錬金術と死霊術
「ちょっと待って! これ、多いよ!」
ノアが声を上げたのは、主不在の領主の執務室。
ライラ、リト、メイと、素材屋を紹介してくれるとついてきたレノの5人で街の倉庫に荷物を取りに行き、用事を済ませて何事もなく拠点に帰って来て、ノアはリトと共に、カークに呼ばれてこの部屋に案内されていた。
「いや、適正価格だ。私が見立てた額だからな、嫌でも受け取ってもらう。」
「でも…。」
カークとリトからそれぞれ渡されたのは、ノアが露店で値付けしていたよりも2割ほど割り増しされた秘薬の代金だった。
「ノアは自分を過小評価しすぎだ。質を考えれば、これが正当な額だぞ。」
「リトが言うんだから間違いないよ。
ちょうど今朝急な往診があって、魔力が回復しきってなかったから昨夜もらった魔力水のサンプルを試してみたんだけど、思った以上の効能があった。ぼくみたいに、魔力で他人の命を預かる職の人間にとっては、これでも安いくらいに感じるね。」
だから安心して受け取ってよ。カークのやんわりとした笑顔で諭されると、それを断るのが申し訳ないような気がしてくる。
困ってリトを見ても、当然だという表情をして腕を組んでいる。
「…本当に…?」
「本当だ。」
ノアは自分で付けた価格でも高いかもしれないと感じていたのだ。品質にはそれなりに自信があったが、名もない若造が売るには高値で価格付けを信用されず、全く売れずに不良在庫となっていた品だ。量もまとまっていることだし値下げして引き取ってもらおうかと思っていたくらいだったのに、逆に高値を付けられて、ノアは面食らってしまっていた。
「ノアは商売には向かないな。そんなに謙虚すぎては、そのうち悪質な者に食い物にされるのが落ちだ。」
ざっくりと言い置いて、リトはノアがびっくりして机の上に置いてしまった硬貨の入った袋を改めて握らせる。
「商売人の端くれなら、予定より高く取引できて良かったと喜んでいいところだろうに。価値ある物には適正な価格がある。それだけの話なのだぞ。」
よくそれで今まで鎬いできたなと、少し呆れたようなリトの声に、ノアは首を竦めて目を反らす。
正直、自分でも商売下手な自覚はあるのだ。
それでもなんとかやってこれたのは、たまに出来てしまう調合素材の出来が悪かったりして品質が下がってしまったために通常品より値段を下げた秘薬類や、精製した鉱石など見る者が見ればすぐに価値のわかる物の売り上げと、トマのような一部の常連の買い手の厚意があったからだった。
「誠意を持って商いをするのはいいことだけどね。
自分の作っている物の本当の価値を知ることも大切だよ。」
くすくすと笑うカークの言葉はやさしいながらも力強くて、素直に信じられる気がしてくる。
「市井では顔が売れていないから売り上げに繋がらないというならば、秘薬は商業ギルドに卸してみるか? 手数料を取られるが、ノアが自分で付けていた値段よりも高値で引き取ってくれることを保証するぞ。」
ただし、当面はうちで引き取りたいがなと言いながら、リトがびっくりするような提案をしてきた。
「ああ、それいいね。うちから推薦状を出せば話も早いし、ノアさえ良ければいつでも商業ギルドに話を付けるよ。」
あまりにも軽い二人の言葉に、改めてディアザルテは領主ギルドなのだと思い出す。
「ギルドに出せばこの価格付けが適切なことも理解してもらえると思うし、客観的な評価も聞けるからね。
でも、もう少しだけ、うちのメンバー用に買い取らせてもらってもいいかな?」
自分達の秘薬を高く評価してくれている二人の言葉に、ノアはこくりと頷いた。
「ありがとう。これは遠慮なく受け取らせてもらうね。
ここで作らせてもらう分も、必要なだけ提供するよ。メイちゃんやテルザさんのことも調べたいから、余る程は作れないかもしれないけどね。」
きゅっと、硬貨の詰まった袋を握り締める。この重さが、二人の好意の重さのような気がして、ノアはまた少し泣きそうになるのを、ぐっとこらえた。
部屋に戻ればライラはいない。多分メイと行動を共にしているのだろう。ライラがメイについていてくれるから、ノア本人は比較的自由に行動できるのだが、少なからず淋しい気もした。
「秘薬の精製は後回しにして、資料の見直しでもしようかな?」
助手をしてくれるライラがいる時の方が秘薬の製造は効率も品質もいい。それよりも、本来の招待された依頼の内容について、少し整理しておこうと思う。
倉庫から持ち込んだ荷物の中に、ノアのまとめた死霊術の研究ノートがある。その中に、リッチ化に関して研究していたネイヴの考察を語り聞かされたものを書き留めた項目があったはずなのだ。
ノア自身、死後にリッチ化しないとは言い切れない。
だが、ネクロマンサーの全てがリッチと化するわけでもない。
ノアはネイヴとは逆に、リッチ化を避けて普通の人間として生命を全うしたいと願い、ネイヴが戯れに語った言葉の端々を書き留めていたのだった。今となってそれが役に立つかもしれない…複雑な思いはあるが、読み返すだけの価値はあると思われた。
「本当はテルザさんと直接会うことができればいいんだけどな。」
テルザはなぜ、なんのアクションも起こさないのだろう。
リッチ化しているとしても、多分まだ自我を残しているはずなのだ。そうでなければ、メイも暴走するなり術が崩壊するなりして異変が現れるはずだ。
━━━…どうして…。
様々な想像が頭に浮かぶ。しかし、頭を振って憶測でしかないそれらを打ち払い、ノアはパラパラとノートを捲って、リッチ化とそれに類する考察のページを探し始めた。
リッチの存在とその脅威は昔から知られてはいたが、ごく稀にしか出現しない魔物であるため、その生態は長らく謎とされてきた。
ネクロマンサーが死後にリッチ化する可能性があるというのは、大戦の戦後処理中の大量発生によって初めて周知されたことだった。
そもそも、大戦前、死霊術師の人口はそう多かったわけではない。死霊術自体も、戦闘向けの魔術ではなかったのだ。
古来、ネクロマンシーは占いのひとつの形だったのだという。これは、戦前からのネクロマンサーの老師達の語る事実であり、戦場に出ることのなかった彼らが弾圧を逃れている理由でもある。
死霊や精霊…能力の有るものは英霊とも言える存在を呼び出し、死体という器を与えることで彼らの知恵を借り助言を得る。それが、当初のネクロマンシーの在り方だった。
ところが、大戦の序盤、戦局の打破を占うために降ろされた戦士の死霊を宿した礎体が剣を取り、自ら前線に繰り出した。降ろされた礎体が歴戦の勇者だったらしいこと、当のネクロマンサーが非凡な才を有していたこと、占いの場に敵の兵が迫り彼の命も危なかったこと、引き金はいくつもあった。戦士の使役体は見事一騎当千の戦果を上げ、またネクロマンサーは指揮官に請われて前線に散らばる死体からいくつもの使役体を…死人による一個小隊を作り上げ、前線を大きく退けた。それが、前線において不死身とも言える兵士を勇躍させるネクロマンサーの、初の戦闘となったのだった。
それを皮切りに、ネクロマンシーは占いの類いから、前線において強固な兵士を生み出すための戦闘向け魔術としての色を濃くしていった。
大戦の中盤には素養のある者が争い合う国々によってそれぞれ集められ、最前線に立つだけの実力者は叙勲の対象になり得るという後押しもあり、ネクロマンサーは戦場魔術師の代名詞と言われるまでにその存在感を強めていった。
反面、有象無象の魔術師達が戦場での武功を追い求めて使役術を突き詰めていくうちに、当初の死霊術は姿を消していき、失われていった秘術も多かった。
そうして増えたネクロマンサー達が、大戦後、各国の裏切り行為によって一気にリッチへと変貌を遂げたことで、リッチという魔物の成り立ちが明らかになったのである。だが、すぐにネクロマンシーに対する弾圧が敷かれたため、その誘因とされる未練や無念に関しても憶測の域を出ず、また、何故ネクロマンサーのみがリッチと化すのかも、未だ謎のままなのだった。
ネイヴ=ミザレは語った。
記録に残っている限り、老いて天寿を全うして亡くなって行った老師達に、自然発生的にリッチ化した者はいない、と。
ただし、探求のために生前に契約をして亡くなり、使役術によって蘇ってリッチ化した老死霊術師がいた。その老師は長らく自我を有しており、使役の枷からも離れ得たという。有能で善良だった彼は魔物化する直前に己でそれを悟り、自ら友人の僧侶を呼び、完全に魔物化する前に弔って欲しいと願って、ほんの2ヶ月ほどのリッチとしての生をも終えたとされている。
現在文献として残されているリッチに関する研究は、その老師が生前からリッチ化して滅亡を望むまでに書き記したものがほとんどであるのだという。
思い残すことなく亡くなって行ったということもあるだろうが、占術を主に扱っていた者はリッチ化率がごく低く、使役術に長けていた者ほど強力なリッチとして蘇る傾向がある。
自我の残存率と期間に関しては詳しいことはわかっていない。だからそれを研究しているのだと、姿を消す直前に、ネイヴはノアに語って聞かせていたのだった。
テルザは今、どうしているのだろうか。
姿を消して実に3ヶ月。それほど長い間自我を保っているというのに、妹にも夫にもコンタクトを取ることがないというのは、自由の身であるのならば考え難い。
ノアは、テルザがネイヴから何らかの拘束を受けているのではないかという仮説を立てていた。
ノアにも考えつくくらいだ、ディアザルテのメンバーだって同じことを疑っていることだろう。ネイヴがリッチに関する研究をしていることは知らずとも、テルザが起こした特別な症例に異常な執着を見せていたネクロマンサーだ。無関係と考えろという方が無理な話である。
問題は、生前よりも強力な魔力を得ると言われるリッチへと変貌したはずのテルザを、ネイヴがいかにして拘束ないし足止めしているのか、だった。
確かに彼は非常に能力ある魔術師だ。死霊術のみならず、あらゆる魔術に精通していることは、傭兵としての彼の評価から聞き知っている。ネイヴ本人からも、エルフの長い時間を魔術の習得に費やし、そして行き着いたのが死霊術だったのだと聞いたことがある。そんな彼をしても、リッチという存在はそれなりに手に余ってもおかくないはずなのだ。
既に資料から目が離れ、思考の海にどっぷりと浸っていたノアだったが。
コンコンコン。
不意に聞こえたノックに、意識を引き戻される。
「あ、はい! どうぞ!」
一瞬何がなんだかわからなくなって間が開いてしまったが、慌ててノックの主に入室を促す。
「ノアちん、ごっはんだよ~ん♪」
「ライラちゃんの言った通りだったね~。もう真っ暗なのに、明かりもつけてないよ。」
にぎやかな声がして、レノ・メイ・ライラの三人娘が扉を開けて入ってきた。
「え? あ、そういえば…。」
資料から目を離して思考に耽っていたこともあり、ノアは窓の外が暗くなっていたことにも気が付いていなかった。
『気をつけていないと、ノアはいつもこうなのよ。』
随分と仲良くなったことがわかる距離感で、ライラがメイに笑いながら話しかける。それが実に楽しそうで、やはりふたりに行動を共にしてもらっていて良かったと思えた。
「さ、ご飯ごはん♪ 私お腹ぺっこぺこだよ~♪」
レノが先頭に立って歩き出した後を、ノアも資料をそのままにして追いかける。
ライラはそのまま部屋に戻るのかと思っていたが、メイがしっかりとその手を繋いで同行を促していた。それもまた、微笑ましくて嬉しいことだった。