第17話:秘密基地でお昼ご飯
井上さんは、ハチコとモップ、カメさんの出迎えを受け、ハチミツを連れてベランダへと連れ出されていた。
僕が玄関の鍵を閉めて2階にあがったときには、お弁当が広げられ、笑顔の井上さんが僕を誘う。
「カケルくん、食べよ!」
しばらく前からここに来たことあるような振る舞いに僕は面食らってしまうけど、みんなの和やかな空気が嬉しくて、僕は手渡されたおにぎりを一気に3つ頬張ってしまった、現在……
「卵焼きもめっちゃうまいっ」
「口にあってよかったよぉ」
井上さんのお弁当を頬張る横で、ハチミツは持参のドックフードを、ハチコとモップもカリカリを、カメさんは井上さんからレタスをもらってご満悦だ。カンタには菓子パンと、ご所望だったマヨネーズを差し上げた。
「あのぉ、マヨネーズ足りないんですけどぉ」
イケボが響く。
これで3回目だ。
「……どんだけマヨネーズ好きなんだよ」
「もう俺の血液マヨネーズでいいくらい好きだな」
座り直して、お弁当から唐揚げをつまんだとき、ふと、気がついた。
鶏肉だ───
まじまじと見つめる僕の意味に気づいてか、井上さんも唐揚げを見つめたまま、止まっている。
「……思えば養鶏場とかでしゃべってる映像ないね」
井上さんの言葉に僕は頷いた。
養鶏場の他にも、養豚場や肉牛もある。
それらが喋りだしていたら……
屠殺場に連れて行った牛が泣くなんて話はよくあるけど、こんなしゃべられるようになったんじゃ…………
想像を絶する光景(想像)に、僕たちは言葉を失くしたとき、カメさんの首がクイッと上を向いた。
「おふたり、ひどい光景を想像されてますが、それは有り得ません」
カメさんは2枚目のレタスを頬張り言った。
「宇宙の方もコンプライアンスがあるのか、基本4本脚の動物、牛、鹿、馬など、大きな動物は話すことはできませんし、家畜として育てられている動物に至っては、大小関係なく、絶対に話すことはありません。
動物園のニュースを見たでしょ? 話せる動物と話せない動物がいたと思います。それに、あの水が口に入らなければ、まず、しゃべることもできませんしね」
僕は少し安心した。
しゃべれる動物が出てきたことで苦しむ人がいるかもしれない。
その想像に、僕は少しだけ、安心した。
でも、苦しんでいる人もいるのかもしれない……
僕たちにみたいに楽しめるばかりじゃないのが、現実だから。
つまみ上げた唐揚げを見つめ、僕はその肉を大事にいただこうと、口の中へと運ぶ。
歯に当たった衣はさっくり、お肉はジューシーな唐揚げだ。
じんわりと広がる肉の旨みを堪能しながら、4個目のおにぎりに手を伸ばしたとき、井上さんがカメさんに質問した。
「カメさん、どうやったら動物は話せるようになるの?」
「簡単ですよ」
カメさんはレタスを食べ終えたのか、固形のご飯へと切り替え、顎をしきりに動かしている。
「隕石が落ちたでしょ、海に。あの隕石が動物が話すことができる錠剤のようなものなんです。
錠剤が溶け出た水が蒸発し、雲になり、その成分を含んだ雨が口に入った動物が結果として話せています。雨でなくても朝露で摂取した動物もいるかもしれません。とにかく、隕石成分が溶け出した水が体内に入らなければしゃべられない仕組みです。
これも微量でしゃべれる子も入れば、かなり摂取しなければ反応しないという個体差もあります。
よけいに喋れる動物にムラというか、差がありますね。そしてその隕石成分の効果も短かく、もう雨に当たってもしゃべることはできません」
「なるほど。そっか、ハチコとモップはゲリラ豪雨の日、外に出てたから、そのせいか……
ハチコ、モップ、あの日、外に出た理由とかあったの?」
おやつの小分けに入ったカリカリお菓子を食べさせながら聞いてみると、モップはおいしそうに噛みしめながら言った。
「モップ、聞こえたの。雨にあたりなさいって」
「あたちも! 雨にあたればカケルとお話しできるって」
「俺もそうだったなぁ」
クチバシがマヨネーズまみれのカンタもそう答える。
「宇宙の人が動物に向けて一斉放送かけたようです。それに従った動物、そうしなかった動物、みんな様々です」
ペットボトルのお茶を飲み込みながら、考えてそれを取捨選択したのだと思うと、驚きであり、嬉しくもあり、実際しゃべることを選んでくれて、僕はすごく嬉しい。
2匹の頭を撫でくりまわしていると、井上さんがハッチの前足を掴んで持ち上げた。
「ねぇ、ハッチ、ハッチはなんでしゃべるの選んだの?」
井上さんをつぶらな瞳で見つめるハチミツは、小さく首をかしげた。
「あたい? あたいは散歩のとき、水たまりの水を飲んだせいよ? あたいはどっちでもよかったし」
こういうのもいるよね、確かに。
小さくうなだれる井上さんに話題を変えようと、僕は話を振ってみる。
「ねぇ、あの公認っていつ決まったんだろ?」
「今日の朝、急にだけど。……ニュース見てない?」
「部屋の掃除とかで……」
「そっか。なんか色々生活に不具合があるし、やっぱりウイルスとかの可能性も否めないってなったみたい。
そうそう、この前のおじさんの大学、京貴大がメインで動くみたいだよ」
「じゃ、あの竜巻のメンバーもあの大学の生徒ってこと……?」
「かもしれない。ねぇ、カンタくん、あいつらの顔、覚えたりした?」
「おう、任せろ。黒くて動物を奪おうってヤツは危ねぇヤツって触れ回っているから、見かけたら俺たちの足蹴が飛ぶぜっ」
「さすが、カンタだな。でも、もしかしたら白衣とか、衣装を変えて動くかもしれないから、気をつけて攻撃するんだぞ?」
僕が言うと、カンタはこくりと頷いた。
「っていうか、ほんと、ここ、秘密基地みたいっ!
だって今のもさ、なんか、秘密の会話っぽくない?」
なんでも楽しく感じるのが、彼女の素晴らしいところなのかもしれない。
彼女のその想像力に僕は嬉しくなる。
「確かにね。みんながしゃべれる時間はそう長くないようだから、最後まで一緒にいたいよね」
「……うん、絶対」
井上さんはハチミツをそっと抱き寄せた。
ハチミツは尻尾がないので、お尻を振りながら、井上さんの頬を舐めている。
「さ、お昼ご飯を食べたら、涼しい部屋でお勉強会ですよ?
井上さんは、どの教科が苦手ですか?」
そう仕切るのはカメさんだ。
さすがとしか言いようがない。
きっと僕ならこうはいかない。
「私、数学苦手なの。だから今日は数学よろしく!
あ、まだ卵焼き残ってる。カケルくん、食べれる?」
僕たちの和やかな秘密基地勉強会は、ちょっとしたハプニングはあったけど、楽しい時間のなか過ごしていた。
そう、本当の敵を、僕は忘れていたんだ────