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ノア(仮)  作者: 直方 諒
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使役体

「話を続けよう。

 アルがテルザとのテレパス中に、ネイヴ=ミザレの名を聞いている。」

「テルザが『またネイヴが来た』と伝えてきて、テレパスを終了した。その時テレパスを切ったことを後悔したよ。その半刻後にメイが苦しみだし、テルザにテレパスを送った…そして聞けたのは、『メイをお願い』という…最期の言葉だったんだからな…。」

 一端緩んだ空気が、またぐっと重苦しくなる。

 明らかに怪しいのは、ネイヴ=ミザレの来訪。しかし、確証と言えるものは何もない。

「ミザレ本人の弁は、すげなくかわされすぐに別れたというものだった。他に目撃者もいない。テルザ本人には、現在もテレパスは通じるけど、反応はない。」

「アンデッド化した体と精神とが、上手く釣り合いが取れていないのかも。でも、テレパスを受け取るということは、テルザさんの自我がまだ生きているという可能性が高いと思う。」

「戦後の大量発生の際も、長らく自我を残した元ネクロマンサー達がいたようだからな。結局は怨念に呑まれて魔物(モンスター)化したようだが…。」

 リトのその言葉に沈黙が帳を下ろす。親しい人間にとって、耐え難い事実であろう。


 現状で、ネクロマンサーとしてのレノアールに求められることは2つ。

 ひとつは、行方を眩ましたままのテルザについて、状況が動き次第相談を受けてほしいということ。

 もうひとつは…。

「やっぱりノアお兄さんとライラちゃんの傍は落ち着くにゃ~。

 あんまりお菓子食べなくても大丈夫みたい。」

 そう言いつつ、買ってきた大量の焼き菓子をレノと一緒にぱくぱくと頬張るメイの体調や性質を補助してほしい、というものだった。

 通常ならば、使役主のいるアンデッドは、食事は取らない。スケルトンであるライラなどは消化器などもないから当たり前だが、普通の人間と遜色ない肉体を維持していることといい、メイは随分と性質が特殊なようだった。

「メイは普通の人間のように食事を必要とする。

 いや、普通以上に…の間違いだな。とにかく、すぐにエネルギー切れを起こす。だから、仲の良い友人でありドワーフであるレノに、いつも多めに食糧を持ってもらって同行願っている。」

 ドワーフは、他種族に比べて身長こそ小柄だが、骨太で力持ちなのが特徴の種族だ。そういえば、街で会った時も、やたらと大きなザックを背負っていたことを思い出す。あれは、食糧を入れておくためのものだったのか。

「テルザが再生させた時から、食事を摂る特殊さは目を引いていたが、テルザと離れてから、急に食事の量が増えた。」

「体を維持するために足りない魔力(エネルギー)を、食事から抽出しようとしているんだろうね。」

 使役体の通常のエネルギーは、使役主の魔力だ。だから、使役主から離れて行動することはあまりない。

「だろうな。いくら食べても目方は変わらない。むしろ日に日に少しずつ窶れて、肌にも生気がなくなってきた。

 メイは歳に似合わぬ化粧をしているだろう? 最近は食事だけで補いきれないのか、顔色が随分と悪くなってきてな…見かねたうちの女性メンバーが、毎朝整えてやっているのだ。」

 社交の場でもあるまいし、本当はあんな子供に化粧などさせたくないのだがなと、リトは薄く笑う。

「うん、メイちゃんを初めて見たときに、おれも少しちぐはぐな印象を受けたかな。顔色をよくするためなのは今ならわかるけど、少し濃いめだし余計にね。」

 同じことをリトも思っているのだろう、微笑が苦笑に変わった。

「厚化粧で悪かったわね。

 あれでもギリギリまで薄くしてるんだからね?」

 男は化粧の苦労がなくていいわよねと、皮肉っぽくも妖艶な声がかかる。

「悪いとは言っていない、感謝しているさ。おかえり、ミシェ。」

 椅子に座るリトの肩にしな垂れかかる指先は、青黒い肌の先に灯る綺麗な赤。

 こちらは年齢相応に美しく化粧をした、爪と同じく真っ赤な鎧を着込み腰に二本の剣を帯びた華やかな女性が立っていた。化粧はしているが、派手に飾っているわけではないようだ。元々の顔立ちが見映えが良いから、ナチュラルなメイクで充分その魅力を引き出していた。その彼女が言うのだ、メイの現在の顔色は余程悪いのだろう。

「でも、化粧が濃く見えたってことは、顔色がまた変わってきたってことかしら?

 ちょっとメイ、肌を見せてご覧なさい。」

 カツカツとヒールを響かせて、ミシェと呼ばれたダークエルフの女性は、まだお菓子を頬張っているメイの元へ歩み寄った。

「あら、少し顔色も肌艶も良くなっているわね。」

 これなら、もう少し軽いメイクにできるわねと嬉しそうに声を上げ、ミシェはノアに振り向いた。

「参考になるかわからないけれど、テルザが所用で出掛けてあまり離れていると、だんだんとメイの顔色が悪くなることがあったわ。そして、帰って来ると途端に改善したの。その時と同じようなことが、貴方と出会って、貴方が来てくれたことで、メイに起こっているのかもしれない。」

 貴方が来てくれて本当に良かった。ミシェは大輪の薔薇を思わせる笑顔をノアに向け、メイを抱き締めた。

 考えられる。本来の使役関係でないとは言え、ノアの魔力を受け取ることができる様子のあるメイだ。ノアと共に居れば、身体機能の低下を緩和することも可能なのかもしれない。

「お願い。メイの傍にいてあげて。

 テルザのことはもちろん心配だけど、まずはメイ。この娘が貴方達の傍に居ることで元気でいられるならば、それだけでも叶えてほしいの。」

 本当にメイを心配している様子がわかる。

「伏してお願いする。

 ぜひ当分…ノアの都合の許す限りディアザルテ(うち)に留まってほしい。」

 自分で話すのは辛いのだろうか、説明をリトに任せてメイがお菓子を食べる様子を眺めていたアルが深く頭を下げる。

「そんな大袈裟な…大丈夫、おれだってもう、ここまで事情がわかっていて依頼を断ることなんて出来ないから!」

 慌ててアルの肩に手をかけ、頭を上げてくれるよう頼む。

「詳しく分析してもらい、少しでもメイのためになることがあればと思ってネクロマンサーを探していたのだがな。ノアがいてくれるだけでメイが改善するとは僥倖だった。」

 リトの言葉に、ノア自身も良かったと思う。

 こんなにみんなに大切にされている少女を、救う糸口になれるのだから。

「もちろん、何かもっと良い…できればメイちゃんが普通の生活を送れるような方法を見つけたいと思う。」

 多くのアンデッドモンスターは他者の魔力を食らうために生物を襲うと考えられているが、アンデッドの中でもリッチは他者の魔力を必要としないと言われている。素体の魔力が充分であるために必要がないとの説が有力だが、それならば、魔力の高い魔術師はすべてリッチ化の素養がなければおかしいが、ネクロマンシーで甦らせたとしても、リッチ化するのはネクロマンサーのみだったという。彼等と他のアンデッドと何が違うのか…それを探ることは、純粋に魔術師としてのノアの好奇心を擽る命題でもあり、また、ライラをより自由にしてあげられるかもしれない一筋の光明でもあった。




 ライラはノアの大切な少女(ひと)だった。教会の孤児院で共に育ち、孤児院を出た後もお互いに助け合って生きていこうと誓い、ノアは魔法学校へ進んで魔術師の道へ、ライラは教会に留まり僧侶(プリースト)として癒しの魔法を学んでいた。

 彼女を喪ったのは4年前…ノアは14歳、ライラはもうすぐ15歳の誕生日を迎えようとするある日の、突然のことだった。

 誕生日といっても、幼ながら自分でそれを憶えていたノアと違い、赤ん坊の頃に親と死に別れたというライラの本当の誕生日はわからない。そういう子供には、二人のいた孤児院では、聖人に因んだ日付やお祝いの日を誕生日と定めて祝ってくれていた。これはどこの院でも必ずしもというわけではなかったらしく、随分と良心的な院長の管理する院だったのだと後に知ったのだが、ライラの誕生日は一ヶ月も前から準備を始めて盛大に祝う祝祭に合わせた日であり、僧侶(プリースト)見習いであるライラも教会で準備に追われていた。

 賊が襲ったのは、清貧を宗とする教会が、年に一度だけささやかながら物品を買い入れるために寄附を募り、人々の善意とともに祝祭を過ごそうという、まさにその善意を奪おうとするものだった。

 教会付きの騎士団らにより、教会に立て篭もった賊らは掃討されたものの、聖職者らの被害は死傷合わせて両手の指を数えるを超え、その犠牲の中に、見目美しい少女だったライラも含まれていたのだ。一番惨たらしい被害者だったと言われ、ノアはその遺体に会うことすら許可されないまま、葬儀にのみ出席を許された。

 その時からノアは、秘かにネクロマンサーへの道を模索し始めた。ネクロマンシーで魂を呼び戻すことは出来ないと知っていたけれど、せめて、彼女と過ごすはずだった日々を取り戻したかったのだ。




 彼女を取り戻すまでに3年以上かかった。その間にネイヴ=ミザレと出会い、彼のネクロマンサーとしての知識を見せられ、分け与えられたことで、結果的にノアはライラと再会することが出来た。

 恩師と言ってもいいのかもしれないネイヴの存在だが、彼をそう呼びたくないのは、彼の人格が尊敬出来ないものだからだ。

 ノアにネイヴがしたこと…傭兵を生業とする魔術師として素性を曖昧に過ごしていた彼は、時折その仕事で得た死体を操っては、ノアにけしかけてきた。

 ある時は、矢が突き立ち血塗れのゾンビを。またある時は、コート一枚の下は全裸の娼婦のノーライフを。

 止めてくれと訴えても、ネイヴは実地訓練だとヘラヘラと笑って見せた。能力(ちから)のあるネクロマンサーの術を間近に見るのだ、確かに実地訓練としてはこの上ない。だが、それを仕掛けられる方は堪ったものではない。

 他に興味が…今となってはテルザとメイにとわかるが…移って姿を見なくなるまで、ネイヴは日を置かずノアの元を訪れては、気紛れにその知識を披露しノアの習熟に尽力してみたり、気紛れにノアへの嫌がらせじみた実地訓練をしては、満足気な薄ら笑いを浮かべていた。




 皆にはまだ明かしていないけれど、もしもテルザがネイヴの被害者だとしても不思議はないという考えが、ノアの中にはあった。

 ノアが知る限り、ネイヴはリッチ化と自我の存続について研究していた。ネイヴ自身優秀なネクロマンサーだ。彼が自分の死後にリッチとして甦ることを想定してより長く自我を保つ方法を探していることを、当時のノアは疑問に思わなかった。

 だが、ある日気付いた。自分勝手で他人などどうでもいいネイヴが、ノアをネクロマンサーとして育て上げようとしているその意図に。ネイヴは自分の研究のため、リッチ化可能なネクロマンサーを生み出そうとしているのではないか…? 確証はないが、その可能性は高いように思われた。

 ノアがネイヴをいくら避けようとしても、ネイヴの方がノアに近付いてくるのだから意味がない。薄気味悪い予感と共に訪れるネイヴにチリチリと首筋を焼かれるような不気味さを感じながらも、ノアは極力ネイヴの前でネクロマンシーに関わる技能を試さないよう振る舞い、やり過ごしていた。それから実に1年を密かな研鑚と錬金術の習熟に費やして過ごすことになったが、いつからかネイヴの姿を見なくなった。

 それが、ライラとの再会を決意する契機だった。ネイヴの監視のような来訪がなくなり、ネクロマンサーとしての技能を試そうという気持ちの余裕が出来た。




 そして、約半年もの試行錯誤の末、ようやくライラとの再会を果たした時、それを呼吸するかのように易々と為しては、暇潰しのように使役体を操ってみせるネイヴ=ミザレという男が、どれだけの高みにいるネクロマンサーだったのかを知ることになったのだった。

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