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ノア(仮)  作者: 直方 諒
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治癒術師

「ライラとメイちゃんに共通するのは、僧侶(プリースト)系の職能。年齢も近いようだけど、これも関係あるのかな?」

 夕食を済ませた拠点の一室、ゲストルームであるのか既に寝具等整えられていた小綺麗な部屋の片隅の机で新しいノートを広げ、ひとり自分の研究資料を読み返しながら、考察を書き留めていく。よほど気に入られたか、ライラはメイが自室に招いて、まだ帰ってきていない。

 生前の自我を持つ使役アンデッド…二人を比較することは、決して無駄ではないだろう。秘匿のうちに存在していた可能性はあるが、公にされた技能にはそのような前例はない。

 事実、ネイヴですらも、使役体に魔術による刷り込みで仮初めの人格を与えることはあっても、生前の自我を呼び起こすことは出来なかった。

「使役主のおれとテルザさんの比較は難しいかな…?」

 そもそも、何を比較していいかわからないから、皆に質問のしようもない。

 メイとテルザの例と比較してみても、我ながら、ライラの人格を呼び起こせたのは奇跡だったと改めて思う。

 死亡してすぐに復活されたというメイの例は、まだ魂と肉体との繋がりが切れていなかったのかもしれないとも考えられる。だが、死後4年経ち、朽ちかけた遺骸から再生したライラがテレパスの魔法でノアを呼んだ時、ノアは激しく混乱したものだった。

使役主(おれ)の無念が、ライラの魂を縛っていたのかな…?」

 これまで何度も自問してきた。ライラ自身も納得できる死に方はしていない。遺骸に自縛していても不思議はない。だが、それならばもっと記録が残っていてもおかしくない。

「何が鍵なのか…。」

 自我を持つ使役体、自我を受け継いで甦るリッチ。

 違うのは、他者の魔力を必要とする有無。

 テルザが行方不明となってから既に3ヶ月が経っているのだと、アルが教えてくれた。

 戦後の大量発生の記録では、それだけ長く魔物(モンスター)化せずに済んだ例は報告されていない。

 だが、使役主であるリッチが魔物化して使役の術が崩れれば、その使役体も暴走の末自壊するはずだと、資料は語る。テルザにまだ自我が残っている可能性は高く、だからこそ、ネイヴが絡んでいる確率が高くなる。

 テレパスが通じるのに反応がないというのは、ネイヴが何らかの阻害を施しているからではないか? 疑いだせばキリがないが、考えれば考えるほど、ネイヴの影がちらついて払拭出来ない。




 コンコンコンコン。

 思案に耽っていた頭が、ノックの音に浮上する。

「はい! どうぞ!」

 慌てて返事をすると、失礼、という声と共に扉が開き、注ぎ口から湯気の揺らぐポットとカップを3つ乗せたトレイを持った男が、ゆったりとした足取りで入室してきた。その後ろに、リトも続いている。

「はじめまして。ぼくの名はケイデリオ=アークシェル、治癒術師(ヒーラー)を生業としている僧侶(プリースト)だよ。」

 昼間会ったリト以外のメンバー達よりは幾分歳上のようで、年の頃は30台半ばといったところであろうか。落ち着いて深みのある声が印象的な、優しそうな男性だった。

「はっ、はじめまして! レノアール=タッセルです。」

 敬虔な口調と丁寧な声音に緊張していると、アークシェルがふわりと微笑む。

「そんなに畏まらなくていいよ、ノア。

 紅茶を淹れてきたから、飲みながら少しおしゃべりをしてもいいかい?」

 促されて部屋の中央にある小さなテーブルセットに座を移す。アークシェルはトレイのカップにポットから紅茶を注ぐ様も上品で、畏まらなくていいと言われてもつい固まってしまう。

「カーク、ノアが緊張するから、その胡散臭いアルカイックスマイルをやめろ。」

「おや、不評だね? そんなに胡散臭いかい?」

 これは素なんだけど困ったなと、少し茶目っ気を出した声が笑う。

「こいつのことは皆カークと呼んでいる。

 本名を忘れている輩もいるから、ノアもカークと呼んでやってくれ。」

「え? あ、うん。」

「呼び捨てしてくれていいからね。あだ名にさん付けされるとなんだかむず痒い(たち)なんだ。」

 にこにこと微笑みを絶やさないカークと、無表情を通り越して仏頂面のリト。対照的なふたりだが、種族的な年齢が近いからか、随分と気さくな仲に見える。さて、実年齢はリトだろうが、種族年齢としてはどちらが上なのだろうか?

 そんなとりとめのないことを考えながらカークからカップを受け取ると、そういえば喉が渇いていたことに気付く。

「さあどうぞ。」

 促されてカップに口をつければ、爽やかな香りが鼻を擽る。

「…おいしい…。」

「それは良かった。デスクワークしていると、つい水分補給忘れるんだよね。」

 それだけではないだろう。淹れ方が丁寧で手際が良いからおいしいお茶になるのだと、いつかどこかの喫茶店のマスターが言っていた台詞を思い出す。

「カークはディアザルテの書類仕事全般を引き受けている。何か事務的な疑問や皆の体調管理について質問があれば、コイツに聞くのが一番早い。

 但し、拠点にいれば、の話だがな。腕も立つし顔も広いから、留守にすることも多い。」

「今日もちょっと遠出の討伐に参加していてね。

 挨拶に来るのが遅れて残念だったよ。よろしくね、ノア。」

 なんて優しげな人なんだろう。柔らかな声音と笑顔だけでほっと安心できる雰囲気は、ポカポカとした春の日和のようだ。

 かといって、女性的な風情はない。見目良く整えた口髭と、落ち着いた物腰によく似合うモノクルが、理知的で穏やかな包容力を感じさせる。聖職者らしい清貧なローブの白がこれほど似合う人物もそういないのではないかと思えた。

 同じような白いローブでも、軽薄な薄ら笑いを浮かべるネイヴが着ていたそれとは随分印象が違うものだ。

「ノア、カークは近隣に比類ない優秀な治癒術師(ヒーラー)だ、何かあったら何でも頼れ。」

 ノアの緊張していた表情が緩んできたことに気付いてか、リトが口を開く。

「リトがぼくのことを誉めてくれるとは珍しい。明日は雨かな?」

「ノアに正確な情報を与えておきたいだけだ。事実なのだから仕方ない。

 それに、貴様も後悔しているのだろう?」

 リトが問えば、カークの笑みがシニカルなものに変わる。

「まあね。ぼくがいれば…傲慢な考えかもしれないけど、ぼくさえ傍にくいれば、メイもテルザもアンデッド化させたりしなかった…。」

 治癒術師(ヒーラー)故の虚しい繰り事だよ…。自嘲して俯くカークの笑みは陽だまりに雲がかかったように影差したもの。

 それを拭い去って顔を上げると、カークはまた、日向のような笑みで、リトとノアに向き直った。

「ぼくにできることがあるならば、なんでも協力したいと思っているよ。だからノア、いつでも相談にきてね。

 それから、ありがとう、リト。」

「礼を言われるようなことはしていない。」

 静かにカップを傾け紅茶を嗜むリトの無表情に、少し緩みを見る。カークもそれに気付いたようだったが、カークは何も言わず、自分もまた静かにカップを傾けた。




 ━━━…かっこいいな…。

 大人ふたりの距離感を、ノアは少し憧れるような感覚で見ていた。

「さて、言うべきことは言ったし、そろそろ失礼するか。」

 カップを置いたリトが宣言すると、そうだね、とカークも腰を浮かせる。カップをトレイに戻し、

「ノアも、早々からあまり根詰めすぎないようにね。

 もう日付変わっているよ。」

くすりと笑い、ベッドのサイドテーブルに置かれた時計を示す。

「えっ? あ、うそ、もう?」

 やはり時間を忘れていたノアが慌てると、リトが軽くため息をつく。

「研究者気質なのだろうな。目を離すと寝食を忘れるタイプだろう?」

 実にその通り。何度食事の時間を忘れ、何度夜明けの朝日に驚いて顔を上げたことだろう。返す言葉もない。

「うちにも常習犯いるけどね。鍛冶師(スミス)のトマなんか、工房に篭って三日は出てこないのが当たり前。自分でもわかっているから、今じゃ食料持ち込んで三日経ったら教えてくれとか言ってから篭る始末だよ。」

 そういえば、リトの話の中に、アダマンタイトのインゴットを欲しがりそうだという鍛冶師も登場していたのを思い出す。

 同じことを思ったのか、リトがノアをじっと見つめて、口を開いた。

「明日の朝にでもトマの工房を覗きに行こう。今朝篭ったばかりだからまだ出てこないだろうと思うが、あれを見せたら更に日付を伸ばしかねん。」

 深いため息に、その職人気質ぶりが目に浮かぶようだ。

「そうだ、ノア。秘薬を買い取りたいという話だが、改めてカークのいるうちに話しておきたい。カーク、ノアは腕の良い錬金術師でもある。秘薬の備蓄ももう少なかったろう? 私は彼から在庫を譲って貰おうと思っているのだが、備蓄にも必要でないか?」

「リトが欲しがる品質なら勿論備蓄にも欲しい。

 あるだけ買い取りたいね。」

 広場でもリトの言動に驚かされたものだが、どうやらカークも金銭感覚的には同類であるらしい。いや、カークの場合はクランの備蓄用なのだから、個人の販売品の在庫を買い取るくらいの支出は問題ないと計算しての発言だろうか?

「ノア、錬金術の工房ならうちにもある。錬金術も活かしたければ、そちらも自由に使ってくれ。」

 場所は明日一緒に案内しようとリトが言ってくれる。

 リトに『錬金術師(アルケミスト)』を名乗ったのは、その場しのぎの出任せではない。信念としても現実を鑑みても、ネクロマンシーで生計を立てるつもりはなかった。日々の生業として様々な魔法技能の中から選んだ錬金術だったが、こちらも偽りなく真剣に研鑽している。だから、その言葉は素直にうれしいものだった。

「ありがとう。」

 礼を言いながら、これは本当に倉庫に預けてある余分や道具も取りに行った方がいいかなと頭の隅で考える。

 ネイヴのように、前線でネクロマンシーを使って、しかしそれを隠しつつ傭兵として生きていく道もある。けれど、ノア自身、そういう場は身に合わないと考えて、生産職を選んだのだ。

 自分のネクロマンシーは、誰かを助けるためだけにしか使わない…自分勝手なネイヴに振り回されたことを反面教師に、ノアはそう決めていた。

 まさか、本当に誰かを助けることを依頼されることがあるとは、思ってもいなかったけれど。




「いい子だね。」

 カークが微笑むと、リトはこくりと頷いた。

「君がクラン(うち)に誘いたいというのもわかる。人嫌いのリトが一目で気に入るなんて珍しいと思ったけど、納得したよ。」

「貴様が見てもそう感じるなら、私の人を見る目も強ち節穴でないらしい。」

 廊下を歩きながら、ふたりは静かに話していた。

「アルにはもう了解を得ている。」

「それならさっき話せばよかったのに。」

「クランへの勧誘はやはり貴様も同意の上で、と思ったのでな。」

 お堅いんだからと笑うカークに、リトは少し鼻先を鳴らして応えた。

「ノアならぼくも大歓迎だよ。錬金術師(アルケミスト)としても腕を奮ってもらえるならこの上なしだしね。」

 ポケットから取り出した小瓶。ノアが秘薬のサンプルにとカークに渡したものだ。品質は鑑定師(レイター)であるリトのお墨付き。

「びっくりしたよ、あの年齢(とし)でこれだけの秘薬(もの)を作れる技術者が、どこのクランからも商業ギルドからも囲い込まれずに一人で生活しているなんて。」

 世間の風は冷たい。

 下手に若いうちから才能を発揮していれば、それを利用して搾取しようとする輩が近付いてきていても不思議はない。

「ライラとふたりでいることもあり、あまり人目に付かないように住家を転々としていたようだからな。幸か不幸か、見る目のある人間と出会わなかったのであろう。」

 夕食の懇談で聞いたノアの事情を語れば、その苦労が偲ばれるのか、カークの口元の笑みが淋し気なものに変わる。

「護ってあげたいね。」

 カークが呟くと、リトも深く頷いた。

「その意味でも、ノアはディアザルテ(うち)で保護したい。本人次第だから何とも言えんが、明日また誘ってみよう。」

 お互い頷き合って、二人はそれぞれの部屋へと別れた。

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