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【書籍化】ベランダの秘密基地 〜しゃべる猫と、家族のカタチ〜  作者: 木村色吹 @yolu


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第58話:最後の夜

 部屋の片付けをしていると、すぐに父が帰ってきた。

 おーいと呼ぶので下へ降りていくと、父がクーラーボックスをぱかりと開ける。


「マアジが入れ食いでさ!」


 見せてきたマアジの量に僕は驚くを通り越し、引いてしまった……。


「……これ、こんなに、どうするの?」

「会社に持ってくかな」

「腐るよ」

「……冷凍しよっか」

「父さん、下処理してよ」

「そんなこといわず、駆も手伝ってよ……」


 というわけで、怒涛のマアジの3枚おろしをすることに……。


「カケル、おいしいにおいする!」

「モップ、たべる!」

「みんなで食べるから、だめだよ。……あ、こら、ハチコ、手を出さない!」


 なぜか僕が三枚おろしの役になり、父は背開きにしたマアジをフライにしていく。


「駆は器用だから三枚おろしも早いな。この皿に刺身用でお願いします」


 父についと出された皿へと盛り付けていく。

 そこへ帰ってきたのは兄だ。


「おー、親父、大漁だったんだ。チャーハンかと覚悟してたんだけど」


 その兄には他の任務が与えられた。

 風呂洗いだ。


「なんで俺が……」

「受験生だろうが、3人で暮らしているんだから、それぐらいは頼むぞ」


 父の声に押され、兄はしぶしぶと洗いにいく。

 お風呂の準備が整い、食事の準備に兄も合流だ。

 お味噌汁を作る任務が兄に渡され、これもまたしぶしぶ作っていく。

 時間は多少かかったものの、出来上がった料理に僕らは思わず声をあげた。


 アジフライに、アジの刺身、お味噌汁とご飯、さらに漬物!

 ……今日の夕飯、完璧すぎる!!!!


 僕らはさっそくテーブルにつくと、ハチコとモップもテーブルに乗ってくる。

 お行儀が悪いかもしれないけど、彼らのご飯もテーブルの上なのだから仕方がない。

 ただカメさんは部屋で休むというので、レタスだけ渡してきた。

 椅子に落ち着いた僕らをハチコがぐるりと見やる。


「いただきます、なの!」


 ハチコの号令が響いた。

 それぞれに「いただきます」と声をだし、箸を手に取る。

 そして、ハチコの食事の号令はこれで最後。

 だけどそれを知っているのは僕だけ。

 すごく苦しくて言いたくなるけど、僕は我慢する。

 ……思えばネットで今日が最後っていうのに騒ぐ気配がない。

 ツイッターをのぞいてみたけど、相変わらず、愛護派と反対派がいがみあうだけで、進展はない。


「……へんなの」

「なんだ、駆?」


 兄にスマホを覗き込まれるが、僕は首を横に振った。


「あ、今日のハチコたち、見る? めっちゃ可愛かったんだぁ」


 動画で撮っておいたボール遊びを見せてあげると、兄も父もぱぁと顔が明るくなる。

 素直すぎる。

 この人たち、素直すぎる!


 父の釣りの話、兄の勉強会、僕のベランダでのこと、男同士だとこれほどに話が進むのはどうしてだろう。

 逆に、今までこうしてこなかったのが不思議なくらいだ。

 父もビールがあるからか、いつもより饒舌な気がする。


 ハチコとモップは父の膝に乗って、おねだりしている。

 アジの切れ端が欲しいのだ。

 僕はいつもあげない。

 だけど、父はいつもあげてる。

 この差は大きい……!


「おとさん、もうひとつなの!」

「おとさん、モップ、もっとたべる!」

「はいはい」


 父は刺身を小さくちぎり、小指の爪程度を渡してやる。

 それだけでもご馳走な2匹は、むちゃむちゃと必死に食べている。


「かわいいな、ハチコとモップ」


 父がデレデレの顔で呟いた。ちょっと気持ち悪い。


 そんな夕飯をおえて、僕たちは再びベランダへと戻ってきた。

 今日は兄も一緒だ。


「駆、明日の学校楽しみか?」

「んなわけないじゃん」

「だよな。めんどくせぇよな」


 兄は僕特製の昼寝マットに寝転がって漫画を読んでいる。

 見ると昔読んでいた漫画だ。


「その漫画どうしたの?」

「昨日お前と話してたら、なんか懐かしくなってさ。古本買ってきた」

「大人買い?」

「もち。プラスチックのボックス余ってるから、そこに本入れて管理しようぜ。お前もなんか入れろよ」

「うん」


 高校生にもなって馬鹿らしいかもしれないけど、こういうスペースは男のロマンなのかも。


「……今日も、楽しかったなぁ……」


 僕がつぶやくと、ハチコとモップが僕の膝に乗ってきた。


「ハチコも!」

「モップも! モップも!」

「みんなで楽しかったね。また、みんなで遊びたいね」

「「うん!」」


 2匹の頭をなでてやると、ぐるぐると喉を鳴らして丸くなる。

 僕はその温かな額を何度も何度もなでる。


 明日には元に戻る。

 もっと何かをしなきゃいけないんじゃないのか?

 もっとできることがあるんじゃないか……?


 でも、何も浮かんでこない。


「……明日、嫌だなぁ」

「おれも」


 兄の漫画を読む手は止まらない。

 同じように、明日へと進む時間も止まらないんだ。


「兄さん、みんなで写真撮っておかない? あ、カンタもいるでしょ?」


 手すりに降りてきた音が鳴る。


「おう。今日で最後だしな」

「……うん。楽しかった夏休みは、今日で最後」


 兄にハチコとモップを抱えてもらい、僕はカメさんを手のひらに、カンタは僕らの肩に乗ってもらい、スマホをタイマーセットすると、クマチビ隊員にボタンを押してもらう。

 小さな手でも反応するようだ。10秒ののち、バースト撮影が写したものは……


 走り込んだ隊員はなぜかモップの頭に走りあがり、それに反応して腕を伸ばし、ハチコも暴れ、カンタがばたつき、僕が支えようと手を伸ばすけど、カメさんを手に乗せていたので、うまくいかず────


「うわぁ……撮り直す?」


 かろうじてブレは少ないものの、非常に躍動感のある写真になってしまった。


「うわ、まじひでぇ。でも、いいんじゃねぇかな、これ」


 兄に飛ばすと、10枚をタップしながらニヤついている。

 わかる。

 ニヤつく出来だから。

 コマ動画のように動く彼らが面白くって、可愛くって、彼ららしくって、僕らも笑ってて。


「……いい出来だね」


 そうして、僕らの夜が更けていく。

 最後の夜は、ちょっとだけ特別に、過ぎていくんだ────

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