第28話:雨は止んではいないけど
少し腫れぼったい目でふやけたシリアルを頬張る。
それでもおいしいと思うのは、ハチコとモップが一緒にご飯を食べてくれるから。
もちろん、カメさんも。
「今日のカリカリ、おいしい!」
「カリカリ、おいちい」
「私は水に浮いてるのが食べやすくて好きですね」
みんなの頭を撫でてやる。
食べながらでも気持ちよさそうに目を細めてくれるのが嬉しい。
僕のシリアルは牛乳を全て吸い込んで、かみごたえも何もない。
それでも楽しい朝の食事だ。
……ちょっと、遅くなっちゃったけど。
そして、手元には菓子パンが2つ。
それもチョコチップメロンパンが2つもある!!!
スーパー安売りしてくれてありがとうっ!!!!!
絶対あそこの店長、メロンパン好きなんだと思う。
で、気持ち多く入れすぎて、安売りになってるんだと思う。
半額シールもなでてやり、昼に食べようと窓を見ると、びしょ濡れのカンタらしきカラスがいる。
「カンタ?」
「おうよ。濡れちまったんで、雨宿りさせてくれよ」
「ちょ、おまっ……全く……」
床を跳ねるたびに水滴が飛ぶ。
「身体ブルブルはしないでよ」
すぐに新聞紙を敷き、床を拭いたタオルをカンタにかけた。
「お、すまねぇな。これ、雑巾か?」
「ちゃんと手洗いはしてあるよ」
「俺をなんだと思ってんだよ」
「野良カラス」
「違いねぇ」
カカッとカンタは笑い、タオルを器用に体にくるみ、ぶるぶると水を振るっている。
「さ、カケルさん、朝ご飯を食べ終えたら、ベランダの改造計画と、今後の方針を固めますよ!」
僕はシリアルをまだ頬張っていたので、首を縦に振ってみせると、カンタも首を縦に振りながら近づいてきた。
「ベランダ改造するのか?」
「そうなんですよ、カンタさん」
意気揚々とカメさんが説明を始める。
カメさんの手元には昨日僕がメモした紙があり、それを使って、何をどこに置くのか、どう改造するのかを熱弁するが、カンタの反応はイマイチだ。
「俺の場所がねぇぞ」
そういうことのようだ。
「だってさ。カメさん、カンタの場所も作ろう」
「それは名案です! カンタさんはどんな場所をご所望ですか?」
カメさんがぺちぺちと紙を叩きながら尋ねると、カンタは間髪入れずに言った。
「陽が適度に当たる、寝心地のいいところ、だな」
「カラスって寝るの?」
「俺は昼寝が好きだぜ?」
「知らなかった」
「そりゃ、見えないところで寝てるしな」
「確かに」
追加でメモをとり、寝心地はどんなものがいいかなどを書き足していくと、食べ終わったモップがそのペンを噛みだした。
「モップ、おいしいご飯」
「わかったよ、あとでね」
思わず流れでそう言うと、目をランランに輝かせている。可愛すぎて思わずふわふわの頭をなでまわすと、モップは嫌そうに首を振った。
「買い物は明日にしましょう」
窓を見たカメさんがいう。
僕もその視線に合わせ窓を見て、大きく頷いた。
雨がまだ強い。
「明日はみんなでまたこっそりホームセンターへ行こう。今回はもっと慎重に行かないとね」
「あたち、ドキドキする」
「モップ、おいしいご飯あたる!」
「今回は私も同行しますからねっ!」
「さすがに俺は店には入れねぇしなぁ。大して興味もねぇからいいけど」
みんなで買い物をリストを整理しながら、今日の朝見たテレビを思い出した。
「そうだ。仰木教授のところに、カメさんがいたよ。テレビでてた」
言うと、カメさんの頭がガバリと上がった。
「テレビに出てたですって!!!!!」
「声が大きいよ、カメさん」
「うるさいの」
僕とハチコで非難するが、静かに喋ろうとも高ぶる気持ちが抑えられないようだ。
「この優れた私よりもテレビに出るなんてっ! なんて亀でしょう。亀風にも置けませんっ!」
これがギャグなのか本心なのか、僕は読み取れず、そっと見守る。
カメさんは器用に腕を振り、
「カケルさん、私、ユーチューブデビューします。撮ってください!」
「そういうカメさんは世界中にいっぱいいるから、もう二番煎じ……」
「二番煎じですってぇぇぇ!!!!」
「だから、うるさいってば」
慌ててクッションをかぶせると、クッションの下でモゴモゴと何かを叫んでいたが、もぞもぞとクッションの下から這いでると、ふう、とひと息つく。
「私のような貴重な亀はそうそういませんので、たやすく外に出るのは問題でしょう。今の状態が一番いいのです」
ふん、と鼻息をたて、カメさんは僕の方に向き直った。
「今日のテレビではどう言ってたんです?」
僕は膝の上で丸くなったハチコをなでながら思い返してみる。
「どうも、ここの街のしゃべる動物は、あの大学にいるみたい。行動原理と合わせてとかなんかいってたけど、ようは動物の年齢や種類によって言語知能のレベルを見たり、人側からかける言葉の意味を理解できるのか、とか、なんかしてるみたい。
ただ、仰木教授は言ってたよ。
動物は、家族や友人にはなれないって」
その言葉に、なぜか部屋の中が静まり返った。
雨の音がぴちぴちと聞こえてくる。
「モップたち、家族じゃない?」
テーブルの上に乗ったモップが、カンタが、カメさんが、そして膝の上のハチコが僕をぎゅっと見つめてくる。
僕はその小さな瞳をじっと見つめた。
「みんなは、家族で、仲間だよ」
そう言うと、すごく安心した表情をそれぞれに浮かべた。
表情など見えづらい鳥や亀でも、そう見える。
これはもしかしたら人間側が勝手にそう思い込んでいることかもしれない。
でも、今は間違いなく、そうじゃない。
「いやぁ、カケルに違うって言われたら、俺、カケルの頭、カチ割ってたぜ……」
「私も噛みついていたところです」
「あたちもカケルのお腹、かじってた」
「モップも! モップも!」
───やっぱり、動物なのかな。
そう思った瞬間だ。
何やら下が騒がしい。
どうやら母が出かけたようだ。
父と喧嘩して。
それはどうでもいい。
いや、どうでもよくないかもしれない。
でも、もう16になる。
こういうことは割り切るに限る。
「僕は、関係ない」
小さく声に出して言ったら、ちょっとだけ、関係ないことに感じて、少し楽になる。
「お昼にするけど、カメさん、葉っぱ食べる?」
「あ、私は今はいらないです」
「モップ、おいしいご飯!」
「ハチコも!」
「俺は菓子パンとマヨネーズな」
「はいはい」
僕は使った食器を下げにリビングへと降りた。
父は雑誌を読みながら、ソファでだらりと横になっている。
「……お、駆か。お昼、なんか食うか?」
「僕、菓子パンあるからそれでいい」
「そっか。維は?」
「わかんない。よかったら兄ちゃん誘ってあげてよ」
僕はコップに牛乳を注ぎ、さらに小皿にマヨネーズを取り分けた。
棚からハチコとモップが大好きなチューブに入った猫用おやつも持っていく。
「ごめんな」
居間から出ようとドアに手をかけたとき、不意に声がかかる。
その声は誰に謝っているのか、僕にはわからない。
「気にしないで」
一応、答えておく。
部屋では待ちきれない2匹と1羽の姿がある。
パァァァァという効果音が聞こえそうなほどだ。
2匹にチューブのおやつを、カンタにはマヨネーズと菓子パンを、僕は牛乳と菓子パンを、それぞれに食べながらユーチューブを見て笑っていると、ラインが来たようだ。
見ると、井上さんから。
『カケルッピ、おつかれー!』
『井上さん、お疲れ様』
『そこは、リンちゃんでしょ?
ハチコちゃんとモップちゃんのオヤツ特売してた
帰り寄ってく
3時ごろよるからー』
手を振るスタンプが届き、僕が『雨なのに、わざわざ寄らなくても』という文字はいつまで経っても既読にならない。
どうもバイトの休憩時間だったようだ。
僕は送信したメッセージを削除すると、
『3時にみんなで待ってるね!』
そのコメントと一緒に、ハチコ、モップ、カメさんに僕、そしてカンタで集合写真を撮る。
……何回撮り直しただろう。
でもそれが楽しくて、面白くて!
僕が僕の存在を否定した今日。
だけど、僕はみんなと出会えたこと、さらに言葉を喋らせてくれた宇宙人さんに、すごくすごく感謝してる。
僕の存在がそれだけで、肯定される気がする。
大人はオカシイ世界だと言うかもしれないけど、それでも、僕はこの現実が大好きだ。
『ずるい!
3時に着いたら、私もいっしょに写真撮るから!』
井上さんも、多分、コッチ派だと思うんだ。





