【番外編】タモツの思惑
書籍版によせた番外編となります
タモツの気持ちが少しでも感じていただけたら
はぁーーー! オレもハチコとモップとしゃべりてぇーーーー!!!
……というのが本音だ。
薄い壁から時折聞こえる2匹のコロコロと笑う声。
それの可愛いこと可愛いこと!!!
オレだってハチコとモップと転がりながら笑いたいっ!
魅惑のオヤツでしか繋がりがないから、しゃべれるときにオレの素敵さをアピールするしかないのに……!
「……って、できるわけねーけどさぁ」
机に向かいつつ、オレは小さくぼやいた。
明日も講習と、大学のヘルプがある。うまくこなしていかないと。
こうなると、早くしゃべれる期間が終わればいいのに、なんて思うこともある。
「はぁ……」
何気なく見た窓。
黒いはずのベランダに、なにかがいる───
「なんだ……? 幽霊にしちゃ、なんかリアル」
オレがおもむろに夜食用の魚肉ソーセージをかじったとき、黒い物体が一気に距離を縮めてきた──!
「……いっ!」
ガラス越しに驚きのけぞる自分にもビビりながら……よく見れば、カラス……。
カラスかよ!!!!
「黒いから全然わかんねぇもんだな……え、こいつも、カケルの仲間……?」
オレが魚肉ソーセージをカラスに向けて振ると、カラスの顔も揺れる。
右に左に動かせば、カラスのくちばしはずっと魚肉ソーセージを指し続けている。
「おもしろい」
右左、左右、ぐるっと時計回り…………
「……怒った?」
カラスの羽がバサバサと揺れる。目つきも鋭く見えてくる。
今すぐオレに向かって叫びだしそうなカラスを見て、間違いなく『しゃべる動物』だと確信。
オレは、すぐさま窓を開けた。
怒鳴りかけたカラスに、口に指を当てる。しゃべるな、という意味だ。
カラスはその動作を理解しているのか、すぐに口を塞ぎ、優しく飛び跳ねて部屋へと入ってくる。
だが、相変わらずの目つきだ。
窓を閉めたオレは、すぐに魚肉ソーセージをちぎり、カラスの前に転がした。
「食べていいぞ」
カラスは器用についばみ、こっこっと飲み込むと、オレに向き直る。
オレに怖がる様子もなく、ゆっくり見上げる。
「あ、小声でならしゃべっていいぞ」
「まず、カラスで遊ぶんじゃねぇよ。あと、マヨネーズはねぇのか?」
いきなりのダンディボイスに、オレの心がむしられるところだった!
なんだこのカラス、イケボすぎんだろ……!
「お前、カケルの兄貴か? めっちゃ頭いいんだろ? あ、お前にもしゃべる動物の友だちとかいるんだな。驚かねぇもんな」
カラスは自己中心的に会話を進めていく。
オレが「そう」とも「いいえ」とも言わないのに。
「カケルってさ、頑張り屋だけど、ちょっと弱いんだよなー。お前、兄貴だろ? 手伝ってやれよ」
カラスの言い分はごもっともだ。
だけど、どうしてか、カチンとくる。
でも、これで怒ったところで何も変わらない。
オレがやってることの意味は、その程度なんだと改めて思う。
ふと目を伏せたオレの前に、カラスがふわりと飛び降りた。
「……わりぃ。お前、色々、やってんだな」
カラスは何を見たのか、そう言い出した。
こくこくと頭を揺らし、
「俺はカンタだ。お前は?」
「オレは、維……」
「タモツか。よろしくな」
カンタは羽を広げて、頭を下げた。
彼なりの挨拶のようだ。
カンタは再びぐるりと部屋を旋回し、オレの前へと戻ると、何か言いたげに俯いている。
「なんだよ、カンタ。言いたいことでもあんの?」
見る限り、オレの部屋は参考書と論文なんかの紙類で散らかっている。
ただこの論文は、現在の仰木教授のデータの内容が大半だ。
精査しながら、どうしてしゃべりだしたのか、さらにはそれがいつまでなのか。
オレなりに答えを探そうとした努力の断片みたいなものだ。
結局は宇宙の使者のカメの発言が役に立つばかりで、データはあまり意味がなくなってきている。
だが、この期間がわかれば、研究の状況も、ハチコとモップが家に居られる期間も変わってくる。
まだ焦りはしていないが、もう近々大きな動きが出てくるはずだ。
それまでに、何か、どうにかしないと………
「タモツ、俺がいうのもナンだけどよ、俺の経験上、努力は報われないことが多い。……そんなに根つめて、大丈夫か……?」
黒い目が、オレの心の底まで見透かしたんだろうか。
カラスのくせに!
……そう思う反面、努力が報われないことは、オレが一番よく知っている。
「……オレがやったことが全く報われなくても、その結果が良ければいいんだ」
「変な奴だな」
「とにかく、良い結果なら、それでいい。努力をしなくて結果が悪いのと、努力をして結果が悪いのとは、大きな違いがあるだろ」
カラスは首を傾げている。
間近でみると大きな鳥だが、かしげる仕草はかわいらしい。
「どっちも結果が悪いだろ」
「違うぞ、カンタ。結果は悪い、だけど、過程は違うだろ?」
「たしかにそうかもしんねぇけど、無駄だと思わないのか?」
「カンタ、足掻いて無駄なことはない。オレはそう思ってる。だって、絶対、経験値になるから。努力は報われないが、経験値は確実にオレの糧になる。次は、同じ間違いは絶対にしない。それに、オレがなにもしなかったことで後悔するのが嫌だしな」
カンタはふーんと返事をしたあと、ぱかりと口を開く。
「タモツ、お前、カッコいいな」
「ああ。オレは駆より見た目も中身もカッコいいんだよ」
「そうかもしんねぇな」
カンタは机に転がしておいた残りの魚肉ソーセージのフィルムを器用に剥がしながら、
「……で、俺にやらせたいこと、あんだろ?」
魚肉ソーセージを飲み込んだ。
その目は『俺は確実にやるぜ』という、強い意志が見える。
「俺は勘がいいんだ。そうだろ?」
これにはうまく言い返せない。
まさか、カラスに主導権を握られるとは思っていなかった。
「タダではやんねぇよ」
「オレと駆け引きすんの? 人間だぞ、オレ」
「当たり前だろ? 俺は、カラスだ」
何故だろう。
笑えてきてしまった。
理由は、当事者にしかわからないやつだ。
あまりに渋くて、胃に響くようなダンディボイスが、この会話が密売の取引のような錯覚をさせてくれたのもあるし、その駆け引きを自分がしているような雰囲気で……
どうにも表現しがたい、だけど、クツクツと笑ってしまう、そんなやり取りだった。
「はぁ〜……やべぇ……めっちゃ大声で笑いてぇー」
「カケルの手前、笑えねぇからな」
お互いに涙目を拭きながら、小声で作戦会議を始めたオレたちだが、隣の部屋では明るい笑い声が響いてる。
『オレはこれも心地がいいな』って、心の中で強がってみた。
素直に『そうだな』なんて思えた自分がいて、驚いたけど、オレの役割はこれなんだと改めて思う。
絶対に、ハチコとモップは助ける。
そして、駆の未来も、あいつから取り返してやる───!
タモツは本当に芯が強く、いい子なんですよ!
書籍版ではスマートに表現できたと思っております
web版だと、ちょっとチャラいお兄ちゃんになっておりますけどもw
まだ書籍版をご覧になっていない方は、これを機にぜひご覧になっていただきたい!





