第二話 なんだろう……この光景は
何かを叫びながら、宇宙の様な空間を、光に向かって飛んで行く三神才之巣。
その姿を見送る長丸い光。その光の中には、薄っすらと女性の姿が浮かび上がっていた。
「行ってしまいましたね……。ザイノス……貴方と過ごした楽しい日々が、また訪れると良いのですが……」
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ここは多くの人間や獣人やエルフ、それに魔族や魔物など多種族が住む世界、この世界の異変はある大陸の伝説の名を持つ街から始まる。
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「さいきょぅ~~……」
俺は、女神と言っていた光に向かって声を絞り出すが、その光の遠ざかっていくスピードは早く、もはや声は届かないだろう。
直ぐ目の前には、眩しいけれど、見れないほどじゃあない光の壁。
やがて、その光の壁をぶち破るように突き進むと、急に辺りが暗くなり、一瞬何も見えなくなった。
「うおっ……」
暗くなると同時に、現実に引き戻されたような感覚になる。
まず、風を感じる。さっきまで、宇宙空間のようなところを飛んでいたが、そういえば飛んでいるのに風を感じなかった。
そして、匂いもある。暖かい空気と、僅かだがさわやかな緑の匂い。
そこで気づいたが……、俺は何かにまたがっている。
よく見えなかったため、どこかの草原にでも降りたのかと思ったが。触る感触は草ではない、長い草のように生えている“毛”だ。
「おいおいおい、いきなり俺ドラゴンに乗ってるのぉぉおお?」
驚きの連続で事態を飲み込めていなかったが、どうやら俺は巨大な生き物に乗り、異世界へと到着してしまったようだ、しかも全身に激しい電流を帯びていてバチバチ鳴っているのだが……、一応俺はなんともない。
……よく見たら電気の中に何かいるな……小さな妖精みたいな~まぁいいや妖精だろう。なんとなくと言うか、ハッキリと小さい猫耳の女の子が電気の中を泳いでいる様に見えた。
色々なことに驚いてはいるが、パニックにはなっていない、むしろとても冷静で謎の余裕に満ちているのだ、なんというか……地球と似た環境にも見えるし見たことあるというか、田舎で育った俺だからこその余裕なのかな、ビクビクというか、ワクワクのよっしゃ来ーーいみたいな感じだ。
大分落ち着いてきたので巨大生物の首の後に大股で座り直し、すっかり暗くなった地平線を見てみると、空の向こうにはやけに大きな太陽が沈んでいくのが見える。
そして、俺が乗っているこの巨大生物は、俺と同じく電流を纏っているが平気で空中を翔けている。色はキジトラ、全身毛に覆われていて、背中には羽ではない長い毛の生えた翼がある、だがこの翼で飛んでいるのではなさそうだ。
「お前……、ちびなのか?……でけぇな~」
俺はその巨大生物が家で飼っていた“ちび”だと気がついた、同じ毛並みと同じ匂いもする、間違いないな。
かなり大きいけど怖さは感じない、荒々しくなく優しい座り心地で、凄く頼もしくも感じる。
「さて、どこに行くんだ?……確かおれ召喚されたんだっけ」
いつの間にか直ぐ下には大きな街が見えていた、どうやらそこに向かっているらしい、ちびが降下しはじめて、見えない段差を駆け下りていくように街の広場へと向かっていった。
見知らぬ世界に見知らぬ街へ、強制的に召喚された俺なのだが気持ちは至って冷静だ、全身にみなぎる溢れ出すような力、今なら岩をも砕き目から怪光線も出せそうな気分だった。
降りる先は公園だった場所のように、あちこちに崩れた花壇と火の手が上がっていた。
ドトッ。
「何だろう……この光景は」
意外と小さな音と振動でちびが降り立つと、周りにはゲームで見たような服装の人達と、目の前には強そうだけど何故か怖くはない4本腕の大きな魔物。
「ん゛ん゛なぁああぁぁ~~ごぉお」
ちびが変な鳴き声を上げたが、それを見ていた街の兵士や魔物達は、金縛りにあったように驚いた表情で動かない。
ちびが鳴いたと同時に後方の左右に黒い渦のような空間が突如現れ、右後ろの渦の中から黒い電気?を纏った何かがゆっくり現れ、左の渦からは濃い霧に包まれた何かがゆっくり現れて来た。
でも今は、巨大なちびに乗って高揚し強気になっているせいか、俺は目の前の魔物のことや後ろに現れた黒い渦よりも、逸早く見てみたいものを無意識のように探していた。
「う~ん……あ!」
マジでいたっ!!エルフのネーチャン!可愛い!あっ、あっちには猫耳……チッ…男か。
欲望のまま猫娘やエルフを探しながら右後方辺りまで見渡すと、弟の真が黒い魔物?に乗って手に持った漬物を食っているのが見えた、背中には大きなリュックを背負っている。
「あれ?真じゃんか」
あれはチィに乗ってるのか?真は大きな黒い仔猫?にまたがったまま手を上げて応えてきた、身体は大きいが生まれたばかりの仔猫であるチィは、よちよち数歩這ってから寝た。
真の存在に嬉しいような悲しいような気持ちになったが、そうなると気になることがもう一つ、……まさか紫織ちゃんも!
すると、左側から変な声が聞こえる。
「ぅ~もふもふぅ~、かぁゎぃ~い」
左後ろのほうを見ると、三毛の大きな生き物に乗った紫織ちゃんを発見。その巨大なミィを全身を使って撫でて?いるようだった……。
「紫織ちゃんも来ちゃったか……」
紫織ちゃんも俺に気付き、少し引きつった笑顔で手を上げて応えてきた。
すると急にちびが何かにじゃれつくかの様に、前に出て猫パンチを繰り出した。なにやらそれを、そのまま爪に引っ掛けて匂いを嗅いでいたが、くしゃみをして放した。
「……!!、何やってんだ?ちび」
よく見えなかったしでっかいくしゃみと揺れに結構ビックリした。
しかしー身体は大きくなったがちびの可愛さは変わらないな、こんな状況でもそんな事を余裕と考えてしまっていた。
だが流石に今ある現実とこれからの事を考えることにした。
どうやらあの女神が言っていた通り、本当に俺は召喚魔法でここに召喚されたらしい、しかも真と紫織ちゃんと猫達もだ。
そして目の前にはいかにもな魔物達、こいつらをを倒さなきゃならないのか?何かちびが一匹倒したみたいだけど…。
どうやらちびが倒したのはさっきの四本腕の魔物らしい、まだ電気を帯びた状態の猫パンチで瞬殺だったようだ。
すると、固まったように動かなかった魔物達が、そろりそろりと後退をはじめた。
あれ?敵らしき魔物達が逃げて行くぞ。
これで終わりか?まぁこのちびを見れば逃げ出したくもなるよな。う~むしかし……、魔物がいなくなっても、俺達には何の変化も起こらない。
やっぱり家には帰れないのかな。
その後魔物達は素早く去って行き、残る街の人達はその場に座り込んだり仲間に駆け寄ったりしていた。ちびは仔猫達の方に振り返って近づき、フゴフゴ匂いを嗅いでいる。
「誰も寄って来ませんなぁ」
真があたりを見回しながらチィから降りる。
「そうだな~、誰が俺達を召喚したのかねぇ」
ちびはミィをぺろぺろ舐めはじめ、紫織ちゃんはその様子を間近で眺めて嬉しそうにしている。
その後、周りの冒険者風の人達は、ゆっくりだが俺達に近づき、跪いて日本語でお礼を言ってきた。
さっきみた猫耳の男とエルフの女性だ。
エルフは頭を下げたままで、猫耳男のほうが語りかけてきた。
「申し訳ありませぬ我町の英雄様、危ないところをお助けいただき誠に有難うございます。あの……もしや名のある神の方々ではありませんか?」
え?……神かー、俺って神かな?ああそういえば。
「ああ、いえいえ、俺は魔神ですよ。……いやでも神ってつくしな~神みたいなもんかなー」
近くで真と紫織ちゃんも「我も魔神」「私も~」と言っている。
すると、猫耳とエルフはピクッと動きを止め……。
「なんと……魔神様であられましたか……、暫く後にこの街の領主と改めてお礼に伺います、ひとまずこの場は失礼させて頂きます」
そう言うと二人は素早く去っていった。
結構離れてからの小声でのやりとりがなぜかよく聞こえた。
「やべぇ、消えねぇしありゃ召喚じゃねぇな」
「魔神様の気まぐれかしら……見返りがどうなるか心配だわ」
なるほどな、なんとなく分かるが、神と魔神じゃやっぱ違うんだろうな。
まぁいいや、さて……。
「もう5分以上経つけど何も起きないな、俺達いったい誰に召喚されたんだろ」
召喚師は直ぐ近くにいるものだと思っていた俺だが、近くにはいなそうだしちょっと周りの視線があるから居づらいな。
「そうですなー、もしや命と引換えなのやもしれませんな」
確かに魔神の召喚ならありえそうだ、相変わらず冷静な真が応えた。
暫くの間、ちびに乗ったまま周りを警戒しつつ、街の様子を見ていた。
破壊された花壇や木や家、応急処置をしている人や仲間や家族の死に泣く者達。
逃げて行く魔物を追っていく奴もいる。
今の俺に何が出来るんだろう。
「ふぅ」
なんだか色々な事が起きて疲れたな~。色々考えなきゃならないんだろうが、あまりの事に考えるのが面倒になってしまった。どこか泊まれる所はあるだろうか?街の役所というか、領主みたいな人はいないのかな。
もうすっかり暗くなったし……、腕時計を見ると……まだ19時6分か。
どうやら真や紫織ちゃんも仔猫達も異世界へと召喚されてしまった。正直皆がいるのは嬉しいけど、これは俺が思ってる以上に大変な事なんじゃないかな……。
はぁ……考えがまとまらない。
そんな事を考えながら脱力していると、仔猫を舐めるのをやめたちびが、ハッと顔を上げてある方向をじっと見つめだした。
なんだ?とその様子を伺っていると、ゆっくりその方向に歩き出し、俺を乗せたままで早歩きをしだした、やがて見えてきた街の門をくぐり外へと出てしまった。
驚く門番には一応「すいませんねーー」と俺が声をかけておいたが聞こえたかな?それにその途中、街の中ではちびに驚く獣人やエルフ達をチラホラ見かけたが、なんかもうみんな想像通りで見た目には慣れてしまっていた、触りたい気持ちはもの凄くあるけどね。
街を出ると目の前には大きな森があった。その左右の切れ目が見えないほどの大きな森の中心に向かって、街からの道が続いている。
まず広めの道がまっすぐ森に向かって続いていたのだが、ちびはその道には構わず、その広い道から数十メートル左側に、幅が二メートル程の小さな道を見つけ、そこを進んで森に入って行った。
街から続く広い道の方は少しずつ離れていく。俺とちびは森を左斜めに進んでおり、どうやらこれがちびの向う目的地への最短距離らしい。
いったい何処へ向かっているのか…。真っ暗だが、ちびが一緒だし怖くはない。
そしてしばらくすると、急に見渡しのきく広くて古い遺跡跡のような場所に着いた。そこを暫く進むと、入り口が壊れた大きな神殿の様な建物の前に着く。
ちびの目的地はここか?まるでここに神殿跡があるのが分かっていたみたいだな。
中に入ると、ちびがフンスフンスと匂いを嗅ぎ、どうやらお気に入りの場所を見つけたようだ。そして外に出ると、また今来た道を戻っていく。街に戻るのだろう。
ちびは行きも帰りも少し速めに歩いているが、首の後ろは乗り心地が良く揺れも少ない。
来た道を戻り五分も掛からず街に着いた。街の門には数人門番がいたが、ちびを止める余裕はない様子で、おれが「どーもどーも」と言いながら進むのをただ見送っていた。一応敵じゃないと思ってくれたのかな。
門からまた5分ほど進むと俺達が召喚された広場に戻ってきた。するとちびは迷わずそのまま仔猫のところに行く、そこにはミィとおもわれる2メートルほどの三毛猫を堪能している紫織ちゃんがいた。
俺が「紫織ちゃん」と声をかけると、彼女はその意味が分かったのか、ミィから離れて俺の前、ちびの頭の後ろに這い登ってきた。
小柄な紫織ちゃんには、ちびの太い首を跨ぐことが難しいらしく、ペタンと座ると、両手でちびの後頭部の毛をむんずと握った。
ちびは、ミィの首の後ろを軽く噛んで持ち上げると、ブ~ラブ~ラとミィをさっきの神殿跡に向かって運んでいった。神殿内にミィを降ろすと紫織ちゃんも降りた。
ミィと紫織ちゃんを残して、ちびはまた街に行こうとしていた。チィを運ぶためだろう。
ここは街から近いけど、ミィと紫織ちゃんを残しても大丈夫だろうか……。紫織ちゃんは「大丈夫、ミィと待ってるよ」と言うので、俺は「すぐ戻るからね」と言い、ちびと街に向かった。
ちびはひょいひょいと駆け足気味に街に戻ると、3分ほどで着いた。
そしてチィの首裏を噛んで持ち上げる。真はちびの背の翼の間に乗り、周りを観察しながらポリポリ漬物を食べていたが。背中はあまり乗り心地が良くないようだ……。何個か漬物を落としていた。
皆が神殿内に集まり、ちびはこの広い部屋の隅で仔猫に乳をあげている。
どうやら、ここが俺達の安全な場所らしい。