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【番外編】カンタの災難

※書籍版に合わせた時間軸で書いております

(今回はあんまり関係ないかもですけど)

 今日は、朝の餌場があまり良くなかった。


「カケルんとこでも行くか……」


 カンタは羽を広げるが、公園の時計を見ると、まだ早朝という時間だ。

 雨降りなのもあり、どうしようかと公園のベンチに座っていたとき、いきなり大声をかけられた。


「伝令カラスだー! 今、しゃべってたよね?」


 突然現れた少年に、カンタは咄嗟に「カァ」と鳴いてみせる。

 だが、妙な期待の眼差しは止まらない。


「君は誰のカラスなの? 僕はヒロ。ねぇ、君の名前は?」


 楽しそうに話していたが、無言のカラスを見つめて、ヒロと名乗った少年は小さく笑う。


「僕なんかとしゃべりたくないか……そうだよね……」


 しょんぼりと頭をたらしてベンチにかけたが、雨に濡れてひどい。

 顔に張り付く髪の毛を拭って、少年はベンチで足を揺らす。


「僕にも、伝令カラスがいてくれたら、強くなれたのにな……」


 この少年は、何かの困難の中にいるようだ。

 だが、カラスの1羽2羽で物事が解決するなら、今頃カラスは神に祀られているはずだろう。


「……カラスがいるから、強いわけじゃねぇと思うぞ。ほら、ヒロだったよな? 風邪ひくから、帰れよ」


 カンタのその声に、ヒロは首を横に振った。


「そうかな……。僕、仲間がいないから……カラスでも、仲間がいたら、違うじゃん……」


 仲間かぁ……

 カンタは口の中で繰り返す。


 たしかにカンタ自身に仲間はいる。カケルという、人間の仲間だっている。

 カンタ自身はそれ自体、恵まれていると思っていた。

 だからといって、誰かにそれを分けられるわけでもない。

 仲間は分け与えられるものじゃないからだ。


「お前、友だちとケンカでもしたのか?」

「……うん。……どうしたらいいかわかんなくって……誰にも相談できないし……」

「……じゃ、今日だけ、お前の仲間になってやるよ。今日だけだぞ! 俺はカンタ」

「ありがと、カンタ!」


 こっちに来て! ヒロに楽しそうに連れられた先だが、河川敷だ。


「こんなとこに、友だちいるのかよ……」

「うん! この時間は、みんな集まってるから……」


 大きな橋の下の、さらに林の奥だ。

 丸い空間になっている。多少薄暗さはあるが、雨にも当たらず、風通しもいい場所だ。


 そして、そこにいたのは……


「ヒロ、お前、これ……」

「友だちだよ?」

「人間じゃないのかよっ!」


 ──猫の集会現場だ。

 軽く20匹はいるだろうか。

 そこにカラスと人が登場だ。違和感しかない。


 するりと前に出てきたのは、毛の長い白猫だ。

 外にいるのが珍しいくらいの美麗な猫だ。


「ヒロ、あなた、お腹を触った罪、わかってる?」


 しゃべれる猫だが、理解ができているのが顔つきでわかる。

 みんな、しゃべることを選択した猫のようだ。


「あたしたちは外で生活してる。だから、人に助けてももらってることも多いわ。でも、だからこそ、こうして話して通じるなら、嫌なことは嫌だと言いたいの」


 カンタはそれを聞いて頷いた。

 しゃべる選択をしたということは、人との共存を望んだからだ。

 カンタ自身は楽しそうだな、くらいの軽い気持ちだったのだが、ここの猫たちは生き延びるために、しゃべることを選んでいる。強かで、そして、賢い選択だ。


「ごめんなさい、パール……今度から気をつけるから……ちゃんとチュールも持ってくるから! ホントにごめんなさい」


 ヒロは真剣に謝っている。

 その目をじっと、パールは見つめている。

 怒りでもなく、悲しみにも見える、そんな目つきだ。

 カンタは気にかかりながらも、仲をとりもとうと動き出す。


「俺からも、ヒロに言い聞かせるから、今日のところはおさめてくれないか」

「あなたはどなた? なんで人の肩を持つの?」

「俺はカンタ。俺には人の友だちもいるからな。ヒロ以外のな」

「だから、味方になるの? ヒロは、3回も約束を破ったの。もう、ここには来てはいけない約束をしたのよ。何度来ても、あたしたちは許さない」

「……カンタァ……うっ、ぐ!」


 泣き出したヒロに、カンタは何も言えない。

 目を伏せる猫たちの表情を見る限り、この選択は、彼らがどうしても選ばなければならなかった選択肢にしか、思えないからだ。


「……ヒロ、あたしたちは、集会場をここではない場所に移すわ。あなたが来てしまうし」

「やだよ! 僕、パールたちと会えなくなるの、やだよ!」

「あたしたちは、餌をくれない人とは馴れ合わないって決めたの。さ、ヒロ、帰って頂戴。カンタさんも、お願い」


 駄々をこねるヒロに、カンタはスネを突いた。


「いくぞ、ヒロ」

「カンタ、助けてくれるんじゃないの……?」

「お前、人間の友達は?」

「それは……なんでそんなの関係あるの」

「俺は宇宙の使者の亀から聞いた。この時間はそう長くないってな。今が楽しくても、また同じ現実がくる」

「でも、今が幸せの時間なら、それでいいじゃないか!」


 場の空気が止まる。

 この時間を楽しみたい気持ちも、この関係をやめなければならない状況も、どちらも正しい。


 カンタは唸り声をあげながらも、なんとか回答を見つけ出す。

 無理やりな妥協案だ。


「……ならよ、ヒロが友達と遊んだかどうか、ここでパールたちに報告するってのはどうだ?」

「何を言い出すのよ」

「僕、友達なんて……」


 戸惑うヒロとパールをなだめるように、カンタは翼を広げて見せる。


「とりあえず、今日は俺と友達になったってことで、よかっただろ? 明日は友達に挨拶してみろよ。それできたら、ここに報告しにくればいい。チュール持ってな」

「じゃあ、できなかったら?」

「パール達に挨拶にくればいい。でも、挨拶をする努力はしなきゃいけない」

「……なんで?」


 カンタはヒロの正面に立つ。

 じっとヒロを見上げて、言う。


「お前のくくりは人間だ。人間は人間のくくりのなかで生活をしていく。どうなってもそれはかわらない。猫の世界でお前はお金を稼ぐことはできないし、猫の世界で暮らすこともできない。だから、ヒロは、人間の世界で少しでも自分の居場所を作っていくことが大切だ。小さくてもいい。とにかく、人間の場所で、人間として生きられるスペースでいい」

「そんなの見つけられないよ!」

「見つけるの、ヒロ!」


 パールがカンタの隣に立ち、言った。

 よく通る、力のこもった声だ。


「あたしたちは、心配なの……あたしたちは、外の猫、長生きはできない。いつ、いなくなるかわからないから……」


 その言葉に、ヒロはさらに大きく泣き声を上げた。


「なんで僕はパールたちと一緒にいれないの? 僕はここが好きだし、みんなが好きだよ。それじゃダメなの? 僕は……僕は、なんで、人間なの……?」


 カンタは黙る。

 カンタだって思う。

 なんで俺はカラスなんだ、と。

 人間なら、もっとうまくやれるんじゃないか。そう思うことは多い。


 だが、鳥だ。

 カラスだ。

 害獣なのだ。


 生まれた場所、生まれた生き物を後悔しても、意味はない。

 意味はないんだ。


「ヒロ、明日から、挨拶だぞ」

「やだよぉ……」

「泣くな、ヒロ。大丈夫だ。お前はできる。だって俺に声かけたからな。ほら、いくぞ」


 背中を蹴るカンタを、ヒロは必死に払うが、


「……また、明日ね、ヒロ」


 パールの声に、ヒロは無言でうなづいた。



 とりあえず、公園でヒロを見送ったが、カンタのモヤモヤは晴れない。

 今日の天気のようだ。


「……なんで、ダメ、なのかなぁ……」


 薄曇りの空に向けて呟くが、どこにも届かず、落ちていく。

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