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第12話:不穏な影はよく伸びる

 ぬるい風を浴びながら、自転車は待ち合わせの公園へと向かっていく。

 その公園は子供の頃によく遊んでいた場所だ。


「懐かしいな」


 僕がつぶやくと、ハチコとモップが顔を上げる。


「モップ、風がごーごー聞こえるの」

「あたちも。カケル、なんて言ったのー?」

「お前たちと公園に行くのが楽しみだなって言ったの!」


「モップもたのしみ!」

「あたちも! あたちも!」


 2匹の明るい声を聞きながらの自転車は、それほど苦に感じない。

 あの頃はかなり遠くに遊びに来ていたイメージがあったけど、今だと自転車で10分程度の場所だったとは……


 公園入り口に自転車を固定し、懐かしさに辺りを見回す。

 遊具はいくつか新しいものに変わってる。

 少し寂しくも思うけど、時間の流れなんだと、ちょっと大人になった気がする。

 それにブランコの後ろの木が全然違う高さになっているし、公園の周りに家が増えたように感じる。

 でもそのおかげでこの公園はまだまだ賑やかだ。

 ベビーカーを連れたお母さんや子供達が遊具で遊んでいる。


 ここは珍しく、砂場がまだ使えるようだ。

 最近は野良猫の関係で砂場が使えないところもあると聞いていたから、なんだか安心する。


 見ると兄弟だろうか。

 どっちがバケツを運んでくるかでもめているようだ。


「水をもってくるの、子供にしたら、ちょっと遠いもんな」


 リュックから顔を出したハチコとモップをなでながら、思わず子供時代を重ねてしまう……


 あの頃の兄は僕に優しくて、バケツで水を運ぶのも兄が一生懸命にしてくれた。

 僕のために、一生懸命……



 僕はあのとき、ありがとうって言えてたんだろうか────



 遠くから声がする。

 振り返ると、公園沿いの道から、手を振りながら走ってくる井上さんがいるではないか……!!!


「おはよ、松岡くん、時間通りだねっ」


 コーギーと一緒に現れた井上さんは、今日も変わらずおキレイです!!! 

 ショートパンツからすらりと伸びたおみ足!

 そして、ぴたっとしたTシャツ!!!


「ほら、カケルさん」


 リュックからカメさんの声が聞こえる。


「おはよ、井上さん。そっちこそ時間通りじゃん。……か、かわいいね、今日の格好」


 カメさんに仕込まれたセリフを僕は言う。


『カケルさん、覚えておいてください。

 どんな格好でも、カワイイというフレーズは有効です』


 ……カメさん直伝の『カワイイ』は効いたかな……どうだろう……?


 井上さんは前髪を手でいじりながら、「ありがと」俯きかげんでそう言った。



 ………可愛すぎるっ!!!!!!



 心のなかで悶えていると、今まで大人しかった井上さんのコーギーが僕に短い前脚をかけてきた。


「あたい、ハチミツ。あんたは誰かしら?」


「おぉ……」


 僕が驚いていると、ぐいっと井上さんがリードを引いた。


「これがうちのハチミツ。今年で5歳のコーギーなんだ」

「あたい、自己紹介ぐらいできるわっ」


 しっかり喋ってらっしゃる……


「あたち、ハチコ」

「モップ」


 リュックから顔を出していた2匹が挨拶をした。


「えらいね、自己紹介できたね」


 僕が2匹の頭をなでてやると、奥の方から叫び声が聞こえる。


「私も自己紹介します。クサガメのカメですっ!」


 叫ぶカメを掴み、リュックから出すと、カメは大きく深呼吸をする。


「ハチコさんとモップさんに踏まれるのは疲れますね。帰りは少しご配慮ください」


 手のひらにいるカメさんに言われ、僕は小さく頭を下げた。

 そしてカメさんは井上さんのほうにくるりと方向転換し、


「あなたが井上さんですね。私が宇宙の使者のカメです」


 カメさんはぺこりと小さく頭を下げてみせる。


「わぁ……ユーチューブとかとおんなじ! カメって礼儀正しいんだねぇ……」


 カメさんはちらりと僕を見上げ、片目を閉じた。

 ……う、ウィンク……だ…と……!!!


「あ、松岡くん、もしよかったら、お昼ご飯食べない?」


 あたし、サンドイッチ作ってきたんだ。井上さんはそう言いながらリュックを掲げる。

 カプリとカメさんに手を噛まれ驚き見ると、カメさんの口がパカパカ動く。


 ……うん、何言ってるかわかんない……


「僕、お腹空いてて……! ありがと、井上さん!」


 コクリとカメさんの頭が揺れたことで、この回答は正解だったようだ。



 僕たちは木陰が伸びるベンチに腰をおろした。

 そこでハチコとモップを地面に下ろしてやる。ただし、リードの先は手にはめて、だ。


 2匹が今日、ハチミツと一緒に遊ぼうと選んだボールをリュックから取り出した。

 猫にとっては普通の毛玉ボールだが、犬だとちょっと小さいかもしれない。


「ハチミツ、あたち、ボールもってきたの。いっしょにあそぶの」

「モップも! モップも!」

「あたいとボール遊びだなんて、いい度胸じゃない! 遊んであげるわっ」


 僕はボールをモップに渡し、言いつける。


「みんなで仲良く遊ぶんだぞ」


 ぶんぶんと揺れる頭をなでると、ボールをくわえて走っていく。

 井上さんもハチミツに声をかけた。


「ハッチ、あんたのほうが体大きいんだから、手加減しないとオヤツなしだからね!」


 ハッチと呼ばれたハチミツは、一度伏せの姿勢を見せる。

 言うこと聞くよ! の合図のようだ。

 すぐに遊び出した3匹の様子を見る。

 僕と井上さんはちょっと不安げだ。

 だけど、お互いに上手に距離をとって遊んでいる。


「ハチミツ、とって!」

「あたいにとれないボールはないわっ」


 モップが手で転がすと、ハチミツが颯爽とくわえて持ってくる。

 それにハチコがじゃれて転がしたのをモップとハチミツがまた追いかけていく。


「モップ、あたいからボールが取れるかしら?」

「ハチミツ、モップ、ボールほしいっ!」


 ハチミツがワザとモップに転がし、ボールを取ると、ハチコがそれにじゃれて、また3匹で走りまわる。


「ハチミツちゃんにハチコとモップの面倒みさせてごめんね」

「ハッチでいいよ、長いでしょ? 意外とお姉さんなんだよね、あー見えて」


 3匹の様子を眺めながらカメさんをビニール袋から出し、ベンチの上で甲羅干しをさせてやる。


「カケルさん、その芝生にあるオオバコ、美味しそうなんでください」

「オオバコ……?」


 僕が迷っていると、井上さんが数枚むしり、カメさんの前へと置いた。


「井上さん、ありがと」


 僕がお礼を言うと、彼女は微笑んだ。


「ううん、オオバコなんてあたしも久しぶりに見た」


 彼女が他愛のない会話をしながら取り出してくれたサンドイッチは、プラスチックの容器に一人分ずつみっちりと詰められている。

 サンドイッチの中身はタマゴサンドにハムサンド、コロッケサンドまである。


「すっごい美味しそぉ……食べていい?」

「どうぞ」

「いただきますっ」


 僕はさっそく、コロッケサンドにかぶりついた。

 薄いパンにはマヨネーズがぬられ、コロッケはソースに一度浸されている。この浸された感じがまたいい!

 しっとりとした衣からソースがじんわりと口の中に広がって、さらに千切りキャベツがちょっとしんなりとしてて、それがまたソースに絡んで……

 あー、めちゃくちゃうまいっ!

 たまにピリッとするのは和がらしか……

 マヨネーズに辛子が混ざってるんだ。



 この味の組み合わせ、サイコーすぎる……!!!!



 あまりの旨さに自分の世界に入りすぎた……


 思わず井上さんを見ると目が合ってしまう。

 硬直気味の僕に、井上さんはくすりと笑った。

 僕はただお茶を飲み込む。


「松岡くんって、すごく美味しそうに食べてくれるね」

「え……いや、これめっちゃ美味しいし!」

「ありがと。作ってきてよかった」



 彼女の笑顔が眩しい……!!!!



 僕の心が優しさで満たされていたとき、遠くから細長い影が目に入った。


 ……いや、細長い男だ。


 真っ黒のスーツを着込んだ男は、賑やかな明るい公園を真っ直ぐにこちらに向かって歩いている。


 ただただ異様だ。


 その男は真夏なのに、ジャケットも脱がず、ネクタイも緩めていない。

 目深にかぶった帽子は顔の半分を影で覆い、明るい口元はうっすらと笑っている。

 その笑顔が、気持ち悪い。


「……ハチコ、モップ、おいで」


 僕が口に指を当てて言うと、ハチコとモップは口をむっとふさぎ、戻ってきた。

 それにつられハチミツも戻るが、その男の足は止まらない。



 やっぱりこっちに向かっている────



 ハチコとモップをリュックに詰め、僕は抱え込んだ。

 ハチミツも異様な男に気づいたのか、井上さんの制止も聞かず、唸っている。


 真夏のだんだんと太陽が高くなっているはずなのに、雲がかかったせいなのか、男の影がよく伸びている。

 いや、そう見えたのは木の影と同化したからか。


 でもその伸びる影から僕は目が離せない。



「……ちょっといいかな?」



 イヤに人の良さそうな顔をした男が差し出したのは、仰木靖という文字と、教授の2文字が書かれた名刺だった。

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