第63話:僕らの秘密基地【完結】
兄に熱さましのシートと解熱剤と水、あとはゼリーがあったのでそれを頼み、僕はトレーナーを着込んでマスクを装着。
厚着をすればなんとかなりそうだ。
とはいえ、寒気もなにも吹っ飛んでる。
この現状がよくわからなすぎる────
「ほら、駆、持ってきたぞ」
「ありがと」
目の前のハチコとモップはひたすらに楽しそうに僕に話しかけてくる。
頭をなてでやりながら答えてるけど、今回、隕石というアクションはなく、何がトリガーか見当がつかない。
「ハチコ、モップ、もう少ししたらご飯食べようね」
「ハチコ、ごはんたべる!」
「モップも! モップも!」
僕は兄からの物資を補給しおえると、ベランダの水槽にいるカメさんをむんずと掴んだ。
わたわたと足を揺らすが、ちらりとこちらを見て、ウインクする。
「……ちょ、カメさん……!」
僕が怒鳴ると、肩をすくめるように短い両手をあげた。
「いいじゃないですか。またお話しできてよかったですね」
あまりの他人事加減に、僕はカメさんを20秒だけひっくり返す。何か騒いでいるけど、とにかく考えがまとまらない。
あの日で終わったんじゃないの………?
そんな折、いきなりチャイムが鳴り響いた。
「あ、リンちゃんかも……」
兄が迎えに降りてくれたけれど、その兄から間抜けな声があがった。
なんだと思っていると、階段を勢いよく駆け上がる音がする。
これは間違いなく4本足走行────
「あたい、しゃべれるようになったわ! 聞こえる? ねえ、カケルにハチコに、モップ、聞こえる? カメさんもあたいのことわかるっ?!」
尻尾がないかわりに、食パンのお尻がプリプリプリプリ!
もう激しく揺れている。
なだめるように背中をなでる僕に、ハチミツは繰り返す。
「カケル、わかる? ねぇ、わかる??」
「うん、わかる。すごい聞こえる。すごい聞こえてる。むしろうるさい」
「ほんと!? あたい、おしゃべりできるのよ! すごくない? すごくない!?」
短い足でわたわたと僕に話しかけるハチミツは、とにかくうるさい。
「はいはいすごいすごい」
ハチミツの背中をなでる僕の部屋にものすごい勢いの足音が響く。
「ハッチがしゃべったのっ!」
リンちゃんだ。
一気に駆け上がってきたようだ。
そしてその目は涙目。
……かわいい。
リンちゃんはハチミツと散歩に出ていたようで、ルームウエアに近い格好だ。
これほどラフなリンちゃんの格好も珍しいので、ちょっと見とれてしまう。
「ね、カッケ、聞いてる?!」
リンちゃんの声に、僕は慌てながらも大きく頷いた。
この現況を説明できるのは、やっぱりここにいる、このカメしかいない───
「……カメさん、改めて聞くね。これ、どういうこと?」
深刻な雰囲気が僕の部屋には充満するけど、ベランダではボール遊びに夢中のみんながいる。
「ハチミツ、あたち、ボールとったの!」
「えらいわ、ハチコ! モップ、シュートするのよ!」
「モップ、ゴールする!」
「おい、モップ、だからそれ、右足だってっ! レフリーの俺の声、聞いてる!?」
「ここは死守するでありますっ!!!」
……ちょっと……いや、かなりうるさい。
ぴしゃんとベランダの窓をしめ、僕らは改めてカメさんと向き合う。
「どういうことか、説明できる?」
僕の声に、カメさんは手を振る。
「いえ、特に大きな意味はないです」
「いや、なきゃダメでしょ」
「宇宙人さんの気まぐれじゃないですか?」
兄は再びカメさんを20秒ひっくり返した。
「おい、カメ、どうなってるか説明しろって」
「拷問に、私は負けませんっ!」
「うるさい、カメ!」
元に戻すも、兄はしっかりカメさんを掴み、睨んでいる。
その顔にカメさんは大げさにため息をついた。
「……簡単ですよ。元に戻したんです」
「はぁ? の割には、外は静かじゃねぇか」
そうだ。
兄の言う通りだ。
雀のしゃべり声が聞こえない────
「動物と人間の間に絆があれば、話をすることができます」
「意味わかんない」
リンちゃんの言うことはごもっとも。
「家族だ友達だと、お互いに意識し合っている者同士だけ、話ができるようになった、ということです」
カメさんはさも当たり前のように言うけれど、納得はし難い。
「そしたら、今、僕らには人の声に聞こえているけど、他の人が聞いたらニャーニャーワンワンに聞こえるってこと?」
「そうです。ただ前回同様、全ての動物が当てはまったわけではありません。本当に気まぐれです。昨日の雨に当たった子だけ、となります」
その昨日の雨がどれぐらいの範囲なのか、さらにどの程度の動物が復活ししたのか、全く見当がつかない。
ただ多数復活していたとしても、絆がない人間には聞こえないのだから確かめようがない。
特に外のスズメなんていい例だ。
しゃべれるだろうけど、赤の他人だから、ちゅんちゅんにしか聞こえない。
仮に飼い主がSNSで動画をあげても、僕らにはその動物の声は動物の声でしかないはずだ。
「不思議な世界になっちゃった……」
僕がつぶやくと、リンちゃんは笑う。
「でも、ハッチとまたおしゃべりできる! もっと聞きたいことあったんだ、実は……。今度は後悔しないようにしなきゃ」
「そうだね」
リンちゃんと笑い合ったとき、兄は再びカメさんを掴みあげていた。
「ところで、お前はなんでおれとしゃべってんだ? おれはお前との情はうすいはずだ」
兄の質問に、カメさんは目を見開く。
「どうしてそう思うのです?」
「おれはお前を家族と思ったことがない」
「……はっきり言ってくれますね」
カメさんはにやりと笑う。いや、そう見えた。
確かに兄はカメさんとの接点は少ない。
話ができていた時も、話せなくなった時も、カメさんの餌をやろうとしたこともないし、今もあげてはいない。
もちろん、積極的に話しかけてもいなかったし、同じ食卓を囲んだことがあっても、居候ぐらいの感覚だったのかもしれない。
「さすがですね、タモツさん。私は前から喋れるのです。ここ3週間話せなくてちょっと辛かったですよ。……あの、レタスいただけます?」
「レタスなんかねーよっ」
兄は再びカメさんをひっくり返した。
やり場のない怒りを、今の戸惑いを、カメさんにぶつけたようだ。
「兄さんったら!」
僕はすぐにカメさんを元の位置に戻すけど、なぜ今頃元に戻したのか気になった。
「カメさん、どうして今になって元に戻したの?」
「私は宇宙の使者です。時間を戻すことはできませんが、意思を尊重することはできます」
────もしかして、僕がつぶやいたせい………?
「私、動物の声の翻訳家に選ばれまして、他の動物と意識の疎通が可能なのですよ。で、さっそく始めてみたんです」
カメさんがベランダへと向かっていく。
「窓、あけていただけます?」
リンちゃんが言われた通りに窓を開け、カメさんをベランダへと移動させると、カメさんの甲羅をつつきながら尋ねた。
「……ね、なにをはじめたの?」
ふと顔を上げたリンちゃんが固まっている。
リンちゃんが見つめるのは、走り回るみんなだ。
僕も目を向けてみる。
……ん?
なんか、見慣れない色が走ってる……。
なんとなく、頭数が、多い……?
多い……!
「ココア、キック! キック!」
「はい! 左足で、キック!」
……ココアって誰…………?
「皆さんの力を借りたいのですが、ここで飼い主相談所を始めることにしまして」
言葉は理解できる。
だけれど、内容が全然入ってこない!
「ココアさん、ようこそ、秘密基地へ」
カメさんが、茶色のトイプードルに声をかける。
もこもこのココアちゃんは、細い足で駆け寄ると、カメさんににっこりと微笑んだ。ように見える。
「あなた、カメさんね! カラスの乗り物、楽しかったわ!」
ココアちゃんはカメさんと挨拶をしたあと、僕らの存在に気づいたようだ。
窓枠に並んだ僕らに、エレガントな歩き方で近づいてくる。
「わたし、ココアです。あなたがたがわたしの飼い主を助けてくれる人? よろしくね!」
僕らは一斉に顔を見合わせた。
「カケル、どうにかしろ」
「ほら、カッケ、考えて」
「なんで僕が……」
そんな僕の元に、カメさんがよじ登って肩へと乗ると、
「わたしは元に戻しましたよ……?」
耳元で囁かれた言葉がずしりと重い。
元に戻せば、問題は出てくるってことか……
そりゃそうだよね。元からなかったピースがぴったりハマるわけないもんね。
僕は大きく深呼吸をしてから、ココアちゃんに手を伸ばした。
「初めまして、僕はカケル。とりあえず話を聞こうかな、ココアちゃん」
お手のようだけど、これは握手だ。
この瞬間、僕らの秘密基地が再び動き出した。
厳しくも悲しくて、楽しい僕らの青春は、まだまだ始まったばかりなんだ──────
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
彼らのハッピーエンドはこのような形となりました。
これからも秘密基地のメンバーは喧嘩しながら仲良く過ごしていくと思います!
最後まで、本当にありがとうございました!





