第45話:車を追う僕ら
住所、付近の様子、目印の写真など、ツイッターから有り余る情報を吸い取り、僕は走り出した。
もちろん、カンタの案内もあるから問題はないが、彼は空からの動きのため、道路を知らない。
カンタと情報を照らし合わせて、僕らは進んでいく。
走り出した道は大学を離れるほどに閑散としているけど、少し繁華街にも近くなる。
横を過ぎる車に気をつけて走るなか、胸に背負ったリュックからもっそりと顔を出したのはカメさんだ。
「はぁ……外は気持ちがいいです。もうアイスノンも溶けてしまったので、早く帰りましょう」
「ったく、カメは呑気だな」
僕の肩に乗りカンタが言うが、カメさんはふんと鼻を鳴らす。
「この作戦も、ほぼ私が練り上げたようなものです。もう作戦は成功したと言っても過言ではありません」
「いや、僕と兄が練り上げたし、まだわからないし」
カラスと話しながらは、やはり目につくようだ。
スマホがこちらに向けられているのがわかるが、シャッターを押すタイミングに合わせ、カラスがおりてきたり、羽が広がったりと、僕の顔は常に隠されている。これも打ち合わせ済みだ。
「カケル、そこ左に曲がれ。真っ直ぐは工事中だったな」
「あ、ありがと、カンタ」
再び空を見回るカンタを見送り、僕はペダルを踏み込んだ。
膝がガクガク言いそうなほどに。
もう、首から汗が流れて、腹に溜まっているのがわかる。
でも、それでも走らなきゃ。
───ハチコとモップが待っているから!
「ねぇ、カケルさん」
少し大きめの声が僕にかかる。
「なに、カメさん」
「私は、カケルさんのところに来て良かった!」
「今更?」
「はい、今更ですっ」
びゅびゅんと風が頬を殴っていく。
ぬるくて気持ちのいい風だ。
「カメさん、もうすぐ着くよ。クマチビ隊長は?」
僕の声を聞いてか、彼らもちょこんと顔を出し、鼻をひくつかせる。
「カケル殿、準備は万端であります!」
4匹並んで小さな手で敬礼する姿は、身悶えするほどだ。
あとで、写真撮ろう。
細い道の奥だ。
カンタが先導してくれる。
「あれだな………」
200mほど先に人だかりが見える。
というのも、ヒッチコック作戦の名の通り、カラスやスズメが車の上に乗り、車を占拠!
動こうにも動けない、非常に辛い状況が作り出されている。
その異様な光景に人が群がり、そして奇妙な様子を伺っているのだ。
僕は少し離れた場所に自転車を停め、様子を伺う。
やはり、中の人間は降りられないでもいるようだ。
ツイッターの効果は抜群だったようで、研究所の人間だということはバレている。
さらに車を囲う人間のなかに動物を取られた飼い主も複数いるようで、
「うちの子を出しなさいよ」
「どこにやったんだ?!」
「出てきなさいよっ」
叫ぶ声も聞こえてくる。
それだけに切実で、早く解決しなくちゃならないものなのだと改めて理解する。
人垣の後ろで僕が手を上げた。
それを見てカンタがひと鳴きすると、車に群がる鳥たちが一度離れていく。
だがそれは車を囲む人垣を押し出しただけで、車が自由になったわけではない。
フロントガラスにはしっかりと鳥が座ったままだ。
人の壁が一回り大きく広がったことで、崩れた隙間から僕は車へと近づいた。
すぐに僕を守るように鳥がとり囲む。
今まで叫んでいた人たちも何事かと訝しげに僕を見つめている。
僕はそれに構うことなく窓を覗き込んだ。
どちらも教授の助手のようだ。割と年上の男性が2名、助手席と運転席に座っている。
イライラしながら携帯を押しているが、教授に電話は繋がらないだろう。
研究室は占拠しているし、教授は屈強な男たちが見張っている。そう簡単に電話に出られる訳がない。
「あ、こんにちは」
助手の窓から覗いたのがバレたので僕は挨拶をする。
だけど鋭く睨まれ、さらに窓が2㎝ほど下げられた。
「え、あ、すみません」
「……なんだ、お前!」
僕は黙って怒鳴られるが、彼らは車を発進できない。絶対にできない。
鳥ももちろん座り込みをしてるが、それ以上にフロントガラスが鳥のフンだらけだ。
何度かワイパーを試したようだけど、ただフンを伸ばしただけのようで、白い絵の具のように伸びている。
真っ白に染まったフロントガラスを眺め、なんとなく申し訳なく思いながらも、僕は改めて声をかけた。
「こんにちは。あの、中に、猫と犬、合わせて7匹、いますか?」
「いたらなんだっていうんだ? あ?!」
「あの、聞いてます? 僕の家族がいるんで、返してほしんですよ」
「これは検体だ! 返す訳がない! 大事な実験だ。邪魔させるか!」
降りてくる勢いの彼らに、僕は驚き後ずさるが、
「あの、手荒なことしたくないんですけど……」
彼らがドアノブに手をかけたとき、再び鳥がフロントガラスをつつきだした。
しまいには、カラスで持てるほどの岩を落とされるほど。ガチンという音の後に広がるのは、蜘蛛の巣のようなヒビ割れだ。
「お前、何しやがるっ!」
「え? なんのことです? 鳥がしてることですから……」
にっこりと笑いかけると、男たちの顔が引きつっていく。
怯えている隙にクマチビ隊長を中へと忍ばせ、連絡を待つこと数秒。
助手席の背もたれにひょっこり現れたクマチビ隊長が言った。
「──カケル殿、発見でありますっ!」
小さな敬礼から伝えられた言葉に、僕の胸がびくんと跳ねる。
「あいつら、追い出して、隊長」
クマチビ隊長はもう一度僕に敬礼すると、一気に目の色を変えた。
するりと潜り込んだ先は、彼らのTシャツの中だ。
縦横無尽に走り回るネズミたち。
服の下がもぞもぞと揺れるが、野ネズミである、ということが研究所の彼らにとってどれだけの効果があるかわかるだろうか。
危険度や病原菌へのイメージは、一般の人より、より具体的に、深くイメージがある。
そのため小さなクマネズミが肌の上を直接走り抜け、さらにいつ噛まれるかもわからず、爪が引っ掻く痛みもあり、そこから何らかの菌が入るのではないかという、恐ろしい妄想まで広がっているのだ。
だが僕たちもそこまで鬼じゃない。
ちゃんとクマチビ隊長たちには一度お風呂に入っていただいてからの出動だ。
そこは安心してほしい。
大の大人がネズミ4匹に大声で騒ぎ、もがき、暴れている。
一応、動画に撮っておこう。
鳥が車を囲んでいるのもあり、出るに出られない彼らに見かねて僕は言った。
「車から出たら、助けてあげますよ」
僕が数歩ドアから離れると、地面に落ちるように助手席の男がでてきた。それを追うように運転席の男も転がり出てくる。
「クマチビ隊長、お疲れ様」
車の座席から僕の肩へと登ってきた4匹へ労いのひまわりだ。
ひと粒ずつあげると、美味しそうに殻をわり、頬張っている。
うん、かわいい!!!!
「ってめぇ!!!」
野太い声に僕は男たちを見下ろすが、僕が鳥に目配せしたとたん、男たちの勢いはすぐに収まった。
「カンタ隊長、あいつら見張ってて」
僕が声をかけると、カンタは部隊を編成し直し、上空部隊、見張り番に分けて動き出す。
リュックから再び顔を出したカメさんが張り切っている。
「さ、カケルさん、ようやく再会ですよ!」
「ほんとだね。なんかすごく会ってない気分だよ」
ハッチバックを開けに後ろへ回ろうとしたとき、男たちから笑い声が上がった。
バカにした、そんな笑いだ。
「おい、ガキ、檻の鍵はここにあんだよっ! 残念だったな!」
大笑いしながら男はポケットを弄るが、一向に出てこない。
「カケル殿、こちらが檻の鍵かと」
クマチビ隊長の口から出てきたのは南京錠の鍵だ。
頬袋もないのに、よく隠していたと感心しながらも、口から出したのかぁ……とも思う。
手を広げると、ピカリと光る小さな鍵を僕の手のひらに乗せてくれた。
「これでしょ? 僕の友達はみんな優秀なんだよ」
男たちは唖然と僕を見上げている。
何もかもが現実離れしているんだろう。
僕だってそう思う。
だけど、あの隕石が落ちた日から、変わったんだ。
変わったことが、現実になったんだから。
「今頃、驚くなんて、大人って遅いね」
僕の声にカメさんが笑う。
「仕方がないです。オトナは変わることに弱い生き物ですから」
さぁ、ようやくの再会だ───!!!!!





