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ノア(仮)  作者: 直方 諒
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結界

7月21日追記

7月22日は、都合により更新をお休み致します。

 広々とした部屋の中で、カークは少し困ったという表情で応接テーブルのソファーに座っていた。

 その周囲には屈強な男達。申し訳程度に羽織っている僧侶の黄色いローブが似合わないことこの上ない。

 どうやらこの部屋には遮音の結界が張られているらしく、外部との連絡も取れない。

「まだ考え直さないかね。」

 応接テーブルの向こうには、黄色いローブの上にさらに少し濃い色合いの黄色のケープを重ねた、白髪の頭の固そうな老人が座っていた。

 カークがこの部屋に案内されてから、もう何度目の訪問だろうか。

「私は既に教会を辞した身です。何度お誘い頂きましても…。」

「君も聞き分けのない男だな。それなりの地位を約束すると言っている、大人しく教会に帰還したまえ。」

 この丸一日、カークがいくら断っても、老人は耳を貸す気配がない。

「大体、汚らわしい死霊術師(ネクロマンサー)なんぞのいるクランに、仮にも大陸随一と称される治癒術師(ヒーラー)が在籍しているなど、教会にとって面汚し以外の何物でもないのだ!」

 やんわりと辞退の言葉を繰り返すカークにいい加減彼も苛立ったのだろう。老人は声を荒げて言い放った。

「…大司教様のお言葉とはいえ、聞き捨てなりませんね。

 今の言葉、撤回してください。」

 その言葉に、それまで柔和だったカークの空気が変わる。

「なっ…。」

「大司教様に向かって失礼だぞ!」

 言葉に詰まった大司教と呼ばれた老人に代わり、屈強な男達の一人がカークを恫喝する。

「これは失礼。大司教様ともあろう方が、善良な一市民たる私の友人を侮辱なさる発言をされたようでしたので、ついカッとなってしまいました。

 大司教様のおっしゃる死霊術師とは、国王の認められ選任されたフェルテルーズ=ディアザルテのことでしょうか?

 彼女を侮辱するということは彼女を選任した国王をも侮辱すること…その意味がお分かりですか?」

「ぐっ…。」

 急に饒舌に語り出したカークに、大司教と呼ばれた老人が、気圧されたように言葉に詰まる。

「大司教様…。」

「…ええい、貴様の気が変わるまで、この部屋から出ることは許さん!

 僧兵共よ、このたわけ者を取り逃がすでないぞ!」

 ガタンと席を立ち、老人はバタバタと部屋を後にする。老人が部屋を出ると同時に、ガチャリと鍵のかかった音がした。




 ━━━やれやれ、老害というのはああいうのを言うのかな。

 カークは、まだ胸がムカムカする気分を抑え、自分を取り囲む僧侶…いや、僧兵達を見回した。

 ━━━さて、早くお暇したいところなんだけど。

 確認するように、手のひらに魔力を集中する。そこに生まれる小さな魔力の波…日のあるうちに幾人かの身形の良い病人や怪我人がこの部屋を訪れ、彼等に治癒魔法を施していたからわかっていたことだが、この部屋には遮音の結界は張られているが、魔力を封じるそれは施されていない。

 僧兵達は、特に逆らうわけでなく部屋に留まるカークに、武力での脅しが利いていると思っているはず。油断しているだろうこの状況ならば…逸って少し浮わつく気持ちを抑え、編みかけていた魔力をきゅっと握り潰す。

 ちょっと頭を過っただけとはいえ、悪手にもほどがある。いくら油断しているだろうとはいえ、多勢に無勢のこの場を制することが出来ると思うのは、少々楽観が過ぎる。かといって、制圧出来るだけ本気で当たれば、それこそ大教会の思う壺になりかねない。カークはそんな分の悪い賭けに出るつもりはなかった。

「ぼくはただ拠点(うち)に帰りたいだけなんだけどね。

 大司教様にとりなしてもらって、いい加減帰してくれないだろうか。」

 にっこりと笑い、カークは老人の横だった位置に座る、唯一文官らしい知的な気配のある男に語りかけた。彼も大司教と共にこの部屋を行き来していたのだが、今回は退室のタイミングを逸したようだ。

 この部屋に遮音の結界を張ったのはおそらくこの男の仕業だろう。カークとも深くはないが面識がある。確か、結界生成などに定評のある魔術師だったと思う。

「帰りたければ自力でどうぞ、アークシェル卿。ご覧の通り貴方の杖もそこにありますよ。」

 カークの言葉に、男は応接テーブルの上に置かれた透明な結晶の埋め込まれた淡い金色の短杖(ワンド)を指し示す。

実力行使(それ)をすると後々責任を取らされそうだからね、今のところは控えておこうかと。」

「賢明ですね。」

 くっと笑い、男はカークに向き合った。

 あえて魔力遮断の結界を張らなかったのは、この部屋を訪れる富裕層の傷病者を診せる都合があったのだろうが、ひとつにはカークが力でこの部屋を出ようとしても問題がない、ということなのだろう。

 一見そうは見えないが、あるいは僧兵達も黄色い僧服の下に魔法を防ぐ魔法衣(ローブ)とやらを着込んでいるのかもしれない。そうであれば、治癒術師とは言え魔術師の端くれであるカーク相手に魔法を遮断する結界を張らないのも頷けるし、魔法を行使してこの部屋を出ようとするのは益々悪手ということになる。

 そして、もしそうなった場合、大教会での暴力行為なり何なりの名目を付けてカークの立場を悪くさせ、監視の体裁で教会付きに追い込む算段でも付いていそうだ。

 ━━━くわばらくわばら。

 そんな事態は回避したい。思っていると、対面の男が少し表情を崩した。

「まあ、こんな暴挙はいずれどこかしらからクレームがきて収まります。それまでのんびりとなさっていてはどうです?」

「おや、大司教様の協力者とも思えない発言だね。」

 男の意外な発言に、カークは彼の目を見てその意を窺った。

「私は命令に従っているだけです。

 大司教様の直接命令でもなければ、こんな茶番誰が付き合いたいものですか。」

「おい、不敬だぞクレマー!」

 ああ、そういえば、この男はそんな名前だった。話を聞いていた僧兵の怒鳴り散らした声に、カークはのんきにそんなことを考えていた。

「大司教様には既に諌言差し上げている。愚痴くらい大目に見てもらいたい。」

 どうやらこのクレマーという男は、進んで大司教の策に乗っているわけではないようだ。この部屋に残ったのも、退室出来なかったのではなく、自分の意思でそうしたのかもしれない。

「やはり教会付きというのは面倒なものだね。」

「まったくですよ。

 ですが、一度就いてしまった以上、簡単に投げ出すわけにもいきませんしね。」

 労いを込めて微笑めば、自嘲を乗せた笑みが返ってくる。

「安易に投げ出してしまったぼくとしては、実に耳が痛いね。」

 カークが手のひらを広げて天を仰げば、クレマーがまたくっと笑った。




 一夜が明け、ディアザルテの拠点では、食堂に集まったメンバーがリトに視線を集中していた。

「夜の間も幾度かテレパスを試みたが、やはりカークとは連絡がつかんな。

 アルが、朝食後に一度大教会に出向き、それで面会を断られたら王城に戻って教会に圧力をかけてもらえるよう手配すると言っている。」

 それって随分と大事(おおごと)なのでは…ノアはライラと顔を見合わせ、それからまたリトを見やる。

「今回のことはいつもの強引な勧誘の域を超えている、構わず手配を進めろと言っておいた。

 国としては、カークが在野だろうが教会付きだろうが構わんからあてにはならんが、動かないよりはマシであろう。」

「そうだな。」

「そうね。」

 しかし彼等にとっては当然の対応のようで、疑問視する声すら上がらない。

「事態が動き次第アルが連絡をくれるだろう。

 カークの心配ばかりしていないで、各々己の仕事をするぞ。」

「朝食も出来たようだな。さあ、食事にしようか。」

 リトの言葉にディノが応じ、フォンやメイ達は食事を運び込む館付きメイドの手伝いを始める。

 こういう気取らない態度で忘れがちだったが、ディアザルテ(ここ)は領主クランなのだ。国との繋がりがあっておかしくないのだった。

 ━━━なんだか改めて…世界が違うな…。

 ぼんやりと考えながら、ノアは先に手伝いを始めたライラの後を追い、テーブルを離れた。




 怪しい気配に気付いたのは、アルだった。

「気をつけろテルザ、なんか変なのが尾いてきてる。」

 大教会でカークとの面会拒否を受け、王城に向かうために馬に乗り込み移動を始めたところだった。

「不審な灰色のローブ姿のが五人。俺らの前に厩で馬を用意していたのをたまたま見ていたんだが、そいつらがそのままって感じだな。」

「…灰色…、私の元に来た刺客と同じローブかもしれないわ。」

 昨日、拠点の町(ロデリア)の教会から来た僧侶二人が提示した教会所有の同様のローブも灰色だったと、リトとのテレパスで聞いている。

 まず間違いなく教会からの使者だろう。

 単なる尾行か、刺客としての任を受けた者か…。

 馬を止めて話をする二人を遠巻きに監視する同じく馬を止めた灰色の一団に、まだ動きは見られない。

 ここはまだ大教会から近い。もう少し離れてから何か動くつもりなのだろうか。

「今ここで留まっていても仕方ないわね。

 王城に向かいましょう。」

「大丈夫か? 何なら排除してくるぞ。」

 アルが腰の剣に手をやるが、テルザは首を横に振った。

「確かに気持ち悪いけれど、相手の出方がわからないもの。排除するのは害意を向けられてからでいいわ。

 それよりも今は王城への道を急ぎましょう。」

 それもそうかと、アルは馬の鼻先を進行方向に向ける。

「俺が後ろに付く。テルザは先に行ってくれ。」

「ええ、アル。」

 固い表情でテルザが馬を進めると、アルもその後を追った。

 一団は一定の距離を取りながら尾いてくる。教会と王城を繋ぐ、ほぼまっすぐの一本道の街道だ、向こうも尾行に気付かれていることは承知だろう。

 ━━━ノアに尾いてた連中みたいに偵察だけなのか、単に余裕かましてるだけなのか。

 圧力目的にしては温すぎるが、これでも気分が良くないことは確かだ。

 進むと決めたテルザの表情も思わしくなかった。

 やはり排除してから進んだ方が良かったか…考えつつ、アルは背後の気配に留意しながら馬を走らせた。

7月21日追記

7月22日は、都合により更新をお休み致します。

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