第14話:その日の午後の僕たちは?
井上さんとわかれたのは、午後の2時前だったと思う。
再び3匹をリュックに詰めた僕は、家へと自転車を漕いでいた。
家に戻った僕はまずしたことは、ハチコとモップをお風呂へ入れること。
砂場や土の上をゴロゴロしてたのを僕は見逃してはいない。
……このまま僕のベッドで寝かせるわけにはいかないのだ……!
お風呂が嫌いな猫を洗うのは一苦労だ。
さらに言葉を話すのだから、もっと大変!
「あたち、お風呂いやだ!」
「モップお風呂きらい!」
「体、砂だらけでしょ? それじゃベッドは乗せられないの!」
「あたち、なめたからきれい」
「モップ、ゴロゴロしてない」
「嘘つかない。ハチコ、まだ毛づくろいしてないし、ゴロゴロしてたでしょ、モップ」
2匹をたしなめながらシャワーを当てていくけど、お湯の温度やお湯のかけ方がわかった気がする。
ハチコとモップも僕が説明をすれば理解してくれるので、これはとても助かったかも。
僕自身も2度目のシャワーを浴び、よく冷えた自室へと戻ると、エアコンの下で僕、カメさん、ハチコ、モップで横に並び、風を浴びる。
ただただぼぉーっとエアコンに当たっていると、窓ガラスが叩かれた。
カンタた。
床を這うように移動し、窓を開けてやる。
「入っていいよ」
僕が言うと、三回飛び跳ねたカンタは、僕のデスクチェアにとまった。
再びエアコンに当たる僕に、カンタは愉快そうに頭を揺らしている。
「な、どうだったよ、カケル」
「なにが?」
「イノウエさんとのデートだよ」
僕が答えようと口を開きかけたとき、
「完璧でしたよ」
カメさんの方が早かった。
カメさんはカンタの下までテトテト移動すると、小さい頭を持ち上げる。
「明日の午後、井上さんが秘密基地までお越しになります。
カンタさんもご挨拶されたらいいんじゃないんですか?」
「おー、それはいいなっ」
楽しげに話を進めるカンタとカメさんだが、僕はカメさんをつかみあげた。
そう、僕は文句があるのだ。
「なんで、うちで勉強会なんて提案するんだよ!」
これ。
図書館やカフェとか、いろいろあるのに、なんで僕の部屋なのか!!!
「カフェなどは、私たち動物は一緒に行けないですしね。それにカケルさんは頭はいいですし」
「頭は、ってなに、は! って」
「カケルさん、私が提案をしなければ、カケルさんの青春は今日の3時間程度で終わっていましたよ」
そのとおぉーりっ!!!!!!!
「だいたい教えるなんて、そんなことできないよぉ……」
ばたりとベッドに寝転び、カメさんを床へと転がした。
ハチコとモップは毛がだいぶ乾いてきたようだ。
どちらも心置きなく毛を舐め終えたのか、寝床のクッションで丸くなっている。
「あたち、あちたもハチミツに会えるの、たのしみなの」
「モップも! モップも!」
顔を上げて喋ってはいるが、もう眠たそうだ。
思えばもう彼らのお昼の時間だ。
2匹が今日を楽しめたなら、僕も嬉しい。
でも……
「ねぇ、カメさん、」
「なんでしょう?」
「なんでカメさんは僕の参考書とか勉強のレベルとかわかるわけ?」
「いい質問ですね」
カメさんはちょうどいい温度帯の場所を見つけたのか、デスクの横の床で丸くなった。
「私たち亀は、言うなれば宇宙人さんが作ったデータの箱にいつでも出入りができるのです。記憶の共有をしている、とでもいいましょうか。
私たちは人間社会のことは知識がありません。ですが、これはなんだろうと思うと、その宇宙人さんが作ったデータからすぐ答えが出てくるのです。すごいですよね。なんだろうと思うだけで自分の知識のように答えが出るのです。
ただこれは借り物。宇宙人さんの魔法が解ければ、知識も消えるでしょう。
そう言うわけなので、知っていることであれば答えられる、というのはそういうことです」
なるほど。そう答えた僕の胸元に、カンタが乗った。意外とカラスって重い。
「なぁカケル、今日、パンはねぇのか?」
みんな自由だな。
僕は思うけど、それが自然なこと、なのかもしれない。
「今取ってくるよ、待ってて」
夜ご飯も終わり、とりあえず机に向かった僕は、夏休み明けのテスト範囲を見直してみることにした。
「井上さんって、何、苦手なのかな……」
とはいっても、どの教科をどうやるのか、全然イメージがわかない。
教科書をペラペラとめくり返したとき、スマホが震えた。
見ると、井上さんからだ。
僕はスマホを手に、なんとなくベランダへと出る。
今日の夜は少し涼しい気がする。
日中に比べたら、だけど。
窓を背にして腰を下ろすと、ハチコとモップも隣に腰をおろす。
「リンからの連絡?」
「ハチコは鋭いな。そうだよ。明日必要なものとかある? って」
「モップはね、おやつがいい」
「モップのおやつはむずかしいかな」
「明日、会うの楽しみだなっ」
急なイケボに、僕はのけぞった。
闇に紛れ過ぎている……
「わぁ……カンタいたんだ……」
「そんな驚くことねぇだろ? 明日の作戦会議だろ? 俺がいなきゃ、はじまんねぇだろ」
思わず笑いだしそうになったとき、兄の部屋に電気がついたのに気がついた。
「……みんな、兄が部屋にいるから、静かに相談するよ……」
僕が小声で話すと、ハチコとモップは面白そうに小声で話す。
だけどその声が聞こえなくて、僕が耳を近づけると、モップのふわふわの口が耳に触れる。
「おやつほしい」
となりを見るとハチコも何か言いたそうだ。
僕が耳を寄せると、ハチコもふわふわの口元を耳に寄せた。
「おもちゃほちい」
僕はあまりの可愛さに2匹の頭を撫でまわしながら微笑んだ。
「それは無理」
僕の答えにむくれっツラをつくる2匹をさらに撫でると、僕の耳元に再び声がかかった。
「マヨネーズが欲しい」
……イケボだ。
激しく素敵なイケボがマヨネーズって、どっかの少年誌のキャラみたいなこと言ってる。
むしろその人だと思えばいいのかな?! 色も黒だし!!!
「小皿になら、明日あげるよ」
僕が言うと余程嬉しかったのか、こくこくと頭を揺らしている。
「さ、カケルさん、井上さんにご連絡しましょうか」
意外とカメさんは仕切り上手だと、僕は思う。
「まずは、今日はありがとう、から……?」
「まだお礼のメッセージを入れてなかったんですか……全く……
ハチコさん、モップさん、出番ですよ」
一生懸命静かにしても、この仲間たちの行動が面白くて仕方がない。
夜の秘密基地は、静かに賑やかに時間が流れていく。
さ、明日は掃除に、準備に、大忙しだっ!