第34話:壊れた朝
「───え、今から行くっ!!」
井上さんからの通話に僕は慌てていた。
ハチミツが散歩中に回収されたというのだ!
すぐにベランダに飛び出し、カンタに手を振る。
「ハチミツが奪われた! 追跡してっ」
朝食の時間だったこともあり、僕はハチコとモップにご飯を食べておくように言いつけ、カメさんにしっかり隠れててと伝えて飛び出した。
必死に井上さんのマンションまで走る。
風は冷えている。
それは自分の緊張のせいなのか、冷や汗のせいなのか、わからない。
だけど、とても、冷たい──!
息を切らしてたどり着いたときには、マンション前の塀に背中をつけて丸める井上さんがいた。
自転車を放り投げ、井上さんに走りよると、小柄な彼女はとんと僕の胸に飛び込んでくる。
僕のTシャツを握る手は力強く、白く色が変わっている。
「あたし、守れなかった……ハッチのこと、守れなかったぁっ!」
井上さんの泣き声が、朝の住宅街に響く。
いくら目立っていても、それは僕が受け止めなければ。
だけど、かける言葉も分からず、ただ井上さんの華奢の肩を僕は掴むしかできなかった。
井上さんを励ますこともできず、言葉も迷った僕に、井上さんは言った。
「あたりなりに、考えてみる」
よろよろとマンションに入っていった井上さんを見送り、僕も何をしたらいいのか、わからないでいた。
ただ、帰ったらハチコとモップが改めて隠れる場所と、これからどう過ごしていくかを考えなくては……。
僕は考えるためにも、自転車にはまたがらず、じっと押しながら歩いていた。
だけど、それが間違いだった。
もっと早くに帰っていればこんなことにならなかったかもしれない。
もっともっと慎重に動くべきだったんだ………!
なんで、いつものリュックに入れておかなかったんだろう。
なんで、連れていかなったんだろう。
僕のそばにおいておけば、どうにかなったことなのに………!!!
うなだれたままの僕が家に帰ってくると、ちょうど玄関に母がいた。
母はパートに出る時刻のようで、靴を履きながら僕に言う。
「あの猫、回収してもらったから」
ばたりと閉じたドアの音が重い。
すぐに飛び出し追いかけたけど、ぴったりに到着したバスへ母は吸い込まれていく。
ちらりとこちらを見た顔が、にやりと笑っていた───





