第46話:ハッチバックの先は……
ゆっくりと近づいていく。
リュックから顔を出したカメさんは待ちきれないという顔をしているように見えるし、カンタは車の上で開くのを待つ係だ。クマチビ隊長たちも僕の肩の上でそわそわと見守っている。
───ようやく会えるんだ。
そう思うだけで、僕の胸はぐっと詰まる。
どれだけ心細かっただろう
どれだけ恐ろしかっただろう
どれだけ人間が嫌いになっただろう
もしかしたら、僕のことも嫌いになっているかもしれない───
僕はこのことをに目をつむって、見えないふりをしていたけれど、ハッチバックに近づくほどそれが現実に思えてくる。
裏切り者と思われても仕方がない。
でも、2匹とまた楽しく暮らしたい。
……でも、それは僕のただの希望だ。
僕の心はぐるぐる回りながらも、あっという間に車の後ろにたどり着いてしまった。
………しかし、酷い有様だ。
ハッチバックのガラスにも、べっとりと鳥のフンがまぶされている。
「カンタ、すごいな、これ……」
「ああ、がんばったぜ?」
得意げなカンタの声に、僕は呆れながらもウンと頷くと、ハッチバックのノブに手を伸ばす。
───ここに、彼らがいる。
モップとハチコがいる……!
僕は息を吸い込み、止めた。
そして、心の中で呪文のように呟いた。
ハチコとモップは、僕の家族!
どんなことがあっても、離れないのが家族。信じられるように、一生懸命、ハチコとモップをケアしていこう。
強く心に刻むと、僕は中の子たちが驚いて怪我をしないようにと、大きな音を立てずに、そっと開いていく。
開いたハッチバックから見えた光景、それは─────
「なんか静かになったわね。これは逃げるチャンスじゃない?! あたい、逃げるわ!」
「ハチミツ逃げるの? モップもここから逃げる!」
「あたちも! ねぇ、チロ、オリ、壊すの!」
「俺が壊せるわけねぇって言ってんだろ、さっきから! そこのでけぇの、なんとかしろよ!」
「ゴールデンだからって力があるわけじゃないよ? それにでけぇのじゃないし、僕はケンジって名前なの」
「ね、ね、みんなで遊ばない? シバマル、みんなと遊びたい!!! ね、キャンディちゃんも遊ぼうよ!」
「シバマルちゃん、あたしは遊ばない。子供とは遊ばないの。だいたいあたし猫だし」
───はい、ここはここで、カオス!
懐かしい、カオス!!!
車の中に入れられた大きな檻のなかで、彼らは縦横無尽に動き回りながら試行錯誤していたようだ。
まとまりのない7匹に、思わず大きなため息が落ちる。
「全く、もう………」
僕が思わず声をあげると、7匹の視線がぐるんとこちらを向いた。
逆光で僕の姿があまり見えないのか、シロの怒鳴り声が響く。
「てめぇ、誰だ!」
「僕だよ、シロ。わかる? 駆だよ?」
体を半身進ませ、奥に置かれた檻の前へと体を移動させる。
カメさんもリュックから出てきており、僕から鍵を取ると、器用に檻の鍵を外し、
「みなさん、迎えにきましたよ?」
言いながら、檻の扉をくいっと開いていく。
そこから飛び出したのは、柴犬のシバマルくんだ。尻尾がちぎれんばかりの激しい振りである。
「シバマル、いい子にしてたよ!!」
「わかったから、遠くに行かないでね。いくなら、檻のなかだよ?」
僕が言うと、しゅんと項垂れ、車のすぐそばで丸くなる。
次に優雅に出てきたのはキャンディちゃんだ。アメリカンショートヘアの女の子。
「どうも、お兄さん。あんた、なかなかやるわね」
「いや、そんな……ありがとうございます」
あまりのお姉さん具合に、つい敬語になってしまった。
むっくり立ち上がったのは、ケンジくんというゴールデン・レトリーバーだ。綺麗な毛並みの大きな犬。……ゴールデンだしね。
「ありがとう、お兄さん。お兄さんがカケルさん? ハチコちゃんとモップちゃんが、すごい自慢してたよ」
「……そう、なの……?」
驚く僕に、ケンジくんはにこやかな笑顔を浮かべておりていく。
隠しきれない喜びを表現しながら歩いてくるのは、シーズーのシロだ。
「坊主、おまえ、やるじゃねぇか」
「風間さんのおかげだよ」
小さな尻尾を振りながらオトナの振る舞いで降りていったが、やはりシロも犬なんだと、なぜか再確認した。
そして、最後は───
ハチコが先に顔を出したが、疑心暗鬼な動きだ。
僕はすぐ帽子を脱ぎ、顔を近づける。
のけぞりながらも、思い出したように顔を近づけてきた。
「カケルなの……?」
僕の鼻にぴとりとピンクの鼻が触れる。びちょりと冷たくて、そして、すごく懐かしい。
ハチコはモップに目配せする。出てきていいよ、と言ってるんだと思う。
モップももそりと顔を出し、僕の口のあたりをくんくんと嗅ぎ、
「モップ、カケルが来てくれるってしってたよ?」
胸を張って、そう言った。
その言葉を聞いて、僕はもう言葉にならなくて、声が出なくなってしまって、だけど言葉にしたくて、ただ安心したくて、2匹に腕を伸ばしていく。
なのに、2匹は僕の腕をすり抜けた。
彼らが留まった場所、それは───
「カケル、くるのおそいの!」
「モップずっとまってたの!」
僕の胸の中だ……
震えながら、泣いている───
しがみついた爪は痛いけど、温かい感触、柔らかい毛並、冷たい耳。
2匹が必死に必死にしがみついて、泣いている。
「………遅ぐ、なっで、ごめんね、ハヂゴ、モッブ……」
僕の肩もしゃくりあげているけど、そんなこと構ってられない。
僕は子供みたくわんわん泣いた。
どうしても止められなかった。
だって、2匹の喉がゴロゴロ鳴って、それがどんな言葉よりも嬉しい気持ちだって知ってたから───





