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第22話:『彼ピッピ』の試練!

「名前で呼べって言われても……」


 戸惑う僕に構わず、ハチコとモップは井上さんのことを名前で呼んでいる。

 それに返事をする井上さんは2匹をなでて、僕にいう。


「ハチコたちと同じように呼んでよ」


 そんなことできてたら、僕の人生苦労してないっ!


 とはいえ、できないと周りに違和感があるかもしれない、ということで、ハチコとモップといっしょに発音をしてみることにした。


「「「りん」」」


「おじょうずぅ〜」


 井上さんが茶化して言ってくるけど、僕にとってはこれでも赤面行為。


「じゃ、カケルくん、ひとりで言ってみよう!」


「……ぃ」


 改めて声を出そうとすると、声が出ない。

 唇をひいて「り」を発音しようとするけど、その唇が震えてしまう。


「……なんで、そんなに意識するの?」


 ほとほと呆れた井上さんの顔はわかりますが……



 ったりまえでしょぉぉがぁぁぁぁ!!!!



 と叫びたくなる気持ちをぐっと抑える。


「小学ならともかく、女子の呼び方なんてみんな苗字でしか呼んだことないからね」


「うそ」


 井上さんはハチミツといっしょに驚いている。

 どれだけ驚かれても僕の人生で女子の下の名前で呼んだことがあるのは、名字がかぶっていた佐藤キララと佐藤シオンのふたりだけだ。

 それも「さん」づけでだ。呼び捨てなんてもってのほか!

 これで、どれだけ僕が真面目に生きてきたかわかると思う。


「カケルくん、ほんと面白いっ」


 井上さんは笑うけど、僕は笑えません。

 ぶすっとした顔を浮かべていると、ハチコとモップが僕の顔を覗き込んだ。


「カケル、リンってよばなきゃ仲良くなれないよ?」


 そういうのはモップだ。

 その隣のハチコも首を揺らし、


「カケル、リンって呼ぶの! みんな仲良し、だいじなの!」


「……わ、わかったってば……

 はぁ……い、……リンちゃん………」


 消え入りそうな声に、井上さんが張り切って返事をしてくれる。


「はい、なんですか、カケルくん?」


 満面に笑顔を散らして返事をした井上さんに僕の心は張りさけそうだ。

 写真に撮って額縁に入れて飾っておきたいくらいの笑顔!

 ハチコとモップが目を丸くしてるんるんの気分の顔みたいに、すごく可愛いっ!!!


 僕が思わず赤面の顔を横に回すと、カンタが塀の上をはねて歩きながらカカカと笑う。

「……ちゃんづけ……ぷっ」

「なんだよ、カンタ」


「リンちゃん、ちゃんって……」

「ハッチ、コソコソ言わない」


 なんとか発声できたのを機に、「リンちゃん」とスムーズに話しかけられるように訓練することになった。

 何度も声に出すけど、耳に慣れない音に僕の心は戸惑いっぱなし。

 押す自転車のハンドルが汗で滑る。

 しまいには、僕の喉はカラッカラッ。


 それでもこの訓練をしなければならない。



 そう、僕は、『彼ピッピ』だから!!!!!




 ……もはや、彼ピッピという言葉がゲシュタルト崩壊して、意味も理由も崩れ去るぐらいに、僕は井上さんのことをリンちゃんと呼び続けた。

 その成果もあり、家に到着する頃には、すんなりとリンちゃんと呼べるようになっていた───


「カケルくん、馴れたみたいだね」

「なんとかね」

「というわけで、カケルッピ、よろしく」

「はいはい、リンちゃん」


 僕が自転車を停め、ハチミツのリードを片付けおえたら出陣だ。


 流れは……


 1、一度居間に挨拶したあと、僕の部屋にハチミツとハチコ、モップをおき、僕らがどうにかやり過ごす。


 2、僕の部屋に誰かが侵入、ハチコたちのことがバレそうになった場合は、即座に井上さんが彼らを連れて脱出!


 この脱出といっても、井上さんの家に退避するだけだ。

 実のところ、もし、本当にそうなってしまった後のことは考えていない。

 というよりも、それ以上に頼れる場所がない。

 以前シーズーを助けたおばあちゃんの家に行くのも手段としてはある。

 だけど、おばあちゃんの家も安全地帯とは言い切れない。



 だから今回は、絶対、間違いなく、バレてはいけない……!



 僕の決意が見えたのか、なんとなく全員が緊張の面持ちだ。

 カンタがふわりと玄関近くの枝にとまった。


「今、リビング見てきたが、大人の男が3人と女が3人かな……あと子供もいたな。そういや兄ちゃん見てねぇな」


「ありがとカンタ。兄はまだ部屋なんだと思う。

 カンタの情報なら、もう、勢揃いしてるね。

 今日は母の兄妹が来る会だから、母の兄夫婦と母の弟夫婦。弟夫婦のところは3歳の女の子を連れてきてるはず。

 なので、敵は僕の両親、兄、兄夫婦の2人、弟夫婦子供いれて3人、合計8人」


「わかった。じゃ、あたしは誰に一番注意する?」


「井上さんはもちろん母。あと、できたら女の子をよく見ててほしい。僕が女の子見てることが問題になっても困るし……」


「わかった、任せて」


「多分、みんなは僕に話しかけてはこないけど、井上さんには興味が向くから、何か質問がある度に僕が横に入ってなるだけ邪魔するよ」


「お願い。……だけど、昨日箇条書きで伝えた、あたしの好きなものや嫌いなもの、最近行った旅行先、友達関係とか中学の部活とか、そんなの全部覚えたの?」


「もちろん。昨日の箇条書きの分はね。だからうまく井上さんもフォローしてよ?」


 気が緩んだようだ。

 井上さんの肘が僕の脇を突く。


「今、なんて呼んだかな?」


「……リンちゃん、お願いします」


「任されたっ」


 僕たちは玄関で大きく息を吸う。

 まるで潜る前のダイバーだ。

 ここでしか吸えない新鮮な空気を味わっておくように、肺にめいっぱい吸いこんだ。

 大きく息を吐いたあとの井上さんの表情は、あのホームセンターで見たときの接客の顔だ。


 さすがだな。僕は()()()()()を心のなかで褒めてから、ゆっくりとドアを開けた。

 すかさずかけつけた母、そして階段から降りてくる兄、父が抱えているのは弟夫婦の子供だ。

 その後ろにはおじとおばがにこやかに並んでいる……


「ただいま。()()()()()、連れてきたよ」

「昨日も今日もお邪魔します。あ、カケルくんのお兄さんですね、初めまして!」



 僕たちの戦いが幕を開けた─────



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