女子会
「やっぱりミシェのお菓子は美味しいの~♪」
あ~んと大口を開けてタルトを頬張る。口の中に広がる爽やかな風味に、それを追いかけてくる程よい甘さが絶妙で、まさに至福の一時だった。
レモンと紅茶の香り漂う食堂には、女性ばかり5名。
熟れたプラムのような鮮やかな髪が印象的なドワーフで採集家のレノ。
「そう言ってもらえれば作り甲斐があるわ。」
大輪の薔薇を思わせる美貌のダークエルフ、二刀流の剣士ミシェ。
「紅茶のおかわりは?」
真っ白な百合の花のように清楚な印象のエルフのフォンは、剣士ながらに歌姫としても名を馳せている。
「あ、ほしー。」
ヒューマンの僧侶にして使役体のふたりは揃って手話で会話中だったが、年よりも子供っぽい言動が目立つメイがフォンに返事をすると、ライラは少し微笑んだかのように小首を傾げた。
スケルトンであるライラに、当然表情はない。けれど、マスクの無表情を補って余りあるほどライラは仕草の表情が豊かで、手話のわからないレノ達にも、なんとなくその気持ちを汲み取ることができた。
女の子らしく可愛らしい仕草のひとつひとつに、彼女が生きているのだと実感できる。マスクや衣装の下がスケルトンだなんて、目にしていない彼女達には信じられないくらいだった。
メイからの又聞きでは、自動人形の振りをしている時はあまり身振りをしないようにしているということだったが、目深に被ったフードに隠れてマスクに気付かず、普通の少女だと思われていることもあるのではないだろうか?
「ところで。」
みんなの口が紅茶とタルトで潤ったところで、フォンが声をかけた。
「ノア君ってライラちゃんの恋人なの?」
顔に『ワクワク』という擬音が見えるようなフォンに、横に座ったミシェが苦笑を浮かべている。
注目の的になったライラは恥ずかしそうに頬に手をあてて困ってしまう。やっぱり可愛い仕草に、レノはライラのことがますます好ましく思えた。
ライラは不思議でならなかった。
このクランの人達は、なぜ自分を普通の人間のように扱ってくれるのだろう。スケルトンの自分が、ノアの恋人でなんか、あるはずがないのに。
ノアは自分を呼び戻してくれた。けれど、自分はもう、昔の自分ではない。ノアも生前と変わらず接してくれるけれど、成長した彼に抱きしめられることはあっても、恋人として触れられることはもうこの先ないのだ。
そう、あってはならない。ノアは決して、ネクロスフィリアではないのだから。そうさせてはいけないのだ。
『私はノアの助手です。』
手話でメイ伝てに返された困ったようなライラの答えに、フォンがえー?と不満そうな声を上げる。
「ノア君は絶対ライラちゃんのことを大切に想ってるわよ?」
ライラにもそれはわかっているのだろう。胸元に指先を組んでもじもじとしている。
「まあまあ、ライラが恥ずかしがっているわ。もうおしまい。
それよりライラ、ノア君って錬金術も扱えるんでしょう? リトとカークが素晴らしい腕前だって褒めていたわ。」
ミシェがフォンを宥めて、話題を変える。
『ノアは錬金術師を生業としています。
死霊術は私のためと、自衛のためにしか使っていません。』
ライラを蘇生させる前に修練として数体の使役体を作ったと、ライラはノアから聞いている。
ライラはそこまで聞かされていなかったが、ネイヴにけしかけられ、そのまま打ち捨てられた骸を埋葬していたものから、ノアはもう一度使役体として蘇ってもらっていた。二度も遺骸を利用される彼らに申し訳ない思いはあったが、平和な田舎の村で暮らしていたノアには、他にあてがなかったのである。
旅をしていれば危険に巻き込まれることだってある。それらのスケルトンは、護衛として、そして旅荷の運搬役として今もノアの使役下にあり、今は荷物と共に倉庫に預けられているはずだ。
魔力の供給を意図的に絶てばスケルトンはまたただの骸骨に戻る。その骸を大切に衣装で包み、大きめの箱に収めて、3体のスケルトン達は一時の眠りに就いているのである。
ライラだけが特別だった。彼女の魔力を途絶えさせることはできない。一度骸に戻ってしまえば、また彼女を呼び戻せる保証はないのだ。だからノアは、彼女だけはしっかりと身繕いをさせて、同行していても不思議はないように自動人形のように振る舞わせていた。
「戦場に立つ以外、ネクロマンサーとしてだけで生きることはほとんど不可能だものね。
他に身を立てる術があるんだもの、賢明な選択だと思うわ。」
戦場のネクロマンサーがどういうものか、彼女達は間近に見てきた。
ディアザルテは基本的には傭兵クランである。当然、戦場の前線に立つことだってある。そして、彼女達の傍らには、テルザというネクロマンサーがいた。
出自がそれなりに高い階級にある者が多く、貴族の子弟クランのような扱いを受けて、今も盟主であるアルが領主の任を承けていたりもするが、それぞれが自分達のことを、一傭兵だと考えている。実家を頼ることを嫌う似た者同士…アルの友人達を中心に集まった彼女達は戦場を厭わない。
けれど、それが全てでないことも、勿論知っているのだ。
少なくとも、テルザは戦場を好まなかった。単独では主にモンスターの討伐の依頼を選び、戦場に赴くのは恋人…後に夫となったアルが最前線に立つ時に行動を共にするだけ。それ以外では決して、人を相手に死霊術を振るうことはなかった。
そもそも、死霊術は彼女自身が望んだキャリアではない。彼女は、数少ない戦前からの生き残りの老死霊術師の孫。その知識を絶やさぬために国からの管理を受けて後継者として選ばれた一人だった。
国は、ネクロマンサーを弾圧しておきながら、その絶大な武力となり得る叡智を手放すつもりなどなかったのである。
アルが彼女を妻としたことで、彼に領主の職という国からの鎖が付けられたという側面もあるのは、アル・リト・カークの3人のみが知る事実だった。
「それにしても、誰にも知られずほとんど独学で死霊術を修得してしまうなんて、ノア君はよほどの才媛よね。
こんな市井に埋もれているのが不思議だわ。」
フォンが紅茶のおかわりを注ぎながらライラに微笑みかける。
『ひとり、ノアの知人にネクロマンサーがいました。
私が呼び戻される前に姿を見なくなったそうですが、彼に多くの術を見せられたことが礎になっているそうです。』
「ネイヴ=ミザレのことね。あの男、一体何を企んでノア君に近付いていたのかしら。」
ノアがネイヴの話をした時にはまだミシェは帰って来ていなかったと思うが、リトやアルから多少の事情を聞いているのだろう。嫌悪感を露に、ミシェは軽く舌打ちをする。彼女もネイヴのことが好きになれないらしい。
「錬金術の方は誰かに師事していたのかしら? 年齢にそぐわない、滅多に見ないような腕前だって、朝食の時にカークが嬉しそうにしていたわ。」
ライラは、朝食の食堂にはノアに魔力の補給をしてもらうために現れ、そこで拠点にいるトマ以外の他のメンバーとも挨拶を交わしたものの、食事を摂る必要のない彼女はすぐに食堂を辞し、ノアの部屋で荷物の片付けをしていたのだという。その後またメイに誘い出されて今に至るわけだが、その時の会話を、ミシェは事細かにライラに伝えた。
ノアをほめられて、ライラは嬉しそうに口元に手をやってまた身振りで答えた。
『私達の住んでいた村に、現役を退いて子供たちに読み書きを教えていた老師がいました。彼は現役時代に錬金術師をしていたということで、錬金術の手解きは彼に受けました。
貧しい村でしたから、少しでも手に職をと、魔術の素質のある者には熱心に教えてくださる先生でしたので、ノアと一緒に私も習っていました。だから今でも、私もノアの助手くらいは出来るんです。』
「凄い! ライラちゃんは僧侶だけでなく、錬金術師でもあるの?!」
フォンが驚きの声を上げる。スケルトンとして復活を遂げたライラだったが、生前の意識を保っているためかその職能を失わず、また技能を成長させることもできていた。その源の魔力はノアに依存するため魔法を使うことは滅多にないが、そのことも、メイを通して女性陣には既に周知となっていた。
『いえ、私はあまり錬金術の素養がなく、製錬や精製には関われません。あくまでも助手です。
ノアは製錬には長けていますが、準備や容器詰めなどの細々した作業が苦手なので、それをサポートしています。』
クスクスと笑っているのがわかる仕草で伝えるライラは、だんだんと彼女達に打ち解けてきているようだった。
「アルケミストとしては、ふたりでひとり、って感じなのね。」
「ノアちん、意外と不器用なのね~♪」
一気に場が和む。縁の下の力持ちとしてライラがノアを支えているのだと知って、ふたりの睦まじさに笑みがこぼれた。
「うにゃー、紅茶おかわりちょうだい~。」
ライラの通訳としてしゃべり通しだったメイがフォンの前にカップを掲げる。タルトを乗せていた皿もミシェの前に差し出したのはご愛敬といったところか。
「あらあら、お疲れ様、メイ。
でも、いつもより食べるのがゆっくりになったわね。やっぱりライラが傍にいてくれるからかしら。」
大きめに切り分けたタルトを皿に乗せ、ミシェがメイに問いかける。
「うん、そうだと思う! 朝ご飯もね、ノアお兄さんがいたからか、いつもより食べなくて済んだの!」
やはり年頃の女の子だ、あまりにも食事を多く必要とすることが恥ずかしかったのか、嬉しそうにライラに抱き付く。
自然に抱き締められて、ライラは内心ひどく驚いた。メイもアンデッドだとは知っているし、マスクの下の素顔を見てもにっこりと笑いかけてくれたが、まさかこんなに当たり前のように、スケルトンである自分を抱き締めてくれる人がノア以外にいるとは思っていなかったのだ。
「ライラちゃんありがとー! ライラちゃんといるとね、体がすっごくラクなの! お腹がすくのもゆっくりなの!
もうね、ライラちゃん私のお嫁さんになって!」
笑いながら冗談を口にするメイに、ライラは存在しないはずの目頭が熱くなるような錯覚を覚えた。
「う~ん、入って行けない雰囲気だねぇ。
仕方ない、ぼくの部屋でお茶にしようか。」
かしましくおしゃべりの弾む食堂の様子に、ドアの外では、3人の男性陣が苦笑をこぼしていた。
「しかし、ライラという彼女は、本当にスケルトンとは思えないな。ごく自然にうちの女性陣に溶け込んでいる。」
ドアの隙間から食堂を眺める、禿頭にタトゥーを施した大柄な男が、小さな声で感心を口にする。
「テルザの使役体でスケルトン慣れしているとは言え、馴染むまでもう少しかかるかと思ったけど、杞憂だったねぇ。」
カークがクスクスと笑えば、
「綺麗に着飾っているからな、あんまり意識しないんだろ。」
ライラの存在に少し抵抗のありそうな声も上がる。
最近クランを移ってきて、唯一テルザとあまり長く接していない彼には、やはりネクロマンサーへの畏怖が根強く残っているようだ。
「ああ、ウィルは使役体慣れしていないんだったな。」
禿頭の大男、オークの魔術師であるディノが問えば、自然カークの視線もウィルに向く。それは別段責めるようなものではなかったが、
「……。」
ウィルと呼ばれた男は、それきり口をつぐんだ。
このクランの人間がネクロマンサーやその使役体に好意的なことは知っている。ほんの少しの間しか接しなかったテルザが人格者だったことも、彼女の使役体がおとなしい存在だったことも、アンデッドとなったメイがそれまでと変わらず明るく元気な少女であることも、わかってはいるのだ。
それでも、幼い頃から刷り込まれたダーティなイメージは…まして、綺麗に飾った下は人間の骸だという事実は、ウィルの心の枷を簡単には払拭できないのだった。
それが普通の反応だとわかっているから、誰もウィルを責めはしない。そのことが一層、ウィルの居心地を悪くさせていた。