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第32話:いつもの朝を迎えるために

「会えてよかったわ」

 風間さんはそう言いながら笑っている。

 ここはシロと歩く散歩道。

 体のためにシロがいなくなった今も歩いていて、僕たちと出会ったと言う。


「懐かしい声が聞こえて、とても嬉しかったの」


 言いながらハチミツの頭をなでる手は、どこまでも優しくて、そして、犬の感触を確かめているようにも見えた。

 ハチミツは黙って目を瞑り、頭をなでられている。


「チロ、助けたい」

「モップも!」


 ハチコとモップが僕の膝にのってしきりに言うが、僕にはそれを解決する方法が全然浮かばない。

 なのに2匹の目は、絶対できると言わんばかりだ。


「ハチコちゃん、モップちゃん、ありがとね。でもこれは大人ががんばらなきゃいけない。

 だから、おばあちゃん、がんばるわ!」


 頭をなでられ、2匹は目を細めて、気持ちよさそうに笑い声を立てた。


「さ、私は行くわ。この辺りは警戒が強いから気をつけて。散歩コースだから見張る人も多いの。

 でもこの奥までは来ないから安心して」


 言いながら立ち上がった風間さんに、

「あの、風間さん、ひとつふたつ、お聞きしていいですか?」

 声をかけたのはカメさんだ。


「あら、あなたもしゃべれるの? ええ、どんな質問かしら?」


 ベンチにいるカメさんに、風間さんはかがんで目線を合わせてくれた。

 それにカメさんは小さく会釈をし、右前足をぴこんと立てる。


「風間さんは、犬のシロさんを、どんな手段を使っても、取り戻したいですか?」


「ええ。お金で解決できるならそうするし、弁護士だって立てるわ。現にそうしてる。当たり前じゃない」


「ではなぜ、シロさんを取り戻したいのですか? 犬はペットではないのですか?

 確かに動物愛護管理法はありますが、人間はペットの生死を選ぶ権利があります」


「ちょ……カメさん……」


 僕の声に、風間さんは微笑みながら横に顔を振った。気にしないでと言っているのだ。


「シロちゃんは私の家族だからよ」


「動物も家族になるのですか?」


「もちろん! シロちゃんがしゃべれないときから、私たちはコミュニケーションが取れていたわ。間違いなくね。

 それを家族と呼ばないで、なんと呼ぶの?」


 風間さんは面白そうにカメさんを眺め、鼻先をつついた。

 赤べこのように頭をゆらしたカメさんだが、両足をつけて、深々と頭を下げる。


「ありがとうございます。勉強になりました」


「いいえ。あなたのおかげで、今一度シロちゃんを取り戻さなきゃって思ったわ。ありがと」


 風間さんは優しく手を振り、ゆっくりと歩き出した。

 やっぱりその背中はどこか寂しそうで、彼女の右側にいるはずのシロがいないのは、おかしいとしか思えなかった。



 再びホームセンターに行くこともできず、残暑とこの状況で食欲も失せてしまった僕たちだが、これからを考えなきゃいけない。

 僕たちはコンビニでサンドイッチなど軽い食事を買いこむと、秘密基地へと移動を始めた。


 みんなの口は重い。

 それでも、時間は進む。

 僕たちができる範囲のことをしなくちゃいけない。


 僕が必死に頭の回転数を上げていると、ハチコの頭がこちらを向いたのがわかった。


「どうした、ハチコ」


 視界の端にちらちらとする鼻先を見ながら声をかけると、ハチコは笑った。モップもだ。


「カケル、大丈夫。みんなでかくれんぼなの!」

「モップ、かくれるの上手!」


 2匹なりに励ましてるのだろうか。

 それとも、本気でそう考えてることなのか。

 だけど、僕はその言葉に素直にうなずき、返事をした。


「うん、みんなでかくれんぼ! 最後まで、じっと隠れていようねっ」


「「うんっ!」」


 2匹の可愛い声が重なった。




 ほどなくして家に着き、玄関を開けると靴がある。


 ───母だ。


 僕が人差し指を立てると、より一層静かに口づむ。


「母さんただいま。リンちゃん、部屋に上げるね」


 居間のドアを開けずに声をかける。

 井上さんも同じように声を張り上げた。


「おじゃましまーす」


 だけれど、どの声にも反応がない。

 まだ怒っているか、ふて寝をしているか、どっちかだろう。


 視線で2階へ移動を伝え、素早く移動すると、僕たちはほっとひと息つく。

 エアコンを送風にし、窓を開ける。

 カチャンと爪音がして、カンタがとまったのがわかる。


「カンタ、今日はありがとね」


 コンビニで買っておいたミニチューブのマヨネーズを渡すと、かなり喜んで食べだした。


「仕事のあとのマヨネーズは、たまんねぇっ」

「ビールみたいに言わないで」


 ハチミツ、ハチコ、モップはカリカリご飯を、カメさんは水槽に入れて体温調整をしてもらい、さらに固形のご飯を、そして僕たちは味のしないサンドイッチを食み、お茶で流し込んだ。


「みんなで食べるカリカリおいしい」

「おいちいね、モップ!」

「私はもう少し葉野菜が欲しいです」

「あたいはこのあとオヤツも欲しいわっ」


 小声ながらも楽しく食事をしているのを見ると、少しだけ美味しく感じる。


「なぁカンタ、周りの状況は?」


 くちばしをマヨネーズまみれにしたカンタがこちらを向いた。

 黒に白いソースのコントラストが、とても汚い。


「結構やばいな。俺たちの仲間もうまい感じで捕まえられたりしててよ。

 あ、ネズミの情報だと、あの大学あるだろ? そこの収容施設がもうすぐパンクしそうだって話だ」


「じゃ、近いうちに移動があるかもしれないの?」


 井上さんがすかさず尋ねると、黒い頭がコクコクと揺れる。


「噂じゃ、今は()()ではなく、()()()()()なんだと。移動だと動物が傷つく可能性があるから、個室がいるっていうんで、ゲージを大量に用意してるらしい」


「なるほど。でもそうなるとあちこちの研究所に送られる可能性があるってことだよね?」


「ご名答、カケル! 積極的に回収運動してるのはこの街みたいでな。テレビはどこもかしこも、みたいな言い方だけど、警察まで使って回収してるのはここだけって話だ」


「じゃ、試験的なところもあるのかな?」


 井上さんの言葉にうなずいた。


「そういうことになるのかも。でも逆にこれがうまくいっちゃうと、他のところでもどんどん回収されてしまうってことだから、大なり小なり、失敗させないといけない……とはいっても、そんなひっくり返るようなことできないよ……」


「カケル、諦めたら試合終了だぞ」


「どこでそれ覚えたんだよ、カンタ」


 だらりと手すりに背中をつけると、2匹が僕の膝とお腹に登ってきた。


「お昼寝するの」


 ハチコが言うと、2匹で丸まりだす。

 重いし暑いし可愛いし。



 たまりませんっ!!!!!



 僕が動画を撮りつつ写真を撮りつつしていると、体の熱が取れたのか、カメさんが水槽から出てきた。

 日当たりの一番いいところで足を縮めて僕に言う。


「カケルさん、我々大人じゃない側は、どんなことができるんでしょうね……」


 僕が言いたかった言葉だ。

 何もできない僕は、他人を、大人を頼るしかない。


「あたしたちって、非力だね」


 返事をしたくなかったけど、本当にその通りで、僕はうなずくしかできなかった。


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