第52話:今日は8月30日
ハチコとモップに挟まれると、とても暑い。
僕は寝苦しさに目が覚めて、枕元のスマホに手を伸ばす。
その画面の数字に、とても残念な気持ちになった。
「まだ6時じゃん……」
せめて7時まで寝ていたかった。
……とは思っても起きてしまったのなら仕方がない。
一気に起きて、カーテンを開ける。
ハチコとモップは眩しそうに目を細めて、再びベッドのタオルへ顔を押しつけた。
「あたち、もうすこし寝る」
「モップも……」
なんだか悔しいので、ぐずる2匹を抱きかかえて、僕は居間へとおりていく。
「一緒にご飯の準備しよ」
僕が2匹にいうけれど、まだ眠いのか、目を細めてだらりとぶら下がったままだ。
しかしながら、もう隠す必要がないのは本当に楽チン!
居間に入ると、父はすでに起きており、歯ブラシをしながら新聞を見つめている。
くいくいと手招きされ、僕は2匹を抱えたまま近づくと、新聞の記事にあるのは昨日の出来事のようだ。
デカデカと主犯らしき人物の写真が添えられている。
僕の目が一気に冴えていく───
帽子と鳥で顔は隠れているが、まさしくそれは、バードテイマー!!!
父が無言で見つめてくるが、僕は努めて笑う。
「彼のおかげで、すごい助かったよ」
ぐるりとキッチンへ向き直り、それ以上喋らないように朝食の準備を始める。
床に降ろした2匹は、父と朝の挨拶をしているようだ。
「おとさん、おはようなの!」
「おとさん、おはよう! モップ、よくねたの。これからごはん食べる!」
うがいを済ませた父は、にんまりと笑顔を作り、2匹を抱き上げた。
「おはよう、ハチコ、モップ。おとさんもよく寝たよぉ」
幼児をあやす話し方だ。
父もほだされたものだなぁ……。
勝手に聞きながら笑ってしまうけど、和やかな空気は本当にいい。
朝からこんなに優しい気持ちになれたのは、いつぶりだろう………。
僕はテンポよく、シリアル、カメさん用の葉っぱに、マヨネーズ、魚肉ソーセージに、2匹のカリカリをトレイにのせ、2階へ戻ろうと2匹を見ると………
ちょっとまって!!!!
「ねぇねぇ、ハチコ、モップ、これ、駆かな?」
父があの新聞を指差し、聞いている───!!!!
走り去りたいが、手元にはトレイ!!!!
2匹はなんだなんだと見ているし、騒げばバレるし!!!!!
───もう、これは逃げ切れない!!!!
「おはよーさん」
不意にドアを開けて現れたのは兄さんだ。
ひどい寝癖姿でのそのそと歩いてくる。
父がハチコとモップに話しかける姿を見て、兄が新聞を奪い取った。
ナイス、兄さん、さすが!!!!
「駆、お前、うまく顔隠れてるな」
そこでバラすなよ!!!!!!!
父の視線がすごく痛い───
「はぁ……朝からものすごく疲れた」
ベランダでシリアルを頬張りながら僕が呟く。
父はそれ以上何かを言ってくることはなかったけど、ただ一言。
『人の迷惑にはならないように』
念をおされてしまった。
「迷惑にはならなようにしてるんだけどね……」
「いやいやカケルさん、あなたは救世主ですよ! タモツさんもですけど」
しゃくしゃくと食べながらいうのはカメさんだ。
そう思ってくれる人が多いと嬉しいけど、少なからず問題だと思う人間もいるのは確かで。
実際ツイッターは荒れに荒れている……。
『バードテイマーが余計なことをした』
『これから大きな発展があるかもしれないのに』
『人と動物の共存はありえない。こいつはなんのつもりだ』
好き勝手に言えばいい。
見えない相手だからこそ攻撃的にもなれるんだろう。
だいたい、僕だとはバレていない。
いや、そのうちバレるかもしれない。
でも、そんなのは明後日になれば、消えてしまう話だ。
なぜなら期限は、明日まで───
「さ、8時になったら、井上さんが来るから、準備しよう」
僕は立ち上がってみるけれど、このベランダに仲間が随分と増えた。
特にクマチビ隊長の部隊が総勢10匹。
魚肉ソーセージを幸せそうに食んでいるネズミは意外と可愛い。
一応、みんなで魚肉ソーセージを抱えあげてもらい、一列に並んだところを写真に撮っておこう。
そうこうしているうちに、もう7時50分。
外で待つかと、ハチコとモップをリュックに、カメさんをアイスノンとともに入れて、クマチビ隊長たちにはベランダの警備、カンタ隊長には上空での見張りをお願いすることにした。
「今日はそんな大したことねぇと思うけどな」
カンタの言う通りになればいいなと、僕も思う。
「反対派も少なからずいるから、何か大きな動きが見えたら教えて欲しいんだ」
「おう、任せておけ」
相変わらず素敵なイケボに癒されながら、クマチビ隊長たちには追加のひまわりのた種を置いておく。
「じゃ、クマチビ隊長、よろしくお願いします。ここに報酬の種があるので、たくさん食べてね」
「カケル殿、ありがとうであります!」
クマチビ隊長のお見送りを受け、まだ家を出ない兄に戸締りを頼んで僕は外へと出ていく。
「おーい、カケルッピ!」
「あたいもいるわよっ!」
犬専用イス付き自転車で登場だ。
「おはよう、井上さんに、ハッチ」
リュックからもハチコとモップ、そしてカメさんが顔を出した。
それぞれに挨拶をしているが、井上さんが不服顔だ。
「……ど、どうかした?」
「カケルくん、また戻ってる」
「……なに、が?」
聞き返した僕の顎にカメさんが食いついた。
「いった!!!!」
「これはリンさんの気持ちの代弁です。カケルさん、リンちゃんって呼び直してください。じゃないと、ハチコさんとモップさんにも噛んでもらいます」
「あたち、かむよ!」
「モップも! モップも!」
僕は目を伏せながら、なんとか言った。
「……リンちゃん、おはよう」
「声が小さいですよ、カケルくん」
深呼吸をしてから、目をなんとか合わせた。
「……おはよ、リンちゃん」
やっぱり井上さんが可愛くって、目があったら思わず笑顔になっちゃって……。
だけど、どうやらそれが気持ち悪かったみたい。
なぜなら、いきなり走り出しちゃったんだよね……。
慌ててついていくけど、少し前を走る井上さんが振り返りながら僕に言う。
「カケルくん、遅れちゃうよぉー!」
井上さんの声に引っ張られるように、僕らは公園へと走り出した。
残りの夏を燃やしているように、今日は暑い。
でも、楽しい1日になりそうだ!





