結
当たり前だが、結局結婚式はそのまま中止となった。
レベッカは屋敷に戻り普段着に着替え、ハーブティーを今までの騒動を冷静に整理する。その間チャールズはずっとレベッカを自分の膝に乗せて離さない。
「……チャールズ。いい加減離れましょう?」
「嫌だ。まだ残党が残っているかもしれない。そんな中レベッカを離したくない」
「お父様がいるのですよ? そう簡単に賊が我が家に入れるとは思いませんが……」
「レベッカ!!」
どうやら粗方のゴタゴタを片付けた公爵と夫人が戻って来た。
「ええい!! 俺の娘にそうベタベタするな! 離れろ!!」
公爵はチャールズの膝に座るレベッカを引き離し、夫人へ渡した。
「何を言っているのですかお義父様。僕とレベッカは夫婦ですよ?」
「誓いのキスを済ませてないからまだ夫婦ではない! 後『お義父様』と言うな!!」
未だに可愛い娘を嫁に出したくない公爵は、こう言ってチャールズに屁理屈言う。
「ならば事件の後始末が全て終わればもう一度結婚式を開きましょう。そうだ! 誓いのキスは領民達の前で行いましょう。そうすれば私が彼女を裏切る事はないでしょうからね」
チャールズは公爵の屁理屈をどこ吹く風の様に受け流す。そうでなければ娘馬鹿で有名な公爵の元へ婿には来ない。
夫人はレベッカを泣きながら強く抱きしめた。
「ああ良かった……あの男が貴女の元へ行った時は心臓が止まるかと思ったわ」
「お母様……今回の事件はどう言う事ですか? あの男は私の元婚約者の方でしょう? 何故婚約破棄をしたのですか? 私に対して酷い嫌がらせをしたと言う事ですか私はその時の記憶はありません。何かあったのですか? 何よりあの冒険者。お父様は何時あの方と出会ったのです?」
矢継ぎ早に質問するレベッカ。
今回の襲撃事件は味方側も事前に知っていたかのようにテキパキと動いていた。そもそも娘の結婚式にあんな大きな斧を持ってくる事に疑問を持つべきだった。
何よりヒロインがどうしてこんな所にいるのか分からなかった。
「……彼女に事情を話していなかったのですか?」
チャールズは怪訝そうに公爵を見る。
「……あの時の記憶を思い出すのではないかと思って言い出せなかったのだ」
気まずそうに目線を外す公爵と夫人。
チャールズは溜息を一つ吐くとレベッカを椅子に座らせ、自分は肩膝を立てて目線をレベッカに会わせる。
「レベッカ。コレから話す事はお前にとって辛い記憶を思い出す可能性がある。それでも聞くかい?」
何時になく真剣な顔をしているチャールズを見て、レベッカは覚悟を決めて頷いた。
ザツロフ公爵とグレフロット侯爵は同じ学び舎で切磋琢磨しあった仲だった。ザツロフ家は女しか産まれず、婿となる人物を探していた時にグレフロット侯爵が名乗り上げた。
彼の二番目の息子は品行方正で、勉強も自分から進んで学ぶ様な子だった為、大切な友人の娘と結婚してもきっと上手く行くと思い婚約者として息子を勧めたのだ。
侯爵もグレフロット氏の人柄を良く知っていて、けして利益目的ではない事を分かっていた。それで彼の息子を自分の娘の婚約者にした。
そう。彼はレベッカの元婚約者だったのだ。年上かと思ったが何とレベッカと同い年と聞いてさらに驚く。
だが、この息子はまだ五歳と言うのに、とんでもない加虐趣味だったのだ。
家族の前では良い子ぶっていたが、家族がいなくなれば動物を殺し、使用人の子供達を陰険な虐めを影でやり、しかも『誰かに言ったら親を首にする』と言って脅していたのだ。
前世の記憶を思い出す前のレベッカは人見知りをする大人しい子供だった為、息子の格好の獲物であった。
大人達のいない前で暴力を振るったり、物を壊したり、自分が悪さしたのにレベッカのせいにするなど悪行の限りを尽くした。
レベッカも本当の事を言えば良かったのだが、両親と侯爵夫婦が仲が良かったのでその仲を壊してはいけないと思い我慢していた。
そんなレベッカに調子づいた侯爵の息子はとんでもない嫌がらせを決行しようとした。
何と殺した動物をレベッカに投げ付け、その動物を殺したのはレベッカだと周りの大人達に言いふらすと言う、あまりにも残酷で子供特有の無邪気さでは済まされない悪戯だった。
そして、いつも通りに大人達がいなくなりレベッカと二人っきりになった時だった。
彼は殺したての血の滴る野良猫をレベッカに投げ付けた。
しかし、彼の計画は突然の来訪者によってブチ壊された。
死骸はレベッカに当たらず、どこからか現れた一人の子供にブチ当たった。
レベッカは何かあったのか最初は分からなかったが、服全体や顔の一部に突いた血や凄惨な死に顔の猫の死骸を見て、悲鳴を上げて気絶した。
レベッカの悲鳴を聞きつけ大人達は急いで駆けつけると、そこには気絶したレベッカと手に血がついた侯爵家の息子、そんな息子を睨みつけレベッカを守る様に立ちふさがり、顔と洋服を血で汚れている見知らぬ子供。そして子供の足元には無残に殺された猫の死骸。
……一目見て誰か悪なのか大人達全員察した。
侯爵の息子は只管己の無実を主張したが、彼の持ち物から凶器であるナイフや家に待機していたグレフロット侯爵の長男に次男の被害者達が集団で直訴し、弟が権力を笠に酷い虐めをしていた事が発覚。その使用人の子供達の情報で次男が遊びで殺した動物達を捨てる場所を見つけ、十や二十を超える動物を殺した事が分かったのだ。
この事はザツロフ公爵は怒り狂い、グレフロット侯爵と夫人と長男は土下座して謝罪した。流石に十二歳の長男や病弱の侯爵夫人にまで土下座された公爵は、沸騰した怒りを鎮めた。が、流石に次男を婚約者として置く訳にはいかなかった。
幸いにもショックのあまりレベッカは婚約者の記憶を失っていた為すんなりと破棄する事が出来、息子の婿入り先を探していた国王の打診によってチャールズと婚約者となった。
そしてグレフロット侯爵家の次男は戒律が厳しい専属のカウンセラーがいる、問題を起こした貴族の子息を預ける学校に入学させた。その腐った根性を叩き直せない限り侯爵家に在席させないと説明して。
レベッカは朧気ながら思い出した。小さい頃偶に会う男の子がとても意地悪であまり会いたくなかった。幼い頃の記憶がなかったが、唯一覚えている事は両親が泣きながら自分に謝っている記憶。あれはそう言う事だったのか。
「……あの男が誰かは分かりました。その私を庇った子供は何処に?」
「それが消えたのよ」
「えっ!? お母様それはどう言う事ですか?」
「私達は貴女を、侯爵家は自分の息子に一度掛かりっきりになって少し目を離したら、まるで煙の様に消え去って……探したけど手かがり一つもないの」
「近くに親がいてその親が魔術師だったのでは?」
「当時はチャールズの言う通り、偶々その場にいた魔術師の親子がいてレベッカの危機に助けてくれたと結論付けた」
……レベッカはある可能性を思い浮かべる。
「お父様。何故この襲撃事件を知ったのですか?」
「それがな。式の一ヶ月前にある人物の情報のお陰なのだ」
「ある人物?」
ザツロフ公爵の話はこうだ。
一ヶ月前、使用人から公爵に会いたいと言う旅人がいると報告が出た。
公爵は最初、旅人と言う素性の分からない人物と会う気はないと言うが、使用人は困った顔をして『レベッカお嬢様のお命に関わるかもしれない』と言うと直ぐに通した。
旅人によると、偶々立ちよった酒場の隅で男達が何やら話し込んでいた。
普段なら大して気にはしなかったが、好奇心が湧いて男達の会話に耳を澄まして来てみたら。途切れ途切れてあったが、『レベッカ』『許せない』『結婚式』『殺す』『一ヶ月後』『襲う』『報酬は払う』と何やら物騒な会話をしているのではないか。
旅人はチラリと顔を動かさず視線を男達の方へ向けた。囲んでいた男達は屈強で腰に剣を携えていて恐らくは傭兵かフリーランスの冒険者だと思う。その男達に囲まれていたのは貴族風の優男だったが、その眼は狂気一色で思わず寒気がするほどだった。
そのまま男達は解散したが、旅人は何やら嫌な予感して酒場のマスターに『一ヶ月後どこか結婚式があるのか?』と聞くと『ザツロフ公爵家のレベッカ嬢が王子と結婚式を開く』とと言うから男達の話の信憑性が増して、一度公爵家に警告した方が良いのではないかと思い来たとのこと。
公爵は旅人の話と貴族風の男の特徴を聞いて真っ先に元婚約者であった男の顔を思い浮かべた。公爵は客人に礼を言い幾らかの謝礼を渡そうとした時だった。
――次男が行方不明になったと言う知らせがグレフロット侯爵からの手紙が届いたのは。
カウンセラーや教師も真摯に彼を指導したのだが、次男はけっして性格を改めようとせず遂には、身分が下の生徒をカツアゲしてお金や宿題を奪おうとし、抵抗した生徒に大怪我を負わせた。反省しないその様子に教師陣は匙を投げ、カウンセラーは『キチンとした所で息子さんを治療した方が良い』と助言され、家族全員相談してカウンセラーに勧められた施設に入院させる事になった。
だが、その施設に行く最中、次男が従者達の目を盗んで行方不明になったのだ。侯爵は総出で探したが手掛かり一つもなく、次男がとんでもない事をするのではないかと思い苦渋の選択で先に絶縁し、騎士団に届け出た。
侯爵はもしかすれば元婚約者が出会ったレベッカにも危害を加えるのではないかと思い、早馬を出してザツロフ公爵に連絡したと言う訳だ。
公爵は背筋が凍った。
旅人の話が本当だとすると、レベッカの元婚約者はレベッカを逆恨みをし、レベッカを殺そうと計画している。
公爵は急いで侯爵の次男を捕縛する様に使用人や騎士団に依頼しようとしたが。旅人がある提案をする。
――恐らくその男はかなり狡賢い男です。そう簡単に見つからないと思います。
――此処は逆に奴等を誘き寄せましょう。結婚式の客に騎士団の人間を変装させて奴等を油断させて一網打尽にした方が良いでしょう。
――勘付かせない為に何人か無関係の人を呼びましょう。出来れば逃げ足の速い人間を。
――巻き込みたくなければ冒険者を雇っては如何でしょう? 彼等は自衛位出来ます。
――ギルドの伝手がないのなら私の所属しているギルトは如何です? 私こう見えて冒険者なんですよ。
旅人は唯の旅人ではなく、冒険者だったのだ。
「……私に黙っていた事は許しますから、その冒険者の方と会わせてはくれませんか? 出来れば二人っきりで」
まだ話は続きます