【番外編】勉強会後のベランダトーク
⭐︎書籍版の時系列になっております⭐︎
今日はリンとハチミツが初めてベランダの秘密基地へ来た日。ハチコとモップにとっては、初めて犬と遊んだ日でもある。
夕方にさしかかり、リンはこれからバイトがあるということで、ハチミツとのお昼寝が中断された。
すぐにハチミツはリンといっしょに部屋を出て行ってしまうし、カケルがリンを追いかけるように部屋から消え、さらにはカンタもリンとカケルたちを援護するため、ベランダから飛び立って行く。
彼らを静かに見送ったハチコとモップだが、まだまだ遊び足りない。
ボール遊びの次は、追いかけっこをしようと話していたのだ。
お昼寝を選んでしまったのは間違いだったと今更思うが、帰ってしまっては遊びようがない。
ただ2匹はふんふんと文句の鼻息を鳴らしつつ、生ぬるいベランダに寝転がる。
寝返りを3回打ってみたが、イライラは消えてくれない。
これは『2匹で遊べばいい』そういうことじゃないからだ。
ハチコは少し乱暴に自身の毛づくろいをはじめる。モップは左右にゴロンゴロンと寝返りをしたせいか、モコモコの毛並みがボソボソになったが、それでも寝返りは止めない。
「はぁ……モップ、つまんない!」
「あたちも!」
「おふたりとも、ご機嫌ななめですねぇ」
カメが2匹の様子をうかがいながら、ベランダへと出てくる。短い脚で歩いているが、速度は速く、2匹の横をすぎると、すぐに水槽の前へたどりついた。
「あたち、もっと遊びたかったの!」
「モップも!」
「でも、リンさんには予定がありましたからねぇ」
カメはのんびりこたえたあと、水槽にちゃぽんと飛び込んだ。
しばらくエアコンの部屋にいたせいだろうか。
身体中に水を染み込ませるように、何度も潜っては、気持ちよさそうに瞬きをくりかえす。
その静かな波に、モップの目が光る。
「あ、モップさん、ここの水、かきださないでくださいよ。この前はびちゃびちゃにされて、片付けるの大変だったんですからっ」
「水、ぱちゃぱちゃ、たのしい」
「楽しくてもダメですから」
「モップ、水遊び好き」
「知ってますけど、私の水槽で遊ぶのは禁止です!」
モップはふてくされるように、再びごろんとベランダに寝転がった。
夕日に傾いた日差しがちょうど床を温め、心地がいいようだ。
前脚をぐんと伸ばして丸まった。
そこにハチコも並び、2匹でおへそを上に寝そべりだす。
「ねー、カメ」
声をかけたのはハチコだ。
ハチコは胴を器用にまわし、カメの水槽を見やる。
カメはひと泳ぎをおえたのか、水槽の下にあるタオルで足踏みを繰り返していた。
「……どうしましたか、ハチコさん……よっ! 意外と甲羅に水がたまるんですよね……」
「ハチミツと次、遊べるのいつ?」
「それを私に聞きますか」
カメはぺちぺちと湿気った足を鳴らしながら2匹へと近づいていく。
モップはその足音に気づいてから、ぐるんと体を転がし、振り返った。
「モップも早く遊びたい。リン、なでてくれるの気持ちいいー」
「そうですねぇ……それはカケルさんに交渉するしかないと思いますよ?」
その声に、ハチコががばりと体を起こした。
「あたち、いいこと思いついた! カケルがリンともっと仲良くなれば、ハチミツとたくさん遊べる!」
名案だと言わんばかりに、鼻をならすハチコだが、カメが小さく首を横に振って見せる。
「いやいやいや……もう、それは私がやっていますから」
まだまだお子様ですね。そう言わんばかりの言い方だが、モップはカメの行動力に、興奮で目を丸くしている。
「カメ、すごいっ! モップも協力する! 何したらいい?」
「あたちも協力するっ!」
「……そうですねぇ……もっと私たちで2人の距離が縮まれば……」
「「距離?」」
「あー……そうですね、2人だけの呼び方とか、どうでしょう?」
「呼び方ってなに?」
ハチコが首をかしげると、カメも同じように首をかしげる。
「あだな、とかでしょうかねぇ……まあ、お2人だけの秘密もありますし、そう難しくないかと……」
「じゃ、カケルがちゃんとリンのこと呼べればいいんだ」
モップはもっふりした体をよじり、改めて起き上がった。
そして得意げに胸を張る。
「カケル、イノウエサンって呼んでるの。きっと、これ、ちがうと思う! だって、ハチミツもリンって呼ぶもん」
「モップさん、いい着眼点です」
ピコリと立った前脚にモップは鼻を近づけてから、もう一度ふふんと威張ってみせる。
それを見たハチコがムム! と髭を前に向け、興奮しながら話し出す。
「なら、あたちがカケルに呼び方練習させるの!」
「名案ですよ、ハチコさん。それはハチコさんやモップさんにしかできないと思います!」
カメは2匹の案を褒めるが、モップはぶわりとふくらんだ毛をなだめるように一度毛づくろいをし、考えながら腰を下ろした。
「でも、どうやってすればいいかなぁ……」
モップの声に、胸を張っていたハチコもしょぼんと丸まる。
「あたちもわかんないの」
「きっと機会はありますから! そんなにしょぼんとしないでっ」
カメに励まされたハチコとモップは、カメへお礼といわんばかりに、頭をペロリと舐めた。
「カメ、ありがとなの」
ハチコもベロリとカメの頭を舐めあげる。
「顔が痛いです……痛いですって。嬉しいですけど、痛い!」
「モップ、この味好きかも」
「あたちも」
「私はキャンディじゃないですからっ! ザラって痛い!」
カケルが家に帰ろうとペダルを踏み込んだとき、実はこんな経緯があったとは、3匹しか知らないことだ──
お読みいただき、ありがとうございます!
まだ本編をご覧になってない方は是非、本編もご覧いただきたいですし、書籍版もスマートに編集しておりますので、そちらもチェックいただけたら
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