第24話:だいたい、想定内ですっ!
母の料理ができあがったところで、ドリンクがふるまわれ、歪な食事会が始まった。
食卓テーブルに数々の料理が並ぶ。
どれもこれも、兄の好物ばかりだ。
「ほんと、維は私の自慢の子! 京貴大なんて余裕っていうんだもの、私、それには驚いちゃって」
母は兄の自慢に忙しい。
喋りだしたら、父と僕とで補助的なことをすることが多い。ただ今日は井上さんがいるため、僕はそれほど動けない。
父に目配せすると、手でゆっくりしてろと言われてしまう。
「ね、井上さん、駆なんかより、維に勉強教えてもらった方がいいわ。維は教えるのも上手なのよ」
言いながら井上さんを兄のとなりへと座らせる。
「いえ、あたしはカケルくんで」
「駆なんて、大したことないでしょ。いつもぼさっとしてるし……部活とかはしてらっしゃるの?」
僕は母と井上さんの間に滑り込むと、エビフライをとりわけ、井上さんに手渡す。
「母さん、リンちゃんは部活はしてないんだ。でも中学のときはバスケ部で、2年の最後の試合だったよね? MVP獲ったの」
「そうそう。ラストの試合、すごく覚えてる。カケルくんにも見せたかったぁ」
「僕は知っての通り帰宅部だから何にも取り柄はないけど、リンちゃんは運動も勉強もできるからね」
「そんなこと言って。カケルくん、小論文、校内で入賞してたじゃん」
「学校でなんて、大したことないじゃない」
すかさず入り込み、鼻で笑った母に対し、井上さんはさも驚いた顔をする。
「え? おばさん知らないんですか? うちの小論文、審査するの、卒業生の三嶋先生がしてくれるんですよ?」
「三嶋? だぁれ? 学校の先生?」
「三嶋喜三夫。芥川賞獲った人。だいたいさ、小論の審査、かなり有名な話なんだけど」
その声を発したのは兄だ。
まさか兄からの横槍が入るとは思ってもみなかった……
「維は駆の学校のこともよく知ってるんだな」
父が声をかけながら、温め直した煮込みハンバーグをテーブルへと持ってくる。
僕がそれを取り分け、井上さんに手渡した。
「母さんのハンバーグ、美味しいんだ。食べてみて」
「ありがと、カケルくん」
「はい、兄さんも」
渡そうとしたが、するりと腕をよけて席を立つ。
「維、もう少しいてちょうだいよ」
母の声に返事はせず、「トイレ」兄はそう言った。
その兄のトイレは長い場合があり、3時間してから戻ってくる、なんてことはいつものこと。
そう、いつもの兄であるはずなのに、まさかの発言に、少し調子が狂ってしまった。
兄が僕の学校のことを知っているなんて微塵も思っていなかった。
しかも、『かなり有名』だなんて付け足してたし。
僕は気を取り直して、兄の隙間を埋める準備に入る。
次の話題は僕のことになるはずだ。
……といっても、槍玉に上がるといったほうがいい。
お腹が空いて頭が回らないんじゃ話にならない。
珍しく太巻きがあったので、それをつまもうとかと腕を伸ばしたとき、それは唐突に起こった。
居間に悲鳴が上がる。
カンタが窓をつつき出したからだ。
僕が目配せすると、ふわりと離れたが、あの必死さはヒッチコック並みだ。
「僕、ちょっと外見てくるかな……」
立ち上がったとき、スマホが震えた。
見ると、【井上さん】の文字が浮かんでいる。
しまいには2階からはドタバタという足音と、下手な犬の鳴き声が響きだした。
非常事態宣言発令!!!!!!
井上さんと僕は目を合わせると、
「あたし、ハッチの様子を見に、部屋に行ってもいいですか?」
「僕もそれに付き合うよ」
答えを聞く間もなく、2人でリビングを出て、階段を駆け上がる。
見落としていた……
あの、小さな猛獣の行方を────





