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第26話:帰り道と、その日の夜

 夕方になりきらない時間。

 陽の色は少し赤みがかっていて、もうすぐ夜が来るのを教えてくれる。

 ぬるい風が頬をなで、2匹のヒゲを揺らすと、ハチコが言った。


「秋が、ちかづいたね」

「そうだね」


 モップが目をキラキラさせて言う。


「ごはん、おいしいね」

「そうだね」


 井上さんを送った帰り道、僕は自転車を押して歩いていた。

 別に自転車がパンクしたわけでもないし、足が痛くてじげないというわけでもない。


 ただ、ゆっくりとみんなとの時間を堪能したかった。


「カケル、びゅんびゅんしないの?」


 モップの顔が真上に向いた。

 僕はその頭をなでてやる。


「びゅんびゅんしたほうがいい?」

「モップはどっちでもいい。この乗り物、びゅんびゅんするから」

「モップはよく知ってるね」

「あたちもしってる! びゅんびゅんする!」

「ハチコもよく知ってて偉いね」


 カンタはかなり上空にいる。

 街全体をざっくり見ているようだ。


「カケルさん、今日はかなりスリリングでしたね」


 落ち着き払った様子でしゃべるが、一番冷静かと思っていたカメさんがあれほどテンパるとは思っていなかった。

 あの短い手で何度も携帯をタップする姿は、何度思い出しても笑ってしまう。


「なに笑ってるんですか?」

「いや……カメさんのテンパり具合思い出したら……くくっ」

「そんなに笑わないでくださいよっ」

「あんなに必死な亀、人生で初めて見たよ」

「たった16年程度の人間に言われたくないです。もっと必死な亀がこの先見られるかもしれませんよ?」

「たしかに」


 僕は妙に静かな住宅街をキーキー車輪を鳴らして歩く。

 どこか落ち着いていて、どこか、何か隠していて。

 だけど、そう思うのは、僕に隠し事があるからだと、はたと気づく。


「みんな、隠すの上手だな」


 だんだんと茜色に沈む街は、やはり音を立てずに佇んでいた。




 井上さんとラインでやりとりしながら、これからのことを見直そうということになった。

 明日と明後日は両親がいる日。

 身動きが取れない日なので、お互いに課題とし、翌週打ち合わせる段取りをした。


 そうしているうちに、今日の夕食が始まったわけだけど────


 母の機嫌はそれほど良くないのは、兄の自慢が足りないからのようだ。

 食事は昼間のあまりを温め直したものがメイン。僕は煮込みハンバーグと太巻きを皿に取る。

 液晶テレビからは動物のニュースが流れている。当初に比べたら、随分と落ち着いた雰囲気だ。


『──預かりは順調とのことで、動物の様子を見つつ、こうなった原因について、さらに研究を急ぐようです。現在京貴大学では動物の行動原理に伴い』


「なあ、駆」


 テレビに耳を傾けていたところで、僕に声がかかり、身体がびくつく。


「……ん? なに?」


 なるだけ普通にしてみても、どれも不自然に感じて僕は目を合わせられない。

 だけど父はあまり関係がないようで、テーブルの中央にあるエビフライを取り上げて話を続けた。


「駆、小論で入賞したって、父さん初めて聞いたぞ。他にもあるんじゃないのか?」


 湯気の上がる煮込みハンバーグを父は口に運ぶ。

 その顔はいい笑顔だ。心底すごい言ってくれている、いい笑顔。僕は父のこの顔が大好きだ。

 だが、母はそれを鼻で笑う。


「母さん、駆だって優秀じゃないか」

「何言ってるのよ、維の方がすごいじゃない」

「維はもちろん凄い。でも、駆だってすごいとオレは思う。前から言ってるが、そういう君の兄弟の区別するのはおかしいだろ」

「私は普通です」


 僕はご飯を口の中に詰め込み、味噌汁で流しこんだ。


「ごちそうさま」


 流しに食器を置きにいくと、兄も席を立つ。

 ほぼ同時に居間を出た兄が僕を追い越していく。


「……ごめ、兄ちゃ」

「気をつけろよ」


 その真剣な目に僕はたじろぐけど、兄はまたふんと鼻を鳴らし、かけあがっていった。


 僕は部屋について、大きく息を吐く。

 すると、心配そうにハチコとモップがすねにすり寄ってくれて、ふわふわとした毛心地がとても気持ちいい。


「カケル、今日はつかれてるの! はやく寝るの!」


 そういうのはハチコだ。

 ベッドを背もたれにして床に座ると、僕を挟むように2匹が丸くなる。

 ふさふさのモップの尻尾をなでながら、


「はやく寝るのも、悪くないね」

「明日は天気が悪そうですからね」


 そう付け足したのはカメさんだ。


「カメさんって、天気とかもわかるの?」

「スマホを使えば簡単です」

「もうなんでもできるね、カメさんは」


 床に置いておいたスマホを取り上げると、何やら色々調べていた形跡がある。


「カメさん、パソコン、床に置いておこうか?」

「いや……スマホがいいのです。文字を打つ場所が狭いので扱いやすいですし。キーボードにマウスまでなんて、私は動かせません」

「あ、確かに」


 スマホをいじり、改めて明日の天気を見ると、日の出とともに雨が降る予報になっている。


「明日は1日雨なんだな……じゃ、ずっと家かな……」


 僕がだらりと体を崩すと、ハチコとモップが胸上に乗ってきた。


「ずっといっしょに遊べる!」

「モップも! モップも!」

「重いよ、ちょっと……でも明日は部屋から出ないかなぁ。親もいる日だし」

「じゃ、あたちとボール遊びする」

「騒ぐのだめだよ、ハチコ」

「モップ、しっぽでボールころがすの!」

「だから、騒ぐのダメなんだって」

「私がキーパーしますから、明日それで遊びましょうよ」

「聞いてた? カメさんも、騒ぐのダメなんだって」


 言ったそばから壁ドンである。


「ほら、兄さんに怒られた」


 言うと、2匹がしょぼんと丸まった。

 それを見て可愛いやら、かわいそうやらもうたまらなくて、僕は2匹いっぺんに抱きしめる。


「ごめんごめん。小声でおしゃべりしよ」


 そう言うと、2匹の目がきゅるんと丸くなり、ヒゲが前にむむっと出てくる。

 興奮している証拠だ。


「よぉし、したら、僕らの秘密基地をグレードアップしたいと思います。

 どんなものを増やしたい?」


 僕がノートとペンを取り出すと、モップはペンをかじりながら、


「おいしいご飯がいっぱいの場所」

「うん、無理」


「あたちは、ハチミツといっぱいボールで遊べるのがいい」

「モップも! モップも!」

「それはいいねぇ。じゃ、もっとマットをひいて走っても大丈夫なようにしようか」


「私はプランターで野菜を置いて欲しいです」

「一般的なベランダの使い方だね。確かにそれならカメさん食べ放題か……ちなみにどの葉っぱがいい?」

「さっき調べていたんですが、水耕栽培のキットがありまして、それならタネと水と光で管理し」

「ちょっと待ってスマホで調べてたのそれ?」

「聞いてください、カケルさん、その水耕栽培のキットはかなりグレードに違いがあり」


 ───明日は雨の日。

 だけど、みんなと1日ずっと過ごすのは初めてかもしれない。

 記録に残しながら、明日はゆっくり過ごそう。


「ねぇ、カケルさん、聞いてます? このキットの重要性は」


 早く寝れるかな……


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