観察
「セルディア、人形の確認しなくていいのか?」
「馬鹿ね。こんな人の多い場所でそんなことして騒ぎ立てることが得策だと思うの?」
簡単に言葉を交わした後、宣言通りノア達から距離を取ったシーマとセルディアは、そのまま彼等の姿が見えなくならないよう注意しながら後を付いて行った。
しばらく歩き、一行が鉱物の問屋に入ったのを確認する。これで暫しの間は出てこない。シーマとセルディアに少し話をする余裕ができた。
「んなこと言って、ノインスファルスにびびってるんだろう。」
「…うるさいわね。貴方には実感が湧かないかもしれないけれど、相手はあのノインスファルス卿なのよ。
眉唾な死霊術師なんかより彼の存在の方が恐ろしいに決まっているわ。」
ごく小さく、シーマにしか聞こえない言葉でセルディアが呟く。
「そんな怖いかね、あの男。そんな強そうに見えないじゃん。
それよか、セルディアはあの坊やが死霊術師だってのはガセだと思ってるんだな。」
シーマの意外そうな言葉に、セルディアは首を振った。
「違うわ。死霊術師が、教会が追いかけ回すほど危険な存在だと認識されていることが不自然だと言っているのよ。」
「ほう、同感だな。」
「ノインスファルス卿?!」
急にかかった第三の声に、セルディアが目を見開いて声を上げる。
いつの間に距離を詰められたのだろう。会話を聞かれる間合いに入られていたのに、気付きもしなかった。
シーマの失礼な言葉は聞かれていなかっただろうか? 無表情なノインスファルスの様子からはどちらとも窺えない。
然り気無く周りを見回すが、彼以外の姿はない。タッセル少年と彼の人形達はまだ店の中なのか、あるいは先に帰したのか。
「レノアールならばまだ店内だ。クランから迎えを呼んで任せてある。
ところで、セルディアだったな、そちらとだけ少し話をしたいが。」
「は? 私とですか?」
「俺はシカトかよ。」
見透かしたような言葉で余裕綽々のノインスファルスにシーマが食ってかかるが、セルディアとしては正直黙っていてくれという気分だった。
いきり立つシーマを手で制して、セルディアはノインスファルスに向き合う。
「お話を窺います、ノインスファルス卿。
シーマ、貴方はタッセル少年の調査の続行を。
くれぐれも彼に危険のないよう、警護のつもりで当たりなさい。」
「えっと…シーマさん?」
「なんだよ。」
様子を見てくると言ってリトが離れた後、しばらくして店内に入ってきた黄色いローブ姿に、ノアがおそるおそる声をかける。
不機嫌そうなシーマは、何か言おうとするノアに先手を打って宣言した。
「言っとくが、ノインスファルス…卿の許可付きだからな。
セルディア…俺の連れが、アイツと話をする間、お前の警護に当たれと言ったんだ。アイツもそれに同意した。」
「警護?」
「調査兼ねてな。」
そのままぷいと視線を流したシーマには、警護も調査もやる気があるようには見えない。
━━━リトがおれの近くに彼を寄越したということは、彼は危険じゃないと判断したってことかな。
単純に、目の届く範囲にいた方が対処がしやすいと思っただけかもしれないから、シーマとの間にヒューマンのスケルトンを立たせて一応警戒は解かないでおく。
「ノア、構わないから買い物を済ませてしまおう。」
「あ、うん。」
リトに呼ばれて来てくれたディノに促され、ノアは問屋の店員から素材となる鉱物を広げたトレイを受け取り、ライラと一緒に確認する。
「へえ、その人形目利きができるのか。
随分と優秀なんだな。」
と、こちらを見ていないと思っていたシーマが、ライラを眺めながらぽつりと呟いた。
「…そう見えましたか?」
少し考えて、ノアは濁した答えを返しておく。
シーマの方は、大して意味のあった言葉ではないようで、特に続けるでもなくまたそっぽを向いてしまった。
だが、やる気の無さげな様子と違い、彼は思っていたよりもよく観察しているようだ。伊達に調査員に選ばれていないということか。
『ライラ、彼のいる間はいつもより少し気を付けようか。』
『そうね。私は自動人形になりきるようにするわ。』
テレパスでライラと相談すると、ライラも同意してくれる。
ちらりと見た素材の質は良く問屋も信頼できるようだったので、ライラはそれをノアに告げて後は品定めから外れた。
目利きの出来る自動人形がいない訳ではないが、それはあまり一般的な性能ではない。少なくとも、ライラが模しているような観賞用や助手用を主とした線の細い自動人形に持たせるには今のところその機構が嵩張りすぎるはずで、ノアのような若輩が連れていることもあり、ライラが加わるのは少々不自然なのだ。
だからと言って、通常の使役アンデッドには尚更それができるわけでもないから、それからノアが死霊術師であるという風には結び付かないはずだが、用心するに越したことはない。
いくつかの鉱物を見せてもらい、必要なだけ計量をお願いすると、それを店員が包んでくれる。
「うん、これで今日の買い物は終わり。ふたりともありがとう。」
店員に払いを終えて購入した素材を鞄に収めると、ディノと、もうひとり来てくれていたウィルに微笑みかける。
「よし、じゃあ帰ろうぜ。」
すると、待ち兼ねたように、ウィルが先頭に立って一行を促した。
全員が店を出るタイミングで、シーマもついてくる。
「シーマと言ったな。館も近いしここまでで十分だ。」
ディノがシーマを帰そうとするが、シーマは首を縦に振らなかった。
「ノインスファルスの了承は得ているんだ、敷地に入るまでは同行させてもらう。
警護はついでだ。俺はそこの坊やの動向を調査しに来てるんだからな。」
「先ほどの会話を聞く限り、死霊術師に対してあまり忌避感がないようだったな。」
セルディアを呼び出したリトは、人気を避けて鉱物問屋の見える路地に入っていた。
「そうですね。私個人としては、現在教会で言われているほど過剰に警戒する必要はない存在だと思っています。」
「ふむ。私もそう思う。」
変化のわかりにくい声音だが、どうやら彼にとって悪くない答えではあったらしく、同意の言葉がかかる。
「貴様等はレノアールが死霊術師だという前提で動いているな。」
続けて、リトがセルディアに問い掛けた。
「ええ…と言いますか、貴方が彼を死霊術師だと判じたという情報を元に、動いています。」
「そうか。」
短く返しただけのリトの言葉に、セルディアが心の中で葛藤する。
━━━…それだけ? ということは、やはりタッセル少年は死霊術師と見ていいわけかしら。
はっきりと否定しないリトに、セルディアはそれを無言の肯定と受け取ることにする。
「話は変わるが、領主の妻フェルテルーズとその学友が、シーマと言ったな、奴の持っていた物と同等の魔法衣を着た賊に襲撃を受けた件について、何か知っていることは?」
「は?」
想定していなかった質問に、セルディアは少し思案してから答えた。
「フェルテルーズ女史のことは、国選死霊術師として教会では周知されているので存じ上げておりますが、彼女についての情報は特に何も聞いておりません。
…襲撃とは具体的にどのような?」
「フェルテルーズは傷害致死を装う形で明確に命を狙われた。学友の元には討伐依頼での事故死を装う形で二度襲撃があったようだ。
一連として、彼等の魔法技能を警戒したものか、魔法を通さないローブを着用していることが共通している。」
セルディアは信じられないという顔をしている。リトの『鑑定師』の目で見ても、嘘は言っていないようだ。
「フェルテルーズは襲撃を受けた際、『死霊術師はいてはならない存在なのだ』という発言を聞いている。
これほどまでに死霊術師を疎んじているのは…。」
「教会の者だと?」
「そう考えるのが自然でな。
なに、貴様が直接絡んでいるとは言っていない。だが、貴様等に命令を下した者に関しては、疑いの目を向けざるを得ないのが現状だ。」
「そんな…。」
言い返そうとするセルディアだったが、きっぱりと否定できる根拠が見付からず黙り込んでしまう。
「教会の者から見ても、内部の者が怪しいと思えるわけだな。」
「…死霊術師に対する敵愾心は、教会内で根強くあります。
けれど、個人を害する程のことがあるとは…。」
「では、レノアールの身辺調査は何のためだ?」
「それは…。」
困惑するセルディアに、リトが畳み掛ける。
「仮にレノアールが死霊術師だとして、貴様等がそれを報告したら、上はどう動くと思う?」
「…答えられません。」
それは、調査の詳細を語れないのと同様、セルディアが口にしていい内容ではなかった。
「そうか。こちらとしてはレノアールにまで命の危険が及ぶのではないかと心配するところなのだがな。
レノアールは錬金術師を生業としている。とりあえず、こちらが出せるのは、この事実だけだ。」
━━━生業とは別に死霊術も使う、ということでしょうね。
それにしても、随分と譲歩した答えをくれるものだ。そのような状況ならば、例え嘘でも死霊術師ではないときっぱりと否定しておいた方がいいのではないかと思えるのだが。
━━━領主クランは、死霊術師を保護する立場を取っているからかしら…。
国選死霊術師のフェルテルーズを擁するディアザルテは、死霊術師への弾圧的風潮を批判している。その領内では死霊術師の保護も標榜している。
タッセル少年が死霊術師だとして、それを仮にも否定するということは、彼等の主旨に合わないからなのかも知れない。
セルディアが少し考えていると、リトが店の方を向いた。
「買い物が終わったようだな。我々も移動するとするか。」




