていなかったようで、ハチコに見つかり、甲羅を踏みつけられていたようだ。
「このクッションの下がちょうどいい温度でして……」
のそのそと這い出たカメさんに僕は安堵する。
色々聞きたいことがあったので、干からびていたらと心配してしまった。
「あ、今、カメさんの家作るから、ちょっと待っててね」
僕は一式をベランダに広げていく。
このベランダは、どういう意図で造られたかはわからないが、水場もあるベランダだ。
掃除をしやすくするためなのかよくわからないが、その水道からバケツに水を汲み、カルキ抜きの液体を入れる。
そして説明書通りにカメさんの家を仕上げにかかった。
水質管理ポンプを取り付け、甲羅干しの場所もつくる。
電源はもちろん外にも設置済みなのでそこに電源を挿すと、ぼぼーというポンプの音が響いた。
それを見たカメさんは「わぁ」と声を上げた。
「大変簡素ではありますが、住めはしそうです。できれば水草や砂利などは」
「そこまでは無理」
僕が即答すると、カメさんの表情のなかで思案して、頷いてくれた。
が、まだ諦めていない雰囲気を僕は感じる。
カルキ抜きを終えた水を注いで、さらにベランダの中を行き来できるように針金でハシゴを作ってやった。
試しに歩いてもらうが、問題ないようだ。
その仕上がりにカメさんは再び「わぁ」と声を上げる。
「私たちの秘密基地ができましたねぇ……」
その言葉に僕も「わぁ」と言いたくなる。
幼い頃に兄と作った秘密基地。
幼すぎてどこかいびつで、どこか不完全で、部屋にも見えなかった場所。
だけど今は違う。
床はスリッパで歩けるようにシートが敷かれ、僕の昼寝用のマットも常備済みだ。
日よけの傘も設置してあり、ちょっとした個室のように見えるかもしれない。
「……秘密基地かぁ……」
僕はつぶやき、
「いいね、そういうの!」
ワクワクした気持ちで返事を返すと、カメさんも満足そうに顔を揺らし、
「なので次はもう少し大きな水場を」
「作らないよ」
猫のトイレも僕の部屋へと移動、さらにトイレ用の空気清浄機も移動した。
餌の器も、水の器も部屋へ上げ、ほぼ僕の部屋で過ごせるように調整する。
それらを終えると、みんなをベランダに出し、昼食の用意だ。
カメさんには固形の餌とレタス、ハチコとモップには冷たい水と、カリカリのご飯を並べた。
すぐさま餌に群がるカメと猫をみやり、僕は自分の昼食の準備にとりかかった。
とはいっても、キッチンでコップに牛乳を注ぎ、メロンパンを持ってくるだけだけど。
コップを片手に、新たなカメさんの家が備え付けられたベランダに、僕も腰を下ろした。
隣でご飯を頬張るハチコは、感激の顔で食べている。
「みんなで食べるごはん、おいちい!!」
「モップ、ごはん、好き!」
「このレタス、少し時間が経ってますね」
3匹それぞれに思うことがあるようで何よりだ。
僕も牛乳を飲み、メロンパンをかじる。
いつもの特売チョコチップメロンパンだが、ハチコの言う通り、みんなで頬張る昼食はなんだか美味しいや。
そう思っていると、黒い影が視界の端に降り立った。
「今日メロンパンかよ……俺の飯はなしかぁ……」
イケボが響く。
カンタだ。
そう、僕はメロンパンの日はヒトカケラもパンを分け与えたことはない。
だけど、今日の僕は機嫌がいい!
「カンタもメロンパン食べたい?」
「もちろんっ」
俺はそれに笑い、ひと口ちぎって投げてやる。
驚いた動きをするものの、見事にキャッチ!
さすが、カンタだ。
「ナイスキャッチだな、カンタ」
カンタは器用にこっこっこっと飲み込み、満足そうな顔をした。
「お前と訓練した成果だよ」
「よくいうよ」
もうひとかけ投げてやった。
そして僕もパンを頬張る。
この甘さがたまんない!!!
チョコのサクッとした食感もいい!!!!
「はぁ……やっぱ、チョコチップメロンパン、超最高……」
カンタにもうひと口投げて牛乳を飲み干すと、僕はスマホを睨んだ。
小さなメモから井上さんのラインIDを読み取り、打ち込んだ。
彼女の可愛いらしい笑顔がアイコンで、すぐにわかる。
よく見ると彼女の胸元にコーギーがいる。
この子が喋る犬だろうか……
そのアイコンを睨んで数十分。
……第一声、なんて入れたらいい………?
「マジやばい」
「なに悩んでんだよ、カケル」
覗き込んできたのはカンタだ。
「いやさ、今日、女の子から連絡先を……」
「やるじゃねぇか、カケル!!!!」
カンタの羽がばさりと頬に刺さる。
「い、痛い、カンタ……いやさ、その一番最初のひと言って、マジ緊張しない?」
ついイケボのカラスに、素直な相談をしてしまった………
「あー……普通でいいんじゃねぇの?」
「この陰キャのコミュ障の僕にそんな普通があると思う!?」
「ねぇな……」
「カンタならどうする?」
「俺か? 俺なら、『いい餌場あるんだけど、お前も行く?』でだいたい釣れる」
「なんかカラスコミュが見えた気がする……」
頭を抱える側で、ハチコとモップはキラキラの笑顔でこちらを見上げている。
「あ、はい」
僕はさっき買ったおもちゃを放り投げた。
ハチコが真っ先に駆けていく。
それを追いかけるのがモップだ。
「ハチコ、貸して」
「まだなの。この感触いいの」
「ハチコ、モップも遊ぶ!」
「まだなの!」
「そこケンカしないで」
僕が仲裁に入ったとき、カメさんの高らかとした声が響いた。
「私に名案がありますっ!」
なんの名案だろう……
そう思ったのは、内緒だ。
────カメさんの言う通りにできた動画は………
『りん、あたち、いっしょに遊ぶの』
『モップも遊ぶ』
『『遊んでね!』』
ハチコとモップが肩を並べて座り、それぞれにひと言を伝えるという動画だ。
「めちゃくちゃかわいいっ!!!!」
僕は興奮しながら、僕の名前に変えて動画を撮り直したのは言うまでもない。
そして、カメは意気揚々と、仰け反らない体で踏ん反り返って言った。
「これを送れば、すぐ返信が来るでしょう!」
「ほんとかなぁ……」
一応、「今日はありがとう」という簡素な言葉も添えて、たった12秒の動画を送ってみた。
「返事くるかなぁ……」
僕は諦めの気持ちでスマホを放置し、メロンパンを飲み込んだとき、ラインの通知音が響く。
が、それが止まらない………
「全部……井上さん……?」
女子のスタンプ攻撃を僕はこの日知った。
そして─────
『明日バイト休みだから、遊ばない?』
僕の青春が動き出した瞬間だった─────