第55話:夏休み最後の明日に備えて
僕ら男3人で作ったオムそばは、ちょっと焦げたりしたけど、それでも、すっごく美味しかった。
だって、5人で作ったオムそばだから!
ホットプレートに野菜を広げて、みんなでわいわい焼いた。
薄焼き玉子だけはフライパンで作ったけど、ホットプレートの焼きそばはちょっとソースが焦げて、それが懐かしい味で。
なんで懐かしいのかと記憶の中を探してみたら、父方の祖母が作ってくれたお昼ご飯だ。
夏休みに泊まりに行った日のお昼ご飯は、かならずホットプレートで作るソース焼きそばだった。
柔らかい祖母の手がキャベツをどっさりと入れて、嫌いなピーマンは少しだけ、玉ねぎとかエビなんかも入ってて。
全くそっくりで、やっぱり父もこの味で育ったんだなって思えて、懐かしくて嬉しかった。
「これ、おばあちゃんの味だね」
僕がいうと、父ははにかみながら、それでも嬉しそうに「そうか?」と笑ってくれた。
明日の予定をそれぞれ報告したあとは自由時間だ。
夜の時間をそれぞれで過ごすけれど、僕は部屋に戻ってからしたことは、宿題の確認。
心配性な自分が嫌になるけど、これでやっていないよりはマシだと思うから。
「……よし、全部終わってる……と。ちょっと読書しちゃおうかなぁ……」
僕がベランダに続く窓を開けると、みんな一斉に外へと出ていく。
風はないけれど、昼間とは違ってすごく涼しく感じる。
改めて、もう9月が目前なんだと、はっきり思う。
ベランダのクッションに腰をしずめると、モップが僕の足に体をこすりつけてきた。
「モップ、明日楽しみ!」
「そうだね、みんなで遊べるもんね」
そんな話しをしたとき、ここのベランダを解放しなくちゃと思いたった僕は立ち上がった。
「よし、兄ちゃんにここのベランダ、明日使うぞって報告に行こう」
モップを抱え、うしろにハチコが続き、右肩にはカメさんが、左肩にはカンタが乗る。
見ると、兄は窓を見るように机が置いてある。
カーテンが開けっ放しなので中がよく見えて、その兄の手の動きが異常だ。
数学の方程式なのか、幾何学模様にしか見えない文字を猛スピードで書き記している────
「うわぁ」
ドン引く僕を無視し、カンタが窓をつついた。
兄は向かない。
もう一度突く。
やっぱり向かない。
今度は、相当激しく突く。……ちょっと傷ついたかも。
ようやく見られている雰囲気に気づいたのか、兄がイヤホンを外し、おもむろにこちらを見た。
が、窓越しにもわかるほどの叫び声がこだました。
「ったく、普通に来いよ、普通にっ!」
ブチ切れる兄に謝りながら、どれほどの絵面だったのか写メってもらうと、ブレーメンもびっくりの出来栄えだ。
外が暗いせいでぼんやりと僕らは浮かび上がり、べったりと窓のそばにくっついていたので、キメラの亡霊のように見える。
「……これは、ひどい。ほんと、ごめん。今度からはラインいれてから来るよ。で、さっきの話だけど」
「ベランダだろ? 別に使っていいぞ。俺は明日は塾のやつらと勉強会だし。親父は朝から釣りに行くって言ってたよな。ま、みんなで使えばいいよ」
「あ……兄さん、あの、」
「なんだよ、歯切れ悪い」
僕は言おうか言わないか迷う。
明日までしか、みんなとおしゃべりできないことを言うべきかどうか……。
「……兄さん、もしさ、もしだけど、もう、みんなと話せなくなったら、どうする?」
「ん? ああ、んー……」
兄は何かを察しながらも、すぐに答えを出した。
「元に戻るだけ、だろ。別に変わんねぇよ」
「そか。……そうだよね」
「こんなもん、始まったら終わるんだよ、なんでもいつでも。おれ、明日までにまとめなきゃいけない問題あるから、お前らも適当にして寝ろよ」
ハチコとモップを兄は抱き上げ、激しく頬ずりすると、カンタにマヨネーズを、クマチビ隊長たちへの魚肉ソーセージを僕に渡してくる。
「あとは、よろしくな」
ぴしゃんと窓が閉められた。
なんとも兄らしい。
「さ、ちょっとベランダを整理したら、僕らも寝よう。明日は早いしね!」
返事をしてくれるみんなの声を聞きながら、準備に取り掛かる。
明日は、最後の日。
嘘みたいだけど、たぶん本当の、最後の日だ────





