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レッツ大往生 ~ヒーロー編~

 深夜の公園、虫の音色が響き渡る中に音が一つ加わった。それは虫達の求愛のオーケストラに参加するにはあまり相応しく無いもので、「イヤ!」だの「やめて!」だの、なにやら人のメスがオスに襲われているらしい。これには虫達もうんざりしてしまったようで、ご静聴ありがとうございましたとばかりに演奏が止んでしまった。


 「参ったな……どうしよう」この演奏会に耳を傾けていた少女は異変に気付いていた。もちろん少女といってもメスのコオロギでは無く、十七歳の人間の少女、それもかなりの美少女だった。むろん、深夜に一人で出歩くと今まさに木陰で必死に抵抗している女の様な目に合いかねない。が、少女は無謀にもその女を助けなくてはと考えていた。少女が握りこぶし大の石を拾い、男に後ろから近付こうとすると――。


 「俺に任せろ、君は隠れてな」少女の耳元で謎の声が聞こえたと同時に何かが男に飛び掛かった。男は反応して振り返ったものの驚きのあまり反撃までは出来なかった。

 「か弱い女を襲うろくでなしめ! 正義の拳を受けよ!」ジャスティス・パンチ!! 叫ぶと同時に放たれた強烈な拳は、強姦魔の顎を砕き、気を失った男はそのまま後ろに倒れて動かなくなった。


 倒れた男を見下ろす謎の声の主は、ずばりヒーローのような格好をしていた。真夜中の闇に溶け込むなどもっての他だと言わんばかりの真っ赤な全身タイツに身を包み、頭まで赤いマスクを被っている。襲われていた女がヒーローを認識すると、悲鳴をあげて逃げていった。


 やれやれとため息をついたヒーローが少女の方を見た。少女の黒いポニーテールが疑問符のように垂れている。どうやら目の辺りの黒い部分は透けて見えているようだ。その少し上、額についた大きなV形のツノの様な物は飾りだろうか。ちょうど真ん中についた縦長の楕円形の黄色い石が白くなっていく。


 「さあ、君ももう帰りなさい。なんだ、これが気になるのか?」少女はツノを見てはいたものの、目の前にいる変人の頭に石を投げつけて逃げるべきか考えていたのだった。

 「これは“ヒーローシグナル”だ」よし。投げよう。少女がそう決心すると、ツノについた石が黄色く光った。「これは俺の近くの危険・悪意・その他諸々を感知してくれる。馬鹿な真似はよして、家に帰るんだ」少女は驚いて言った。「なんですか、それ……」

 「“ヒーローシグナル”だ」赤い戦士はなおも誇らしげだ。

 「ヒーローシグナル」疑わしげに繰り返す少女はツノについている石がまた白くなっていくのを見ていた。

 「うむ。それでいい。それでは話してやろう。これを手に入れてから悪人との戦いの日々が始まった……」そう話しながら公園のベンチに腰掛け、少女にも座るように促した。コスプレ男の昔話をなぜ聞かされるのかと警戒しながらも少女はヒーローの隣に座った。


 それから色んな悪人(おもに深夜に出没する変質者。同業者とも言う)との戦いの歴史を三十分ほど語った頃、少女は気になっていたことを聞いた。「それはどこで手に入れたんですか?」美少女がツノをじっと見つめた。少しの間がありヒーローは無言で額のツノを取って、裏側を少女に見せた。裏側には『ヒーローシグナル』と彫ってあり、端に小さく『メイド・イン・スパゴ』の文字があった。

 「拾った」ツノを外したヒーローはV字のツノを指でくるくる回すと額にまた装着した。「拾ったんですか……」十七歳の少女は実に妥当な反応だった。「この街は治安が悪いからな。きっとそれを憂いた奴が作って落っことしたんだろう」ヒーローはツノを撫でながら公園の時計をちらと見ると、十一時半を過ぎていた。どうやら少女の心配をしているらしい。

 「だから夜な夜な悪人退治ですか」少女は納得したようなしていないような表情だった。ヒーローはベンチの背もたれに寄りかかり、疲れたように言った。「いや……本当のところ、半分はストレス発散さ。昼にサラリーマンとして働いて溜まった鬱憤を晴らしてる」ヒーローが空を見上げるとめずらしく星が沢山光って見えた。

 「でも危険じゃないですか。ナイフとか持ってたりしたら……」少女はつられて空を眺めると流れ星の様なものが見えた気がした。「ああ、それはこいつでわかる」座り直してヒーローシグナルを親指で指す。「でも俺は死ぬとしても、このヒーローの姿で死ぬ方がよっぽどいい。くたびれたサラリーマンのまま死ぬよりな」

 少女は哀しげに星空を見上げている。その黒い瞳はまるで宇宙のように魅力的だった。「私もです」ヒーローは何も言わず少女の顔を見た。「余命が二ヶ月しかないんです。私も」また流れ星が見えた。それに祈るように少女は言った。「できるだけ立派に死にたい……」

 今度はヒーローが少女につられて星を見上げた。「そうか……だが」ヒーローはマスクの下で自虐的に笑った。「英雄的な死に憧れるのは大抵その必要が無い者だけだ」

 「! ……」少女は一瞬だけ驚いたように目を開いたのでヒーローは失言をしたかと少しどぎまぎしたが、少女は笑った。その笑顔を見たヒーローは急に余命二ヶ月という言葉に胸が苦しくなった。「……他にも色々言ってやりたい所だが俺が言っても説得力に欠けるだろうからな。……もうすぐ十二時だ、そろそろ」帰ろう。と立ち上がったその時。


 ヒーローシグナルが赤く光った。


 「ほんとに治安悪いですねえ」赤い光りが暗い公園の中に浮かび上がった様は遠くから見れば心霊的な怪異だと思われただろうが、その隣にいた少女は落ち着いていた。もっとも、赤い光りに照らされた全身タイツの男もなかなか怪異だがこちらはあまり落ち着いていなかった。「いや……なんだこれは!? こんなことは初めてだ……! 来るぞ!」そう叫んだヒーローは空を指差した。


 一秒後、ヒーローが指差した先には正体不明の円盤が浮いていた。正体不明とはいうもののこの場にいる全員(ヒーロー、美少女、キリギリス、コオロギ、スズムシ、強姦魔)はその直径十数メートルの円盤が何か察していた(特に件の強姦魔は大のSF好きだった。気絶していなければ襲いかかっていただろう)。その期待に応えるように円盤の中心から吐き出たスポットライトのような光が夜の公園を照らし、光の中を人型の何かがゆっくりと降りてきた。人型の何かは脳に語りかけるような声で話しかけてきた。


 「 オオ、全宇宙ニ選バレシ戦士ヨ。ワレワレは敵ではない。だが敵ハ今マサニ地球に向かってきてイル。どうか地球ノため、いや!宇宙ノためニ戦ッテクレ! モウ十五分もナイ」人型の何かは腕が四本あり、一本は赤い戦士に手を差し出し残りの三本で身ぶり手振りに宇宙の危機を説明して見せた。「俺が選ばれし戦士だって?」ヒーローも少女も昆虫達も宇宙人を目の当たりにして、それほど動揺していないらしい。あまりに突拍子も無いことが現実に起こると夢でも見ているかのような気分になることがあるが、覚めない夢というのはかなり厄介である。特に地球の命運が懸かった時などは。「ソウダ。ソノ“ひーろーしぐなる”コソが戦士ノ証! サア、早く船ニ乗るンダ!」


 ヒーローの心は決まっていた。こんな日が来ることを願っていたのかもしれない。全人類の命運を背負って戦う日が来ることを。男が英雄になりたいと思うのに理由はいらない。そして英雄が戦いに赴く時、生きて帰らなければと思う存在がその背中を見送ってくれる。それは決まって、美しい女なのだ。


 「ヒーローさん!」歩き出したヒーローに少女は呼び掛けたが歩みは止めなかった。ヒーローにとって、恋人でも、家族でも無い少女には何の名残も無いのだろうか。


 そんな筈はない。


 「ポニーテールの君よ! 俺は必ず地球を守って見せる!」スポットライトの下で背を向けたまま大声で叫んだ。「二ヶ月より前に君を死なせはしない!」ヒーローは自分にとって恋人でも家族でも無い存在に後ろ向きのまま手を振った。スポットライトの中を人型の何かとヒーローがゆっくり昇っていくとそのまま円盤の中に吸い込まれた。そして円盤がふわふわと動いた後、高速でジグザグに飛んでいき、あっという間に空の彼方へ消え、星空の中に紛れていった。


 「ヒーローとして、死ぬのかな……」少女はまたベンチに座り、夜空を眺めていた。「英雄的な死に憧れるのは大抵その必要が無い者、か……」


 いつの間にか虫達の演奏会も再開している。すると、虫の音色にまた音が加わった。今度はサイケデリックな、ウィンウィンウィンとかフョンフョンフョンという音だった。虫達の寿命は短い。音楽性の変遷も相当な物なのだろうと少女が思ったかは定かではないが、少女が思ったのは、あの円盤はさっきのやつじゃないなという事である。

 ヒーローは負けたのだろうか?


 円盤からお馴染みのスポットライトが放射され、人型の何かが降りてきた。足が三本あるそれは器用に足を組んで空中に浮いている。三本足は少女に話しかけた。「この辺りにV形のツノの様な物は落ちていませんでしたか?」さっきの宇宙人よりも流暢に地球語が話せるようだ。少女は質問に応えることは出来たがそれよりこの来訪者の事が気になっていた。

 「あなたは……地球の、宇宙の敵ですか?」少女の問いかけに三本足は心外とばかりに言い返した。「私達は一万光年離れた惑星スパゴよりやって来ました。全宇宙の敵は忌々しいヴェルメ星人だ! 私達は“ヒーローシグナル”の回収に来ただけです。もう一度聞きます、この辺りでV形のツノの様な物を見ませんでしたか」


 少女は躊躇いがちにまた質問した。「ヴェルメ星人ってもしかして腕が四本ある……?」三本足は地球人で言うところの、驚いた顔をしている。「そうですが、まさか! 奴等は既に“ヒーローシグナル”を?」少女は応えに迷った。「えーと……、はい。あの、“ヒーローシグナル”って何なんですか」このスパゴ星人の言う事が本当ならば地球人が全宇宙の敵に加担している事になる。それはかなりまずい。「フウ……。あれは私達が開発した兵器の試作品なのです。身に付けた者の力を千倍にも引き上げ、ついでにその周りの危険・悪意・その他諸々を感知してくれるのです」ヒーローシグナルの正体は思いの外危険な代物だった。「千倍……」ジャスティス・パンチの威力は確かに中々のものだったが、あれの千分の一となると蚊も殺せなさそうだ。


 「宇宙に廃棄した物がたまたま地球に落ち、それをヴェルメ星人が見つけてしまったのです。だから奴等より先に回収したかったのですが、こうなっては仕方ありません。愚かなヴェルメ星人に一泡噴かせてあげましょう」そう言うと三本足は懐から携帯音楽プレーヤーの様な物を取り出した。「あの試作品はリミッターが無く、千倍以上も力を増幅させることができるのですが、このように一気に力を引き上げると……」そう言いながら、端末に付いたホイールをくりくりと回した。すると――。「使用者の身体が耐えられず、大爆発を起こすのです」星空の中の光の一つが一際大きく、赤く、輝いた。「ああ、どこかに被害が及ぶ前に処理出来てよかったです。それでは、ごきげんよう」三本足が円盤の中に吸い込まれると、円盤は颯爽と地球の空から去っていった。


 「ヒーローとして、死んじゃったね……」赤い光を眺める少女は悲しい訳では無いようだった。真っ暗な公園には虫の音色が響いている。もう誰も邪魔するものはなかった。


 かくして宇宙の平和は守られた。地球上での出来事など宇宙規模で見れば全て些細な物なのだろう。とあるコスプレ趣味の会社員の男が失踪したとか、とあるスズムシがエレクトロニカに目覚めたとか。


 とある少女が二ヶ月後に死ぬこともその中の一つなのである。

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