第30話:ベランダ改造品、買い出しの巻!
朝起きた僕たちがまずすることは、朝ごはんの準備!
今は朝の8時だ。
のんびりと下へ降りると、父と兄はすでに家を出ていることがわかる。
ただいつもと違うことがひとつ。
『父さん特製おにぎりだ。朝食べて、お昼は適当にしてくれ』
五千円札が皿の下に挟まっている。
「大奮発じゃんっ! お言葉に甘えて今日はなに食べようかなぁ」
踊る気持ちでカメさんのキャベツとハチコとモップのご飯を用意しながら、注意深く家のなかの気配を探す。
まだ母は帰ってきていないようだ。
僕の朝食は父特製のおにぎりと玉子焼き。それをカンタにも分けてやり、ベランダでみんなで朝食だ!
「食べおえたら、出陣ですね!」
「そうだね、カメさん」
「モップ、びゅんびゅんする」
「あたちもびゅんびゅんする!」
「今日はびゅーんと行っちゃいますか」
「俺は外で見張っててやるよ。仲間つれてくから、なんかあったら頼っていいぞ」
「それは頼もしいっ」
僕らは速やかに食事を済まし、リストアップした用紙を準備する。
あとはお金と相談だ。父からの軍資金も入ったので、これは大きい!
「ハチコとモップは、しっかりリュックに入っててね。カメさんは濡れタオルを入れたナイロン袋を渡すから、その中で自分の皮膚の温度調節して。あと保冷剤もいくつか入れとくから、みんなでうまく使ってね」
リュックにひと通り詰めながら言うと、みんなの「「「はーい」」」と言う声が響いた。
さて、今日買うものは、
・マット
・食器の水切りかご(ザルとボウルで分かれるタイプ)
・スポンジ
・タネ
・粉末肥料
・カンタ用座布団
「よし、準備万端」
そう言ったところで、チャイムが鳴った。
みんなをリュックに詰めなおし、僕は玄関のドアを開けた。
「おはよ、カケルッピ!」
「おはよ、い…リンちゃん」
見ると今日は自転車にハチミツが乗っている。
「すごい、ハチミツ用のイス?」
ハチミツは自転車に取り付けられた犬用のイスに乗せられていたのだ。
ハンドルとサドルに1本ポールがとめられ、その上にイスがある。そのなかでハチミツはハチ公と同じポーズで座っている。その首にはベルトが巻かれ、しっかりと動かない仕組みだ。
「あたい、小柄だから、これに乗れるのよ!」
リュックの彼らにも見せると、目を輝かせているが、すぐに普段の顔に戻った。
「でも、あたち、リュックがいい」
「モップも」
「なんでよ、あんたたち」
「あたち、ここだとカケルの音聞こえるもん」
「モップも! それに、ここ暗くて安心」
「これはお犬様専用だから、あんたたちにはわからないのよっ」
ふんと鼻を鳴らしたハチミツを井上さんはなでて、僕に笑いかけた。
「よし、ホームセンターまでゴー!」
戸締りを今一度確認して、僕たちは家を出発した。
自転車同士だとゆっくり話しながら自転車を漕ぐというのは難しいところがあり、お互い目配せをしながら走っていく。
このままこのスピードで行けば、10分ほどで到着だ。
僕はリュックのチャックを開け風をいれてやる。
スポッと出てきた2匹は、再び「わぁぁ」と声をあげた。
「びゅんびゅん!」
モップは自分の長い毛をなびかせて、気持ち良さそうだ。
ハチコも長めのヒゲを揺らし、しきりに鼻をひくつかせている。
「お外の匂い。いい匂いなの」
保冷剤を台にして伸び上がった亀さんは鼻先だけを出し、
「私は乾きそうなんで、中にいますね」
再び潜っていく。
それを笑いながら見送り、僕は丸い頭を一瞬だけ見る。
前を見てもちょっとだけ視界にかかる茶色と黒の頭に意識をしながら、あと何回、こうやって過ごせるのかな。そう思ってしまう。
僕のすることがなんでもすごいといってくれる2匹に、僕に自信を与えてくれるカメさんに、そして上空で見守るカンタ。
こんな歪で特別な関係───
「ずっと続けばいいのに」
呟いた言葉はきっとハチコたちに聞こえていただろうけど、その奥の意味まではわかるだろうか。
見上げた2匹は嬉しそうに目を細めて、また気持ちのいい、夏の残りの風を浴びていた。
ホームセンターに無事に到着したものの、みんなの目線が怖い。……そんな気がする。
「よし、カケルッピ、行くよっ」
「わかったけど、外でその呼び方はちょっと……」
カートにハチミツを乗せて押していく井上さんが振り返る。
「いいじゃん、ふたりだけなんだから」
ちょっとその言葉、意・味・深……!!!!
「カケルさん、いい感じじゃないですか」
「……うるさいよ、カメさん」
改めて井上さんに書き出しリストを見せると、やはり庭!
的確な場所へと導いてくれる。
「まずはマット。キャンプ用品が一番いいかと思って」
そういって指差したのは、アルミマット。通称銀マット。
クッション性もよく、カッターで大きさを変えられるし、いいかもしれない。
「極厚のを買って、その上にブランケットでも敷けば、僕たちも座り心地いいし、完璧かも」
「じゃ、これにしよ!」
そういってハチミツが乗るカートにそれを積んだ井上さんに、僕はすごく意識してしまう。
僕たちって言っちゃった……
「次は食器のあたりだな……カケルッピ、こっちこっち」
固まる僕を気にせず、井上さんはマイペースだ。
「気にしてるのは、カケルさんだけですって」
「……うるさいよ、カメさん」
食器の水切りかごをカメさんにこっそり選んでもらい、スポンジを調達。
その途中で仲良しのパートさんだという、金川さんという女性に会った。
「これがハッチ?」
「そう。ハッチ、ご挨拶。このお姉さんは大丈夫」
「……ほんと? あたい、ハチミツ。よろしくね」
「わぁ……かわいいっ。となりは、彼氏?」
「あ、え、」
この質問につまづいた井上さんに、僕が割り込んだ。
「同じクラスで、ゆう……ごっ!」
リュックごしに鳩尾に攻撃が入った。
うずくまる僕の頭の上で、井上さんの声がする。
「彼はカケルくん、仲良しさんなんだ!」
金川さんと別れたあと、タネと粉末肥料を手に入れた。
あとはカンタのクッションだ。
これを選ぶんだと、ハチコとモップが昨日から聞かず、今日の朝もご飯を食べながら、選ぶの! 選ぶの! とはしゃいでいた。
どれも動画に残してある。抜かりはない。
にしても………
「カンタのクッションが一番高いかも」
「そんなこと言わないの」
すかさずハチコにたしなめられた。
「モップしってるの。カンタ、固いのがいい」
「よく知ってるね」
「カケルのざぶとん、よくつかってるから、モップしってるの」
「あの座布団ね……」
僕がベランダで使っている読書用の座布団のことだろう。
ビーズクッションなので、確かに固いと言われたらそうかもしれない。
「じゃ、こっちのほ」
場所を移動しようとしたとき、いきなりスピーカー音が響いた。
『これから、しゃべる動物かどうか検査します。動物がいる方、ここに並んでください』
「……え……そんなの聞いてない……!」
井上さんの動揺は激しい。
それもそうだ。
僕はなんとか隠せ通せても、ハチミツは隠しきれない。
だいたい、昨日までなかったことがいきなり起きたのだから。
これはさすがに想定していない。
どうする……
どうする………っ!
巡回しているだろう人影が見える。
黒い竜巻じゃないか………!!!
「なんなんだよっ」
ため息に似た声で抗議しながら、ハチコとモップをリュックにしまい、前に提げていたリュックを背中に回す。
今まで選んだカゴは放置し、井上さんはハチミツを抱えあげると、彼女を先頭に棚の影を伝いながら奥まで移動する。
だけど、多勢に無勢だ。
人海戦術で店内をローラーしている……
まずいまずいまずい………!!!!!
「ひっ」
井上さんの声に振り返ると、さっき出会った金川さんだ。口に人差し指をあてている。
さらに大きな板ボードを持ったお兄さんもいる。
「金川さん、それに、木下くん……」
井上さんが名前を呼ぶと、ふたりはニコリと笑い、木下と呼ばれたお兄さんが説明する。
「これで隠しながら、逃げれるとこまで行くよ」
木下さんは板ボードを器用に持ち替え、ハチミツを隠して歩いていく。先導する金川さんはさも案内するような雰囲気だ。
そうして通された場所はレンタル工房。
ここは時間毎で部屋を借り、木材を自分で自由に加工できる場所だ。機材がない人でも好きなように使える便利な場所でもある。
「その後ろのドアを出れば、外の展示場に続いてる。うまく逃げろよ。今、連中、全員中にいる。出入り口前は張っているから、後ろ回ってチャリ取ったらいいよ」
木下さんが板を衝立のように窓に当て、工夫しながらそう言った。
だがそれに戸惑うのは井上さんと僕である。
「あ、おれの愛犬、連れてかれちゃったんだ、アイツらに」
「うちの犬もそうなの。外で飼ってたのが裏目に出ちゃって……」
「確か井上さんとこのわんちゃんもおしゃべりできるって言ってたの思い出して。それで金川さんに呼ばれてお手伝いってわけ」
「さ、早く行ったほうがいいわ。ほんと店長腐ってる。あたしやめるんだ、今月で」
頼もしくも寂しげなふたりの背中を盾に、僕たちは外への扉を開けた。
「ありがと、金川さん、木下くん」
井上さんの声にふたりは手をあげ、そして、「しっし」と追っ払われた。
物陰を伝いながら裏手へと周り、人がいないのを確認すると、ピュイと鳴らない口笛を鳴らす。
すると、颯爽とカンタが現れた。
「お前ら捕まったかと思ったぜ。あと、口笛もうすこし練習しろ」
「僕ってわかりやすいだろ? で、周りは?」
「出入り口付近にいるな。チャリは建物横だろ? 見えねぇと思うぜ。撹乱するか?」
「頼める?」
「任せとけ」
カンタが電柱の上にひらりと舞い降りると、ひと声鳴いた。
人の声ではない、鳥の声だ。
すると黒い点が空に集まり出す。
20羽程度だろうか。大きな塊となったカンタの一団は、一気に彼らに襲撃をかけていく。
「カラスが来たぞぉっ」
その騒ぎに乗じて、僕たちは自転車置き場まで走ると、素早く自転車にまたがり、近場の公園へと急いだ。
できるだけ人混みから離れたかったから。
そして、みんなで安心したかったんだ。
みんなで───
これから重めの展開が続きます
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