第36話:天才維の調査報告
僕の手を握って立たせた兄だが、顔を上げた時に、目の前に兄の顔はなかった。
なぜなら、頭を深く深く下げていたからだ。
「ごめん」
僕は兄のつむじを見るしかできない。
言っている言葉が、うまく頭に入ってこない。
「これはおれが悪い。全部、おれのせいだ」
「……それはどういう………」
「おれが京貴大に出入りしてるのは知ってるか?」
兄が話し出したことは、とても貴重で、異様な話だった───
「その、そうだな、まず、隕石の翌日、朝のハチコを見て、おかしいことはには気づいてた。
それで、すぐに大学を思いついた。ハチコがしゃべった声は聞こえたし、何かがあったのは間違いなかったから。
だけど、おれが動くよりも早く、あの日、京貴大にいる高校のOBから午後一でラインが来たんだ。
『しゃべる亀が来たぞ! 宇宙の使者らしいwww 遊びに来いよ』って。
塾の講義は別に聞かなくても大したことはない。
直ぐに抜けて大学へ行ったんだ。
仰木教授はあの亀のことがとても気に入ったみたいで、亀が話すことをメモを取り、ボイスレコーダーで記録するなりしてた。
で、その亀がしきりに言ってたんだ。
『しゃべる動物を集め、類似点や語彙の発達を調べて欲しい』
そこから始まったのが、あの黒い集団の動物狩り。
おれも手伝わないかと言われたけど、これだけは頑なに断った。
だって連れてこられた動物がみんな、帰りたいって泣くんだよ。
犬も猫もしゃべれる子たちは意思疎通ができるから、喧嘩なんかほとんどなくて、人が通ると帰りたいって何度も言うんだよ。電気を消すとわってまた泣くし。おれは辛くて辛くて……。
もちろん、逆に捨てられた子もいた。気味が悪いって……。そういう子はずっと泣いてたけど、まわりの猫や犬がフォローするんだ。
あれを見てると、意思疎通できてるおれたち人が、本当にバカに見えて仕方がなかったよ。
もちろん、このせいで去った人も多かった。可哀想だって言ってね。最後まで反対していた人だってもちろんいたよ。
だけど国が支持してしまった。
だからあの集団は、“物珍しい検体が手に入ったと思えたやつら”が残って、そう考えれる奴らが増えていったんだ。
そしておれは、その中に残った」
兄は一度息をついた。
頭を下げたままの兄に、「座ったら?」クッションを指差すと、兄は昔みたにクッションをお腹で抱え込んで、ベランダに座りこんだ。
その姿を見て、これは変わらない兄がいると、なぜか信じられる自分がいる。
昔からの癖は、懐かしさと安心感、そして、説得力がある。
兄と向かい合わせになるように、僕とカメさんも腰を下ろした。
兄の視線は、僕ではなくもう少し遠くの、きっと大学の方角を眺めてるんだと思う。
その視線のまま、続きを話し出した。
「おれが非情だとか、キチガイだとか、何を言われようが、おれは残った。
なぜなら、ハチコとモップ、さらにカンタの語彙力は他の動物より高めなのはわかってた。
国の方針で、もっと回収が強めになっていくから、連れていかれる可能性が高まるのは間違いない。
それこそ、連れていかれなければ尚よし。
だけど連れていかれたとき、そこから物事を始めるのでは遅い。
それならおれが、そこにいれば問題を解決する術を作れると思ってな……。
一歩引きながらの動きは目につくみたいで、どうもおれを見張るような指示があるっぽい。
先輩の連絡がやたらと増えた。キモいよな。
その指示も、全部亀だぜ?
本当に、使者の亀に依存してる、そんな雰囲気がある。
めっちゃ異様だよ。亀が顎で教授を使ってるんだから」
見回りをおえたカンタがベランダへやってきた。
「やたらと回収を急いでるな。なんか怪しいぞ、あいつら」
兄を見つけたカンタは、軽く頭を下げ、まるで挨拶の仕草だ。
兄もそれに合わせて手を上げて、カンタの黒いすべすべとした頭をなでている。
「兄ちゃん、いつからカンタと……?」
「わりと最近だよな、タモツ」
「そうだな。マヨネーズと引き換えに仲良くなってさ。お前たちの声、壁薄いからダダ漏れ」
僕とカメさんで目を丸くしながらも、兄は陰ながらに僕らをしっかり守ろうとしてくれてたんだと、ちょっと嬉しかった。
だけど、その兄がもう一度謝ってきた。
「駆、ごめん。
今日の通報を止められなくて本当、ごめん。
怪しいとは思ってたんだけど、まさかいきなり動くなんて。
OBから急に連絡があったんだ
『おまえの家から猫を回収したぞ』って。
慌てて塾から帰ったけど、もう手遅れで。
帰ってきたら、言うんだよ。
『母さんが頼んだから、安心していいわ』って。
意味がわからなくて黙って聞いてたら、
『これで維が協力的だって証明になるでしょ?
やっぱりうちの猫もしゃべるのね。駆の部屋にいるから怪しいと思った』って………。
さらには『あなたのためにやったのよ!』って聞かないし。
おれに興味があるうちは大丈夫かと思ってたけど、あの人は自分より下の人間をつくりたいだけなんだ。
親だと思って我慢して、わかってくれるはず、なんて思ってたおれが悪かった……。
駆、本当にごめん」
ぎゅっと握りしめた兄の手が、井上さんの手と重なる。
力が強く入れられ、手のひらが白くにじむ。
その手の中には、悔しさや、情けなさ、力のなさ、全部の負の気持ちが込められている。
だけど、手の甲は血管が浮き、手の中の後悔よりももっと強く戦う意思が見える。
拳となって、そこにある───
全ての覚悟を決めた目が、僕に向いた。
「だから、おれの3番目の兄弟になって、大学に潜入しようぜ!!!」
………言っている意味がわかりません。
天才とバカは紙一重っていうけど、それ……?





