第35話:伸ばされた手
あまりのことに、一度、吐いた。
「……きっと母の嫌がらせだ」
僕はなんとか自分の部屋に戻り、声を出す。
「ハチコ、モップ、いるんだろ? 出てこいよ」
ひょこりと頭を出したのは、カメさんだ。
「隠れてるんだろ? 出てきていいぞ?」
「カケルさん……その!」
「出てきてよ、お願いだからっ」
「カケルさん、カケルさんっ!」
「ね、いるんだよね? なんで……出てきてよ……」
よろよろとベランダで膝を丸め、身動きのとれない僕に、カメさんが必死に謝っている。
「私がうまく誘導できなかったために、本当に申し訳ないですっ」
僕はその言葉すら頭に残らず、いつもとなりにいたはずの毛玉を探してしまう。
本当は嘘なんじゃないか。
どこかに隠れてるんじゃないか。
だけど、カメさんが連れ去られた事実を、現実を、言葉で必死に教えてくる───
「……黙って、カメさんっ!」
思わず声を荒げた僕に、カメさんは何度目かわからない「ごめんなさい」をつぶやいた。
ずっと震えるスマホには、井上さんの文字が浮かんでいる。
その通話を押すだけの勇気がない。
一生懸命食いしばってる言葉が全てこぼれだしそうで、膝にボツボツと音を立てて落ちる涙も止められなくて、無力の自分を証明された僕は、悔しさと情けなさとで押しつぶされそうだ─────
かかるはずのない、濃い影が僕にかかった。
「おい、ベランダで泣いてれば帰ってくるのか」
兄の声だ。
僕にかかったのは兄の影だった。
兄がいる場所は、僕のベランダと兄のベランダを仕切る壁だ。
兄が中学に上がってから固く閉ざしたベランダの仕切りの扉。柵状になっていて、またいで乗り越えられるほどの、大きな壁───
兄はその壁をゆっくりと開いていく。
「駆、ハチコとモップ、取り返すぞ。知恵貸せっ」
色白の兄の手が、僕の目の前に力強く伸ばされていた。
ここから巻き返していきます!
兄弟の頑張り、応援してください





