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第57話:最終日の僕らの過ごし方

 10時前にチャイムが鳴った。

 もう僕らの秘密基地は準備万端!

 迎えに出ると、リュックを抱えた井上さんと、ボールをくわえたハチミツがいる。


「いらっしゃい」

「おじゃましまーす」

「あひゃいがあひょんであげゆわ(あたいが遊んであげるわ)!」


 そのまま家に上がろうとするハチミツを2人で止める。

 足の汚れを拭いた途端、短い足でハチミツは勝手に2階へと上がっていった。

 ドアを開けておいたから、突撃し放題だ。

 すぐにハチコとモップ、ハチミツの騒ぐ声がおりてくる。


「早速遊んでるねぇ」


 井上さんの声には呆れが混ざってる。間違いない。

 昨日のLINEでも『ハッチがはしゃぎすぎて、寝ない』ってぼやいていたし、きっとあまり寝れてないんじゃないかな……?


「井上さん、少しは寝れた?」

「リンちゃん」

「……へ?」

「リンちゃん!」


 かわいいけれど、睨む目は変わらない。

 僕は息を整え、言い直した。


「り、リンちゃん、寝れた……?」

「あんまし寝れなかったんだよねぇ。LINEのとおりに、ハッチめっちゃはしゃいでてさ。カケルッピは?」

「僕は結構寝たかも。あ、なに飲む?」

「できたら炭酸欲しいな」

「わかった。今持ってくから、みんなと遊んでて」


 僕は冷蔵庫から炭酸ジュースをグラスに注いだ。

 注ぎながらも、リンちゃん呼びが固定となり、嬉しいやら、恥ずかしいやら。

 彼ピッピの延長でこんなことになっちゃってるけど、やっぱり慣れないなぁ。

 だいたい、夏休みの前なら、間違いなく想像できていない、こんなこと。

 女子が家に来るなんて、地球が滅亡するぐらいありえなかったし!


「はぁ……意識しない意識しない意識しない……」


 僕はグラスをトレイに乗せ、もう一度息を整えてからベランダへと向かった。


 いつもならハチコとモップは寝ている時間なのに、ハッチと一緒に、必死に遊んでいる。

 しまいにはカンタがレフリーとなり、クマチビ隊長たちがゴールキーバー、3匹で力を合わせてゴールを決めるゲームになっていた。

 ちなみにゴールは僕の部屋にあったダンボールだ。

 なかなかカンタレフリーの目は厳しいし、クマチビ隊長たちの連携が取れすぎていて、ゴールを決められない。


「かなり高度なゲームになってるね」


 というのも、蹴る足は右側という制限つき。

 カンタの目は鋭く、左でシュートを決めると、イケボが飛ぶのだ。


「はい、モップ、左足シュート。あと2回で1分離脱な!」

「モップ、右足!」

「いや、左だった」

「モップ、右!」

「……お前、それ、左だぞ」


 彼らのやりとりを眺める井上さんは、終始笑顔だ。


「みんな見てると、子供の頃、思い出すわー」


 なんとなくその言い方が面白くて笑ってしまう。


「なんで笑うの、カケルくん」

「なんかすんごい過去の話みたいで」

「えー? ゲーム機なしで遊んだのなんて、すごい昔じゃん」

「たしかにそうかも」


 僕たちは炭酸ジュースを飲みながらまったりとしていると、カメさんがのそりとやってきた。


「みなさん、楽しそうで何よりです」

「カメさんは遊ばないの?」


 そう言った井上さんに、カメさんは大げさなリアクションで右手を振る。


「私はボール遊びで喜ぶ子供ではありませんから」

「カメさん、足短いしね」

「そこじゃないですっ!」


 だけど、カメさんがみんなを見る目はとても優しい。

 まるで父親のような、温かい視線だ。


「言葉が通じれば、種族の垣根は低くなります」


 カメさんがぽつりと言った。


「人間は言葉が同じなのに、肌の色でも差別がある。とても不思議な種族です」

「人間は、愚かで傲慢で、貪欲だから」


 僕が言い返すと「知ってます」涼しい顔でカメさんがいう。


「浅ましくありながら、慈愛に満ちているのも人間です。本当に不思議な種族ですが、私はここが好きです」

「ベランダが好きなの? 水槽じゃなく?」


 井上さんはジュースを飲み干した。


「ええ、そうですね。好きですよ」


「僕も、カメさんもここも好きだよ」


 カメさんを持ち上げると、ひんやりと冷たくて、気持ちがいい。

 しっかり甲羅も洗ってあげているだけあり、生臭くない。

 目前に掲げたカメさんは、両手をパッと広げると、空を指差した。


「さ、だいぶ日が高くなってきました。もうお昼にしませんか?」


 カメさんの発言で、僕たちはお昼の準備にとりかかる。

 井上さんが取り出したのは、重箱風お弁当箱だ。

 2段になっているお弁当箱には、おかずとご飯で分けてある。


「うぉ、すごい……!」


 僕のテンションがダダ上がりのところで、よじ登ってきたカメさんに耳を噛まれた。


「いてっ」

「さ、カケルさん、私にレタスをお持ちください」

「あ、はいはい。え、一緒に行くの?」

「私が葉っぱを選びます」

「はいはい」


 僕は肩のカメさんを手で支えながら階段を降りると、ハチコたち用のウェットなご飯を山盛りに、クマチビ隊長たちには魚肉ソーセージとひまわりの種の盛り合わせ、そしてカメさん用のレタスはカメさんが吟味中だ。


「カケルさん、こんな最終日でいいのですか? もっとドラマチックな2人の時間とか……」

「へ? そんなこと考えてくれてたの?」


 カメさんは、ふんと鼻を鳴らした。


「私は大人ですからね。それぐらいのことは考えます」


 思わず笑い出した僕にカメさんは首を傾げてみせる。


「僕はみんなで過ごす時間が大好きなんだ。だからこれで十分だよ。ありがと」


 ちょんと頭をつつくと、カメさんは不服そうに目を細めた。


「カケルさんは欲がないのですね。人間はもっと欲深いと思ってました」

「それは違うよ。僕は欲張りだよ」

「そうは見えませんよ?」

「これから生活してたらわかるよ。だって僕は、人間、だからね!」


 カメさんが指したレタスをちぎり、さらに盛るとベランダへと戻る。


「カケルさんは、面白いですね、ホント」


 カメさんが耳元で言ったけど、僕はそれに返事はしなかった。

 きっとカメさんの独り言だったから────



 準備を整え、みんなのご飯がいきわたったのを確認して、ハチコがすっと背筋をのばす。


「みんな、いただきますなの!」


 ハチコの号令で始まったお昼ご飯。

 本当に、彩りは綺麗だし、どれも美味しい!

 唐揚げは昨日と味がちょっと違って、塩味だ。


「今日の唐揚げも美味しいよ、い……リンちゃん」

「いい加減、言い慣れてよ、カケルくん。でも、美味しかったならよかった」

「たこさんウィンナーまで……僕の夢のお弁当だよ!……あ、撮るの忘れた!」

「私撮ってあるー! あとで送っとくね〜」

「さすが。お願いします」


 他愛のない話をしながらのお昼はとても楽しい。

 玉子焼きは僕の好きな甘い味だし、エビフライも入ってて、ポテトサラダもある。アスパラの肉巻きに、きんぴらごぼう、エビチリまである……!


 全部、僕の好物です!!!!


 さらにさらに、今日のご飯はお稲荷さん。しかも五目ごはんが詰めてある。


 どれもめっちゃくっちゃ本当にお世辞抜きに美味しすぎるっ!!!!


「はぁ……幸せ……」


 慌てて食べたせいで喉がつまり、水を一気に飲み込んだ。

 涙目の僕に、井上さんが笑う。


「急いで食べなくても大丈夫でしょ? これ食べるのはあたしとカケルくんだけなんだから」

「そうなんだけど……だって、すっごく美味しいから」

「ありがと」


 食べながらも写真を撮ったり、ハチコとモップが蝶々を追いかけたり、カメさんがお弁当の枝豆を食べ出したり……あげたらきりがないけど、とっても賑やかなお昼ご飯だった。

 ひと休みしようと、ベランダでだらりとすると、ハチコの目がとろんとなっている。かわいい。


「あたち、お昼寝なの」

「……モップもねるの」


 2匹はマットの上で2匹そろって丸くなる。


「あたいはまだ遊べるわ!」


 ひとり元気なハチミツだが、


「俺は定期巡回してくるわ」


 言いながらカンタは飛び立っていった。

 カメさんは再び水槽へと足を運ぶ。


「私は甲羅を干します。いい天気の日にしておかないと」


「我々は一旦退却するでありますっ!」


 クマチビ隊長率いる隊員たちは、一度ピシッと敬礼をすると、床を這うように走り去っていった。

 ひとり元気なハチミツ以外、皆それぞれお昼の時間を過ごすようだ。

 ハチミツはボールをくわえていたものの、みんな遊ばないとわかると、ひとりしょぼんと、井上さんに甘えに来る。


「ハッチもお昼寝したら?」


 井上さんがなでながら聞くと、


「あたい、ハチコとモップとお昼寝してみるわ」

「いいと思う」


 ハチコとモップが寝転がる場所にハチミツが突撃していく。

 一瞬迷惑そうな顔をするものの、3匹仲良くいいポジションを見つけたようで、眠りに入ったようだ。


「……静かだね」

「ほんと、静かになっちゃったねー」


 僕らは急に落ち着いたベランダでどうしたらいいかと思ってしまう。

 だけど、どうしようもない。

 なんだかそれに笑ってしまう。


「なんか変だね、こういうの。リンちゃんもそう思わない?」

「んー……ずっと変だから、どれが変かわかんないな」

「言われればそうか」

「あ、カケルくん、学校の準備、どう?」

「僕? 問題ないよ。リンちゃんは?」

「あたしも大丈夫。宿題の小論文が意味わかんなくて、テキトー」

「ああ、あれね。僕は思いつきで一気に書いた」

「なんかそういうのカケルくん、ほんと得意だよね」

「そうかな?」

「そうだよ」


 緊張しないで話せるようになったのがいつだったなんてわからないぐらい、僕らはおしゃべりをした。

 それに、写真もたくさん撮った。

 井上さんとのツーショットなんて撮れなかったけど、みんなの寝顔はもちろん、クマチビ隊長たちの整列や、カンタの一本足ポーズ、僕と井上さんでみんなを追いかけ回してみたり、さらにこれからどんな基地にしたいか話し合ったり、ちゃんと集合写真も撮影した。

 だけれど、時間はくるもので────



「もう3時になっちゃったよ……」


 しょげるのは井上さんだ。

 夜から家族でお出かけがあるので、今日は3時までの約束だ。


「明日から毎日顔合わせるし、また遊びに来てよ」

「……うん、そうする。ハッチ、帰るよ?」

「いやよ。あたい、ここで留守番してるわ!」

「意味わかんないし」

「だってみんなでお出かけだもの。あたいはお留守番でしょ? ならここでお留守番するの」

「そういうわけにはいかないの。骨っこあげるから」

「しょうがないわね、留守番しててあげるわ!」


 意外と現金なハチミツに呆気にとられながらも、僕らはみんなでお見送りだ。


「じゃ、カケルくん、また明日。ハチコちゃん、モップちゃん、また遊んでね! カメさんも、またおしゃべりしようねっ」


 井上さんは自転車にまたがると颯爽と帰っていく。

 だけど、1回だけ振り返ってくれた。

 夕日に照らされて、それがほのかに頬が赤くて、ちょっとドラマチックな横顔で。


「リン、きれいね」


 ハチコの言葉に、僕は素直に頷いた。

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