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二、少年は魔法使い、傍らには猫

霊界への門をくぐりぬけると、そこには普段と変わらない公園の風景があった。

だが、春明は本能的に理解していた。

「ここは違う」、と。

何が違うのか、それはわからない。

だが、はっきりと感じるのだ。

ここは自分が(・・・)知っている(・・・・・)場所(・・)ではない(・・・・)ということを。

その証拠に。

「……いましたな」

「あぁ」

春明とムラマタは、同時に同じ方向へ視線を向けた。

そこには、三頭の黒い靄で覆われた犬のような生物がいた。

いや、犬、と呼べるのかどうかは怪しいところだ。

全身が黒い靄で覆われているということもそうだが、その眼は赤く輝いている。

何より、額に三つ目の目がある。

その犬のような妖魔たちの視線の先には、春明と同い年くらいの女子高生がいた。

その姿を見た春明は、陰鬱なため息をついた。

「……どうかなさいましたかな?」

「あぁ……うん……あいつ、俺と同じ学校に通ってるやつだ」

「ほぅ、なるほど……それは、難儀なことですな」

「明日、学校で変な噂立てられても困るからなぁ……後で記憶を消しておくか」

そうつぶやきながら、春明は制服の内ポケットから一万円札ほどの大きさの紙片を取りだした。

同時に、ムラマタも肩に担いでいた刀を引き抜き、構えた。

「烈火!!」

紙片を投げつけると同時に、春明が鋭く声を上げると、投げつけた紙片に炎が灯った。

炎は鳥の形を象り、妖魔へと向かっていった。

炎の鳥が妖魔の一体へ激突すると、妖魔は小さく悲鳴を上げ、自分の体を傷つけた存在を探した。

周辺を見まわすと、そこには黒い衣服に身を包んだ年若い男と二足歩行する猫が立っていた。

どうやら、彼らは自分たちの食事を邪魔するつもりらしい。

それを悟った妖魔たちは、それならば、目の前のすぐに狩れるこの人間よりも、邪魔をしてきたこの人間と猫をどうにかしてからの方が良さそうだと判断したのか、春明たちに向かって飛び掛かってきた。

だが、春明は慌てることなく、素早くもう一枚の紙片を引き抜き、地面に叩きつけ、手でおさえた。

「縛っ!」

短い言葉を紡いだ瞬間、紙片からいくつもの光の紐が伸び、飛び掛かってきた妖魔たちに巻きついた。

文字通り、その紐に体を”縛”られた獣たちは、その束縛から逃れようともがき、地面をのたうちまわった。

だが、その状態でいられる時間はあまり長くはなかった。

「いざ、参る!!」

妖魔たちの動きが封じられた瞬間、ムラマタは地面を蹴り、手にした刀を妖魔たちに振りかざした。

そのみてくれ通りの俊敏さと、みてくれに似合わぬ巧みな剣捌きの前に、動きを封じられた妖魔は抵抗することすら許されず、切り裂かれた。

「すごっ……」

「これぞ、某の剣。猫又流剣法でございまする」

「……なんというか、そのまんまだな」

自慢げにそう告げるムラマタに、苦笑を浮かべながら答えると、春明は少女の方へ歩み寄った。

少女は生け垣に背を預けたまま、目を閉じていた。

起きる気配はないが、脈はあるし、息もしている。

どうやら、緊張の糸が解けてしまい、気を失ってしまったようだ。

少女を妖魔に食われずにすみ、なおかつ、最悪の事態は避けられたことに、春明はほっと安堵のため息をついた。

昔から不思議なものを見たり、人には聞こえない音を聞いたり、はたまた、いま足もとにいるような人の言葉を話す猫やあきらかに人間でも動物でもないものと話をしたりできた。

そのために、春明は、なるべく人とは必要以上に関わらないようにしてきた。

だが、それでも、目の前で襲われていて助けないほど冷酷ではない。

何より、目の前で勝手に死なれたのでは、気分が悪くて仕方がない。

「さてと、出口が閉じないうちに、撤退するか」

「御意に」

気を失った少女を背負い、春明は足もとの協力者にそう告げると、ムラマタは目を細め、春明を先導するように、霊界へ訪れた時と同じように、歪みの方へと向かっていった。

二人と一匹がその陽炎をくぐり抜けると、五分もしないうちに歪みは消え、最初から何もなかったかのように、周囲の風景に溶け込んだ。


少女――神楽坂秋奈(かぐらざかあきな)が目を開けると、そこは知らない天井が飛び込んできた。

どこなのだろう、と体を起こし、周囲を見まわした。

清潔感のある明るい色で統一された壁に、天井の蛍光灯を反射しているプラスチックの床。

そして、自分の右隣に置いてある点滴。

これらを総合して、自分はいま、病院にいるんだということを理解できた。

――え?でも、なんで??

自分がいる場所を把握すると、今度は、なぜ自分がいま病院にいるのか、という疑問が浮かび上がった。

柚子はゆっくりと学校を出てからの自分の行動を思い返し始めた。

――えっと、たしか……部活が終わってから学校を出て、で、ちょっと小腹がすいたからコンビニでドーナッツを買って……で、公園で食べようとして立ち寄って……あれ?

そこから先の記憶がまったくない。

おぼろげであるとか、あいまいである、とかではない。

途中ですっぽりと、まるで切り取られてしまったかのように、記憶がない。

もの覚えはいい方だし、記憶力にも自信はある。

なにより、これほど記憶がすっぽりと抜け落ちることなど、今までの経験上、なかったことだ。

――これは……まさか、事件の匂い?!

刑事ドラマに夢中になる時期があったためか、秋奈は目を輝かせて、自分が事件の真っただ中にいるのではないか、という奇妙な感覚に感動を覚えていた。

だが、ふと、記憶の片隅によみがえったものがあった。

それは、自分が通う学校のものと同じ制服を着た男子の姿。

そして、ちらりと見えたその顔に、秋奈は見覚えがあった。

あれは確か。

「……同じクラスの、土御門、くん??」

同級生たちとは最低限の付き合いはするものの、基本的に一人でいることが多い、少し不思議な雰囲気をまとっているクラスメイト。

そう、確かに彼だ。

もしや、彼ならば何か知っているのではないか。

そう思った秋奈は、居ても立っても居られず、思いついたことを即行動に起こすべく、ベッドから降りた。

だが、運が悪いことに起き上がった瞬間、看護師が入ってきてしまった。

いままで意識を失っていた秋奈が目を覚ましたことを知ると、看護師は医者を呼び、簡単な検査を行うので、としばらく時間を拘束されてしまった。

結局、秋奈が病院を何のおとがめなしに退院できたのは、それから三日後ということになってしまい、その間、春明に接触することができず、悶々としてしまったのであった。


一方、秋奈を助けた春明は自分の霊力で作りあげた鳥の目を借りて、入院した秋奈の様子を見ていた。

その傍らには、当然のようにムラマタが座っていた。

「どうでしたかな?」

「ん……記憶が完全に改ざんできなかったみたいだな。何かに引っ掛かりを覚えてる様子だ」

「ほう?ということは、無意識に(・・・・)魔術干渉を拒んだ、ということになりますかな?」

「そうなるな……やれやれ、まさか、掘り出し物(・・・・・)とはね」

ムラマタの言葉に、春明はそっとため息をついた。

秋奈を公園から病院へ運ぶ際、春明は彼女に術をかけ、妖魔に関する記憶を改ざんした。

通常なら、改ざんした記憶をそのまま自分の記憶として受けとめ、それ以上、そのことについて何も考えることはしない。

だが、自分でも気づかないうちに魔法使いとしての素養を磨き、あるいは生まれ持った人間はごくまれにいる。

そういった人間たちは、春明が使ったような術をかけると、無意識のうちに術を防御してしまう。

その結果、記憶の改ざんがうまく行かず、一部分の記憶の欠損、あるいは不鮮明化してしまうことがある。

どうやら、今回もそのケースに当てはまったらしい。

「……やっかいだぞ、これは」

「スカウトすればいいだけの話では?」

「現代日本で、君は魔法使いになる素養があるから一緒に来てくれないか?、なんて言ってみろ。どうなると思う?」

「……どうなるので?」

どうやら本当にわからないらしい。

きょとんとした顔で返してきたムラマタに、春明は陰鬱なため息をつき、うなだれた。

人間ではないとはいえ、『協会』に関与しているのなら、少し考えればわかるだろう、と思ったのだが、どうやら見込みが甘かったらしい。

いや、人間と猫では、そもそも思考パターンが異なるということなのかもしれない。

「今の日本はな、そんな風に声をかけてきた人間を間違いなく(・・・・・)不審者として扱う傾向が強いんだよ」

「なるほど、つまり、下手にそんな風に声を掛けたら、春明どのは不審者の仲間入り、ということになるわけですな」

「そういうこった。そういうわけだから、しばらく放置。使い魔(式神)にでも見張らせるさ」

面倒事はごめんだからな、という言葉を呑みこみ、春明はその場を離れた。

ムラマタも、そのあとに続き、ぽてぽてと歩き始めた。


翌日、春明は普段通り、学校に通っていた。

いや、少し離れた場所にムラマタが猫の姿で控えていることは、春明にとって、すでに普段通りではなくなっている。

だというのに、もう一つ、春明にとって普段通りではないことがもう一つ。

それは、先ほどから視線を送ってきている秋奈だった。

どうやら、昨日の一件がおぼろげながらもまだ記憶に残っているらしい。

――普通、死に直面しそうな恐怖体験って忘れるものだと思うんだが……

そんな風に考えはしたが、春明はすぐに否定した。

確かに、忘却の魔術をかけはしたが、春明が使った術は、魔術というよりも暗示に近い。

ある程度の日にちが経過すれば、その暗示も徐々に弱くなり、最終的には封印した記憶を自分の力で呼び醒ましてしまうこともある。

だが、春明は、要因はそれだけではないということを知っていた。

「おはよう、土御門」

「おはようさん」

「聞きたいことがあるんだけど、いい?」

もう一つの要因、それは、彼女自身のその好奇心の強さだった。

極度に好奇心が強い人間は、たとえ、自分の身が危険にさらされる可能性があったとしても、目の前にある事実をつき止めずにはいられない性分をしていることが多い。

秋奈もまたその一人なのだ。

ゆえに、自分の欠損した記憶はなんなのか、それを知りたくて記憶を思い起こし続けたのだろう。

その結果、彼女にかけた魔術が弱まったようだ。

だが、秋奈の質問に答えれば、そこから芋づる式にあれこれ聞かれることは、さすがに春明も理解していた。

「悪い、先生に用事、頼まれてるんだ」

そう言って、春明は逃げるように秋奈の前から姿を消した。

むろん、秋奈はその後ろを追いかけ続けることになり、探し探されの鬼ごっこが続き、その日一日、春明は秋奈に追いかけまわされる羽目になった。

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