第11話:動き出した青春と、不穏な影
この日の夜、ハチコとモップに顔を挟まれながら、僕は目が冴えたまま日付をこえていた───
ようやく眠れた、そう思った。
顔がふわふわと揺れ、僕は半覚醒する。
……いや、ふわふわじゃない。
痛い。
痛い……
「い、」
声を上げようと口を開けたとき、毛が口いっぱいに広がる……っ!!!!!
むんずっとつかむと、モップがいる。
「……ぺっ!…何、モップ……なに……」
僕はまだ寝たい気持ちをモップにぶつけるが、彼女はつぶらな瞳で言った。
「ごはん。モップごはん食べる」
半分しか開いていない目でスマホを見ると……
「9時……?! 9時!?」
いくつもの目覚ましを無視し、さらにスヌーズも無視して僕は寝ていた……
半ば唖然としている僕に、ハチコが僕のすねに噛みついた。
「……いっ」
「みんなごはん待ってるの!」
ハチコが怒った顔で見上げている。
ベランダのカメさんもなんだか不満顔に見えてくる……
「いいいい、今、準備しますっ!」
僕は飛び起き、階段をかけ下りていく。
スエットとよれたTシャツでリビングのドアノブに手をかけたとき、いつもよりも抵抗がなく開く。
思わずのけぞった僕の前に母がいる。
「あ、」
そう言ったのは母だ。
「パンはテーブル。あと、明後日親戚来るから。お兄ちゃんの全国模試のお祝い」
母は笑顔で家を出て行った。
兄の話をするときはいつも笑顔だ。
ガチャンと閉まった扉の音が、まるで僕へのため息のようで、僕はドアを睨んだ。
「ハチコー、待てー」
「モップ、こっちー」
2匹が走り回る音と声に目が覚める。
「……ご飯、ご飯!」
僕は冷蔵庫を開けてレタスをちぎり、僕のシリアル用に牛乳を取る。
平たい皿に亀用の固形ご飯とレタスをのせ、僕のシリアルを器に注ぎ牛乳を入れ、スプーンを刺してから、ハチコとモップのご飯を器に入れると、彼ら用のトレイも準備し、小脇に挟めた。
昨日ハチコの提案で、ベランダでご飯を食べることになっている。
ぼくはみんなの食事の準備を整え、再び階段を走った。
息を若干切らせながらベランダへ出て、まずはカメさんへ。
「はい、カメさん、どうぞ」
ハチコとモップにも、カリカリの入った器をトレイに乗せて出した。
それを見てモップが感激の声を上げる。
「今日のごはんもおいしそうっ」
るんるんのモップだが、ハチコに食べるのを止められている。
僕があぐらをかいてトレイを膝に乗せると、ハチコが号令をかけた。
「いただきます、なの!」
「「「いただきます」」」
ガツガツと食べはじめたみんなだが、今日も気温が上がりそうだ。
日陰があるおかげで、まだ刺さる日差しは感じないけど、気温がもうじっとりと張りついてくる。
それでもベランダで食べるご飯は、特別だ。
いつものシリアルもなぜか美味しく感じる。
いや、みんなで食べてるからだろうか。
僕はシリアルを頬張りながらスマホを手に取った。
ツイッターも、ネットニュースも、今は喋る動物ばかり……
「ねぇ、カメさん」
「なんでしょうか? 今日のレタスは美味しくないです」
「それは我慢して。その、喋る動物のことなんだけど」
「知っていることでしたら、なんでもどうぞ」
僕はまず、昨日見た喋る犬と喋れない犬の違いについて聞くことにした。
「カケルさんはロシア語がわかりますか?」
「え……いや、わかんない」
「それと同じです。言語が変われば意思疎通は難しいでしょう?
話せる犬はたまたま人間に通じる言葉で話しているので聞き取れている、と思ってください。
なので『ワン』と鳴く犬は外国語を話しているので、聞き取れないということになります」
「なるほどね」
僕は牛乳が染みこんだシリアルを飲みこむ。
ハチコとモップは味わっているのか、食事はゆっくりだ。
そして昨日と同じでときおり顔を上げ、「おいしいね」と2匹で言い合いながら食べている。
「カメさん、動物喋るのって一生?」
「期限は短いと思ってください。ただ終わる日は向こうが知らせてきます」
「短いけど、期間はわからないってわけか……
なら、よけいにハチコとモップと思い出作らないとなぁ……」
「あの、カケルさん、時間は大丈夫ですか?」
カメさんのひと声に僕は震えた。
もうすぐ10時になろうとしている………!
「ハチコ、モップ、ごめん! 僕、シャワー入ってくる!」
窓を細く開け、エアコンもつけて出入りができるようにしておき、僕は再び階段をかけ下りた。
やっぱり朝のシャワーはいい!
さらに部屋のエアコンが気持ちいい!!!
僕は頭にタオルを乗せたまま着替えを済ませ、部屋へ戻るとみんなは中にいない。
なので、ベランダを確認すると、そこにはカメさん、モップ、ハチコが僕の昼寝マットで一列に並んで寝転がっていた。
「ごはん食べたあとは、眠いの」
モップがちらりと僕を見て、再び頭をこてんと転がす。
「いやいや、モップもハチコも行くよ? カメさんも今日はおでかけしよう」
僕はカメさん用の水を用意し、タオル、小さい保冷剤も用意した。
「暑くなったら、タオルに水をかけて、保冷剤を入れたら冷えるよね?」
「はい、かなり冷えると思います。助かります」
僕はカメさんに水に浸したタオルを巻き、さらに袋を被せて輪ゴムをかけた。
こうすれば水漏れの心配もないし、カメさんも呼吸ができるし、一石二鳥だ。
「かなりごつい格好ですね」
「袋に水を入れて詰めるわけにはいかないだろ?」
と言いつつ、リュックへと詰める。
次にハチコとモップにはリードをつけさせてもらうことにした。
モップがすごく嫌がったが、なにかあったとき……そう、奪われそうになったとき助けられない。
「ごめんね、モップ。黒い怖い人が来たときにすぐ助けられるようにしたいんだ」
「……わかった……ガマンする……」
「偉いね、モップ」
僕が頭をゆっくり撫でると、気持ち良さそうな顔で僕を見上げる。
ハチコはすでにカメさんと一緒にリュックの中だ。
「モップ、リュックはいるの!」
「モップはいる。モップ、ハチコと外いくの好き。おいしいごはん、買ってもらえる」
どうやらモップは外に行けば美味しいご飯が当たると考えているようだ。
……おやつ用にチュールも入れておくか。
出かける直前、井上さんにラインを入れようとしたとき、ツイッターが目に入る。
開いたままだったようだ。
井上さんに連絡を入れながら、#しゃべるペットの横に、#仰木教授という文字があった。
「誰なんだろ……」
しゃべる動物に、批判的な意見についていた仰木教授のタグ……
僕のイメージは良くない。
「よし、井上さんに連絡したし、出かけようか」
リュックを棟前で背負うと開いたファスナーからハチコとモップの顔がでてきた。
「出発、なの!」
「なのー!」
戸締りを確認した僕は、自転車にまたがり、ペダルを強く踏みこんでいく。
再び温い風が頬を切るが、それが楽しくなるのはどうしてだろう。
「井上さん、今日、私服ですよ。まずは服を褒めましょう」
カメさんがとても心強い……!!!!!