第20話:まだ慣れない4日目
不意の眩しさに、僕はしかめっ面で体を持ち上げた。
窓を見ると、天気は快晴。きれいに晴れてる。
ただ少し風が強いぐらいだろうか。
その窓の下には、カーテンにかじりつき、引っ張り開けた犯人たちがいる。
「みんなで起こさなくても……」
大きく背伸びをしながら窓を開けると、清々しい朝の香りが吹き込んでくる。
猫2匹と亀1匹は、朝の香りに誘われてか、そろってベランダへと出て行った。
スマホ見ると、ちょうど7時をまわったところだ。
今日は家のなかが朝から忙しい。特にキッチンが騒々しい。
腕によりをかけての作業が始まっているのだろう。
改めてスマホを見て今日の流れを頭の中に描いていく。
昨日バイト上がりの井上さんともう一度やり取りをしたときに決めたことがある。
それは、井上さんのマンション下まで迎えいにいくこと。上空でカンタを待機させ、援護してもらってだけど。
僕は、今を楽しむことに決めた。
だけど、それにはどうしても井上さんの手助けが欲しいし、それに、井上さんをこれ以上危険な目にも合わせられない。
だから僕が迎えいにく。
そのときには、ハチコとモップも連れていく予定だ。
少しでもみんなとの時間を大事にしたい。
白い朝日に向かって思いをぶつけていると、
「カケル、おはよーさん!」
カンタの登場だ。
相変わらず朝からいい声である。
「今日は任せておけよっ」
「もちろん。カラス部隊隊長のカンタさんに任せるよ」
僕の足にふわりと横切るものがある。
見ると、モップが潤んだ瞳を向け必死な顔で僕に言った。
「……ごはん」
「あぁ……はいはい。今日は僕はみんなと食べられないから、モップはハチコとカメさんとご飯たべれる?」
「うん! モップ、ハチコとカメといっしょに食べる」
「あたちも食べるの!」
「私はできたらほうれん草を」
「みんなのご飯用意するけど、ほうれん草は無理だと思う」
2匹のカリカリと、カメさんのキャベツを用意する。あとカンタ用にマヨネーズを小皿に出した。
テーブルでシリアルを流し込んでから部屋に戻ろうかと思っていたけど、ちょうど僕と母の場所が今日の食べ物で埋まっていて使うことができず、思いがけず、僕も2階のベランダで食べることができた。
「みんな、いただきます、なの!」
ハチコの号令で朝食が始まる。
ハチコの号令は厳しくも可愛い声で、僕はこの声が聞きたくてみんなのご飯を用意している節がある。
「おいちい」
ハチコが勢いよく食べている横で、モップもうなづいている。
「カケル、モップ、ごはんおいしい」
「うん、おいしいね」
僕もシリアルを楽しく噛み砕く。
この音がみんなと同じカリカリご飯のようで、なんだか面白い。
「よし、井上さんくる前に一度部屋を片付けておこうか」
僕の声にみんながそれぞれに返事をしてくれた。
しっかりやろうね、などと話していると、ぱしんという、窓を閉める音が聞こえた気がする。
兄のベランダ……?
立ち上がって兄の部屋の窓を見てみるけど、ガラスの揺れもなにもない。
気のせいか……
僕はもう一度背伸びをしてから、食器を片付けるついでに、顔を洗いに降りることにした。
その間にハチコとモップ、カメさんには部屋の掃除をお願いすることにした。
「ただいま。みんな、どう?」
顔を洗って戻ってきた部屋は、ちょっとはきれいになっただろうか。
だが、ほんのちょっとだ。
それよりも、カメさんが必死すぎる。
「ハチコさん、それはこの上です。モップさん、いつまでペンを噛んでるんです? ぜんぜん進まないです!」
必死のカメさんを僕が持ち上げると、カメさんは申し訳なさそうに頭をちらりと下げた。
「なかなか指示通りに動いてくれず……」
「ハチコとモップだからね」
ハチコがノートに小さな歯型をつけながら片付けるのを僕も手伝い、モップがかじるペンを取り上げ、尻尾で埃を払ってもらう。
昨日使ったテーブルの上も片付けてから、ハンディモップをかけて掃除機をまわせば、完成。
出したものを出した場所に閉まっておけばそれほど散らからないものだ。
……とはいっても、昨日しっかり片付けておいた成果が影響しているのであって、来週この状況かと言われると、自信はない。
時計をみると、9時30分。
まだ少し時間に余裕がある。
「ちょっと時間あるな……本読んじゃおうかなぁ」
僕がベランダに出ていくと、ハチコとモップ、カメさんもついてきた。
カンタは朝の漁りに出かけていて、戻ってくるのは10時30分と約束をしている。
だけど、カラスって時間、どうやってわかるんだろ……?
でも、初めて来た日も時計見て、時間だって出て行ったから、そういうことなんだと、僕は割り切ることにした。
本に再び目を落とすと、ハチコが僕の膝の上に乗ってきた。
ぴったりとはまった体を撫でながら、ふと、本の中の夕食風景を想像して思ったことがある。
『海洋生物は、しゃべるのか』
「カメさん、」
「はい」
「魚とかってしゃべるの?」
「魚は基本人間の食料なのでしゃべらないですね」
「ペンギンとかは?」
「えーっと……アザラシもペンギンも喋らないようです」
「なんで?」
「例えばシャチがペンギンを襲うのは有名ですが、そこで言葉を話していたら……」
「結構、引く」
「そんな感じですね。じゃ、ネズミと猫はしゃべらないのか? これは見てみないとわかりません。どちらもしゃべる権利のある動物ですからね」
「結構曖昧だね」
「ええ。人間に不都合にならないように、都合よくなっているようです。
もしかすると、そういう場面になると動物の本能が働いてという理由で、人間の言葉が通じなくなるのかもしれません。
んー……共有のデータボックスには、そういった結果情報がまだないので、だれも経験していないようですね」
「なるほどね。あくまで人間と急にしゃべれるようになった動物がどう触れ合うかが、宇宙人の目的だもんね。
……そっか。したら魚は喋らないし、ウミガメとかもしゃべらない……のかな……?
じゃ、なんでカメさんはしゃべれるの?」
「私が宇宙の使者だからですっ!」
「そうだったね」
そんな会話をしながらの読書はなかなか進まなかったものの、腕時計をみると10時15分を回っている。
迎えにいくのは10時30分。
もうそろそろ準備をしよう。
「さ、起きてモップ」
ハチコと入れ替わって膝の上にいるモップを起こし、となりで伸びているハチコも抱え、僕は2匹をリュックへとすべりこませた。
「ちょっとの時間だけど、いっしょに行こう。昨日も連れて行けばよかったと思ったから」
僕がそういうと、寝ぼけた顔の2匹だが、ぱぁっと明るい表情を浮かべた。
「モップ、美味しいごはんあたる!」
「あたち、外で遊べる!」
「ちがうよ、井上さんを迎えにいくだけだよ。でも、いっしょに行こう」
少し拗ねた顔をしたものの、外にいくのは嫌いじゃないようだ。
静かにおさまった2匹を背負い、僕はカメさんに声をかける。
「留守番頼むね」
「部屋にいることは得意ですので。カンタさんに声かけておきますね。気をつけていってらっしゃい」
小さな亀の手がぴこりと上がった。
僕も合わせて手を上げ、部屋をあとにした。
居間にいる母に「井上さん迎えに行ってくる」声をかけると、甲高い「はぁい」という声が聞こえてくる。
今まで返事などしなかった母が返している。
よほど井上さんに執着しているようだ……
「気持ち悪い」
僕はシューズの紐を結びなおしながら呟いた。
そして、頬をばちりと叩く。
そう、僕は緊張しているのだ。
これからのことに、緊張してる………
だって、これから僕は、井上さんの『彼ピッピ』になるのである───!!!
「はぁぁ……緊張するぅ……」
そう言いながらも、緩んだ頬と赤い耳が僕の足を踏み出させる。
だって、今を楽しむと決めたんだ。
これだって、前向きに取り組まなきゃねっ!!!
これからドタバタわちゃわちゃ、楽しく行きます
お楽しみに!