第21話:「彼ピッピ」と「彼ピ」のちがいって知ってた?
なぜ僕が井上さんの彼ピッピになることになったか。
それは、昨夜、改めてラインのやり取りをしたときだ。
ちょうど11時は回っていたぐらい。
迎えに行こうか? という僕のラインに対してのやりとりからだった。
『よく考えたんだけど、明日、やっぱり、井上さん来ない方がいいと思うんだ』
そう切り出した僕に、井上さんは「却下」という、猫が舌をだしたスタンプを送ってきた。
『いざってとき、ハチコとモップを守れるのは、あたしとカケルくんだけじゃん。だいたい一番動けるのあたしだけだし』
確かにそうかもしれない。
だけど、井上さんにものすごく迷惑がかかる可能性がある。
それは、今日の母だ。
あの母の考えは、間違いなく井上さんに迷惑がかかる───
僕は腹を決めた。
はっきり言ってしまおうと。
むしろ嫌われて、それで来ない方が井上さんのためになる!
僕は覚悟を決めて打ち込みおえると、紙飛行機を飛ばした。
『そうだけど。どうも母が井上さんのことを気に入ったみたい。ドン引くと思うけど、兄とくっつけようとしてくるよ』
既読がついたものの、思惑どおりドン引いたようで即返信がない。
あのフリックが早い井上さんの返信が途絶えたのだ。
間違いなく、嫌われた………
「そりゃそうだよね……」
僕がこぼすと、カメさんがため息をついた。
「もう少しオブラートに包んだらよかったんですよ」
「でもめんどくせぇよな、そういうの」
女慣れしているカンタの言葉は一味違う!
とはいえ、面倒だとしてももっと言葉を選ぶべきだったのは反省すべきところかも。
明日、謝罪のラインを入れて、終わらせよう。
僕はそう思って放置したスマホがいきなり震えた。
素早く取り上げ開くと、……な、井上さんからだ!!!
『じゃあさ、カケルくんがあたしの彼ピッピになればいいじゃん』
なんすか、この呪文……
井上さんから説明を受け、さらに自分でも調べてみたけど、ようは彼ピ=彼氏のことで、彼ピッピ=友達以上恋人未満、という意味らしい。
それが今回の件とどういうつながりに……?
『だから、お互いくっつきもしないけど、気になる関係ってことにすれば、なんか言われても断れるし、カケルくんだってなんかあったら守ってくれるでしょ?』
『もちろんっ!』
即答で返したものの、彼ピッピという言葉の存在が大きく僕の心を占めて、実際何かが起こったとき、素早く井上さんを守れるかどうか正直自信はない。
でも、井上さんが助けてくれると言ってくれた気持ちは本当だろうし、味方でいてくれるのも間違いない。
それに僕が応えないのはおかしいことだ。
だから、彼ピッピに、今日、僕はなるんだっ!!!!
心の中で大きく叫び、僕は強くペダルを踏みしめる。
風がびゅんと走っていくたび、ハチコとモップが「わぁ」と声を上げる。
リュックから顔を出した2匹は楽しそうに目を丸くして、あたりを見回し、空気を感じている。
「カケル、はやーい」
モップはふわふわの毛を揺らしながら僕にいう。
「もっと早く走ってー」
ハチコの命令に、僕は立ち漕ぎでこたえることにした。
体が斜めになり、前に背負ったカバンに角度がつく。
まるで2匹が空を飛んでいるような、そんな体制だ。
それを後押しするように、頭上ではカンタが旋回している。
軽く手をあげると、カンタは挨拶するように、2回くるりと回って見せてくれた。
みんなでこっそりと騒ぎながらのお迎えは10分程度で終わってしまう。
それでも幸せに感じるのは、ハチコとモップがいっしょだから。そして、カンタも。
目がランランと輝いた2匹といっしょに自撮りをする。
カンタを呼んで、ハンドルにとまらせてもう一枚自撮りを撮ってから、井上さんについたとラインを送った。
『上から丸見え』
その返信にスマホを落としそうになる。
なんとか落とさないようにキャッチしたとき、ハチミツの声が聞こえてくる。
「あたいの写真撮らないなんて、失礼なやつねっ」
そんなハチミツの声など届かない。
僕は井上さんに見入っていた。
というのも、白い半袖のブラウスに、紺色のゆったりとしたサロペットを着ている。
それがちょっと大人っぽくって、なんだか昨日とは違う彼女に見えて、それが僕の気持ちのせいなのかわからないけど、すごく緊張してしまった。
「おはよ、カケルくん」
「……お、おはよっ」
「カケル、かてぇな? どぉしたよ」
カンタに突っ込まれるが、どう返すこともできない僕は無言で自転車をぐるりと回し、井上さんの横に並んだ。
「い、行こうか」
「どしたの、カケルくん」
「……いや」
言葉を濁す僕に、胸元の2匹は「「カケル、変な顔〜」」けしかけてくる。
「うるさいぞ」
「ハチコとモップはうるさくないもんね? カケルくんが変なんだよ〜」
言いながら井上さんは2匹を撫でている。
が、近いってばっ!!!!
僕の緊張をよそに、井上さんはいつもと変わらず明るい調子だ。
女子はこういうの、度胸もあって、気持ちも区別してんだろうな……
小さくため息をついたとき、
「カケルくん、今日はごめんね」
いきなり謝られた。
「……え?」
「あたしがわがまま言っちゃったからさ……
寝る前にも考えたんだ。カケルくんが色々言ってくれたのになぁって」
「いや、やめてよ。謝るのは僕の方だし。それに僕、井上さんのこと、頼りにしてるし」
「ありがと。あたしもカケルくんのこと、頼りにしてる!」
笑いかけてくれた顔が可愛すぎて、僕は素早く顔を背けた。
背けても、耳が赤い。
僕のバカ!!!!
夏の気温が高いのに余計に僕は汗をかいている。
腕で無理やり顔を拭うと、井上さんがそれを笑う。
「ね、カケルくん、」
「なに?」
「あたしのこと、リンって呼んでよ」
「……はい?」
「だっておかしいじゃん。彼ピッピなのに苗字呼びって」
今日イチのハードルきたんですけど、コレッ!!!





