少年くんと白猫ちゃん
皆さんこんにちは、弓瑠斗です。
あらすじにも書きましたが、こちらはちょっとした新連載になる可能性のある作品です。
基本的にはもうひとつの作品を続けていこうと考えております。
そこら辺を後理解して読んでいただけますよう、よろしくお願いいたします。
街灯が灯り始める夕暮れ頃、一人の青年は人通りが悪く、薄暗い街道を歩いていた。
「はあ~、今日も部活が長引いたな・・・顧問ももう少し早く終わせよな」
高校の制服を着た青年、藍川巳夜は愚痴りながらゆっくりとした足取りで歩いていた。
その顔には少なくない疲労感を漂わせた表情が張りついている。
巳夜が通っている高校は、付近の高校の中でも数多くの上位の成績を残す名門校であるため、部活動一つをとってもかなり力を注いでいる。
そのため、今日のように帰りが遅くなってしまうことも少なくない。
「それで成績が落ちたら説教なんだから、理不尽だよな」
次のテストのことが頭をよぎり、思わず巳夜はため息を吐いた。
しかし、そんなことでいちいち落ち込んでいては更に成績が悪化すると考え直すと、巳夜はゆっくりだった足取りを少し速くして、自宅へと急いだ。
○○○○
「ただいま・・・ていっても誰もいないんだけどな」
現在巳夜は一人暮らしのため、そのために借りたアパートには当然誰もいない。
返事が帰ってこないことに少し寂しさを感じつつもリビングの扉を開けて電気を点ける。
当然誰もいないのだから、電気を点けても誰もいない・・・はずなのだが・・・
「にゃ~」
「・・・・・・またいるのか・・・」
いつもの如くテーブルの上に見惚れる位白い猫が居座っていた。
見た目はどこかの飼い猫と言われても納得できるほどの美しい毛並みで、とてもではないが首輪がついていないのが信じられない。
当然この猫には名前がないので、巳夜は適当に『猫』や『お前』と呼んでいる。
そしてこの猫は最近、密室であるはずのアパートの部屋に必ずと言っていい程、巳夜よりも先に部屋に上がっているのだ。
「お前、毎度毎度どうやって侵入してきてんだよ?」
「にゃ~?」
毎回どうしても聞かずにはいられないのだが、帰ってくるのは当然解読不可能な猫語である。
「・・・はあ」
最近増えてきたため息を溢しながらも、最近買ってくるようになった若干高めの猫缶を開けて渡す。
「にゃ~!」
すると、猫は獲物を見つけたような素早い動きで開封後の猫缶に飛びかかり、貪るように食べていく。
美味しそうに食べてくれるのは買ってきた者としては嬉しいのだが、猫というよりはライオンのそれに近い食べ方はどうにかならないのだろうか。
白くて綺麗な猫がそんな食べ方をする光景は、巳夜には許容しがたい光景だった。
そんな光景を達観した思考回路で見ていた巳夜だったが、自分自身の空腹を告げる音により、我に帰る。
「・・・俺も何か食うかな。猫、キッチンに行ってくるから大人しくしてろよ」
「にゃ~」
猫缶をほとんど食べきっていた猫は、巳夜の言葉に顔を上げると言葉の意味が分かっているかのように返事を返した。
猫の頭の良さに若干驚きつつも巳夜は自分の食事を作るためにキッチンに向かった。
○○○○
最初に猫が来たのはいつ頃だっただろうか。
気づいた時には、必ずリビングにいて、朝気づいたらいなくなっている、そういう流れが出来上がっていた。
もしかしたら、思いの外綺麗な野良猫に、思わずキッチンにあった煮干しを与えてしまったから、餌のある場所として覚えられてしまったのかもしれない。
次に来たときにも煮干しを与えてしまった巳夜にも責任はあるのだろうが。
飼い猫のように綺麗な猫が。
人間のように行動する白猫が。
どうしても、巳夜には眩しく見えてしまったのかもしれない。
だけど、白猫と一緒に食べる夕食は。
以前よりも美味しく感じられるのは果たして気のせいなのだろうか。
次の日の朝、いつものように白猫はいなかった。
○○○○
「なあ巳夜、お前最近機嫌良いよな。なんかあったのか?」
HRが終わり、最初の授業の準備をしていると、後ろの席である友人の赤城侑哉が肩をつつきながらそう聞いてきた。
聞かれた本人である巳夜は、その質問に首を傾げた。
「そうか?いつも通りだと思うが」
そう言うと、いいや、と侑哉は首を振った。
「前の珠稀は、こう、つまらなそうな顔をしてたんだよ。だけど、最近はなんか晴れたような顔をしてるからよ。なんか良いことでもあったのかなと」
「良いこと・・・か。最近猫がアパートに来るようにはなったがそれは良いことなのか?」
「猫?なんでお前んとこに猫が?」
既に授業の準備を終えているからか、侑哉はその話題にすぐさま食いついてきた。
そんな友人の様子を横目で眺めながらも、巳夜は最近の自分の生活を遡っていく。
「白い野良猫なんだけどな、野良猫だとは思えない位に綺麗な猫なんだよ。で、あるときからアパートに帰ると必ずリビングにいるようになったから、最近は夕食を食べるときに猫がいるようになったってだけだ」
「へえ、帰ると必ずいるのか---・・・ん?巳夜が帰って来たときにはいるんだよな?その猫はどうやって入ってきてんだよ?」
話を素直に聞いていた侑哉だったが、ふとそんな疑問が出てきたようだ。
「やっぱりそこが気になるのか。毎日、玄関も窓も鍵を閉めてから出かけるのに、帰ってくるとリビングのテーブルに行儀よく座っている」
「怖っ!?なにその猫、ピッキングできんの!?お前のせいでなんか家の防犯が心配になってきちゃったじゃんかよ!なんで朝っぱらからそんなガチな恐怖を煽る話を聞かなきゃいけないんだよ!」
「そんなこと言われてもな。てか別に猫なんだから入られても大丈夫だろ。せいぜいお前ん家の食べ物を食い散らかされる位だって」
「十分悪いわ!!」
思わずそうツッコんだ侑哉だったが、返ってきたのは巳夜の訳が分からないとでも言いたげな表情だった。
「何が悪いんだ?別に食べられなくなった訳ではないんだから無駄にはなってないだろ?」
「食べられなくなるだろ、俺が!!何か?猫が食べたら俺の腹は膨れるのか!?猫が食べられれば俺はどうでもいいのか!?」
「いや、誰も食べないで捨てるのはもったいないだろうが、誰かが食べてくれるんなら誰かが得をしてるんだから損害にはならないだろ?」
「なるわ!!何でお前は人と考えがずれまくってるん
だよ!!」
それからも巳夜と侑哉による、相手の顔面を狙い合う言葉のドッジボールが繰り広げられたが、チャイムがなっても続けていたがために、授業をするために来た先生の怒声によって強制終了させられたのだった。
ちなみにこの言葉のドッジボールは常日頃からよく行われていて、クラスメイト達のささやかな楽しみになっているのは本人達は知らないことである。
○○○○
それからは特に騒動もなく、授業をろくに聞かずに聞き流して過ごしていれば、気づけば放課後になっていた。
いつもならば巳夜は急いで部活に行かなければいけないのだが、今日は急ごうともせずに、ゆっくりとした様子で鞄に教科書を詰め込んでいた。
そんな巳夜の様子に見かねた侑哉は、思わず巳夜に話しかけた。
「おい巳夜、急がなくて良いのか?お前んとこの部活めっちゃ厳しいだろ。それじゃ間に合わないぞ」
その言葉に反応した巳夜は侑哉の方に振り返る。
だが、その表情はどこか清々しさすら感じさせていて、どこか芝居がかった口調で答えた。
「ふはははは、聞いて驚け見て笑えー」
「え、なに笑うような内容なの?」
「いや、全然」
すぐにまた元の表情に戻り真顔でそう答える巳夜に侑哉は思わずずっこけることになった。
「じゃあ何で言った!」
「実は今日は部活がない」
「無視すんなよ---って、部活ないのか!?」
侑哉が目を見開いて驚いているが、それも仕方のないことである。
巳夜が所属している部活はこの高校の中でもトップクラスの忙しさを誇っている。実際、巳夜が部活に入ってからすでに半年は経っているが、未だに部活が休みになったことは滅多に無かったのだ。
「顧問が風邪引いて休んだんだ。それでもいつもならやってるんだけどな、更に伝染したのか部長副部長その他ほとんどの三年まで休みだ。さすがにそんな状態じゃあ部活はやらせられないって、他の先生から言われてな」
「マジか、てか何で三年のほとんどが?確か少人数だったはずだが、それでも不自然だろ?」
そんなことを尋ねた侑哉に、巳夜はため息をついて答えた。
「まあきっと顧問が風邪引く前に三年だけでやったミーティングが原因だろうな。そんときマスクしてなかったらしいし」
「あー・・・まあ、良かったじゃねえか!久しぶりの休みなんだから、ゆっくり過ごせよ!じゃあ、俺は部活行ってくるから!」
「ああ、頑張れよ」
「おう!」
こうして巳夜は久しぶりの休みを満喫することとなった。
○○○○
巳夜は高校の昇降口を出て校門までやってきた。
ふぅと息を一度出して、落ち着いた後にいざ敷地を出ようとしたのだが、校門の一歩手前で急にその足取りを止めた。
「張り切って出ようとしたものの・・・やることがないな。今まで休みなんて無かったし、他の奴らは休みの時にどうやって過ごすんだ・・・?」
今まで休みが無かったのが影響してるのか、全く今後の予定が立てられない巳夜は思わずため息を吐くが、とりあえず家に向かおうと足を進めることにした。
「しかし、こうして明るい帰り道を通るのは部活に入っていなかった時以来だな」
ゆっくりと歩みを進めながら、辺りを見回す。
今までは街灯の明かりだけを頼りに帰っていたために、あまり周りの風景というものを気にしていなかったのだ。少しばかりいつもより心を浮わつかせているようだ。
いつもの道を少し早い時間に通っているだけなのにそんな状態になっているのだから、常日頃から侑哉に子供っぽくなるときがあると言われている巳夜の精神年齢が伺えるだろう。
そんな様子の巳夜は周りから見ると挙動不審に見えなくもないのだが、幸い近くにいるのは遊んでいる子供だけだったので、あまり気にはされていなかった。
そんな様子で進んでいき、帰り道の終盤にまで差し掛かっていたのだが、ふと視界の端で何かが動いた気がした。
そちらを見てもそこにはもう何もいなかった。が、先程まで何かがいた場所の先には路地裏が広がっているようで、そこに入っていったというのは巳夜でも予想できた。
なんとなく路地裏を覗いてみるが、その先はまだ太陽が出ているにも関わらず、薄暗くなっているため、奥まで確認することはできない。
いつもなら巳夜はそんな所は通ろうとは思わないだろう。
しかし、現在巳夜は帰宅途中、しかも帰ってもやることが全く思いつかない現状だ。
そんな状態なら、興味のままに赴くのも悪くはないだろうと考えるはずだ。
少なくとも、巳夜はそう考えた。
「・・・よし」
巳夜は、薄暗い路地裏へと歩みを進めた。
所々に落ちている空き缶やペットボトルを上手く避けながらどんどん奥へと進んでいく。
特にそれ以外に目立つような物はなかったので、人はあまり通らないのかもしれない。それなりにデカイ大人では到底通れない狭さであるので、仕方のないことだろう。
そもそも大人はこんな路地裏を自分から通ろうとは思わないだろうが。
「・・・・・・」
細い道を悠然と進んでいる巳夜であるが、内心は普段は通らないような道を通れているという興奮で少年のようにワクワクしている。
そんな調子でそのまま進み続けていると、先ほどチラッと見た何かが横道に入っていくのが目に写った。
一瞬足を止めた巳夜だったが、ここまで来たら後戻りはしたくないと考え直し、また足を進める。
そして横道に向かって歩き始めたのだが、近づくにつれてだんだんと違和感が襲ってきた。騒がしいというか、誰かが口論しているような雑音が横道から漏れているのだ。
意を決して横道に入ると、そこには予想していなかった光景が待っていた。
「これは渡さないです!これは私の鮭おにぎりです!」
「にゃ~!」
「にゃにゃ~!」
右手に包装に入った美味しそうなおにぎり(鮭らしい)を持った少女が、二匹の野良猫とお互いに威嚇し合いながら睨み合っているという謎の光景が巳夜の目の前に広がっていた。
正直こんな薄暗い路地裏では物凄く違和感があると思った巳夜だったが、どこでも違和感ありまくりだとすぐに思い直した。
これだけでも凄いが、それに加えて野良猫の方は毛を逆立てる程の本気っぷりである。そして、少女の方も猫だとすれば同じくらいに毛が逆立っているだろうという位に威嚇しまくっている。
一体、一人と二匹は一個のおにぎりにどれだけの魅力を感じているのだろうか。
そのあんまりと言えばあんまりな光景に思わず固まってその場で見ていると、少女がようやく気づいたようで睨むように巳夜の方を見た。
そして、何故か少女はその形相を焦りに一変させて急に慌て始めた。
「えっ!?な、なんで・・・!?」
そして客観的に見ていた巳夜は気づいた。
少女は一瞬では済まされない時間、二匹の野良猫から目を離してしまったのだ。
空腹の野良猫達は、そんな絶好の機会を見逃す程甘い存在ではなかった。
「「にゃふ~!!」」
一匹がしっかりとした体勢になり、もう一匹がその猫を土台にして少女に向かって大ジャンプをした。
そして、吸い込まれるように右手に跳んでいき、口でおにぎりの包装をくわえると、少女の手が緩んでいる隙にサッと取ってしまった。
右手から降りて地面に舞い降りると、もう一匹の猫が反対側を加えるようにして、そのまま協力し合いながら路地裏を走り去ってしまった。
「「あ」」
その人間顔負けな協力プレイをして少女のおにぎりを強奪した野良猫を、二人は唖然としたまま見送った。
騒がしかった路地裏に再び静寂が訪れた。
固まったままだった二人だったが、しばらくして漸く我に帰ると、お互いに見つめ合った。
それから先に動いたのは少女だった。
崩れ落ちるようにしてしゃがみこんだ少女は落胆した様子で呟いた。
「私の、鮭おにぎりが・・・」
「・・・すまん」
そもそも巳夜が少女の邪魔をしなければ今頃奪われていることはなかったかもしれないのだ。謝らないと後味が悪い。
謝ると、少女は立ち上がり、慌てた様子で手をわたわたとさせた。
「い、いや、取られた私が悪いですから!そもそも、ここ最近毎日取られてますし!」
「・・・それは、大丈夫なのか?」
少女から話を聞くと、どうやらここは彼らの狩場のような場所のようで、通るたびに何らかの食べ物を取られてしまうそうだ。
「・・・ここを通らなければいいんじゃないか?」
巳夜がそう提案するも、
「この道が近道なんですよぉ・・・」
と、複雑な表情で言った。食べ物を取られてまで早くそこに着くか、食べ物を守るために遠回りで行くかという事実と葛藤しているようだ。
巳夜だったら確実に遠回りして食べ物を死守するのだが、少女はそうもいかないらしい。
しかし、こうして改めて見てみると、なかなか特徴的な外見の少女だ。
外見年齢は巳夜とそんなに変わらないであろう。
だが、先程の事件のせいで気にしている暇がなかったが、透き通る程に綺麗な白髪をたなびかせている。
対極の色である黒い瞳は、今は悲愴感を漂わせているが、それを踏まえても中々の美少女である。
着ている白いワンピースは少女の髪と絶妙にマッチしていて、幻想的な光景を作り出していた。
閑話休題。
「なんにせよ、俺が今日の飯を台無しにしたからな。何か奢るけど?まあ、一人暮らしなんであんまり金がないから腹一杯は無理だけど」
「い、いや、さすがにおにぎり一個でそこまでは--」
少女がここまで言ったところで、急にぐう~~っというくぐもった音が聞こえてきた。
音が聞こえてきたのは当然、少女のお腹である。
「・・・俺んちでなんか食うか?」
「・・・はい。頂きます」
巳夜がそう聞くと、顔を真っ赤に染めた少女が小さい声でそう言いながら頷いた。
「しかし、自分で言っておいてなんだけど、男子の部屋に入っても大丈夫なのか?」
路地裏から歩き始めて、今更それなりに重要なことに気づいて横を歩く少女に聞く。
「はあ、大丈夫です。よく行ってるからそこら辺は安心しています」
「・・・ん?お前俺んちに来たことないだろ」
「えっ?・・・あ、お、男の人の家にです!貴方の家じゃないですよ!」
「ああ、そういうことか」
若干あたふたしていた気がしたが、身も蓋もない質問だったなと一人で納得したので、特に聞き返すようなことはしなかった。
そのまま十五分ほど歩くと、見慣れたアパートが見えてきた。
「ほら、着いたぞ」
「ありがとうございます、意外と時間かかりましたね。二階でしたよね?」
「?おう、良くわかったな」
「か、勘です勘!」
そんな会話をしながら、階段を上りきり、自分が借りている部屋の前にたどり着いた。
そして、鍵を取りだしいつものようにドアを開ける。
「さ、どうぞ」
「お邪魔します!」
意外と何の抵抗もなく少女は部屋の中に入っていく。男の人の家に入り慣れているというのも嘘ではないかもしれない。
その名も無き男性と今日会ったばかりの巳夜を同一に並べるのもどうかと思うが。
と、何だか同性の友達を招き入れるような感じだったのだが、とりあえず巳夜もドアの鍵を閉めて律儀に待っていた少女と共にリビングに向かった。
巳夜の部屋は一人暮らしにあるような、素っ気ない部屋だが、どうやら少女は気に入った様子で機嫌が良さそうだ。
「ん~、やっぱりこういう部屋は落ち着きますねぇ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。さて、早速何か作るけど何が良い?基本的には何でもあるから好きに言ってくれ」
「い、いやそんな私には決める権限なんてありませんよ!作ってもらう立場ですから!」
「いや、これは今は無き鮭おにぎりに対しての俺の謝罪を込めての料理だから。決める権限は当然ある」
そう少々強引に諭すと諦めたのか、少女は若干申し訳なさそうな顔をしながらも、決める気になったようだ。
「そ、それじゃあ・・・鮭が食べたいです」
「了解。鮭、好きなんだな」
「はい!それはもう!!」
先程とはうって変わっての大きな声で宣言した少女に、思わず驚いた顔をしてしまった巳夜だったが、すぐにクスッと笑った。
「あ、今馬鹿にしましたね!私の勘がビビッといってます!」
「馬鹿にしてないぞ。じゃ、鮭の塩焼きでも作ってくるから、待っててくれ」
「塩焼き!待ってます!いつも通り大人しく待ってますので!」
テンションが上がり過ぎてよく分からない発言をしてしまっている少女に巳夜はもう一度笑ってから、楽しみにしてくれている少女を喜ばせるためにキッチンへと向かっていったのだった。
「ん~、美味しいです!!」
「そうか、それはよかったよ」
一人暮らしの巳夜が作った男飯だったので、正直不安だったのだが、少女は美味しそうにめいいっぱい頬張っているので、どうやらお気に召したようだ。
親友の侑哉に料理を食べてもらったときには好評価を貰えたのだが、なんせ今回は性別も味覚も違うのだ。美味しいと言ってもらえてそれなりに安心したのも事実だ。
「そういえば、貴方のお名前は?」
「ん?ああ、教えてなかったな。巳夜だ。藍川巳夜。そういうお前は?」
そう聞くと、少女は俯き、ばつが悪そうに言った。
「実は、私には名前が無いんですよ」
「・・・無い?」
「はい、それなりに昔なんですけど、ちょっと家でそれなりのトラブルがありまして、家を追い出されてしまって、もう名前を名乗るなと言われてしまったものでして・・・今は色んなところを放浪しています」
「そうか・・・悪いことを聞いたな」
「いえ、私が話したかっただけですから、気にしないでください。それに、私自身もう諦めはついてますから」
そう言う少女は本当に諦めているようで、儚げに笑っている。
何となく、このまま放っておいたらそのまま消えてしまいそうな、そんな危うさを巳夜は感じた。
「・・・たまには、うちに来いよ。飯くらいなら作ってやる」
自然と口からそんな言葉が出たことに自分自身もとても驚いた。
「っ!いいんですか?」
「ああ。別に強要してる訳じゃないから、来たくないのなら来なくてもいいぞ」
「い、いえ!是非来させて下さい!」
少女の顔は驚きに満ちていたが、次第に内容を理解していったのか、その表情に嬉しさが出てくるのが巳夜でも分かった気がした。
「ありがとうございます!」
この選択が本当に良かったのかは分からない。
だが、この眩しいほどの笑顔を見れたのなら良いかなと、その笑顔に釣られて笑った。
今日部活が無くなって良かったと思いながら。
○○○○
この二週間で変わったことがある。
まずは、よく少女は巳夜の部屋に来るようになった。
色んな料理を出しても少女は美味しそうに食べてくれるので、最近は料理が上手くなってきている気がする。
だが、やはり鮭が大好きなようなので、最近は冷凍庫に必ず入れておくようになってしまっている。
部活があるためほとんど夕飯になってしまうのだが、それでも少女は来てくれるのを、嬉しいやら申し訳無いやらで複雑な心境だ。
もう一つは、白猫がいる日が少なくなった。
というか、具体的には少女が来るときには猫がこなくなったのだ。
やはり、少女が来ることを察すると来ないのだろうか。
それとも、少女が猫がいることを察して来ないのだろうか。
お互い警戒心が強いのはいいのだが、だったらなぜ巳夜は平気なのか知りたいところである。
猫が来たときには、少女は悪い人じゃないぞと言っているのだが、未だに少女が来るときに猫がいたことは無い。
猫の話を少女にしたこともあるのだが、少女は眼を逸らしながら不思議ですねぇと言っていた。
やはり毎回食べ物を取られていたから猫が好きではないのかもしれないなと巳夜は思った。
いつものように部活を終えた巳夜はアパートに帰ってきた。
リビングに向かうと、そこには最近いつものようにじゃなくなってきた白猫が鎮座していた。
「お、今日は猫の日か」
「にゃ~」
白猫の返事を聞きながら、そのまま台所に向かい猫缶を開けて持ってくる。
いつもならそのままテーブルに置くのだが、今日は違った。
「あ」
うっかり手を滑らせて猫缶を落としてしまった。
猫缶は回転はしないで落ちているが、このまま落ちたら床をバウンドしてその中身を巻き散らかすことになるだろう。
そのまま自由落下で下に落ちるかと思ったその時だった。
突然落下中の猫缶と床の間に横から影が入ってきた。
その影は人の手だった。
人の手は落下中の猫缶をサッと軽やかにキャッチしてみせた。物凄い手際であった。
だが、見るべきところはそこではない。
なぜ、人の手が出てくるのか。
それは、巳夜の部屋に別の人がいるということに他ならないわけで。
そう思いながらほぼ無意識に猫缶を持って伸びている手を辿っていくと、
「ふぅ~、危なかったです~」
床に寝そべって安心した様子の少女がいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は!?」
今世紀最大と言っても過言ではないほどの驚きと衝撃だったと、後の巳夜は語った。
続く(?)