第53話:公園での1日
到着した先で張り切っていたのは、シロとケンジくんだ。
すでに師弟関係が出来上がったのか、綺麗な連携で保護している犬や猫を整列させている。
「さ、ハチコとモップもお手伝いに行っておいで」
僕がリュックから出してやると、ハチミツと一緒に騒ぎながら向かっていく。
あまりに3匹が騒ぐのでシロの怒鳴りが1つ入るが、お構い無しのよう。
騒ぎながら整列のお手伝いをしている。
「おい、カケル、」
頭上からのイケボは、間違いなくカンタだ。
少し緊張感のある声に、僕は意識を集中する。
「なにかあった」
「なんか、動物愛護団体と喋る動物反対派がぶつかってんだけど……」
「……え? 今更……? ……ここに来なきゃ、どうでもいいや」
「おう。向かってくることあれば、追い払うわ」
「ありがと」
風間さんから名簿一覧のボードをもらい、井上さんが戻ってくる。
「カンタ、なんだって言ってたの?」
「んー、なんか、動物愛護と反対派がぶつかってるらしい。こっちにくるなら妨害してくれるって」
「おー、やっぱりカンタ隊長頼もしいね! でも、今更って感じだよね、そういうの」
井上さんの声には呆れがにじんでいる。
今まで、愛護団体は大きな動きを見せていなかった。
世論もあり、政府の意向もあり、喋る動物を動物と見るのか否か、そのあたりでもめていたのかわからないけれど、実際大きく動いているのは今になって。昨日の動きがあったから、後押しされて来たのかもしれない。
どーでもいいけど。
今日はちょうど土曜日、明日が日曜日なのもあり、引取りの人が多い。
朝からバタバタと動き回ることになった。
受け取る人の確認はもちろん、風間さんへ譲渡する人もいる。
そこでお金の要求をする人も、いる。
『売ってやる』というのだ。
今まで家族であったペットを、売ってやるとは……。
言葉がわかる動物にとって、それほど残酷な言葉もない。
見る限り、僕達人間がすごく身勝手で、横柄で、命の意味を理解していない種族であるのは明確だった。
ただ風間さんの抜かりなさはここでも発揮されていて、揉める人たちはどこかに連れて行かれている。
後を追おうとも思わないし、何が行われているのかもよくわからない。大人の事情というやつだと思う。
僕と井上さんは受け渡しのパートになっていた。
証明するものや写真のチェック、もちろん、彼らの声も聞く。
中には、飼い主の元へ帰りたくない、という子もいるから。
研究所へ連れて行ったことは裏切り行為のなにものでもない。
それが強い心の傷になっている子もいる。
そういった場合は、信用を取り戻してから、ということになっていた。
だけれど、そう簡単に諦めない飼い主だっているわけで……
「あの、岩田さん、すみません。この子は帰りたくないようです」
メインクーンのシマちゃんは、灰色毛の大型種。
飼い主の、岩田というおじさんが腕を伸ばすも、僕の胸にはりついて、離れようとしない。
「やだ! いかない! キライ!」
ずっとこの調子だ。
なだめても、何をしても無理そう、この雰囲気。
「でも、うちのですよね?」
無理やり持っていこうとするも、シマちゃんは僕にガッチリと爪を立てる始末。
「いっ……! し、シマちゃんは、岩田さんに怒ってるんですよ? 話せるようになったんですから、説明したらどうですか」
あまりに必死なシマちゃんに、ついおじさんに対しての口調も強くなってしまう。
無理やりなんて渡せないし、行きたがってもいないし。
僕がシマちゃんを赤ん坊のように抱っこすると、ぐるぐると喉を鳴らしながら見上げてくる。そして首を小さく横に振って見せる。
絶対に行きたくない。そう言ってるんだ。
でも、どうしたらいい……?
「あの、岩田さん、シマちゃんとは何年過ごしてきましたか?」
睨み合う僕達の間に、井上さんが割って入ってくれた。
かなりイラついていた岩田さんも、美少女がくれば顔も柔らかくなるもの。
「……え、いや…2年、だけど」
「2年の間で、シマちゃんと過ごして、すごく楽しかったことってなんですか?」
井上さんの簡単な質問に岩田さんはつまづいた。
数分待っても出てこない。
思い出そうにも、出てこない。
それだけふれあいがなかったということだ。
「シマちゃんも岩田さんと同じように、素敵な思い出はありません。これから、ふたりで思い出をしっかり作れますか?」
岩田さんは、うつむき考えたあと、
「……もう少し考えてから、迎えに来ます……」
一度だけシマちゃんの頭をなでて、帰っていった。
びくりと体を震わせたシマちゃんの動きに、岩田さんは傷ついたようにも見える。
あれだけの威勢があったにも関わらず、帰る岩田そんの足取りは重く、背中は小さかった。
赤ん坊をあやす感覚で、シマちゃんをよしよしと揺らすと、シマちゃんは再びぐるぐると喉を鳴らして、優しく目を細めている。
「素敵な飼い主になって帰ってくるよ。その時は安心してお家に帰ろうね」
───目まぐるしい引き取りに追われながら、いつの間にやらもうお昼!
僕たちは他のボランティアの方と入れ替わりで休憩に入ることになった。
「めっちゃ、やばくない、あそこ」
井上さんは言いながら芝生の上にどさりと腰を下ろす。
「うん、高校生にはちょっと荷が重いよね……」
ペットボトルの水を飲み、カメさんにもかけてあげる。
「いやぁ、芝生での水浴びは気持ちがいいですね!」
遅れてハチコとモップ、ハチミツが僕達の元へと戻ってきた。
「あたち、のどかわいた!」
「モップも! モップも!」
「あたいもカラッカラ!」
あらかじめ用意しておいた器に水を注ぐと、3匹揃って一気に飲み干していく。
同じようにみんなのご飯を用意しおえたとき、井上さんがお弁当を広げて準備してくれていた。
「さ、みんな、食べようか!」
井上さんの一声で、みんなで座ると、ハチコの号令が響いた。
「いただきますなの!」
手渡されたお弁当は井上さんの容器よりも大きめで、それだけでなんだか特別感満載。
これが弟くんのお弁当箱だろうと、僕は全然構わない!
さて、どれから手をつけたらいいか迷っていると、差し出されたのはおにぎりだ。
「中身梅干しなんだけど、平気?」
「あ、うん、梅干しのおにぎり、好きだから嬉しいよ」
アルミをはぎながら頬張っていると、井上さんもおにぎりを頬張りだす、
「さっきの岩田さん、くらいかな? 揉めた感じなの」
「そうだね。い…リンちゃん、来てくれなかったら大変だったよ」
井上さんの鋭い目が一瞬にして和らいだ。
空気読んだ僕、偉い。
「あの、ベンガル猫さんを取りに来た夫婦はどうなったんですか?」
カメさんは意外と見ていたようだ。
ずっとカウンターで甲羅干ししていただけかと思っていたけど、観察はしていたんだ。
「なんか、すぐに警察が来たよ。後ろにいたみたいだった。……あ、この卵焼き、甘くておいしいね」
「うち、甘口なんだけど、大丈夫だった?」
「家は塩なんだけど、僕は甘口の方が好きなんだ。兄が塩味が好きで、母はそればっかり作ってて」
自分に口に出したくせに、母という言葉が胃に響く。
軽いボディブローを食らった気分。
水で飲み込んで、改めてお弁当を見ると、そこには僕の好物がたくさん並んでいて、なぜか言葉に詰まってしまった。
甘い卵焼きに、唐揚げ……兄は塩味卵焼きが好きで、お弁当はミートボールが好きだから、僕のお弁当もいつもそれ。
小学生のとき、一度だけお願いをした。
「お母さん、ぼく、唐揚げ入れて欲しい」
その時の母の顔が未だに忘れない。
『あなたはわがままは言えないの。だって、2番だもの』
その言葉が鎖のように僕にまとわりついて、何も言えなく、希望もなにもなくなったんだった────
「……カケルくん、大丈夫……?」
覗き込まれた井上さんの顔に驚いて、思わずのけぞりまばたきをした。
そのとき、ばらりと落ちる。
────涙だ。
「……あ、ごめ……なんだろ……いや、お弁当、おいしくて……」
取りつくろえない状況に、緩んだ涙腺は閉めれず、膝を抱えた僕にハチコとモップが寄り添ってくる。
───そして、ハチミツも。
「大丈夫、あたいがついてるわっ」
その声が心強くて優しくて、それに夏で暑いのに彼らの毛が柔らかくて温かくて、僕は今、世界一、幸せだ!





