第59話:にゃあと鳴いた日
スマホの目覚ましが鳴る。
それと同時に2匹も動き出した。
僕の顔を叩くのは、モップだ。
どこか容赦無く力加減を知らない、ふかふかの手。
「ちょ…モップ……毛が口に入るから……」
「にゃぁ」
もう一度モップが口が開いた。
「にゃぁふっ」
その声に、ああ、と僕は理解した。
もう終わったんだ。
魔法がとけてるんだ。
魔法が消えたんだ────
モップを抱きしめると、身をよじって離れていった。
ハチコが入れ替わりで近づいてくる。
「にゃ」
ハチコも。
そりゃそうだ。
………そうだ。
「おはよ、モップ……ハチコ……」
僕はなんとなくベランダに出てみた。
もうカンタがいる。
いつもならイケボが響くはずなのに、かぁという短い鳴き声がかけられた。
クマチビ隊長はひまわりの種を食べ終えたのか、颯爽と去っていく。
みんな、いつもの生活に戻ってる。
なのに僕の心は昨日のままだ。
あれだけ覚悟をしてきたのに。
朝の甲羅干しのカメさんを水槽から持ち上げた。
カメさんは無言のまま僕を見上げ、両手を泳がせている。
「……カメさん、今日で終わりのこと、カメさんしか知らなかったんじゃない?」
カメさんはしゃべらない。
当たり前だ。しゃべれないんだから。
「ねぇ、僕だけ話したのは理由があるの……?」
黙ったまま、ぱちりとまばたきをする。けど、きっとこれにも意味はない。
「カメさん……カメさんのおかげで、僕、たくさん覚悟を決めれたよ。……ありがと、カメさん……」
水槽へ戻すと、ちゃぽんと体を一度浸し、また甲羅干しの作業に戻っていった。
「よし……学校行くか……」
僕が下へ降りていくと、ハチコとモップもついてくる。
「おはよう」
リビングにはすでに父がおり、テレビをじっと見つめている。
「おい、駆、しゃべらないって今ニュースで」
「静かになるね」
僕は答えて顔を洗いに洗面所へ。
歯ブラシをくわえてリビングへ行くと、兄も起きてきた。
ハチコとモップに話しかけた兄は、にゃあという返事に「あっ」と声を出したあと、ゆっくりと2匹をなでだした。
「戻っちゃったな」
それだけ言って、兄も顔を洗いだした。
ただ父だけが驚き続けている。
「ちょ、お前たちなんでそんなに冷静なんだ? なんか知ってたのか? 父さん、もっとハチコとモップとしゃべりたかったんだけど」
顔を洗いおえた僕は父に笑う。
「前だっておしゃべりだったじゃない。変わんないよ」
「そそ、変わんねーの」
僕はハチコとモップにカリカリを用意してやる。
床に置いてみたけど、隠す仕草をハチコがするので、テーブルの上に置いてみると、満足したのか器の前で座っている。
だが、食べる気配がない。
「ハチコ、ごめん。僕のご飯も準備するね」
シリアルを用意し座るけれど、まだ食べる雰囲気がない。
「父さん、兄ちゃんごめん。ハチコがみんなと食べるって」
父は朝はコーヒーだけの人だ。
ソファでコーヒーを飲む朝なのに、今日は食卓テーブルへ。
兄は、僕が用意したシリアルに勝手にスプーンをさしこんで、食べる気満々だ。
しぶしぶもう1つシリアルを用意し、席に着くと、ハチコがまっすぐ前を向いた。
「んにゃっ」
ハチコが鳴いたあと、モップがガツガツと食べ始め、ハチコも食べだした。
「……いただきますだったのかな?」
父がハチコの頭をなでると、気持ちよさそうに目を細めて、再び食べ始めた。
そんな変わらない2匹をながめ、シリアルを頬張り、コーヒーをすする。
昨日からの出来事が滲んだ今日は、この子たちがしゃべっていた過去を浮き立たせてくれる。
浮き立っていて、面白くて、寂しくて…………変な感じだ。
久しぶりの学生服が窮屈に感じる。
カバンの中身を確認し、僕はカメさんにレタスを入れ、ベランダの柵のカンタには、菓子パンをちぎって渡した。
「今日からハチコとモップはお留守番。僕も学校だからよろしくね」
ベランダをあとにして、出かける前にリビングに寄った。
「父さん、行ってくる」
「ああ、気をつけてな」
その声に兄も重い腰をソファから持ち上げた。
「俺も行くかーめんどくせー」
一緒に玄関は出たが、門の前で別れた。
僕は自転車で学校へ、兄はバスで学校へ向かう。
この自転車も夏休みは大活躍だった。
カゴにカバンをつめると、夏休みのリュックがぼやけて見える。
だけど、漕ぎ出した自転車にいつもの2匹はいない。
自転車が流す風に、「わぁ」と喜んだ2匹はいないんだ。
「さびしいな……」
僕の声は秋になりかけた風に溶けていった────





