第7話:浮かれた気持ちと、ちぐはぐな現実
あの黒い集団から僕は隠れるしかできなかった……
それこそ、急に現れてあたりを破壊して消えてしまう竜巻に似ていて、ただ隠れて傍観するしかできなかった────
僕はリュックを大事に抱え込んで、起きた現実を飲み込もうと努力していた。
その腕を井上さんが掴む。
彼女の冷たい手に僕は驚いて、思わず視線をぶつけていた。
「大丈夫、松岡くん……?」
「……え、あ…うん……ありがとう……」
「ううん。……あいつら、昨日からいきなり店に来てしゃべる犬を奪ってくの……」
僕はその事実に驚いた。
「それって、……強盗、みたいな、もんじゃないの……?」
井上さんはうんうんと首を振る。
「だけどここの店長、動物に話しかける飼い主が大嫌いでさ、通報が遅いの。それに警察もしゃべる動物のせいでゴタゴタしてるみたいで、警察の対応も遅いんだ。これも強盗? っていうの? ではあるけど、犬ではなくて、しゃべる犬が連れて行かれてるから、普通とは違うとかなんとかで、対応も変わるとかなんとか、っていうかハナからやる気ない感じでさ。もうそれ聞いたらさ、ここのバイト辞めようと思って」
ほぼひと息にしゃべり切った。
よっぽど話したかったんだろうな……
僕はその事実と、僕に話してくれたことに、心の中が幸福に包まれる。
「……じゃなくて!!! 今、なんかしゃべる動物を回収するグループがでまわってるから、松岡くんも気をつけてって言いたかったの。そのリュックにいるの、猫ちゃんでしょ……?」
僕はマズイという顔をするが、彼女は自分の唇に人差し指を当てた。
黙ってるよと言っているのだ。
………はぁぁぁぁ!!!! 可愛すぎる!!!!!!
「ね、猫ちゃん、見せてよ!」
ち、近いよ、井上さん!!!!
顔が、もう、すぐそこ、ですよおぉっ!!!
リュックに近づきすぎですよっ!!!
「あ、……うん」
僕は手を震わせながらファスナーを開けると、ぼすっと2匹が顔を出した。
「くるちかった」
「モップ、このなか好き」
井上さんは目を輝かせて2匹の頭を撫でまわし、そして小声で声をかける。
「初めまして、あたし、リン。あなたたちの名前は?」
撫でられるハチコの顔はなぜか真顔だが、井上さんの声に合わせてハチコも小声で返事をした。
「あたち、ハチコ」
「モップ」
「ハチコちゃんと、モップちゃんね、よろしく」
………色白の綺麗な手で、ハチコとモップの頭を撫でて喜んでいる井上さんは、最の高です!!!!
「うちの犬もしゃべるようになったんだ。松岡くんとこもそうなんだね! なんか安心した」
その声に我に返る。
ほっとした井上さんの顔が気持ちを物語っている。
僕もそう思っていたからよくわかる。
身近な人が同じ環境だと、なんだか安心するものだ。
「……あ、ねぇ、井上さんとこには、亀って来た……?」
「あの宇宙の使者の亀? ううん。松岡くんとこ、来たの?」
「うん。それで亀の飼育セットを買いに来たんだ」
「えーっ! すごい! あたしも亀と話してみたいっ!」
すると井上さんはポケットに入れられたメモに走り書きして僕に差し出した。
「これあたしのLINE。よかったら連絡ちょうだい。あたしも亀と喋りたい!」
僕の手にねじ込むと、彼女は仕事を思い出したのか去っていく。
途中で振り返って胸元で手を振ってくれたのが可愛過ぎて、僕はメモを落とさないように握り、ただただ頭を下げていた。
冷房の効いた店内で顔を赤らめながら買い物をなんとか終えると、カメさんの家を自転車の後ろに縛りつけた。
しっかり固定できたのを確認し、僕は近くの公園へと自転車を走らせる。
できればもう少し、ハチコとモップと外を探検したかった。
どんな風に外を感じるのか、2匹から聞いてみたかった。
出てきたときよりも日が昇り、暑さが増している。
ぬるい風を浴びる2匹は不満げだ。
「モップ、あついのきらい」
「あたちも、きらい」
公園に着くと近くの自販機で水を買い、さっき買った紙コップに水を入れてリュックの中に差し込んだ。
すぐにぺちゃぺちゃと水を飲む音がする。
なるだけ日陰に移動すると、その芝生に座りこむと、リュックの中を覗き込んだ。
「お水、ちべたくておいしい!」
そういうのはハチコだ。
モップは器用にカップの中に手を差しこみ、毛先についた水滴をペロペロと舐めている。
が、やはり………
「カケル、こぼれた」
「やると思ったよ」
リュックの脇に差し込んでおいたタオルで拭き、残った水はコップを傾けて飲ませてやる。
2匹ともに冷たい水に満足したのか、ほっとした顔を浮かべた。
まだ飲むかもと水は残しておき、僕は自分用に買った炭酸を飲み込んだ。
外で飲むジュースは、どんなものでも美味く感じる。
「ねぇ、モップ、お外、おもちろいでしょ?」
「おいしいごはん買ってもらえるから、好き!」
2匹の会話を横で聞きながら、僕はポケットに丁寧に入れたメモを取り出した。
そこにはラインのIDと、携帯番号が書かれている……!!!!
「……僕の一生の宝物ですっ!」
胸に当て、ひとり幸せに浸っていると視線を感じる。
ちょこんと座って2匹が僕を見上げている……
「なんだよ」
「カケル、へんな顔してる」
ハチコが言うので、僕はふんと鼻を鳴らした。
「変な顔じゃないよ。幸せそうな顔、なんだよ」
「「へんな顔ぉ」」
2匹で顔を見合わせて笑い合う姿はまるで幼児。
だが、それすら愛着が湧くのだから、僕は生粋の飼い主バカなんだと思う。
みんなで笑ったとき、遠くから悲鳴が響いてきた。
あまりのことに僕はすぐに身構える。
見回した僕の視線がとらえたモノは、あの憎い竜巻───
……黒い覆面が、犬をさらおうとしている!!!!
「おい、離せ、この野郎っ!!! 婆さんに手ェだすんじゃねぇぞ、ごらぁ!!!!」
このダミ声は、まさか、さっきのシーズー……!?
僕はハチコとモップを素早くリュックに詰めると、駆け出していた────