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ノア(仮)  作者: 直方 諒
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鍛治師

「おお、いつもの(ぼん)でないか!

 なんじゃ、街に来ておったなら、ワシも街に出ておれば良かったわい!」

「え? 爺さん!?」

「なんだ、知り合いだったのか。」




 昨夜の約束通り、リトは朝食後一番で鍛治工房に案内してくれた。

 カンカンカンと小気味良く鎚を打つ音が聞こえているが、リトはお構い無く扉を開けて工房の中へ入っていく。

「誰じゃ! はよ()を閉めんかい! 炉の温度が下がる!」

 途端に聞こえた怒鳴り声に、慌ててリトの後を追ってノアも工房に入ると、扉を閉める。

 鎚の音が一段落したところで振り返った背中の広いドワーフに、悪びれた様子も見えない声音で、リトが声をかけた。

「悪いな。紹介したい人物がいる。

ノア、トマーシュだ。皆はトマとか、トマ爺と呼んでいる。」




 顔を合わせてみれば、それは、ノア自身が路銀が許せばアダマンタイトの鍛治を頼もうかと考えていた、顔見知りの鍛治師(スミス)だった。

「この坊の製錬した鉱石は質が良くてな、街に来ておる時にはいつも覗かせてもらっとるんじゃ。」

「おれも、あのアダマンタイトは爺さんに見てもらおうと思ってたんだよ。だからこの街に来たんだ。」

「お? インゴットがあるんかの? ぜひ見せてくれい。」

 ニコニコと笑う好々爺の笑顔に、ノアもつられて笑顔が浮かぶ。

「うん!」

 名前こそ呼び合うことはなかったが、ノアにとってはこの街で唯一と言っていい親しく話せる相手だった。すぐさま鞄からインゴットを出して見せ、リトの存在を忘れて話が弾む。

「おうおう、こりゃいい質だのう。また腕を上げたな、坊。

 のう、前から誘っておるが、クランに入る気はまだ起こらんか? ぜひとも儂んとこに入ってほしいんじゃがの~。」

 受け取ったインゴットを確かめながら、トマが願ってもない提案をしてくれる。リトは内心驚きながら、ふたりのやりとりを見守った。

「え? あー、前にも言ったけど、おれが入ると爺さんのクランに迷惑かかると思うんだ。だから…」

 少しだけ嬉しそうに、照れくさそうに表情を崩し、しかし苦笑いして断ろうとするノアに、

「迷惑など何もないぞ。」

リトがきっぱりと声をかけた。

「ノア、私も君にディアザルテ(うちのクラン)に入ってもらいたいと思っている。アルとカークの同意も既に得ている。

 トマ、彼がアルの探していたネクロマンサーだ。

 ノア、多分迷惑というのはそのことだろう? それに関しては心配しなくていいとアルも言ったはずだ。」

「なんと、本当か? なんじゃい、そんなことで遠慮しておったんかい。謙虚な坊じゃのう。」

 ネクロマンサーと聞いても、トマの笑顔は一向に変わらない。

 避けられるのが怖くて打ち明けられなかった秘密を簡単に暴露してくれるリトに一瞬驚愕したが、その笑顔を見て…不覚にも涙が浮かんだ。

「お? 坊、どうした?」

 おろおろと肩に手をかけてノアを覗き込むトマの、鍛治師らしくゴツゴツとした手が温かくて、さらに涙が溢れてくる。

「坊、なんぞ悪いものでも食べたか? それともリトにいじめられでもしたのか?」

「まて。私は何もしていないぞ。今一緒にいたのだから見ていたろうが。」

 リトも、トマの言葉に憮然としながらも困った様子で、清潔そうな真っ白いハンカチを差し出してくる。




 親しくなった相手ほど、ネクロマンサーだと、決して明かしてはいけないと思っていた。嫌われるだけだと…避けられるだけだと思っていた。事実、ノア自身もネクロマンサーを恐ろしい存在だと、彼等を存在させてはいけないと教育されて、それを信じてきたのだ。

 なのに、ディアザルテ(ここ)の人達は温かく接してくれる。これが一般的な(ふつうの)反応でないと知っているから、その温かさに涙が溢れて止まらない。

 彼等をそうさせてくれたのは、フェルテルーズという存在なのだろう。いったい、どんな女性だったのだろうか?

 ネイヴが執着するほど優秀なネクロマンサー。

 ネクロマンサーへの偏見を覆すほどの優しい人格者。

 会ってみたい…尊敬できるネクロマンサーに。リッチと化しているかもしれないとわかっていてなお、これだけ信頼を得ている彼女に。

 リトが差し出してくれたハンカチで涙を拭い、大丈夫、びっくりさせてごめんねと笑顔を作りながら、ノアはその思いを強くしていた。




「随分とセンシティブなんだな…。」

 泣いてしまって恥ずかしいからと、錬金術の工房を案内してほしいと頼み、そのままそこに篭ってしまったノアを思って、リトは小さく呟いた。

「ん? 誰の話か知らないけど、ザイルの神経のリトと比べれば誰だってセンシティブなんじゃない?」

「言うではないか、フォン。」

 呟きを拾ったのは、腰まである絹のような美しい銀の髪を襟足でひとつに括った、儚げな美少女という体のエルフだった。

「アルはもう出かけたのか?」

「ええ。ちゃんと身形を整えて送り出したわ。」

 ふふっと笑う彼女の頬に、うっすらと赤みが差している。その意味するところはわかっていたが、リトは特に何も指摘せず、フォンと呼んだエルフに礼を言った。

「いつも済まないな。彼奴は目を離すとすぐに、領主とは思えん様で謁見に出ようとするからな。」

「ホントよね。せっかく素材はいいのに、あれで何割損しているのかしら?」

 どこから現れたのか、クスクスと笑うミシェがフォンに寄り添い、美しい花束のような一対が出来上がる。

「いいのよ、アルはあれで。だって、自分で服選び出来たら、私の出る幕なくなっちゃうじゃない。」

 清楚な百合の華のような美貌が訴えれば、薔薇の微笑がそうねと返した。

「ところでノア君はどうしたの?」

「錬金術の工房に案内したところだ。少し篭るようだから、昼食までそっとしておこう。」

 ミシェの問いにさらりと答える。噂好きの女性陣に、余計な情報を与えるつもりはなかった。

「あら残念。10時のお茶に誘おうと思っていたのに。

 レモンタルトを焼いたから、メイとレノに全部食べられちゃう前にふたりもいらっしゃいね。」

 華やかな見た目によらず家庭的で、特にお菓子作りが趣味のミシェは、毎日のようにメイらのために腕を奮ってくれている。大人数で摂る食事こそ拠点付きのメイドに任せているものの、お茶のお供くらいは可愛い『妹』達に振る舞いたいのだと、拠点にいる時にはいつもお茶の時間に誘っていた。

「ミシェのレモンタルトは絶品だからな。私も呼ばれるとするか。」

 フォンを促しミシェの後に続く。甘いものはそう得意でもないリトだったが、彼女の作るレモンタルトは素直に美味いと思う。

 一切れ確保してノアに差し入れてやろう。そう考えていたのだが、それはミシェも同じだったらしい。

「リト、ノア君によろしくね。」

 二切れのタルトを切り分けたミシェに、ティーセットと供に持たされて、リトは食堂から工房のある離れへとUターンすることとなったのだった。




 ━━━…さて…。

 さっきの今で工房に戻ってきては、ザイルの神経などと渾名されたリトも、さすがにノックしにくかった。

 と。

「あれ? リト?」

「ノア。」

 カチャリとドアが開き、まだ少し瞼の赤いノアが姿を現した。

「わ、美味しそう。あ、ねぇ、ライラを見なかった?」

 助手をしてもらおうかと思ったんだけどと、リトの持ったトレイに目を奪われながら尋ねる。

「食堂にいる。メイも僧侶(プリースト)修行で手話を学んでいるからな、ひっきりなしに会話をしていたぞ。」

「ああ、そっか。だから昨夜からずっとメイちゃんと一緒なんだね。」

 嬉しそうに、でも少し淋しそうに、ノアが微笑む。

「メイちゃんがライラと友達になってくれて良かった。

 やっぱり女の子は女の子の友達としかできないおしゃべりもあるだろうし、特にライラは、もうずっと、おれとしか会話していなかったしね。」

 邪魔は出来ないなと、軽く肩を竦めるノアに、そうだなと返して、リトは改めて差し入れのトレイをノアの前に差し出した。

「ミシェの焼いたレモンタルトだ。彼女から頼まれてきた。私も好物でな、一緒に食べないか?」

「ミシェって、メイちゃんにお化粧してあげてる、戦士の綺麗なお姉さんだよね?」

「意外か? ああ見えて、菓子を作らせたら菓子店顔負けなんだ。」

 どう見えてなのかはさておき、実際意外だったが、トレイの上のお菓子は実に美味しそうだ。言われてみれば、整然とレモンを飾っただけで余計なデコレートのないそのタルトは、彼女のメイクの潔さとも通じるものがあるかもしれない。

「紅茶が冷める前に食べようか。そっちの机、拭いただけでまだ使ってないから、そこでいい?」

 ノアの指した先には、隅に資料らしき綴りを置いただけの簡素な机。ライラのために用意したのか、椅子は向かい合わせに2脚置いてあったから、ふたりでお茶を飲むには確かにちょうどいい。

「ああ。では失礼する。」

 工房に入り、机の上にトレイを下ろす。

 見回せば、片隅に置かれたハタキに、棚や窓辺には雑巾をかけた水跡。そういえばこの部屋に入るのは久しぶりだった。

「掃除をしていたのか。」

「調合に埃は禁物だからね。作業台の周りだけ軽く片付けさせてもらったよ。」

 手を洗いながら笑うノアの指先が赤い。そろそろ水が冷たい季節だ、気が回らずに悪かったなと反省する。

「それにしても、誰も使っていないなんて勿体ない設備だね。

 おれ、自分の器具も持ち込みたいと思っているんだけど、大丈夫かな?」

 楽しそうに語りながら椅子に掛けるノアの前に、リトがタルトと紅茶を並べる。香り揺らぐ湯気に鼻先をくすぐられて、ノアも肩から緊張がほどけていくようだった。

「勿論問題ない。自由に使ってくれ。不足する資材があればそれも遠慮なく教えてほしい。」

「いや、充分すぎるくらいだよ。」

 持ち込みたいものも使い慣れた器具がやりやすいだけだからと、ノアが両手をひらひらと振る。

「逆にさ、材料の仕入れ先に指定とかある?」

「特にない。ノアは普段はどうしているんだ?」

「別の街に馴染みの採集家がいるから、ほとんどそこで賄ってたけど、この街からは遠いから。トマ爺さんにでもきいたらいい仕入れ先わかるかな?」

「それならば、レノに話してみろ。今はメイに同行するために開店休業だが、彼女も本業は採集家だからな、同業者を紹介してくれるのではないか?」

 採集には幅広い専門知識が必要だ。幼く見えるレノが採集家を本業としているとは驚きだったが、確かに採集家にはドワーフが多い。ドワーフは年齢の判断しにくい種族でもあるし、女性のそれは深く考えないことにして、ノアはタルトを楽しみながらリトに応えた。

「ありがとう。じゃあお昼時にでも訊いてみる。」

 まだ手持ちの材料はあるから急ぎではないと断りを入れて、のんびりと紅茶のカップを傾ける。それよりも先に片付けることがあったのを思い出し、ノアはリトに語りかけた。

「午後から少し出かけてくるね。倉庫に預けてある荷物を取ってきたいんだ。」

「ならば私も手伝おう。」

「そこまでの量はないよ。おれ一人で大丈夫。」

 たいした荷物ではない。秘薬を調合する器具と、作り置きの秘薬や素材類。ライラとの旅路に必要な夜営用の旅荷はまだ預けておけばいいから、ノア一人いれば十分だった。

 しかし、とリトが言葉を繋げる。

「ノアが出かけるならば、ライラに残ってもらうか、メイが同行するかになると思うのでな。」

「ああ、そっか。…うん、メイちゃんにも付き合ってもらう方がいいかな?」

 まだ頭が切り替わっていなかった条件に、ノアも納得する。ライラの傍も居心地が良さそうなメイだが、本当にライラと二人で大丈夫かはわからない。ライラは数日程度ならば離れていても大丈夫なのだが、現状、ノアがメイから離れすぎるのは不安だった。

「おれが一人でメイちゃん連れ回すのもなんだし、やっぱりリトに来てもらえれば助かるよ。」

 にこりと笑って見せれば、リトも口元に微かな笑みを浮かべてこくりと頷いた。

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