第23話:がんばれ! 彼ピッピ!
特殊な駆の家庭環境が明らかに……
ちょっと重め注意!
「じゃ、リンちゃん、僕の部屋に荷物おいておこ。あと、ハッチはベランダのほうがのんびりできるし」
僕が言うと、井上さんは慣れた手順でシートを出してハチミツの脚を拭くと、階段へと向かう。
僕も後ろをついていくと、さらに僕の後ろに小さな影が……
3歳児女子、彼女は僕のいとこの心愛だ。
「まって、わんわん!」
その声にびくりと体を震わすのはハチコとモップだ。
どうも甲高い子供の声は苦手なようで、じっとリュックの中で動かないでいる。
心愛は階段もなんのその!
という勢いだが、やはり危ないので、再び父の腕にしまいこまれた。
しかしながら、彼女はハチミツの存在をかなり気にいったようだ。
階段の下から騒ぎ声が上がってくる。
「あの子、ハチミツに興味津々だったね」
部屋についた井上さんがつぶやいた。
「やっぱ動物好きだよね、子供って」
リュックから滑りでた2匹は小さく縮こまっている。
「あたち、きらい」
「モップも」
「そうだね。しっぽ握られてびっくりしたもんね」
あれは1歳の彼女が来たときだ。
何も知らない2匹は、慎重に心愛に近づいていた。
だが、赤ん坊は容赦ない。
モップのしっぽを思いっきり握ったのだ!
それに驚いたモップはひっかきはしなかったものの、ものすごい勢いで逃げていったのを覚えている。
ハチコはその様子を見て、すぐに距離を置いたのは言うまでもない。
ハチミツ、ハチコとモップを部屋に放し、ベランダへの窓も開けておく。
ベランダの柵にはすでにカンタがいる。
「カンタ、僕の部屋に誰か侵入したら、すぐリビングの窓つついて教えて」
「まかせておけ」
「あとカメさん、あたしのスマホおいておく。打ち合わせ通り、カンタでもどうにもできなかったときは電話して。じゃ、1回試しにカケルくんにかけてみて」
カメさんはスマホの上に乗るように体を動かすと、器用にタップしていく。
「お、きたきた。カメさん、上手」
「これぐらい余裕です。一応、これで大丈夫ですかね」
「多分今日の敵は、あの3歳児、心愛になる。みんな心愛には甘いんだ。だから、部屋に侵入されたらベッドの下とか、しっかり隠れるんだよ」
僕がハチコ、モップ、カメさんに言い聞かせていると、ハチミツが首を傾げた。
「あたいはどうすればいいの?」
「ハッチは昨日、犬の鳴き方練習したでしょ? ワンワン鳴いてあたしたちに伝えて。あと、ココアちゃん来たら、おとなしく撫でられて」
「なんであたいだけ損な役なのよぉ」
「一番体が大きいし、年上なんだから、こういうときのお姉さんでしょ?」
井上さんがなだめすかし、ハチミツに骨のおもちゃを渡した。
ハチミツはそれだけで上機嫌に、さらにヤル気満々だ。
これで準備完了。
「よし、カケルピッピ、出撃だね」
「その、カケルピッピってやめてよ、リンちゃん」
僕たちは再び顔を引きしめ直し、部屋のドアを開けた。
僕の部屋は、ベランダに出られるように窓を開けていたから生ぬるい。
それ対して廊下は寒い。エアコンの大盤振る舞いだ。
「なんか、この冷たさ、敵地に来たって感じ」
小声の井上さんに、僕は笑う。
「でも、リンちゃんならできるでしょ?」
彼女は優しい笑顔を作り直すと、階段下に潜んでいる第一トラップ、幼女を捕まえた。
「ココアちゃんっていうんだって。あたし、リンっていうの。仲良くしてね」
「わんわん」
「わんわん、今、ちょっとお休みしてるから、あとからわんわんと遊ぼうか」
心愛の手を握り、居間へと連れていくその流れは、見事すぎます。
僕は少し遅れて、居間のドアをくぐる。
嫌な空気だ────
品定めするような視線。
なぜ僕が女の子といるのか、奇異であるからこその視線。
……この視線は、兄夫婦だ。
兄に恨みを、僕には呪いを込めた視線。
顔には薄っぺらな笑顔がはりついている。
「康成おじさんに、恭子おばさん、お久しぶりです。康広くんは元気ですか?」
康広とは、兄夫婦の一人息子の名前だ。
兄夫婦の息子がうちへ来ない理由は、兄がいるから。
確か兄とは4つ歳ぐらい歳が離れていたと思う。
兄がいない頃は、親戚の中でも神童だなんだと、もてはやされていたそうだ。
だけど兄がそれを簡単に覆してしまった。
決して彼の出来が悪いかったわけじゃない。
兄の出来が良すぎたんだ。
おかげで教育ママと化したおばのせいか、現在元神童は引きこもり。
「あ……康広は元気だよ。それより、やっぱり維はすごいな。駆はどうなんだ? 兄弟なのに、いっつも差がでてる。努力が足りないんじゃないのか?」
「そうよ、駆くん。もっと努力しないと。維くんみたくなりたいものね……あぁ、なれないのか……。でもすごわよね、維くんって」
僕の小さな牽制に、『お前の兄はスゴイ&お前はなれない』攻撃を仕掛けてくるが、それは大した攻撃力ではない。
もう聞き慣れてしまったフレーズだ。
「ほんと、兄はスゴイです。天才ですもん。でも康広くんなら兄と肩を並べられるから、兄も楽しみにしてたんじゃないかな。今日も来てなくて、とても残念です」
兄夫婦は押し黙った。
もしかすると、うちの兄も同じ言葉を返したのかもしれない。
歯ぎしりが聞こえそうなほど、苦い顔をされた。
それがまた、清々しい!
僕が心の中で勝利宣言をしていたとき、井上さんは心愛につかまったままだった。
「ねーね、わんわん」
「まだ早いかなぁ」
うまくはぐらかす彼女の後ろで、満面の笑みで見つめているのが弟夫婦の辰成おじさんと、栄美おばさん。
ふたりは少し遅い結婚だった。だから必然的に子供も年齢的に遅い。
よって、溺愛もいいところ!
そのせいなのか、今の育て方なのか、叱ることがほとんどない。叱っても、虫を払うぐらいの優しい叱り方だ。
いつか暴君になるのではとドキドキしているが、ほぼ毎週奥さんが実家に帰っているそうで、そこで矯正されているよう。
おかげで、まだ幼女として育っている。
「心愛、リンちゃん困らせちゃダメだよ」
僕が屈んで声をかけると、すかさず心愛の両親が歩み寄ってくる。
「ココちゃんはそんなことないもんなぁ? パパ知ってるぞぉ」
「さ、ココちゃん、果物もらおうか」
彼らは、デキの悪い僕を病原菌のように扱ってくれる。
おかげで、撃退は簡単だ。
「……カケルくん、いい子に育ったね」
井上さんの言葉に、僕は思わず笑ってしまう。
「ようこそ、格差家族へ」
僕が言うと、井上さんは大きくうなずき、「きちゃいました」そう言った。
次話は、はちゃめちゃ楽しく過ごしますので、お楽しみに!