第51話:夜のベランダ
クマチビ隊長に魚肉ソーセージを、カンタには業務用マヨネーズを差し出しながら、僕たちはベランダで一息ついていた。
夕食は父とみんなで、本当に楽しかった!
ハチコとモップ、カメさんも一緒の夕飯。
こんなことが叶うなんて思ってもいなかった。
「みんなでごはん、おいちかった!」
「モップも! おいしかったの!」
「そだね、楽しかったし、美味しかったね!」
ハチコとモップに話しかけながら笑ったままでいるのが気持ち悪いのか、兄に睨まれる。
だが、兄だって頬が緩みっぱなしだ。
何百歩譲ってみても、兄も楽しかったのがわかる。
今まで静かな夕食で、無言、または母の独壇場。和やかな時間とは言い難い夕食の時間だった。
それに、ようやくハチコとモップ、さらにカメさんと自由に話せるようになったわけだし。
そりゃあの偏屈そうな兄が終始笑顔でいるのも仕方がない。
みんな可愛いからね!!!!
父もずっと笑顔だったな。
もっと気味悪がるかと思ってたけど、そうでもなかった。
一度マヨネーズに取りに下に降りたときも、
「あのハチコとモップがこんなにおしゃべりだとはな……確かによく鳴く子だったけど。いい子に可愛く育ってくれてよかったな」
1人テレビを見ながら、のびのびと晩酌する父に、僕は大きく返事をした。
「いやぁ、今日のレタスは最高でした!」
ベランダに帰ってきたカメさんは、ずっとこの調子。
どうも今日のサニーレタスは鮮度がすごくよく、甘みもあり、とても美味しかったそうだ。
カメさん1人、その話題で盛り上がりっぱなしである。
「あたちもごはん、おいちかった」
「モップも! モップ、もうすこし食べれるとおもう」
「あとで、ちょっとだけ、おやつあげるから我慢してね」
オヤツという3文字に、2匹は目を輝かせながらベランダを走り回りだした。
やはりあの檻の中は狭く、辛かったところもあったよう。
ただ猫なので、日中は寝る時間が多いこともあり、それほど大きな苦痛はなかったようだ。
でも、ハチコが言っていたことが気になる。
「『どうして、君たちはよく喋れるんだ』か……」
僕のつぶやきに気づいてか、カメさんが膝へと登ってきた。
「カケルさんはどう思います?」
「僕は、コミュニケーションを取っていたか、そうでないか、じゃないかと思ってる」
「おれもその通りだと思う」
カンタにマヨネーズをあげ終えた兄が、隣へと腰を下ろした。
今は兄の部屋の前のベランダも開放中でとても広い。
おかげでハチコとモップが毛玉のおもちゃをくわえて走り回っている。
兄は広くなったベランダなのに、僕の隣で、僕のお気に入りのクッションを腹に抱えて喋り出した。
「あの人たちが、なんで気づかないのかよくわからん。ただ明らかに大切に飼っていた誰かがいる犬や猫は、よく喋ってた。ぞんざいな扱いの子は、片言が多い」
「でもさ、なんでカンタとか、クマチビ隊長とかは流暢なんだろう……?」
「そこなんだよ。人間観察が趣味だから、としか言いようがないよな」
「私も不思議なのです。ペットの方々の言語の差が激しく、外で自由に生きる鳥や小動物は流暢な傾向があります」
僕と兄、そしてカメさんで頭を抱えていると、トントンとカンタが目の前に移動してくる。
「お前ら、そんなの簡単よ。オレたち、人間の真似して生きてるからな」
「カンタ隊長の言う通りであります。我々は人間の生活の一部として生きているのであります!」
ぴしっと敬礼なのか、ぽってりしたお腹を見せて、クマチビ隊長が立ち上がる。
とても可愛い。
彼の姿を動画と写真に収めるが、兄がため息交じりに息をつく。
「まぁ、人に密着している方が言語発達があるってことか……」
「僕は今聞いて、なんか家族愛かなって思っちゃった。こじつけ、かもだけど」
「愛?」
笑う兄に、僕も笑うけど、でも、本当の気持ちだ。
「きっと、家族であった子は言葉が発達して、愛玩具だった子は未発達だったんじゃないかな? お迎えが残ってる子は、やっぱりそういう子が残っているってのもあるし。カンタやクマチビ隊長も仲間愛とか家族愛があるから、人間の言葉をしっかり理解して生きているわけでしょ? 見えない理由は、見えないもののほうが、僕は似合うと思う」
「だから、お前は厨二なんだよ」
「タモツさんが言うべき言葉ではないですね」
ぴしゃりと言ったカメさんに兄はイラついたのか、3秒だけひっくり返していた。
「さぁ、明日も忙しいぞぉ」
言いながらスマホを覗くと、井上さんからだ。
『明日のお弁当リクエストある?』
「んー……卵焼きと唐揚げがあったら嬉しいですっと」
返信をすると、兄がぐぐっと寄ってくる。
「な、あの井上さんって子、お前の彼女?」
「なわけないでしょ!」
「そうなる子です」
カメさんが付け足すので、僕は2秒だけ裏返しておく。
「兄さん、うるさいよ」
「いいだろ、ちょっとぐらい」
「兄さんも彼女の1人や2人、いるんでしょ?」
「もち。大学にな。JDってやつだな」
「うっそ!」
「嘘」
「え、どっち!?」
「このガリ勉に彼女がいるように見えるか?」
「うん。だってたまに女の子の香水の匂いするし」
「………きもっ」
「兄さんがね!」
なんの真実もわからないが、夜は更けていく。
明日も早くからお手伝いだ。
兄はさすがに塾に行かなくてはというので、明日は僕と井上さんと、他のみんなでお手伝いだ。
「明日もたのしみね、カケル」
おやつを頬張りモップがいうので、僕も頭を撫でながら頷いた。
「明日も楽しい1日にしようね」
僕が言うと、兄は笑ったけど、「そうだな」小さな声が返ってきた。
───さあ、明日も絶対楽しまなきゃっ!