第43話:ヒッチコック作戦!
作戦は、開始を迎えた───
この、ヒッチコック作戦の意味、それは、ここの占拠だ!
僕は床に押し付けられながらも声を上げる。
「僕らはっ! ここを、占拠する! 何もせず、あけ渡せば危害は加えないっ」
「何言ってんだ、こいつ」
僕は腹を蹴られ、うずくまる。
その隙に後ろ手に組まされ、手首を結束バンドで結ばれてしまった。
全然切れない。しかも、痛いっ!
見ると兄も相当暴れたようだ。机の書類や、即席で作った檻が凹んだりしている。
だが色白ヒョロガリの兄がどう頑張っても複数の男には敵うわけがない。もう後ろ手に組まされている。兄にも結束バンドが用いられ、全く腕は動かなくなった。
「これで問題ないでしょう」
台の上のカメが言う。
それに続くように僕らを見下ろしながら、あの千葉が演説を始めた。
「おれたちは、世界のためにやってんの。お前みたいなやつが、動物の使用目的をわかってねぇんだよ! 綺麗事ばっかりならべやがって。犠牲は必要なんだよっ!」
その言葉に僕は頭が熱くなる。
「わかってるよ………僕ら人間の新薬とか化学物質のための実験とか、さらには革製品、食べ物に動物は使われてる………だけど、これは間違ってる! だって、ここの動物はみんな家族だ。家族として、そばにいた子たちじゃないか」
「でもみんな気持ち悪いって連れてくる。よくいるよな。病気かかって病院代かかるから、殺してくれって。みんなそんなもんだよ。人間は薄情で、自己満足のために動物を飼って、愛でるだけの愛玩具。そんなの1匹2匹減ったところで、何がおかしい。おれたちを頭がおかしい集団みたいにいう奴らもいるが、おれたちは間違ったことはしていない!」
千葉の言葉に、博士はもちろん、他のメンバーも頭を縦に揺らしている。
何かがおかしい。
そう思っても、この研究室の中ではこれが常識───
息苦しい現実に、僕の頭はおかしくなりそうだ。
「宇宙人は言いました。人の行動を調べなさい、と。しっかりと調べ上げているワタシたちは、世界から賞賛されても、非難される側ではない。外国ではすでに解体されている動物たちも多いでしょう。日本は遅れているのですよ」
カメの声が響く。
子供のような声で偉そうに言い切るのが、癪に障る。
「バカなのですか、カメ」
僕のTシャツから首を出して、カメさんが言う。
「カメは質問の本質を理解していない。こうなったことで、人間がどう動くのか、どう感じるのかを伝える役目のはずです。率先して研究をするなど、これは伝達係として間違っています」
「うるさいですよ、クサガメのカメのくせに!」
もうお互いにカメカメ言い合うのが、もう、おかしいというか、なんというか……
ただ、言えることはある。
「僕らはしゃべる前から意思疎通をしてた。遊んでとか、お腹すいたとか、寂しいとか、全部わかってた。急に喋れるようになったからって、性格も何も変わったんじゃない。ただヒトに通じる言葉を話せるようになっただけ。それを守ろう、救おうと思うのは、間違いじゃないっ!」
井上さんの声が鼓膜に響く。
『準備できたよ、やっちゃえ、バードテイマー!!!!』
僕は兄に目配せすると、カメさんにも小声で「いくよ」と伝える。するりとお腹の中へと潜っていく。
その冷たさに身をよじりながら、僕は再び叫んだ。
「突入ーーーーーー!!!!!」
急な大声に驚く研究員たちだが、いきなり窓が割られ始める。
そして大きく開いた窓から鳥たちが一斉に飛び込んでくる。
さらに───
「わっ、なに、いたっ!!! ちょ!! わああぁぁぁ!!!!!」
僕のリュックを持っていた人が第一犠牲者となった。
これは、最終兵器『クマネズミ』───
灰褐色の毛で覆われた尻尾を含めて20㎝ほどのネズミだ。お腹は白っぽい毛で、とても見た目は可愛らしい。
今回特殊部隊を組むにあたって、最終兵器として選ばれたのは喋れるネズミ40匹。体調も15㎝弱の小さなネズミさんたちにご協力いただいたのだ。
リュックから流れるように出てきたクマネズミの集団は、手始めにリュックを持っていた人間を襲い、次に隣の人間たちへ。
足元から這い上がり、ズボンの中を走り回るネズミたち。顔には鋭い鳥足が襲いかかる。
カラスとスズメを中心とした奇襲部隊は、しっかりと敵に狙いを定めて襲いかかる。
目が離れた僕たちの元へ、クマネズミ隊長のクマチビさん(井上さん命名)が颯爽と現れる。
スッと立って敬礼のように頭に手を当てた。
「カケル殿、制圧は目前であります!」
「よくやった、クマチビ隊長。狭いなか、耐えてくれてありがとう」
「とんでもございません。さ、腕の紐を噛み切りますね」
クマチビ隊長の目配せで縛り上げられていた結束バンドは切り離され、兄と僕は改めて自由になる。
一切、鳥もネズミも襲われない僕らを見て、千葉は怒声をあげた。
「維っ!!!! 絶対ゆるさねぇからなっ!!!!」
「パイセンに許されなくても、オレ、生きていけますんで」
千葉は顔を真っ赤に染めるが、動物たちの猛攻は止まない。
兄に目配せすると、兄は奥の部屋の確認へと動く。
僕はカメを守り、腕をまわす仰木教授に話しかける。
「もう一度言います。ここを占拠します。外へと皆さんが出れば、もう鳥もネズミも襲わせません」
僕が指をさした場所へ鳥が走り、ネズミ部隊も走り回る。
ちょっと、気分がいい。
博士はすぐにドアに向かって走り出した。
退却を選ぶようだ。
「だが、もう遅いんだよ、カケルくん」
引っかき傷と噛み跡だらけの教授だが、僕に余裕の笑みを浮かべる。
「手遅れなんて、僕らがさせるわけがない」
僕の後ろから兄の声が上がる。
「駆、AAの動物がいないぞっ!」
僕の心臓が、びくんと跳ねた。
教授がニヤリと笑う。
その顔に、僕はにっこりと笑顔を返し、彼に指をさす。
教授の絶望の顔がちらりと拝めただけでも、よしとするか!